350話 疑問と考察
「全員揃いましたか?」
「あと、一人です」
深夜、学生たちがこっそりと集まった。
集めたのは、ペイスである。
明らかに秘密だと言わんばかりの会合。
揃っている人間は全員が人目を忍んで集まっているし、服装とて目立たないように黒っぽい服で集まっている。
「モルテールン教官」
「揃いましたね」
集まった学生たちは、一様に目つきをギラギラとさせていた。
一種異様な熱意に心を燃やす理由は一つ。ルミのブロマイドを得るためだ。
彼らは、ルミニート親衛隊。
ペイスの指示によって得られるブロマイドは、彼らにとって垂涎のお宝である。
部屋に飾って崇め奉るのか、肌身離さず持ち歩いて事あるごとに眺めるのか。人によって愛で方は様々であるが、アイドルの生写真と思えば分からなくもない。
傍から見れば大層な奇人であっても、ルミニートの為ならば火の中水の中、苦労をいとわない点は変態、もとい大変素晴らしい美点であろう。
ここしばらく続けていた情報収集の結果を共有するため、わざわざ皆が寝静まった時にこうして集まっている。
「ソラミ共和国使節の情報が集まりました。現状で分かっていることを報告します」
「頼みます」
今、ヴォルトザラ王国に来ようとしている使節団。
彼らがどういう集団であるかは、事前に知っておいて損は無い。
ペイスが学校で口を酸っぱくして教えたのは、情報の重要性である。
それを実地で学んでいるともいえる学生たち。動機は至極不純であっても、報告自体は流石に士官学校生というだけの真面目なものだ。
「まず、表立って広まっている噂を集めた結果について」
代表者が一人、声を潜めながら報告する。
市井に交じり、行商人、交易商、両替屋、農夫、果ては娼婦にまで聞きこんできた成果。情報の確度は高い報告である。
「彼らの目的は、表向きヴォルトゥザラ王国からの物資の援助。次いで物資の購入です」
使節団というのだから、何かしらの外交目的をもってやってくる。
その目的が真っ当なものかどうかはさておいて、まさか自己紹介で泥棒ですと名乗るはずも無い。
目的が疚しいものであったとしても、建前としては美辞麗句をもってやってくるはずである。
彼らの目的が物資の手配というのなら、外交としてはよくあるものだろう。
現代の日本でも、石油やレアメタルといった自給が難しい物資を、海外から買い付けるために政府が動くことは珍しいことでは無い。
ましてやソラミ共和国は新興国家であり、国土も大きいとは言えないのだ。必要とする物資を国外に求めるのはさほど不自然とは言えない。
「ま、予想通りですか」
「そうですね。正直、ソラミ共和国がヴォルトゥザラに来るなら、さほど選択肢は多くない。不自然にならないようにと思えば猶更でしょう」
ヴォルトゥザラ王国にソラミ共和国の人間が来て交渉するのなら、選択肢は三つ。
通交、通商、共闘である。
通交というのは、お互いに仲良くしましょうという関係性の確認。
外交使節としては一番ポピュラーではあるが、だからこそ大げさに全権大使を伴ってやってくるのは不自然になる。
共闘というのは、お互いに共通する敵を、手を取り合ってぶっ殺しましょうという確認だ。
これもまた戦乱の時代にはあちらこちらで行われていた交渉であり、珍しいものではない。だが、ソラミ共和国とヴォルトゥザラ王国が手を取り合う必要のある敵などというものは無い。あえて言うならヴォルトゥザラ王国にとっては神王国がそれに当たるかもしれない。単独で当たれば不利になり、手を結んで共闘するのに利が有る。
だが、それではソラミ共和国は何も得がない。東に不安の無くなったヴォルトゥザラ王国が次にどこへ目を向けるのか。賢い人間であれば今の段階でヴォルトゥザラ王国と共闘は選ばない。選べない。
また、神王国使節団が来ると分かっているのなら、共闘云々で不要な警戒心を抱かせるのも悪手だ。少なくともペイスは、ソラミ共和国の人間が神王国使節団と示し合わせていることを確信している。
誰だって、吠えている犬より尻尾を振っている犬の方が撫でやすいもの。
自分たちは戦うのだ、と吠えまくって外国にやってくる連中など、交渉できるはずも無い。
故に、選択肢は最初から通商であろうと見込んでいた。
通商、つまりは商売の交渉だ。
商売の基本は売りと買い。必要なものを買い、相手の欲するものを売る。
ソラミ共和国の内情は、正直いまだに不明点が多い。何を売りに来るのかも分からないし、何を買いに来るのかも不明。
その中で、学生たちは“物資の売買“の中身について知ろうと頑張ったらしい。
「それで、交渉の概要は分かったんですか?」
「……いいえ」
今の段階では無理だろう、という見込みをペイスは持っていた。
学生たちが頑張っていたので口には出さなかったが、交渉が始まってもいない段階で、カードが見えているなどまずありえないのだから。
「しかし、あの程度の規模の使節団で来たということは、今回は交渉の顔つなぎ程度でしょうか?」
「それが、ちょっと違うようです」
鉄道網や巨大タンカーなど無い世界、国家規模での物資の買い付けとなれば、必要な人員は千人単位で必要だ。
ある意味では軍事行動にも等しい。補給物資の運搬に、数人という訳にもいくまい。
今回、ソラミ共和国の使節団は多くて二百人程度と見込まれる。
だとすれば、物資の買い付けが仮に事実だとしても、予備交渉だろう。ペイスはそう考えた。
盗賊が普通に存在している世界。仮に二百人程度を全員護衛とするにしても、運べる量はたかが知れている。
しかし、学生の一人は首を横に振る。
「彼らの中に、魔法使いがいます。使う魔法は【収納】。家一軒分の量を、樽一つに収めることが出来るそうです」
特大の情報に、皆が驚く。
それはそうだろう。国家にとって魔法使いの情報は機密も機密。世界中に知られているモルテールン家のような魔法使いが珍しいのだ。
普通は、魔法使いの情報は厳重な管理下に置かれる。個人を特定しかねない容姿や、魔法の内容の詳細などは国によっては最高の軍事機密扱い。
よくもまあ、優秀とはいえ学生が情報を掴めたものである。
情報を手に入れて来た数人は、ドヤ顔でポーズを決めている。
「それはまた、物を運ぶにはもってこいの魔法ですね」
「はい」
ペイスは、しばらくの間じっと考え込む。
沈思黙考の時間。考えがまとまったところで、ペイスはボソリとつぶやいた。
「まず、疑問が幾つかあります」
「疑問?」
「何故、機密のはずの魔法使いの情報が、それも使節団到着前に流れているのか」
「それは確かに」
元より隠すべき情報が、優秀とはいえたかが学生に入手できた点。
これは大いに不自然である。
考えられる可能性は、二つ。
一つは、ヴォルトゥザラ王国による情報漏洩。もう一つはソラミ共和国からの情報漏洩である。
厳重に隠されていた秘密を、学生が探り当てたという可能性もゼロではないが、それは流石に無いだろうとペイスは考える。もしもそうだとすれば、ソラミ共和国の情報管理体制はザルということであり、そもそも戦略的に手を結ぼうとする策自体の見直しを迫られる事態だ。
何がしかの秘密協定を結んだところで、秘密が秘密になりえないならば、協定を結ぶ意味さえ霧散する。
故に、ソラミ共和国側か、ヴォルトゥザラ王国のどちらかが積極的に情報を流していると考えるべきだろう、とペイスは言う。
「ヴォルトゥザラ王国が情報を流す理由はなんですか?」
「考えられるとすれば、共和国との交渉について、高く売りつけたい……とかですかね?」
「なるほど」
ヴォルトゥザラ王国内では、神王国使節団も勝手気ままに行動するという訳にはいかない。これは、ソラミ共和国に対しても同じことだろう。
案内役だの護衛役だのと理由をつけ、使節団を監視体制に置くのは容易だ。
また、国内の使節団同士の偶発的衝突を避けるだのと理由をつけ、ソラミ共和国の使節団を軟禁状態に置く可能性もある。
神王国使節団は王子が出張ってきているし、自前の公邸を持っているため軟禁などは難しいだろうが、ソラミ共和国が神王国と同じように出来るとは思えない。
軟禁されてしまえば、仮にソラミ共和国の使節団と面会したいならばヴォルトゥザラ王国側の許可が要るだろう。
外国の使節団との交流を、自国の外交カードに利用する。
なんとも狡猾なやり口だ。
この場合、共和国使節団の持つ価値が高ければ高いほど、ヴォルトゥザラ王国側はピンハネの旨味が大きい。
もしも【収納】の魔法使いに高い利用価値を見出したなら、諸外国の人間は接触するために供物を積み上げることだろう。
「では、ソラミ共和国が情報をながしていたとしたら?」
「その場合は、明確なメッセージと取るべきでしょうね」
「メッセージ?」
「自分たちはこれだけのものを持ってきた。お前たちも今から釣り合うものを用意しておけ、というメッセージですよ」
ソラミ共和国が情報を流していたとするならば、狙いは何処か。
彼の使節団からしてみれば、ヴォルトゥザラ王国も神王国も、どちらも交渉相手として価値がある相手。
外交交渉のみならず、交渉事で売り手が有利になる条件の一つは、買い手に競争させることである。
売りに対して、買いたいという相手を複数用意しておいて、あえてその情報を匂わせる。他にも欲しがっている方が居られるんですよね、などと言う売り口上は、現代人なら一度や二度は耳にするだろう。
さらに言うなら、高級品を買わせたい時にこそ、競争を煽るのは有効である。
高い買い物をするときは、どうしたって買い手側も慎重になるもの。購買意欲を煽る為にも、焦らせようとするのは売り手の戦術の初歩だ。
今回、ヴォルトゥザラ王国内で、神王国人にも恐らくはあえて耳に入るように流された情報。
ソラミ共和国の策だとするならば、狙いは明らかにヴォルトゥザラ王国と神王国を争わせることにある。そして、売りたいものはハイエンドなもの。
「魔法使いの情報が流された。対抗するならば、こちらも魔法使いを利用するのが一番……いや、もしかしたら、我々以外の神王国人から情報が流された可能性もある? 学生のことや我々の動きの詳細を知っている人間ならば或いは狙って情報を渡せる可能性も……」
ふと、ペイスが何かに気づいた。
魔法使いの情報を活かすなら、どんな形で有れ同じカードを用意しておくのが一番手っ取り早い。
バーター取引か、相互の脅しあいか。向こうだけが強いカードを持っているのは不利に過ぎる。
つまり、神王国側も魔法使いを出すべき、という意見は遅かれ早かれ神王国使節団から出るだろう。
「つまり、狙いは我々……いや、モルテールンの可能性もあるわけですか。もしかしたら陛下か殿下に一杯食わされましたかね。考えすぎでしょうか」
ペイスは、更にじっと思考を深めるのだった。
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