隠し通路にて
ようやく使われる隠し通路。普段メインで活用しているのはアルベルかレイヴン。
宴会場とは打って変わって、静かなヴァユの離宮。
今日は風も少なく、草木も眠るような空気が漂っている。しかし、すべてが眠っているわけではない。耳を澄ませば聴こえてくる――メイドが夜食を運ぶワゴンを押す音、移動しながら警備する騎士や兵の足音、宴から抜け出して侵入しようとしたどこぞの馬鹿を捕まえたという呆れ交じりのうんざりした声。
「今日だけで何人目だ?」
王城の兵に侵入者を引き渡した騎士は隣の同僚に聞いてみる。
宴に伴い入場者――そしてそれに紛れた不作法ものが王城に入り、人目を盗んで入り込もうとする。ガンダルフから警戒を怠らぬよう前もって言われていたが、思った以上に入れ食いだった。
「十一人だな。一人で来るのもいるけど、徒党を組んでくるのもいるから」
「姫殿下は本当に大人気だな‥‥‥まあ、滅茶苦茶美人で可愛いからなー」
ヴァユの離宮の若き女主人を思い浮かべ、へらりと笑う。
絶世の美貌を持つ王太女アルベルティーナの護衛は厳選されている。本当に信頼と信用の厚い凄腕の騎士に絞られている。
王宮騎士とは言えまだ若手の二人は、まだまだそのお役目が日が来るのは遠そうだ。精々、憧れの存在を遠目で見るだけでラッキーである。
「馬鹿。不敬だぞ。アンナ様やベラ様にぼこぼこにされたいのか」
「え? アンナさんってそんなに怖いの?」
驚いたように振り返る。アンナはいつも楚々としていて、アルベルティーナの影のように付き従っているイメージがあった。それは嘘ではなく、ありのままの事実である。
だが、職務に忠実だからと言って気弱とか大人しいわけではない。
「この前、フォルトゥナの御令息の胸倉掴んでいたぞ。あ、眼鏡の子爵の方な」
「えええー……大人しいと思っていたのに。それに結構美人だから狙ってたのにー」
この騎士は淑やかな女性が好みだった。
流石に王太女を狙う身の程知らずではなかったが、使用人であるメイドや侍女ならと考えていた。ヴァユの離宮にいる彼女たちは、全体的にレベルが高い。その中でもラティッチェ出身のメイドたちは器量よしと有名である。
「やめとけやめとけ! 俺らみたいな平騎士が相手にされるか。言っとくけど、あの人俺らのより高給取りだし、王太女殿下至上主義だから」
アンナはアルベルガチ勢である。主の為なら火の中水の中、時に公爵子息相手だろうが凶器を振りかざす気概を持っている。
そして、その高い忠誠心をラティッチェからもフォルトゥナからも王家から買われている。この侍女であればアルベルティーナを任せられると太鼓判を押されているのだ。
結界による籠城があった時、どんなに金や宝石、爵位を積まれようとも全く靡かずアルベルティーナに尽くしたという実績も大きかった。
侍女頭はベラだが、アルベルティーナ専属侍女はアンナのみ。アルベルティーナからの信頼も厚く、その発言権は大きい。
「あ、フィルレイアさんとかは? あの子も結構美人だし」
「あの子は滅茶苦茶面食いだから、俺みたいな芋は眼中にない」
「ドンマイ」
ジュリアスやキシュタリア、ミカエリスなどの美貌で名高い貴公子たちの前では目にハートと星を散りばめた様な輝きで、頬を染めていた。だが、自分の前ではそんな素振りは見せたことはない。
その貴公子たちはどう見ても王太女狙い――しかも、ヴァンと違って王太女も拒否する気配がない。そうであっても、フィルレイアのスタンスは変わらない。
こう言っちゃなんだが、比較対象のレベルが高い。
項垂れる同僚を慰める騎士。そんな二人の足音が夜の闇に消えていく。
彼らが通り過ぎた壁の向こうで、息をひそめていた存在に気付くはずもない。
(……警備が多いな。王宮より厳重だ。下手すれば陛下の警備以上だ)
ミカエリスは少し酔いが醒め始めた頭で遠ざかる気配を追う。
今日は風も少なく、物音が少ない。この通路は壁が薄い。歩く音に気付くかもしれないので、足を止めて様子を見ていたのだ。
常に騎士がペアを組んで歩いている。ルートは複数あり、時間もまばらだ。隙のある時間を読みづらく、忍び込むのは難しい。それだけでも厄介なのに、移動警備している者たちとは別に立って警備に当たっている者も居た。
昼間にヴァユの離宮を訪れたことはあった。その時も警備はいたが、昼夜問わず多めに配置している。
ガンダルフがどれだけ心血を注ぎ、アルベルティーナを守ろうとしているかよく解った。
しかし、それを出し抜いてミカエリスはアルベルティーナの部屋に向かっている。罪悪感と、背徳感――そして、どうしようもない高揚感があった。
夜は更けてきたが、まだ眠るには早いだろう。
彼女が眠りにつく前に、とミカエリスはそっと足を急がせた。
隠し通路は暗い。火の魔法で少しだけ明かりを灯し、慎重に進んだ。足を向けると明かりがつく場所とつかない場所がある。魔石が埋め込まれ、光源となっている場所もあったが、既に壊れ朽ちてしまっているのもある。
その時、暗闇で何か動いた。視覚的には見えなかったが、音と気配を感じ、とっさに体を捻って躱す。研ぎ澄まされ、極限まで絞られた押さえられた殺気。それは、その相手がそれだけ訓練され、鍛錬を積んだ手練れだと伝えてくる。
護身用の隠しナイフで向けられた一撃を受ける。だが、それは思ったより軽かった。相手が急に敵意と殺意を萎ませていくに気づく。
ミカエリスが弾いたから当たっただけで、ナイフの持ち主はミカエリスの体に刃が届く前に、止めるつもりだったのだろう。
「……ミカエリス様?」
読んでいただきありがとうございました。
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