記事詳細
2016/05/31 22:33
世界大戦から71年が経過し、あのあまりにも痛ましい戦争も時間の流れと共に風化しつつあります。
どうして人間は戦争という過ちを繰り返してしまうのでしょう。どうして武器を手にするのでしょう。
核廃絶を唱えるオバマ大統領の広島訪問は、その第一歩とも言える勇気ある行動であったと賞賛します。
任期中に核廃絶を成し遂げる事が出来なかった事は本人もさぞ無念であったと想像出来ます。
世界中に存在する核弾頭の数は15000発を超えています。その破壊力は人類を何度も滅亡できる量になります。その弾頭一発は広島原爆の数千倍の威力がありもはや凶器の沙汰ではありません。
たったこの数十年の期間でこのような無謀なけん制状態になってしまった事も戦争がきっかけになったと言わざるを得ません。日本は唯一の核被爆国でその怖さを身を持って経験しました。9条を掲げる平和憲法により核を持つ事はもちろん戦争を放棄した国でもあります。ノーベル賞に値するこの憲法も安部内閣によって提案可決された安保法案によりその息を絶たれました。
日本には自衛隊と称する軍備を持った戦闘隊が存在しています。5兆円を超える膨大な国費がそこに流れている事も事実です。安保法案の可決により一層にその費用も膨らんでいく事が懸念されるところです。
以前もお話しましたが、安保法案のそもそもの意義は武器を持って武器を制する事であり、集団的自衛権により他国にまで行って戦争する事も出来るといった内容となります。安部総理の決まり文句の『抑止力』がまさにそれを物語っているのですが憲法違反になります。私に言わせれば憲法やモラルといった次元のものでなく、冒涜に反するものになります。政治家を含め指導者にある人間の多くはこのような人間が多すぎる気がします。まして国の指導者となる人間がそうなっては成すすべもないに尽きます。
人間形成には教育という過程が必要になるのですが、教育者もさることながら教育の目的を見失っているようです。いい学校を出て、公務員や医者、はたまた会社の正社員?になるといった勝ち残りゲームが教育現場から起きているのです。そこがまず競争思考の始まりであり、少しずれると戦争思考に発展してしまうのです。そうした中で生まれる格差社会は貧困を生み、どんどん膨れ上がっているのも現実です。これだけの経済大国であってもその幸福度指数は下から数えた方が早いといったおそまつな状態です。これを量子的見解で言わせて頂ければ、あまりにも無駄な情報によって私たちは振り回されておりエネルギー不足が起きているという事になります。情報が増えればそれを整理するが為に消費されるエネルギーが必要になります。生命体の情報エネルギーは水によるものです。こういったゆがんだ思考と意識が増え続ければ生命はもちろん、地球という水の惑星の未来も危機的な状態になる事は目に見えています。既にその兆候は天災や人々の健康状態の悪化といった形で顕著に現れつつあり、私たちの生活リスクは近年急激に増え続けているのです。核を含め全ての軍備は人々の不安をそそるストレスにしかならず生活リスクに追い討ちをかけています。健全な地球を維持する目的としてこういった軍備は全く不要なものとわかっているはずです。ですが、その一歩が踏み出せないまま現在に至ってしまい取り返しのつかない状況ともなっているのです。大量の核弾頭が世界中にある現在、では、いつこれを完全撤廃する事が出来るのでしょう。各国の首脳が全て集まってすぐに全廃しましょうといった話になるでしょうか。膨大な国費をはたいて核兵器を開発し装備してきた今日がありますし、その裏には大きな利権も動いています。国際条例に違反し今更核兵器を開発しようとしている国もあります。国やその宗教、教育によって人々の考え方思考も様々でしょう。それを一気に纏め上げられる世界的権限を持った機関が今の国連かもしれませんが、核を持つ国の棄権や中国、北朝鮮、ロシア等が反対しており、日本が提案した核兵器廃絶決議も賛成多数で採択されたにもかかわらずその一歩を踏み出せないでいます。
非常に難しい状況に世界は立たされています。指導者の考えが少しずつでもそういった方向に動いていくには、まず地球上の全ての人間の思考が、人道的かつ地球志向といった意識に向いていく事が必要であると思います。その道のりは長く平坦ではないと考えますが、少しづつですがそういった意識が見え隠れしつつ増えつつある様です。
Copyright (C) 2016 SCK.LLC All Rights Reserved.
最終更新:2016/05/31 22:33