コカトリスの尾
「……配慮に礼を言う」
アレクセイが書記の女生徒に向けて言い、女生徒はぱっと頬を紅潮させた。
「いえ、大したことでは!クラスメイトですもの、閣下が妹君を大切に思っていらっしゃることは存じ上げておりましたから!」
上ずった声で言われた言葉に、エカテリーナはああ……と思う。
いつも『きゃーっ!』とおっしゃる、お兄様のクラスメイト。あのお姉様方のお一人でしたか。
それにしても、ユールマグナの分家であるザミラさんと私が顔を合わせたからといって、わざわざお兄様を呼んでくるのは大袈裟では。
と、内心首を傾げた時、生徒会長アリスタルフが口を開いた。
「閣下に来ていただけて良かった。マグナス嬢は隠れた有名人と言いますか……二年生の間では隠然たる影響力を持つ人物なのです。ユールマグナ君が病弱であり、マグナス嬢の双子の兄ラーザリ君がユールマグナ君の従者を兼ねていて学園で存在感を発揮できないため、代わりを務めているのかもしれませんが……。彼女がその気になれば、次の生徒会選挙で生徒会長に選ばれることも可能であろうと思っています」
エカテリーナは目を見張る。
あのお色気で男子がなびいてるとか、ユールマグナの威光とかならわかりやすいけど。前世の日本より男尊女卑な皇国(それでも周辺の国々よりだいぶマシらしいけど)で、女子が生徒会長に選ばれることも可能ということは、そういうレベルじゃないんですね。
その表情を見てアリスタルフは微笑んだ。
「とはいえ、おそらく立候補はしないでしょう。彼女は常に、陰に隠れている。ユールマグナ家は女性が表に出ることを好まないとも、耳にしますし。
ただ気になるのは、『隠然たる』影響力と申し上げましたが、マグナス嬢がなぜそういう存在になりおおせたのか、私も理由を把握できていないことです。彼女はリーダーシップを発揮するタイプではない、けれどいつの間にか、多くの人を動かせるようになっていた。それだけに、その……配慮が必要と考えています」
そういえば会長は、ザミラさんが生徒会室に現れた時、書記のお姉様に任せず自分で対応しようとしていたっけ。それは、重要人物であり、要注意人物と考えているからだったと。そして、ユールノヴァとユールマグナの対立も認識していて、私に何か妙なことをするかもしれないと気遣ったわけですね。
それで書記さんが、会長の指示でお兄様を呼びに行った。いや、会長は『誰か連れてきて』程度をアイコンタクトで伝えて、書記さんが自分の判断でお兄様を呼んできた、と考えるほうが自然かな。
この生徒会室で下手なことが起こったら、自分の責任も問われる……と会長が考えたかどうかは、わかりませんけど。
ふ、とアレクセイの口元を笑みがかすめた。
「君の、心利いた対応ぶりは覚えておこう」
「いえ、私は」
困惑したように首を振ったアリスタルフだが、かすかな苦笑とともに口をつぐんだ。
打算でしたことではなかったが、得られるものは得ておこう……という表情に見えた。
申請は私が終わらせます、と言ってくれたフローラに甘えて、エカテリーナはアレクセイと共に生徒会室を出て、アレクセイの執務室へ移動した。
執務室ではノヴァクを始めとする側近たちが、心配そうに迎えてくれる。ユールマグナがらみの件でアレクセイがエカテリーナを助けに行った、という認識のようで、そんな危ない状況だったとは思えないエカテリーナは困惑せずにいられなかった。
ノヴァクたちがそんな危惧を持つほどなら、やはり両家の対立は尖鋭化しているのかもしれない。
「お兄様はあの方を、昔からご存知でしたのね」
「昔は知っていた、というのが正確なところだが……」
さっそく執務机に向かったものの、従僕のイヴァンに持って来させた椅子をエカテリーナに勧めて、アレクセイは妹と語る態勢だ。
「私がウラジーミルと親しくしていた頃から、あのザミラはウラジーミルの側近くにいた。もう一人、ザミラの双子の兄ラーザリもだ。もっともラーザリは全く性格が違い、当時から身分をわきまえていたが……ザミラはあの頃もあんなふるまいを平気でしていたものだ。
ただ双子のどちらも、まだ幼かったあの頃から、ウラジーミルへの忠誠は篤かった。私と彼が二人きりでどこかへ行こうとした時など、必ずどちらかが、たいていは二人共が、割り込んできたものだったよ」
「まあ……」
エカテリーナは目を見張る。
「公爵家の跡取りたるお二人が、供も連れず二人きりで出かけようとなさいましたの?」
「子供だったからね」
アレクセイは微笑んだ。
まだ祖父セルゲイが存命だった頃だ。公爵家を背負う身になる前には、アレクセイも時には子供らしく、大人の目を盗んで友達とこっそり何かしようとしたらしい。
今の、十八歳にして堂々たる公爵家当主となったアレクセイを目の前にしていると、不思議な気がしてしまう。……十八歳なら普通は、そういう子供っぽさをまだ残していておかしくないのだけれど。
それにしても、ウラジーミル君とどこかへ行こうとするお兄様、行かせまいと割り込んでくる双子……たぶん誰をとっても可愛らしかったに違いない子供四人でわちゃわちゃしているところを想像すると、どうにも絵面が癒しだな!
そしてウラジーミル君をお兄様と双子で取り合っていたようなものだから、ウラジーミル君ハーレム状態?
などというエカテリーナのアホな思考と裏腹に、アレクセイの声音は厳しい響きを帯びた。
「あの頃から思っていた。あの女は『コカトリスの尾』だ。本体とは別の考えを持ち、勝手に動く。本体のためにしているつもりの行動で、本体を害する」
「コカトリスの尾……」
この世界では、コカトリスは実在する魔獣だ。
基本的な姿は真紅の鶏冠を生やした巨大な雄鶏だが、尾羽の中心から長く伸びる尾は毒蛇。本体の雄鶏と尾の毒蛇は別々の意思を持ち、尾は外敵に毒液を吐いて本体を守るが、極めて強力なその毒で逆に本体がダメージを負うことがあるそうだ。
そこから『コカトリスの尾』は、味方に害を与える存在を指す、皇国語の慣用句になっている。
「とはいえ、あの双子はどちらも賢かった。ウラジーミルのように神童と言われるほどの学識を持っていたわけではなかったが、子供にしては知識や機転は充分だった。我がユールノヴァの分家の子供には彼らほどの者はいなかったから、私はどう人材を得るべきかを考えたものだ」
エカテリーナは微笑んだ。そんな昔から、やがて当主となる者として、人事評価をしていたんですね。さすがお兄様。
「あの頃お前がいてくれたなら、そんなことは考えなかったかもしれないな。聡明なるエカテリーナ、お前が側にいてくれたなら、他に誰を求める必要があるだろう」
アレクセイは甘く微笑む。
このシスコンぶりもさすがです。
「あの女が何を狙って現れたのか、今は不明だが……ただ先刻、強く思い出した。子供だったあの頃から、あの双子は、私とウラジーミルが親しくなるのを嫌うそぶりを見せた――あの最後の言葉、あれはウラジーミルに告げるつもりの言葉なのだろう。そして私がそれを理解し、かつての交友を取り戻そうとは考えないように、わざわざ告げた」
『我があるじは、閣下にとって、もう用済みですのね』
アレクセイの視線が遠くなる。今は敵に等しい間柄となったかつての友人は、その言葉に傷つくだろうか。そんなことに思いを馳せているように見えて、思わずエカテリーナは脳裏の色気美人に元祖正統派のつっこみを入れた。ビシッと手の甲でのひと叩きを添えて。
なんでやねん!
そんなわけないやろ!
でもそういえば……ウラジーミル君、最初にひどく嫌な言葉をかけてきた。
あれは、自分の場所を私に奪われたように感じたせいだったのかな。
“Green-eyed Monster”
そんな言葉が頭をよぎったことを、ふと思い出す。緑の目の怪物、すなわち――嫉妬。
でもだったら、ザミラさんの行動はダメ絶対なやつだ。友達同士の間の亀裂を、広げようだなんて。
「そのような……あまりに僭越ですわ。お兄様が悲しくお思いなのは、わたくし辛うございます」
「ありがとう、優しい子だ。そんなお前には想像もつかないだろうが、世の中にはさまざまな悪意があり、
「はい、ご忠告ありがとう存じますわ」
うなずいて、エカテリーナはふと悩ましげな表情になった。
「あの方、わたくしが関わるクラスの劇のこと、よくご存知のようでしたわ。わたくし……悪目立ちをしてしまっておりますかしら。このようにお兄様のお手をわずらわせてしまわぬよう、学園祭の後は控えるべきですわね」
望んだわけではなくて、なりゆきでこうなってしまったんですけど。忙しいお兄様に時間を取らせてしまうとは、ブラコンとして痛恨!
それに、私があちらの付け入る隙になって、お兄様に迷惑をかけることになったら……。
「悪目立ちなどと。輝くものが輝くことが悪ならば、太陽も月も朝露も、あらゆる美しいものが悪ということになってしまう。そんなはずがあるものか」
アレクセイは手を差し伸べて、エカテリーナの頬に触れる。
「マグナのことを気に病んで何かを控えるなど、しなくていいんだよ。お前が成したことは、ユールノヴァの家名を高めてくれているのだから。彼らへの対処は私がやるべきことだ、お前はただ毅然として、あの女を寄せつけないでいればいい。
控えるなど、できるはずがない。お前はただそこにいるだけで輝いてしまうんだ、お前はそれほど美しい」
「お兄様ったら」
今日もシスコンフィルターと美辞麗句が絶好調です。さすがお兄様。
なんだか、アラサー社畜なんぞでは歯が立たないような高位貴族同士の争いの、台風の目みたいなポジションになってしまったみたいですが。
お兄様がそう言ってくれるなら、私は引き続きクラスの皆の就活と婚活のために、役に立てるよう頑張ります。
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