2018.07.06

「低能先生」は止められない…「ネット殺人」の不都合な真実

「個人的恨み」が動機ではないからこそ
山口 真一

「実名制」は解決策にならない

では今後、ネットの言論空間を改善するために、政策的対処をとることは可能なのだろうか。事件後によく耳にするのが、「ネットの匿名性が悪の源であるから、実名制を導入すればよい」という議論である。

しかしながら、ネット実名制については興味深い研究結果がある。韓国では一時期、実際にネット実名制が導入されたことがあり、盛んに実証研究もなされている。そして、実名制を導入した結果、過剰な表現の萎縮(=普通の書き込みの大幅な減少)を招いたにもかかわらず、悪意ある書き込みの割合には有意な変化がなかったことが指摘されているのだ。

なぜこのような結果になったのか。それは前述したような、中傷や荒らしを書き込む人の心理と動機に関係している。つまり、そのような書き込みをする人は「自分こそ正しい」と信じているため、実名制になっても特にデメリットを感じず、書き込みをやめないのである。

もちろん、変わらなかったのは悪意ある発信の「割合」なので、絶対数は減少している。それを根拠に導入を推進すべきだという考え方もあるだろう。しかし、それには「表現の自由の毀損」というあまりに大きな負の影響が伴う。事実、韓国ではその後、違憲であるとして実名制は廃止されている。

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「当たり前のこと」を考え直すとき

このような痛ましい事件が発生し、政策や制度による対処も難しい状況で、我々はどのように「表現」や「発信」をすればよいのだろうか。先日、本件に絡んであるメディアに「今後気を付けるべきこと」を尋ねられたのだが、「完全に予防する方法は、残念ながら現時点では存在しない」という見解を伝えざるを得なかった。

しかし同時に、「メディアはこれを機に表現の萎縮に走らないでほしい」とも伝えた。このようなごく一部の人の暴力に屈してしまえば、一億総メディア時代の負の側面だけが残ることになるからである。

確かに、短期的な予防策はない。だが、教育による社会全体の長期的な変革は重要だ。教育といっても、ネットリテラシーの話だけではない。

無論、「ネットもリアルと変わらない」「言葉遣いは良識に従う」「情報は常に偏っている可能性がある」といった、情報の発信・受信双方に関わるネットリテラシー教育は重要だろう。しかしそれだけでなく、より普遍的な「当たり前の道徳」を皆で再確認し、身につけることが長期的には不可欠と考えられる。

それはつまり、「他人の価値観を認め、自分がされて嫌なことは相手にもしない」といった「他者を尊重する」想いを皆が持つことである。ネット(ヴァーチャル)を通して皆が発言し、思想や生活の機微に触れる部分まで表出する社会になったからこそ、そうしたリアルな、当たり前の道徳が重要になってくるのではないだろうか。

そうすれば、今回の容疑者も、アカウント凍結の原因となった「荒らし」を繰り返そうとはしなかったかもしれない。さらに言えば、皆がそういう想いを持った社会であれば、そもそも容疑者はこのような境遇に陥らずに済んだかもしれない。この社会には良いことも多いが、悲しいこともまた多い。

ネットの普及がもたらした情報社会は、これからもずっと続いていく。産業革命以降、それまでにない経済的な発展(産業社会)が200年以上の長きにわたって続いたように、情報社会も今後100年、200年と続く可能性が高い。

今はまだ、情報社会の黎明期である。産業社会の黎明期にも、技術革新による失業や労働問題など数々の問題が発生したが、人間は自らの手でそれを解決してきた。同様に、情報社会のはらむ様々な問題も、解決できるものと信じている。

そして、産業社会が「経済の自由」を礎に発展したように、情報社会も表現の自由を礎に発展していくことが重要である。政策によって規制をかけるのではなく、自由な環境の中で、人々の内なる部分から出てくる規範意識によって、今回のような事件が未然に防がれることを望む。

そしてその先に、本当の意味で皆が平等に情報発信力を持った「一億総メディア時代」が到来することを期待したい。

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