蛇蛇足。逆行したけど佐為がいない物語。
筆がのってるうちに書こうと思ってすぐに書き始めたんですが、もともと北斗杯まで続けるつもりがなかったもんでスヨンどうするスヨンってなってました。こんにちは。からなぎです。ヒカルが院生になってない碁会所巡りしてないスヨンと出会ってないスヨンはスランプのまま!北斗杯ぃいいい!と足らん頭で辻褄考えました。
てことでスヨンのお話です。時間軸が戻りますよ。今回短いっす。
スヨン×ヒカル好きなんですけど誰か書いてください。私にはこれが限界です。スヨン→ヒカルっぽくなってる嬉しい。北斗杯対局までいってねぇじゃねぇかって感じですけど正直続きがまるで思いついてないので続編はお約束できやせん。ヨンハが偽物すぎる。
好きだけどあんまり出せないためにどうでもいい裏設定晒しとくと門脇さんはアマチュア最強とか言われて天狗になっていましたがネットで同じアマチュアのsaiにコテンパンにされて改心して真面目にプロ試験に望んで伊角越智と同期という設定。
表紙は楽しく描きました。愛だけはあるはず。
◎中学囲碁大会が男女別ではなくこの話では男女混合となってます。三谷以外の男子部員わからんでごわす。
11/25DR男女それぞれランキング入り、ブクマコメント評価ありがとうございます。大変励まされてます。
1/30あんまりにも5ページ目がひでぇ駄文だったので改めました。
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うまく、打てない。
最善の一手が見えない、どう打ち回したらいいのか読めない。
リズムが悪い、形が悪い、悪い点ばかりがよく見えて、でも反省するには一歩足らない。
負けたのは、僕が弱いからじゃなくて相手が強いわけじゃなくて、僕の調子が悪いだけ。
ホン・スヨンは手合いに負け続けていた。
ハングリー精神の強い韓国では囲碁でも競争となればとにかく激しい。そんな中で幼いながら勝ち抜いてきたスヨンのいきなりの失速は、遠巻きに笑っている人間のほうが多かった。心配する身近な友人が励まそうとしてもスヨンは自分の状態を認めようとしなかったし、囲碁は自分との戦い、誰かに口を出されたところでどうにもならないのは皆知っていた。そして、なりふり構わずしがみつくかのように勝ちに執着するには彼はまだ若く、プライドが邪魔をして何にも素直になれなかった。だが、ただ調子が悪いだけ、を長引かせ消えていった奴らをたくさん知ってもいた。ずっとこのままかもしれない恐怖、期待を裏切っている焦燥感。何かに蝕まれているようだ。
(つまらない)
精神だけでなく態度も荒れてきたスヨンに手を焼いた両親は、リフレッシュだといい彼を日本に住む叔父のもとへやったのだが、毎日タバコ臭い碁会所で碁石を眺めるばかりで、決してリフレッシュになっているとは思えない状態だ。常連客達と対局して勝っても嬉しくはなかった。調子の悪いスヨンででも勝てる程度のレベルの客達だったからだ。
そんな鬱屈した毎日だったが、今日は少し違う風が吹いた。
叔父がスヨンを呼び止め、ユンという男性を紹介する。海王中学校という学校の囲碁部講師をしているらしいユンはどうやらその中学の出場する大会を観戦させてくれるらしい。スヨンはその誘いが、叔父が自分を気遣ってくれたからだと知っていたので気が進まないながら頷いてユンの後ろをついていった。
ユンや叔父は大会がおそらくスヨンにとって低レベルと感じるだろうことはわかっていた。しかし、今スヨンに必要なのは自信ではないかと思ったのだ。下をみて自分を慰めろ、というのはなんとも後ろ向きで向上心がないかもれないが、自尊心や自信といったものは手っ取り早く手に入る。それを期待した。あわよくば大会に参加する彼らの真剣さを感じ、勝負というものと向き合って欲しかった。負け癖というものは、とかく治りにくい。
(岸本が来ていれば打たせてみるのもいいかもしれない)
三年の岸本はすでに卒業してしまっていたが、もしかしたら後輩の応援にきているかもしれない、そうならばプロに迫る勢いの強さがあった彼なら研究生のスヨンと同等の戦いができる可能性もあるか、とユンは思案する。むっつりと黙り込み後ろをついてくるだけのスヨンに難しい年頃だ、と静かにため息をはいて努めて明るく話しかける。
『ここが会場だよ、まだ初戦をしているところかな』
スヨンは興味深げに周りを見回していた。まだ初戦の試合中のようで緊張したそれぞれの代表選手達が向き合っている。すでに終了している机もあるが、せっかくなので知らない中学校同士だがスヨンと二人で対局をみるために近寄った。葉瀬中学校、と川萩中学校、葉瀬中ははじめて聞く名前だな、とユンは思った。
(大将は、葉瀬がすでに勝ってるのか・・・)
オレンジ色の髪をした猫目の男の子はすでに席を立ち後ろから残っている副将と三将の試合をみている。どちらも見る限り弱く甘いが形のきれいな盤面だ。定石をきちんと学んでいる証拠だろうが、まだ応用は効かせられないようだった。その時葉瀬の副将が投了した。そのふくよかな女子生徒は、グッと歯を食いしばって俯いていたが涙はこぼさなかったようで、その姿を受けて葉瀬の大将がお疲れ、と小さくそっぽを向いて言ったのがユンの耳に届いた。
残る三将が鍵を握る展開になった、珍しいと言ってはなんだが葉瀬は三人の代表のうち大将以外が女子生徒のようで、三将の女の子は副将が投了したことに気づいたのか冷や汗を流しプレッシャーに押しつぶされそうになっていた。
そんな彼女を見てスヨンは小さく鼻で笑い、馬鹿にした視線をやっていたが彼女の後ろに立って見ていた前髪だけ金髪という奇抜な髪型をした少年が、視線は盤面に固定したままただ単純にポン、と肩を叩いた。たったそれだけの行為だが、彼女の顔色はガラリと変わり、手つきさえ凛々しいものに変わった。
「・・・ありません」
悔しそうに拳を震わせ頭を下げた相手をみて、大きく息をはいて安堵感を表情いっぱいに満たしてから、女子生徒も返礼した。まだ試合中のところもあるからか、静かに二回戦進出だっと盛り上がった葉瀬中、そのメンバーの中には前髪だけ金髪の子もいて、その子も代表になれなかった囲碁部なのだろうとユンは推測する。
「ヒカル!ありがとうヒカル」
「なんだよ、初勝利おめでとう」
「ヒカルが一回攻め込んだら攻め続けろって言ってたの思い出したから勝ったんだよ!」
厳しく切り込む一手を打ってもそのあとすぐに保守的な一手を打てば攻撃は続かずその一手は悪手となることが多い、女子生徒の盤面から伺えるのはすぐに尻込みして攻撃に迷いが生じていること、おそらくは優柔不断な性格なのだろう。つまりヒカルと言われた奇抜な髪の少年はあかりという三将の女子生徒に口酸っぱく攻撃し続けることの重要性を忠告していたということが二人の会話から察せた。二回戦進出を祝う葉瀬中のメンバーの雰囲気はアットホームで和やか、強豪故に緊張感に包まれ言葉をかえるとギスギスしている海王中囲碁部の講師としては興味深いものがある。
スヨンはというと、内心で馬鹿らしいと思っていた。それはしっかり態度に出てしまっていて、白けた顔で賑わいをみせるその輪から外れようとしたのだが、すでに人のいない隣りの事務机の足にひっかかり、コケはしなかったものの派手な音がした。ハッとして振り向いたときには碁笥がひっくりかえり床に黒の碁石が散らばってしまっている。
本来ならばすぐに謝って片付け出すものだろうが、スヨンは固まって動けなくなった。その間にユンが駆け寄り、怪我がないか聴き、周りが碁石を拾い出す。確実に空気に水を差しただろう。
スヨンは日本語がわからない。周りが口々に何かをいって碁石を拾っているのがすべて悪口のように聞こえ、また動けないまま結局すべて片付いたことに、どうしようもなく反発心が先立った。謝罪の言葉がでてこない、悪びれた態度が取れない。
碁笥をきれいに元の碁盤の上に揃えて置けば、スヨンに視線が集中した。それはおそらく一言、謝罪かお礼かを催促しているものだと、言葉がなくともそれぐらいわかる。しかし口から飛び出したのは今まで溜まっていたムシャクシャとした感情。
『わいわいして、あの程度で勝って何が嬉しいんだかっ』
日本語ではなく、韓国語であったがそれが謝礼の言葉ではなく罵声であることは周りもわかる。ヒカルという少年が、なんて言ってるの、とユンを見たが、ユンはどう翻訳するべきか迷った。誤魔化したところであからさまにスヨンは睨みつけているし、言葉を濁しながら、先ほどの囲碁の内容は、どうかと思う・・・と伝える。どうしたんだ落ち着け、と抑えにいってもスヨンは止まらない。
『あんなみっともない囲碁を打って恥ずかしくないの?!』
吐き捨てるような言い方、周りの視線はユンへ向かう。苦々しく思いながら今度はそのまま伝えれば、あかりという少女が傷ついたような表情をしたのが見て取れた。ユンとて教育者、この場をどうフォローするべきかと逡巡する。しかしそんなあかりを守るかのようにヒカルがスヨンの前に立つ。はっきりとスヨンを睨みつけている、これはいけないとユンは慌てて口を開いた。
「すまない、彼は今スランプでうまく囲碁が打てていないんだ」
「・・・・なんかしらねぇけど、おまえ自分の囲碁が恥ずかしいのかよ」
ヒカルはユンを通り越してスヨンを強く見つめる。スヨンはその視線に少したじろいだ様子だったが、ユンになんて言ってるの、と尋ねてくる声は強いものだった。訳して伝えてやれば、喧嘩を売られたと感じたのか再び声を大きくしてふざけるな、僕は研究生だぞと返す。
「じゃぁ打とうぜ、お前の恥ずかしくない囲碁をさ」
先ほど片付けた碁笥を手に、席へついたヒカルに対局するのだろうとスヨンも勢いよくパイプ椅子を引いた。慌てたのは周りだ。
「ヒカル!次二回戦だよ?」
「進藤、おまえ碁が打てるのかよ!」
「俺は選手じゃない、こいつもそうだ。問題ないだろ、少し場所と碁盤を借りるだけだ」
あかりも三谷もヒカルを説得しようとしたが、向き合って視線をはずさない二人に、ユンが、私が責任もって見ておくよ、といえば、ではお願いしますと言ってしぶしぶ場を離れた。三人の後ろ姿にヒカルは楽しんでこいよ、とだけ投げた。
「お願いします」
両者が頭を下げて石を握る。ユンはまともに勝負にならないだろうと考えていた。研究生であるスヨンに、三将にもなれない・・・しかも先ほど大将に囲碁が打てるのかと驚かれていた人間が相手になるはずがないのである。ユンはどうするべきか頭を悩ませながら観戦しはじめた。
滑り出しは実に平凡な高目定石から戦い始めた。黒のヒカルはそこから大きく開き地力を見せつけるが、スヨンもまた次々とヒカルの行く手を阻む。そこから右上で激しくせめぎあいはじめた。二人の囲碁はまるで早碁で、勢いはあるのに読みは正確、絶妙に噛み合っているように見えた。ユンはまさかヒカルがこんなに打てるなんて、と驚きに細い目を精一杯開き、すぐにヒカルへの評価を修正した。
スヨンもまた、ヒカルな意外な強さに気を引き締めたが、今はスランプが嘘であったかのように素晴らしい打ち回しができている、と開放感と勢いがあった。不運なやつだ、不調だった自分がまさかここで絶好調になるなんて、とスヨンはほくそ笑み完璧に白が黒を押さえ込んでいることに快楽さえ溢れる。そして白が強烈に、攻め込んだ。
僕は、こんな華麗な打ち回しができる!
まだこんなに打てる!
(どうだ・・・!これで黒は死ぬ!)
スヨンは強い自信をみなぎらせ、きっとヒカルは苦い顔をしているだろうと顔をあげたが、ヒカルの表情は静かな笑みを浮かべていた。それは親が子供をみるように慈愛を感じる優しげなもので、トップスピードで打たれていた早碁が一瞬止まった。
パチ、と石の音がしてハッと盤面に視線をやるが、スヨンは首をかしげた。黒が死んでいないどころか、まるで今までの攻撃がすべてなくなったかのように、対処されていて攻めどころがなくなっていた。まさか、たった一手で?そんなはずはない、しかし今まで攻撃に回っていた分薄くなってしまった部分が目立っている。白の補強をしなければ、とボウシに打ち、ケイマで受けられ、黒を制限してやろうとして、白を切断され、決してみっともなくはない華麗な打ち回しを続けれている気がする、けれど完璧に対処されている。じわじわと追い詰められていて、スヨンは尻の座りが悪くなってきた。
調子がいい?・・・違う、これは。
(・・・打たされている!)
ヒカルの表情は涼しいものだ。手つきも迷いはない。まるですべて読み通りの展開といわんばかり、あぁ、踊らされていた、スランプがあるのに素晴らしい打ち回し?あぁそうだ今も打てている。他人にサポートされながら足を踏みながらどうだ華麗なステップだろうなんて、なんて滑稽!
(くそ、くそ、なのに・・・なんで)
地力の差でじりじりと追い詰められている。
スヨンの力を最大限引き出しておきながら、明確な好手や妙手など目立ったものは見せず制圧していく。それは純然たる棋力の差。
(嘘みたいだ)
手が震えた。碁石はきちんと持てている。
碁盤の上の白黒が、自由に散らばり広がっているように思えてきた。せめぎ合う狭い場所へ、白を軽快な音を立てて滑り込ませ、瞬時に黒はそれを抑えにくる。打たなければいけないところが輝くようにわかるのが、不思議だった。あぁでも、勝てない。
(楽しいなんて)
いつ以来か。
そうだ、忘れていた。
囲碁は、楽しい。楽しいからはじめて強くなって、勝って、楽しいから続けていた。そして当然負ければ楽しくない。楽しむために勝ちたいと思っていたのに勝ちにこだわりすぎて、勝利さえ楽しめなくなったのはいつからか。
『ありません・・・』
スヨンが頭を下げた。
同時に涙がこぼれ落ちた。負けたのは悔しい。そう、当然だ。悔しい。これもずいぶん久しぶりの感情で、悔しさは指先、足先まで全体に染み渡るような気分だ。不可解なのは、負けたのに、楽しかった。こんなにも素晴らしい囲碁が打てたことが楽しくて仕方がない。
「お前、まだまだ強くなりそうだな」
ヒカルが、空気を切り替えるように明るい笑顔でそう言った。
(あぁ、そうだ僕は強くなる。まだまだ、もっと強くなれる)
こいつに勝たなくては。
「ホン、スヨン・・・your name?」
「俺?ヒカル、進藤ヒカル!」
スヨンは涙をぬぐいヒカルがだした手を握り返す。囲碁部でもないのにこいつは何故こんなに打てるのだろうとか彼の棋力ならば自分を圧倒することもできただろうに何故指導碁のような面倒くさい打ち方をしたのか、聞きたいことはいっぱいあった。
「スヨン、ラーメン食べに行こう!」
だから、スヨンはそのまま引っ張って連れられることを許容した。
(やれやれ、スヨンのスランプはすっかり吹っ飛んでいったな)
大きくため息をはいて置いて行かれたユンは二人の背中をすぐに追うのをやめ、おそらくは二回戦をしているだろう葉瀬中にまずは結果を伝えに行こうと、向きを翻し賑やかな場所へ足を向けた。ユンは先ほどの進藤ヒカルの対局にあの子も院生か何かなのかもしれない、しかし、それにしては異様な打ち方だったと訝しんだ。さりげなく葉瀬中の生徒に進藤ヒカルについて聞いてみたユンだったが、その答えは美術部員という到底納得いかないものであった。