怪物と迷宮   作:迷宮の怪物1

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よろしくお願いします。


5話

 放課後のカラオケルームのある一室。穏やかで品のあるBGMがオーディオ機器から流れる部屋に男女合わせて6人がソファに座っていた。その中において中心人物である龍園はテーブルの上に足を置きながらパラパラと紙をめくり、記載されている内容に目を通す。

 

「なかなか情報が集まったようだな」

 

「そうですね。特に女の子は予想よりも多かったですよ」

 

 予定通りといった様子で満足気な龍園の言葉に返答した椎名はほんの少しだけ意外そうな表情をしていた。

 

「そうでなきゃ困る。そのために女子限定で赤字覚悟のポイント設定にしてやったんだからな」

 

 2人の会話は先日の手押し相撲のイベントについてであった。お昼休みに1週間開催されたその興行は最終日まで盛況さに陰りを見せることはなく、無事に終了。女子限定の賞金3000ポイントの方では参加料の採算ラインを大きく割ってしまったものの、それは元から織り込み済みであり、賞金50万ポイントと100万ポイントの参加料を合わせると全体の収益では10万ポイント強の黒字となっていた。この催しのある部分について納得のいっていない石崎は二人の会話に割り込む。

 

「龍園さん、なんで女子だけ100ポイントで参加できるやつがあるんスか? 男女差別ってやつですよ」

 

「……そんなのは人を集めるために決まってんだろ。100万ポイントと50万ポイントの相手は箕輪とアルベルト。男子相手に挑戦する女子はそんなにいねぇ。だから特別に女子だけチャンスイベントを用意してやった。100ポイントなんざ、その日ジュース1本我慢すれば捻出できる。そのうえ対戦相手は同じ女子。100ポイントで3000ポイントが手に入るならお得だ、やってもそれほどの損はない。そして、女子が集まれば男子は勝手に集まってくる。それが悲しい男の(さが)ってやつだ」

 

 女という光に(たか)る羽虫のような男たちの光景を思い起こした龍園は情報リストをめくりながら薄笑いを浮かべた。先ほどまで静かに飲み物を口に運んでいた伊吹もその話題で思い出したことがあるのか、身体を預けていた背もたれから離れて前のめりになる。

 

「たしかに、女子がやってる周りでやたらと大勢の男子が騒いでた。そういえば、石崎なんか地面に手を突いて見てたっけ? 何を盗み見ようとしてたんだか……あー考えるだけで鳥肌が立つ」

 

「ちょっ馬鹿、お前。俺はだなぁ……あれだ、周りに危ないものが落ちてないか確認するために奉仕の心で()ってだなぁ……」

 

 ケダモノを見るような軽蔑の眼差しを向ける伊吹に、石崎はチラチラと同席している椎名を(うかが)う。この場で唯一女の子らしい椎名から変態のレッテルを貼られたくない彼は伊吹にそうではないのだと弁明する。その様子を見ていた椎名は微笑ましさを感じて口元に手を当てながらクスリと上品な笑いを漏らしていた。

 

「で、今回のイベントはその情報が目的だったんだろ?」

 

「ああ、ポイントはおまけ程度。情報はどんな形で役に立つかわからないからな。手に入れられるときに手に入れる。入学したての警戒心の薄いこの時期だからこそやりやすい。これからクラス間での競争が激しくなると情報の入手は難しくなるはずだ。それに交流のない上級生の情報は貴重だしな」

 

 箕輪の確認に同意をする龍園。それを聞き終えた箕輪はカロリー補給のために大皿の上の大きなピザの切り身を3枚重ねて豪快に食らう。アルベルトはテーブルの上を一瞥し、置かれている料理の品数が少なくなっていると判断して部屋に備わっている受話器を手に取り、箕輪のために甲斐甲斐しく注文を追加した。小腹が空いた石崎もそれに便乗する。しばらくしてリストをチェックし終えた龍園はテーブルの上の飲み物に手を出しながら、ある程度砕けた雰囲気でお互いに接している椎名と伊吹の様子を見て、距離が縮まっていることを感じ、それとなく伊吹に水を向ける。

 

「クク、それにしても意外だ。素直に伊吹がこの場に来るとは思わなかったぜ」

 

「……私だって好きで来てるわけじゃない。ひよりがどうしてもって言うから……」

 

「そうか。それは仲が良くて何よりだ」

 

 知らぬ間に机をトントンと指で叩いていた伊吹は上から目線の龍園の言葉に内心で何様だと苛立つ。しかし、人を見下してからかうことが生き甲斐のような龍園という男に対して怒ったところで何にもならないどころか、口を開けた雛鳥に餌をやるようなものだと思い直した彼女は反応せずに鼻を鳴らすと黙り込んだ。

 それを最後に室内には沈黙が降り、少しだけ刺々(とげとげ)しい空気が広がった。そんな中、救いとばかりに部屋の扉が開かれる。注文を受けた店員がお皿を持って部屋へと踏み入り、お目当ての料理が運ばれてきた。店員が退出すると、石崎は待ってましたとばかりに食べ物へありつこうと机へ身を乗り出すが、ふと横に置かれている情報リストの束を目にする。すると何か嫌なイメージでも湧き出したのか、心に霧が立ち込めるような憂鬱とした色が彼から見られた。

 

「そういやぁ、来月期末試験だよなぁ。……また金田と勉強会かよ」

 

 石崎はガックリと項垂れていたが、しばらくすると心境の変化でもあったのか急に立ち上がる。

 

「まっ、それが終わった後は夏休みに学校がお楽しみのバカンス連れて行ってくれるみたいだし、やるぜ俺はっ!」

 

 落ち込んだかと思えば、意気込んだりと忙しのない石崎。そんな彼に対し、どうせ水着姿の女子を頭に思い浮かべているのだろうと呆れた顔をしている伊吹はふと4月にあった屋内のプール授業を水着から連想し、そのときに箕輪が見学していたことを思い出していた。

 

「ねぇ、あんたさ、プールの授業見学してたけど、もしかして……いや、ないとは思うけど、まさか泳ぐの苦手?」

 

 ようやく相手の弱みを見つけたと意地の悪い期待に胸を膨らませて伊吹はかみついてきた。特別棟での戦い以降、ことあるごとに突っかかってくる彼女を(しつ)けのなっていない犬のようだと箕輪は感じながらも食事の手を休めて気怠い様子で答える。

 

「得意か、得意じゃないかと言えば、得意じゃないねぇ。水に対して筋肉と脂肪の比重は1.1と0.9だ。極端に体脂肪率が低く、筋骨の密度と質が違う俺は常人よりも遥かに重い。当然浮きにくい。……だが、泳げないわけじゃねぇ。泳ぐ行為そのものが浮力を生むからだ。単に水泳に向かないってだけの話よ」

 

「体育の着替えで見たんですけど、アニキの肉体(からだ)すごいっスからね。なんか筋肉一本、一本が見えるっていうか」

 

Brilliant(すばらしい)

 

 石崎とアルベルトは出会った当初の箕輪の怖さも随分と薄らいで、男として強いものに対する畏敬(いけい)の念が強まっているようであった。箕輪を茶化す予定だった伊吹は彼の思わぬ理論的な説明と外野から2人の男子の賞賛という反撃にあい、出鼻を挫かれてしまう。箕輪に対して優位に立つチャンスがふいになり、心なしか肩を落とした様子で伊吹は組まれた手の上に顎を乗せて溜息をつく。そんな様相を眺め、ソファに寛いでいた龍園は時計をちらりと確認し、切りのいいタイミングだとばかりに立ち上がった。

 

「ご苦労。今日はこれでお開きだ。これから手始めにDクラスをヤる。いい働きを期待してるぜ」

 

 そう告げる龍園の眼には自分の未来における企みの成功がありありと見えていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「かんぱーい!」

 

 ささやかな宴の始まりを告げる音頭とともに、なみなみとジュースが注がれたグラスをそれぞれお互いに軽く打ち鳴らす。

 テーブルクロスで飾り付けられた可愛らしい丸テーブルの上には色鮮やかなグミや一口サイズのチョコレート、食欲を刺激する狐色の焼き菓子などが彩るように広げられていた。

 

「美味しいー!」

 

 そのうちの1つを手に取って口に放り込むと、舌に広がる甘みに思わず頬に手を当てながら満足感をにじませる女の子がひとり。その女の子の名前は軽井沢恵。ハイトーンのミルクベージュ色の髪をポニーテールで高くまとめた可愛らしい外見だが、恋愛に疎い者にとっては近づき難いギャルを彷彿とさせる人物である。

 

「久しぶりだよねー。こうやってお菓子食べるの」

 

「うちのクラスどん底だし、ホント勘弁してって感じ」

 

 4月までは当然の日常であったものが、5月以降は贅沢な嗜好品(しこうひん)へと様変わりしてしまったDクラス。軽井沢と同じくそのクラスに所属している大人びた雰囲気の松下千秋はしみじみと目の前の幸福に浸っていた。そして、クラスポイントの減点に加担していた己の失態を棚に上げ、現状に愚痴を零すのは篠原さつき。我が強く、男子とも真っ向から口喧嘩するほど気の強い女子だ。

 

「でもさ、ラッキーだったよね、あのイベント。おかげで臨時のポイントが手に入っちゃった」

 

 思いがけない幸運を手に入れた喜びを思い出し、声を弾ませるのは佐藤摩耶。ピンクベージュの長い髪の女の子。

 寮の一室で開かれた女子会を楽しんでいる4人は運動が得意というわけもでないのに、先日のCクラスが開催した手押し相撲のイベントで偶然にも全員ポイントを勝ち取っていた。

 

「あれ開催したのCクラスだよね? あのクラスあんまりいい噂は聞かなかったからさ、ポイントもらえるにしてもすぐにもらえないかもって思ってた。支払い期日とか書いてなかったし。でも、すぐに連絡きてポイントもらえたからイメージ変わっちゃったな」

 

 普段から素行の悪い不良が何か善行を行うと、途端に悪い印象は覆り、良い印象が強まるような心理現象をハロー効果によるゲイン効果と言う。それと同じものを松下はCクラスに感じているみたいだった。

 

「女子に対しての扱いもわかってるみたいだし、ホントCクラス様様」

 

 松下の意見に調子を合わせ、うんうんと頷く篠原。女子だけ特別に設定された参加料100ポイントで賞金3000ポイントの獲得機会。単純に考えて賞金に対する参加料の比を比較すれば、50万ポイントと100万ポイントのほうが遥かにお得ではあるが、参加料の手軽さと対戦相手の難易度を考えると特にポイントのない者にとってはメリットがあった。

 

「でも大丈夫かな? ポイント借りちゃったけど、返さなくて」

 

 良心の呵責(かしゃく)によるものか、経験のない未知への恐怖心か、テーブルに置かれたグラスをいじりながら、いかにも不安げな表情を佐藤は浮かべていた。そんな彼女を見ていた軽井沢は少しだけ心の中で懸念が顔を覗かせた。だが、彼女はそれをおくびに出さず、自分自身にも言い聞かせるように朗らかな声をかける。

 

「大丈夫だって。質問に答えるだけで返さなくていいんだから。別に聞かれても困ることなんてないしー」

 

 実のところ軽井沢には過去に苦い経験があり、聞かれると困ることがあるにはあった。しかし、この学校に彼女の過去を知る者が存在しないことはある程度確認済み。現在、彼氏持ちの順風満帆な学校生活を送っている軽井沢は自分の輝かしい新生活にそんな不安は相応しくないと安易に切り捨てた。

 

「まぁ、大丈夫なんじゃないかな。学校もそこまで酷いことは許さないでしょ?」

 

「だよねー。あっ、でもスリーサイズとか聞かれたらどうする?」

 

「ソッコー通報で警察に連れてってもらう」

 

「アハハ、うちのクラスの平田くん以外の男子とかだったらマジでそれ以上のことやりそー」

 

「プールの授業の時キモかったもんねー」

 

 先ほどの心配事なんてどこ吹く風と楽しそうにはしゃぐ3人を目にした佐藤は硬くなっていた表情を緩ませ、その輪に加わる。

 

「それよりも掲示板のこのイケメンランキングってさ……」

 

 様々な要因が重なり、合理的でない認識や判断を下してしまう認知心理学の概念を認知バイアスと呼ぶ。

 その中の1つであるリスキーシフトとは集団の中で極端な言動が注目されやすくなるという特性によって、リスクの高い意思決定に加担してしまう心理のことだ。

 わかりやすい例を挙げるとするなら、誰でも一度は耳にしたことのあるフレーズ『赤信号、みんなで渡れば怖くない』。

 彼女たちのリスク選択がそれに該当するかは現時点で評価できない。しかしながら、それほど遠くない未来でその選択の是非が問われるであろうことは想像に難しくなかった。そして、彼女たちは笑う。無意識領域の片隅で息づいている不安を無自覚に振り払うように。彼女たちの遊宴(ゆうえん)はまだ始まったばかりであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 放課後の特別棟。築10年目とは思えないほど管理が行き届いているその施設は現在の時間帯により、全くひとけのない場所へとなっている。そこにはまるで人が寄り付くことのない廃墟のような薄気味悪い静けさだけが広がっていた。そんな校舎の3階の廊下に待ち人でもいるのか、ポツンと突っ立ている1人の男がいた。Dクラスの須藤健だ。

 

「あいつら……人を呼び出しておいて、どこほっつき歩いてんだっ!」

 

 同じバスケ部所属であるCクラスの小宮と近藤にこの場所へと呼び出された須藤。部活の練習も終わり、さっさと帰宅して休息をとりたい彼は傍に誰かがいれば掴みかかりかねないほどの怒りをにじませた形相を隠そうともしない。(くだん)の2人に呼び出された理由は至極単純で須藤に対する嫉妬だった。須藤は1年生にして既に突出したバスケットの能力を買われ、夏の大会には唯一の1年生としてレギュラーに迎え入れられる話が上がっている。

 これが聖人君子のような人物のことであれば周りに恨まれることもなく祝福されただろうが、須藤は正反対の田夫野人(でんぷやじん)と呼べる粗野な性格であった。当然、この1年レギュラーの話を快く思わない人もそこそこいる。小宮と近藤もそれに含まれていたということであろう。今回の呼び出しは須藤の日頃の態度の悪さが招いたこととも言えるため、彼にも幾分か非があるはずだ。しかし、そんなことをつゆほども考えていない須藤は2人がここに現れたときに問答無用で一発ずつ殴ることを決めた。喧嘩の強い自分なら、それが容易(たやす)いことだと考えて。

 だから須藤は想像すらしていなかった、今から自分の身に降りかかることを。彼は考えていなかった、その身に凶刃を突き立てる存在を。

 しばらくしてカツン、カツンと廊下を歩く音が響く。ようやく来たかと須藤が振り向くと、廊下の先には揺れ動く人影が見える。窓から差し込む陽の光の(まぶし)さが逆光となり、その近づいてくる人物に深く影を堕とし、様子は(うかが)い知れない。だが、須藤は不気味で異質な空気が辺りに漂い始めたのを肌で感じていた。そして、陰から現れたのは口元を歪めて狂気を孕んだ笑みをたたえる男、箕輪勢一。その姿を目にした須藤は先日のやり取りを思い出し、心の底から不快感がこみ上げてくる。

 

「誰かと思ったら、インチキ糞野郎じゃねぇか。小宮と近藤はどうした」

 

「……ひひっ……代理だ。おじさん、2人に頼まれちゃってねぇ~」

 

「チッ、ビビりやがって根性なしどもが。そんで……お前が代わりにボコられにきたのか?」

 

 須藤は肩から引っかけるように担いでいたボストンバッグを床に置くと、バシンッと大きな音を鳴らして、威嚇(いかく)するよう手のひらに拳を打ちつける。

 しかし、全く揺らぐことのない様子の箕輪を見るに、彼の威嚇はそれほどの効果を上げることはなかった。

 

「くく……芸達者な猿だ……なかなか面白い冗談だったぜぇ?」

 

「あ? 冗談で済むうちにさっさと土下座しろ。こっちは部活で疲れてんだ。それで手を打ってやる」

 

 挑発的な箕輪に対して須藤は火を噴くような鋭い眼光を放つ。

 

「ふへっ、喧嘩自慢は伊達じゃないみたいだねぇ。そうやって威嚇して避けてきたわけだ、喧嘩を」

 

「……てめぇ、もう一度言ってみろよオイ!」

 

 今すぐに飛びかかってきてもおかしくない様子の須藤。それを意に介さず、箕輪は彼の周りをゆっくりと歩き始めた。

 

「……ここがどういう場所かわかるか?」

 

「は?」

 

「他に誰もいない、監視カメラもない、何が起こってもそれを認識する奴はいねぇ。あれだ、よく言うだろ? 誰もいない森の中で木が倒れたら音はするのかってな」

 

「……何が言いてぇんだ?」

 

「この場所を指定して呼び出されたことの意味も考えず、そこにのこのことやってくる人間は2種類しかいねぇ。敵地で()危険性(リスク)蚊帳(かや)の外に置いた頭の足りない弱者か、それを理解したうえでねじ伏せる強者か。……さぁーて、お前さんはどっちだろうなぁ」

 

 歩みを止めた箕輪はポキポキと首を鳴らしながら、好戦的な笑みを浮かべる。そんな相手を見据える須藤は話を半分も理解できていなかったが、無事に帰す気がないことは張りつめた空気から察していた。そして、須藤は自分が辛うじて話の中で拾った『弱者』、『強者』、『どっち』という3つのワードから問いかけに対して返答する。

 

「当然……強者に決まってんだろっ!」

 

 彼はそう言い捨てると、バスケで鍛えられた脚で床を蹴りつけて相手との距離を一気に潰し、間髪いれずに殴りかかった。箕輪は顔面に向かってくる拳の軌道を容易く読み、躱しながら相手の振り抜かれた腕と自分の腕を交差させると引っかけるように組み合う。

 

「力比べと行こうかぁ」

 

 ニタニタと下卑た表情で挑発する箕輪。自慢の拳を躱された須藤は己の腕と(もつ)れ合う相手の腕を見て挑発の意図を察し、力比べ上等とばかりに勢いのまま床に投げ倒すつもりで巻き取るように強引に腕を引っ張った。しかし、そんな意志とは真逆に須藤の動きは急に失速してしまう。彼が再び全力で力を入れるも相手の身体は岩盤のように微動だにしない。そして次の瞬間──

 

「え?」

 

 まるで激浪(げきろう)に飲まれて引きずり込まれるかの如く、信じられないほどの膂力(りょりょく)で須藤の身体が急激に後方へ引かれ宙を舞い、床に激しく叩きつけられた。骨がたわみ、肺の中の空気が一気に吐き出される。衝撃でほんの一瞬だけ気を失っていた須藤が意識を取り戻して目を開けると、そこには校舎の天井が広がっていた。自分の背に床の硬い感触を感じながら須藤はありえないはずの事態に何が起こったのか理解が追いつかない。そんな彼を見下ろしながら、箕輪は余裕の笑みを浮かべる。

 

「さっきのお前の答えな……残念ながら外れだ。お前は頭の足らない弱者ってぇわけよ」

 

 負ける要素なんて何もない、いつも通り自分が勝って終わり。そうどこかで楽観的に考えていた須藤の頭の中で箕輪の言葉が虚しくも木霊(こだま)していた。自分よりも小さいその身体のどこから途轍もない腕力が生まれるのか。答えの出ない疑問に考えることを諦めた須藤はとりあえず体勢を整えようと痛みをこらえて素早く上体を起こし、床に手をつく。それを黙って見逃すはずもない箕輪は嬉々として態勢の崩れた須藤に容赦なく理を逸脱した暴力を振るった。襲いかかる箕輪の乱暴な蹴りは無防備な人間を容易く壊してしまうことを感覚で理解させる。姿勢の崩れた須藤は本能的に危険を察し、肩を前に出して衝撃に備える。が、その選択は正しいとは言えなかった。受け止めた刹那、痛みとともにメリメリと骨が(きし)しむ不穏な音を彼は耳にすることになる。そして、防御など無意味と言わんばかりの破壊的な衝撃が全身に(はし)り、かすかな苦悶の声とともに須藤は壁際へ軽々と吹き飛んだ。

 

「おいどうした、ボコボコにして顔面潰すんじゃなかったのか、ん?」

 

「ぐっ、うるせぇ……勝負は……こっからだ」

 

 目の前でニタリと(くら)い表情で佇み、凄まじい暴の気配を撒き散らす男。そんな生存本能を刺激する脅威に対して強気な言葉を口にしながらも須藤は自身が有する暴力との次元の違いを悟っていた。いや、彼が目を逸らしていた心の奥底ではもっと以前、先日のイベントで一戦交えたときからその強さに薄々勘付いていた。己の弾かれた手から伝わる強烈な痛みが相手の慮外(りょがい)な豪腕を物語っていたからだ。しかし、それが今になって判明したところでこの場から逃げる選択肢は残されていない。唯一、校舎の出口に繋がる階段は箕輪の背後にある。そして何より、須藤のプライドが敵前逃亡を許さなかった。戦って活路を見出すしかない。

 

「おらぁっ!」

 

 壁を支えに立ち上がり、息を整えた須藤は力の入らない足に鞭打って、乾坤一擲(けんこんいってき)の反撃に出た。そんな須藤の動きになぜか反応しない箕輪。そのチャンスを逃すものかと無防備な腹部へ須藤が遠慮なく渾身の一発を見舞う。どうだと言わんばかりの表情を見せる須藤だが、すぐに違和感に気づく。まるで巨巌(きょがん)を殴ったように相手は硬く小揺るぎもしない。手応えのなさに須藤は思わず大きく目を()いていた。それを平然たる態度で静視していた箕輪は口を開く。

 

「ヒヒッ……どうしたぁ? それで精一杯か?」

 

 狂気渦巻く眼で須藤を覗き込む箕輪。

 

「……な、何なんだよ……お前……」

 

 人を笑って殺す、そんな残虐性を張り付けた表情の箕輪に須藤の中で得体の知れない恐怖心が腹の底からこみ上げてくる。

 

「クク……理解しただろぉ? 相手の力量を測り違えたってなぁ。だが悲観することはねぇ……俺と向かい合った時点で誰であっても()られる側に回っちまうってだけの話だからよぉ」

 

 動揺を抑えられず、身体に力が入らない須藤。致命的な隙を見せる彼を容赦などするはずもなく、箕輪は無造作に相手の胸倉をむんずと鷲掴む。そして、ミチッ、ギチッと異音が聞こえてくるほど握り込まれた拳を振り上げ、一気にその凶悪なエネルギーを解き放った。

 

 ──メッキィィィ── 

 空気を切り裂き、無慈悲に対象物を粉砕する(ハンマー)の如き拳は須藤の顔面に直撃して鮮紅(せんこう)のしぶきが(ほとばし)り、掴まれていたシャツは千切れてボタンが弾け飛んだ。

 

 意識が消し飛びかねない程の一撃で須藤は回転しながら床へと滑るように倒れ込み、勢いよく壁に激突。そして、身じろぎ一つすることもなく、冷たい床にダラリと力なく沈んでしまった。周辺には重苦しい圧迫感を伴った静寂が舞い戻る。

 しばらく様子を窺っていた箕輪はゆらりと彼が倒れている場所へ近づくと相手の腹を軽く蹴りつける。

 

「ゥブッ」

 

 計画に支障が出ない範囲でやれと龍園に念押しされていることもあり、須藤の意識と呼吸を手荒く確認した箕輪は独り言のように語り始めた。

 

「今頃、お前を罠に嵌めた奴らは寮で好きなおやつでも食いながら、ゆっくりと思い思いに(くつろ)いでるだろうなぁ。だが、お前はどうだ? ポイントはなく、ひもじい思いをしながらもバスケットに精を出し、せっかくレギュラーの話も舞い込んだってのに、それを逆恨みされて理不尽にボコられる。哀れ過ぎて泣けてくるってもんよ」

 

 ポケットから携帯を出した箕輪は仰向けになるよう須藤を蹴り転がすと写真を撮り始めた。無機質なシャッター音が廊下に鳴り響く。

 

「いい顔だねぇ。鼻から血を吹き出し、歯が欠けた間抜け面だ」

 

 気は済んだようで携帯を仕舞うと、箕輪は話を続けた。

 

「この世にはなぁ、善意で満たされた白い世界と悪意が跋扈(ばっこ)する黒い世界を(へだ)てた境界線なんてものは存在しねぇ。あるのは果てしなく広がった混沌(グレー)の世界だけだ。それが認識できなきゃ最低限の危機意識すら持てなくなる。わかったような気になってる奴も同じだ。そして、何気なく享受してる平和がこの先ずっと続くと思い込む。だからボケた奴らは気づかねぇのさ、危険なんてのは自分のすぐ傍にいくらでも潜んでるってことをな」

 

 箕輪はポケットに手を突っ込み、もう用はないと背を向ける。

 

「今回はその愚かさの代償(ツケ)が回ってきただけだ。恨むなら自分の普段の行いと運の無さを恨めよ、須藤クン」

 

 それだけを言い残すといやに響く靴音とともに彼の姿は消えていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

「……どうすれば……いいの……?」

 

 今日この時間、この場所は彼女にとって最悪のタイミングだった。彼女の名前は佐倉愛理。

 大人しく引っ込み思案、人とのコミュニケーションが苦手でDクラスでも目立たない存在。そんな彼女がなぜ放課後の特別棟にいるのか。それは趣味である自撮りを行うために、ひと気のない良さげな撮影ポイントを探していたからだ。

 そして、場所探しに夢中になっているときに不運にも争いの場面に遭遇してしまった。そこには顔を血塗れにしたクラスメイトである須藤が倒れていて、傍には拳に血を(したた)らせた不気味な笑顔で佇んでいる男がいた。クラスメイトの中でも体格が大きくて運動もできる粗暴な須藤が相手に傷を負わせることもなく打ち負かされているという事実に佐倉はゾクリと肩を震わせ、生唾をぐっと飲み込んだ。見つかったら殺される──そう思わせるには十分すぎる光景だった。

 しかし、彼女は己の中の恐怖とは裏腹にその情景をカメラに収めるべく無音でシャッターを切る。いくらか撮影した後に我に返った佐倉は何をやっているんだと自問自答をしつつも混乱で思考がまとまらない。そうこうしているうちに例の男が事を済ませたのか、彼女のほうへと近づいてきていた。佐倉が考えなしに隠れていた場所は鍵で施錠された扉に囲まれている袋小路。男の足音が近づくにつれて心臓の鼓動が激しくなり、全身でその拍動を感じ取れるほどの絶体絶命の状況。その中で彼女の下した選択は視界からはずれるようにできるだけ姿勢を低くし、目一杯壁に身体を張り付かせて壁になりきることであった。

 際立った一部の身体的特徴が壁に擬態することを阻んでいたが、それについて考えることを諦めた彼女は自分が壁であると一生懸命に心の中で何度も念じるほかに選択肢はない。時間の流れが非常に遅く感じられるほど張りつめた空気が漂う。そんな中で彼女の祈りが届いたのか、何事もなく男は階段を下りていき、気配は遠ざかっていった。

 それを見届けて安心した佐倉は壁を背に力の抜けた腰を下ろす。しばらくして、身体を動かせるようになった佐倉は(うめ)きながら倒れている須藤を壁越しにチラリと見て、どうしようかと考える。しかし、面倒ごとに巻き込まれて目立つのを嫌った彼女は罪悪感を抱きつつも、何もせずにその場から離れることを決めた。足音を立てず静かに、それでいてできるだけ素早く、彼女なりの迅速さで階段を下りていった。無事に逃げ出せるという気持ちが(はや)ったのか、彼女の表情に僅かながらの笑みが零れる。そして、その笑みは階下に到着した時点で脆くも崩れ去ることになった。目の前に待ち構えている怪物によって。

 

(ひで)ぇガキだ。倒れてる奴をほっといて逃げようってんだからな」

 

 口を開けたまま茫然自失といった様子の佐倉のほうへ壁にもたれて待ち受けていた男は静かに歩み寄ってくる。

 

「あれで隠れてやり過ごしたつもりか? 短い時間だったなぁ、良い夢は」

 

 恐怖で思うように体が動かない佐倉はぎこちなく後ずさり、下ってきた階段に引っかかるとそのまま尻もちをついた。男は傍まで来るとしゃがみ込み、佐倉の顔を覗き込むように視線を合わせる。

 

「こんなとこで何やってたんだ? ひとけのないところでウロチョロしちゃあいけないよって母ちゃんや父ちゃんに教わらなかったのかぁ?」

 

 ただでさえ人とのコミュニケーションが苦手な佐倉は威圧感を発する男の言葉に反応できるわけもなく、無言で顔を下向けながら身を縮こませる。そんな彼女にどうするかと頭をポリポリと掻く男は名案でも思い付いたのかニヤリとしながら、相手の髪を掴み顔を無理矢理上げさせる。そして、

 

 ──パァッン──

 

 場に似つかわしくない乾いた音が廊下に響いた。頬をはたかれた衝撃で佐倉の視界は揺れながらチカチカと明滅し、頭の中は真っ白になる。しだいに状況を理解していった彼女は自分が感じた物理的な痛みよりも頬を平手で張られたという事実に何倍もの精神的なショックを受け、それが頭の中を瞬時に駆け巡った。目じりにたまり始めた涙は表面張力のはたらきを上回って決壊すると後から後からとめどなく溢れてくる。

 

「携帯と学生証、それからデジカメを渡せ」

 

 無言で震えながら手渡された佐倉の私物を男が確認していく。

 

「Dクラス、佐倉愛理。携帯に写真はねぇな。カメラは……何だぁ? 自分の写真だらけだ。こんなナルシスト初めてだぜ。 ひひ、そりゃ何もせず逃げるわなぁ……なんせ自分の身がいちばん大事で、自分大好きな人間なんだからよぉ」

 

 箕輪の心無い言葉に我慢していた嗚咽(おえつ)が漏れ出し、彼女の上半身は小刻みに震えだす。

 

「……ちっ、余計なもん何枚か撮ってやがるな。手間かけさせやがって」

 

 男はデータが保存されているデジカメのSDカードを抜きだして人外の握力でそれを握りつぶした。

 そして、粉々になったSDカードの残骸を握りしめ、彼女の頭上にかざすと振りかけるように手のひらを開く。

 

「おい小娘、覚えときな。お前みたいな一人もんがひとけのないところを興味本位で散策するもんじゃねぇ。今日は時間がないから見逃すが、次に同じことがあれば容赦しないぜぇ、俺は」

 

 そう言って彼女を脅した男は学生証と携帯を離れたところに放り投げ、デジカメは足元に落としてからガンッと思い切り踏みつけた。彼女が高いポイントで購入した大事なカメラが砕け散る。

 

「散らばってるのはお前のゴミだ。しっかり掃除してから帰るんだぞぉ―」

 

 男の姿は消え、あたりに虚しく響くのは佐倉の嗚咽と苦しみで(あえ)ぐような声だけだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 誰にでも一度は経験がある休み明けの憂鬱な朝。そんなことは知らないとばかりにDクラスではいつにも増して浮足立ち、騒がしかった。その理由は教室に入ってきた須藤の痛々しい姿を登校しているクラスメイトの多くが目にしたからだ。彼の顔は大きく腫れ上がり、鼻にはギプスのようなものが固定されている。

 

「何があったんだ?」

 

「喧嘩でもしたんだろ。自業自得だ」

 

「どしたんだろ? 怖いよね」

 

「クラスに迷惑かけんなよ」

 

 クラスメイトのこそこそと囁くような話声を無視し、須藤は自分の席へ着席すると黙って俯いていた。そんな様子を見ていた好青年でクラスの中心人物でもある平田洋介は心配な面持ちで須藤に何があったのかを聞くために彼の席へと近づいていく。しかし、その行動は乱入してきた他クラスの生徒によって中断されることになる。

 

「おい、須藤はいるか?」

 

「おっ、元気そうじゃねぇか須藤」

 

 Cクラスの小宮と近藤がDクラスへと足を踏み入れる。

 

「おい、お前ら勝手に教室入んなよな」

 

 他クラスの生徒が無断で入ってくることを良く思わなかった池は2人に対して咎めるが、小宮と近藤はそれを無視して須藤の傍へと寄っていく。そして、周囲に聞こえないように近藤が須藤へ耳打ちをする。

 

「特別棟ではお疲れ様だったな。レギュラーに抜擢されたお前へのお祝いだ。楽しんでくれただろ? それと写真な、傑作だったぜ。鼻垂れのアホ面なガキみたいでよ、腹が(よじ)れて笑い殺されるかと思ったぜ」

 

 黙って聞いている須藤の身体が小刻みに震える。それは火山噴火の前兆現象として見られる地表の揺れの様に見えた。

 

「で、提案なんだけど、あの間抜けな写真を全校生徒に配ろうと思うんだ。もちろん名前もちゃんと書いてな。やっぱ面白いことはみんなで共有しないと。お前もそう思うだろ、須藤」

 

 ──ブチッ

 

 頭の中で何かが切れた音がして視界が赤く染まった須藤は遠くに平田の声が聞こえたような気がしていた。

 しばらくして彼が正気に戻ると、周りの机や椅子はひっくり返っていて、その中で近藤は鼻血を出しながら倒れている。

 

「……やっちまったなぁ、須藤っ! 言い逃れはできないぜ。教室のカメラでばっちり撮られてんだからよ」

 

 自分の血を(ぬぐ)いながら、緩慢に起き上がる近藤。これ以上喧嘩を続けさせるわけにはいかない平田が間に入った。

 

「少し待ってくれないか近藤君。君が須藤君に殴られたのはDクラスの一員として謝るよ。けど、君にも何か原因があるんじゃないかな?」

 

「原因って何だよ、平田。わかってんのは須藤が俺に暴力を振るったっていう事実だけだぜ」

 

「須藤君が手を出したことは悪いと思ってる。でも、喧嘩というものは何かが対立して起こるものだよ。近藤君に全く否がないとは言えないんじゃないかと思う」

 

「何言ってんだ、これは喧嘩じゃねぇ。一方的な暴行だ。俺は絶対に許さねぇからな」

 

 平田と近藤の話し合いは平行線をたどり、交わる気配は全くない。緊迫した空気がDクラスを包んでいく。それを少しでも和らげようとDクラスで男女関係なく憧れの存在である櫛田桔梗(くしだ ききょう)という女子が近藤に説得を試みる。

 

「近藤くん、今回のことは大目に見てもらえないかな? 須藤くん、今朝からずっと辛そうにしてて虫の居所が悪かったと思うの」

 

「……いくら櫛田の頼みでもそれは聞けないな。まぁ、お前が俺の彼女になるなら考えないでもないぜ」

 

 そんな近藤の理不尽な交換条件に対し、櫛田に想いを寄せる池は怒りを露わにする。

 

「お前っ、調子に乗りすぎだろ! そんなの櫛田ちゃんが飲むわけないだろーがっ」

 

「雑魚は黙っとけって」

 

 一日を楽しく始めるための朝が混迷を極めることになったDクラス。収拾のつかない雰囲気で教室内のざわめきが頂点に達しようかというとき、バンっと叩かれる音が響いた。一気に静まり返る教室。その音の出所は教室の扉に肘をつき寄りかかる箕輪であった。

 

「お前ら何チンタラしてんだ? さっさと戻れ」

 

「箕輪さん……」

 

「わかりました」

 

 小宮と近藤がDクラスからすごすごと退散していくと、去り際に箕輪がニタリと笑みを浮かべ、

 

「うちのもんが失礼したねぇ」

 

 それだけを言うと扉を閉めて、帰っていった。

 急速に事態が鎮静化されて波打つように沈黙が広がっていくが、それも束の間でまた元の騒々しさを取り戻す。

 そんな朝の出来事を露程も知らない綾小路は教室の後ろ側の扉を開けて、まっすぐに自分の席へ向かい、座る。

 いつも以上の騒がしさと、散らかっている机と椅子を片付けるクラスメイトを(いぶか)しく思った彼は穏やかでない隣人へと声をかけた。

 

「なぁ堀北、何かあったのか?」

 

「本当にあなたは呑気ね。……今朝、須藤くんがCクラスの生徒に暴力を振るってしまったのよ。遅かれ早かれ起こることだとは思っていたけれど」

 

 綾小路の隣人である堀北鈴音(ほりきた すずね)は目つきから自己主張の強さがうかがえる黒髪のロングヘア―で落ち着きのある美少女。能力は高いが、他者を思いやらず、周囲を見下しがちであるのが欠点。

 その彼女に現状の説明を受けた綾小路は特に驚きもせず、返事をする。

 

「そうか」

 

「それだけ? いくらあなたに会話をする能力がないからといって、あまりにもお粗末すぎる返答ね」

 

「情報が無さ過ぎてな……それに、向こうの出方次第だろ? 結論が出ないうちにCクラスを刺激するような行動は控えるべきだろうし、須藤にしても話をしてくれる雰囲気じゃなさそうだ。こっちからアクションを起こせることはないな」

 

「……それもそうね」

 

 綾小路の言い分に納得した堀北は少し不機嫌そうになりながら、自分の愛読書に目を落とし、それ以降は黙り込んでいた。数分後、教室へと入ってきたのは長い髪をポニーテールにまとめ、ルールに厳格そうな女性の茶柱佐枝。Dクラスの担任である彼女は堂々とした態度で教壇に向かう。その途中で乱れた机や椅子を整頓する生徒たちを横目に窺うと皮肉気な笑みを浮かべた。

 

「まったく、今年の1年生は元気がいいみたいだな」

 

 そう独り言ちると茶柱は教卓に腕を突きながら、生徒たちを見渡す。

 

「これより朝のホームルームを始める」

 

 今朝のトラブルなど何も無かったように無慈悲に日常が流れ始めた。

 

 

 

 




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