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おかしな転生 作者:古流 望

第31章 スイーツは春を告げる

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352話 狙いどころは

 華やかなパーティー会場。

 ここは、神王国の公邸。神王国使節団がヴォルトザラ王国内で本拠とする場所で、現代風に言えば大使館に当たる場所。

 ヴォルトザラ王国の夜は冷える。公邸は色々な意味で機密性を高めたうえで、暖房までされているほどである。


 「お初にお目にかかりますモルテールン卿」

 「初めましてルード団長。お会いできて光栄です」

 「こちらこそ、かの名高きモルテールン家の英雄にお会いできたこと、望外の喜びと思っております」


 先日、ソラミ共和国使節団がヴォルトゥザラ王国に入国し、国王への挨拶を行った。

 国王隣席の場ということもあり、神王国の王子たるルニキス王子も来賓として招かれていたのだ。

 そこで“偶然”にも“初対面”で意気投合したソラミ共和国使節団団長と、神王国使節団団長。

 この二人は、ことヴォルトザラ王国内においては立場も同等。勿論、片方は一役職者、もう片方は次期国王という違いはあるのだが、そんなものは外国では参考程度にしかならない。

 という理由の下、神王国使節団はソラミ共和国使節団を公式に招き、社交のパーティーを行っているのである。

 勿論、たまたま意気投合しからこその集まりなので、公式にはただの親睦であり、政治的にはあいさつ程度のもの。

 ヴォルトゥザラ王国人も何人か呼ばれていて、大した意味はない。

 と、いうことになっている。


 「英雄とは大げさな。僕はただの子供ですよ」

 「ははは、貴方がただの子供ならば、私などは洟垂れの赤ん坊でしょう。御身の噂は私も聞き及んでおります」


 会話を隠すことなく、大きな声で会話するソラミ共和国人と神王国人。

 この場は、何でもない会話をごく普通に行うことに意味がある。

 あくまで余所余所しい、表面上のお付き合いなのですよと知らしめるのが狙いだ。

 ごく普通に雑談で盛り上がり、ごく普通に仲良く会話していればそれでいい。


 「噂ですか。悪い噂でなければよいのですが」

 「悪い噂などとんでもない。聞こえてくる話は貴方を称えるものばかりですよ」


 ペイスとアモロウスの間には、社交に慣れた者同士の物慣れた関係が見て取れる。

 お互いを貶すのでもなく、持ち上げるのでもなく、事実を言いながらも褒め合い、かつ謙遜し合う。

 社交術に自信のあったアモロウスは、半分ほどの年であるはずが自分と同じように大人な対応に慣れているペイスに対し、驚きを覚える。


 「そういえば、先ごろモルテールン卿は大龍(ドラゴン)を討伐されたとか」

 「はい」


 ペイスの武勇伝は、それこそ南大陸全土に知れ渡っている。

 何十も有る国の全てに、だ。

 それほどまでに、大龍を倒したということは偉業なのである。

 何百年も伝説上の存在であった大龍。地域によっては実在こそ謳われていたが、一般人からすれば神話の世界のおとぎ話に過ぎない。

 寝物語で聞くような怪物が、実際に現れた。これだけでも凄いことであるが、ことも有ろうに化け物を倒した英雄まで居るというのだ。これは、お話としても面白い。噂話として吹聴するには、格好のネタで有ろう。

 勿論、正確な内容がどの程度伝わっているかは疑問だ。遠方になればなるほど、伝言ゲームの精度は落ち、とんでもない話になっていることもよくある。


 「実際のところはどうなのですか?」

 「どう。とは?」

 「大龍とは、どれほどのものだったのか。興味があります」

 「ほほう」


 ペイスの目が、鋭くなる。

 大龍の情報というのは、正確なものは国家機密に指定されている。より正確には、モルテールン家以外には知りようがない情報だ。

 大龍が、現れて人を襲い街を荒らした。

 ならば、もう一度同じことが起こり得ると考えるのは人として当然だろう。

 何百年かに一度の災害であっても、その一度が明日起こらないとは誰が言いきれるのか。一度起きたことが、もう一度起きると考えることこそ当たり前ではないか。

 斯様に考える人間は、為政者の資質が有る。

 もう一度起きるかもしれない災害に備えて、対策を考えるのは正しい。


 翻って大龍であればどう対策をするのか。

 まともに戦っては何百人何千人居ようと餌に成り下がるというのは、図らずも壊滅した軍隊が教えてくれた。

 【瞬間移動】や【掘削】という反則的な魔法があったからこそペイスは戦えたわけだが、それでも体内からというギャンブル要素を含む戦い方だった。もう一度同じことをしろと言われたとして出来るのはペイスしか居ないわけだし、そもそも同じことがもう一度上手くいくという保証もない。

 他の魔法使いならばどう戦うのか。魔法を使わないとすればどうすれば戦えるのか。

 対策を検討するためには、大龍の素体を使うのが良い。

 大龍の強靭な鱗を、自分たちの魔法が壊せるのだろうか。対策を考えるうえで、試してみることが出来るのならばそれが一番確実な情報となる。


 今、この貴重な情報の塊である大龍の素材は、神王国が独占している。

 オークションで幾ばくかが海外に流れたと把握はされているが、殆どの素材が神王国貴族が買い上げた。見栄もあれば実利もあるが、やはりモルテールン家と同じ国に属しているというメリットは大きい。

 ソラミ共和国としは、この独占された龍の素材を欲しいのだろう。

 当然だ。それ自体が国威発揚に使えるし、左記のとおり使い道は幾らでもあるのだから。

 ペイスの警戒は、大龍の素材について。特に鱗について“極秘”の使い道がある点。より正確には、魔法素材として極めて優秀な龍金の原料となる点。

 ここを知っているのかどうかを見極めて交渉しなければいけないという警戒だ。


 「さすれば、大龍はその体躯は山の如し。この街の城よりも遥かに巨大な大きさでありました」

 「本当ですか?」

 「勿論です。今ではその大きさを伝えるものは頭の剥製だけになってしまいましたが、それも我が国に来ていただければ然るべき場所に飾られています」


 ペイスは、心の隅にチリチリとした緊張を隠しつつ、顔には柔和で大人しい笑みを浮かべ、身振り手振りはあえて拙く可愛らしく、大龍の凄さを語る。


 「是非、見てみたいものです」


 ペイスの言い分は若干ながら盛っているが、巨大であったのは事実である。

 王家に献上された龍の頭は、防腐処理の上で専用の建物まで作られて飾られているのだ。

 学校の体育館のような建物の中いっぱいに、デンと鎮座する巨大な頭骨は、大龍の体がいかに巨大であったかを雄弁に語る証拠。

 希望すれば見学も出来るのだが、見に来た人間は一様に度肝を抜かれて帰る。

 これと戦って勝ったのかと、モルテールン家の武名を大いに上げるのにも役立っているのは公然の事実だ。

 既に有名な観光名所となりつつあるのだが、週に一、二度は龍の骨や鱗を削り取ってやろうなどと考える泥棒が出るので、警備の負担は増えた。とはカセロールやスクヮーレがぼやいていた愚痴である。


 「どうでしょう……龍の素材について、我々にも少しばかりお譲りいただく訳にはいきませんか」


 アモロウスが、ペイスにこっそりと耳打ちする。

 これには、ペイスも安堵した。

 彼の言葉には、龍の鱗という指定が無かったからだ。

 もしもモルテールン家の抱える秘密の一つ、龍金の製造方法を知っていたなら、まず鱗を欲する。どこぞの教会のように。

 一方、骨を始めとする龍の“不要部分”に関しては、今のところ鑑賞や動産としての価値しかない。無論、龍の骨というだけでも資産としては上等だし、買い手は沢山いるので投資として買う人間まで居る。

 だが、実用的かと言えば疑問符の付く素材も有るのだ。

 これでも龍の素材であることは間違いないので、欲しいというならば譲っても良い。モルテールン家としても、金に換える以外には今のところ使い道を見いだせていないのだから。


 「……条件次第です」


 モルテールン領内には、神王国王家も知らない龍の素材がある。モルテールン家の隠し財産なのだが、勿論神王国の貴族は皆が皆、モルテールン家に幾ばくかの龍素材が隠されていることは予想済み。

 馬鹿正直に全部の素材を公開して、全てを売り払った上でのほほんとしているような家でないことを、大勢が知っているからだ。

 アモロウスも、恐らくモルテールン家について情報収集はしているのだろう。

 龍の素材について、ペイスに言えば何とかなるだろうと確信している様子だった。

 ペイス的には、ただの大トカゲの骨を欲しがるというならタダでくれてやっても良いと思っているのだが、それはそれ。貴族家に連なるものとして、売れるものは高く売りつけるべきであろう。


 「その条件とは?」

 「【収納】の魔法使いを、神王国にお預け願いたい」


 ペイスは【転写】の魔法使い。

 新しい魔法は、新たな力となり得るのだった。

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