元柳斎の養子(1900歳) 作:黒ヶ谷・ユーリ・メリディエス
なんか息抜きに書いた作品が一日で評価赤色、お気に入り700突破になっててビックリなんですけど(迫真)
感謝感謝
ちなみに、山爺は道を別った者には容赦しないけど、利用できるものは利用するスタンスでもあると思っています
時は流れ、秋。
樹木が徐々に枯れると共に色とりどりの木の葉が見え始める時節になった。ここ尸魂界は現世・大和の四季を受けるため、植生もそれに準じている。
無論、それは食べ物に於いても同じだ。
「ほれ、悠璃よ、熱いから気を付けるのじゃぞ」
そう言いながら儂が差し出したのは一個の芋だ。薄紫色の皮に焦げ目をつけたそれの中身は綺麗な黄金色を見せており、ホカホカと湯気を立てながら、かぐわしい香りを目いっぱいに主張している。
ありがとう、という例と共にそれを受け取った悠璃は、あつあつっ、と言いながらもそれに齧り付く。
「ん――――……っ!」
途端くぐもった唸りを上げ、用意していた温めのお茶に口を付ける。熱せられた焼き芋を呑み下した悠璃は、ふぅ、と一息入れた。
コロコロとよく表情を変える子である。
「まったく
「あふあふっ……でも熱い内に食べる方がおいしいし、醍醐味だって庭師のおっちゃんも言ってたから」
「それで口の中を火傷しては世話ないだろうに……」
この邸宅を管理する者達との交流も増えた悠璃は、彼らの言う事に耳を傾け、それを実践するという行動を最近は取ることが多い。今回もその類だと分かった儂は、向こう見ずな、と呆れてしまった。
口内を火傷するのは火を見るよりも明らかだろうに、なぜ痛い目を見てまでそれを実践しようとするのか。
――まあ、それも何となくわかっているが。
分かっているから、先の言葉以上の苦言は言わない。
様々な事に挑戦しているのも、おそらく何かが過去を思い出す手掛かりになると考えているからだ。それを妨げるのは良くないと思い、儂も必要以上には口出しをしないようにしている。
まぁ、あからさまに危険な行いは流石に言い聞かせているが……
「んに……でも、今度から口の中に霊圧回すから、大丈夫」
これである。
瞑想鍛錬法について教えてから程なく、刃禅を組む過程で霊力の流れを感じ取った悠璃は、儂が教えた鍛錬法で自ら鎖結、魄睡の鍛錬も行うようになった。それらが鍛えられるにつれ霊圧操作、知覚能力も向上しており、今では肉体の特定部位の強化を片手間に行えるようになっている。
それ影響故か、彼の霊力量は歴代の統学院入学生から卒業生の何れも超えている。
無論、経験を積んだ席官級隊士にはまだ劣っているが、これに斬魄刀の始解、卍解も残しているのだから末恐ろしく思うのを禁じ得ない。
「……火傷しないためだけに口内に霊力を集中させる者なぞ、初めて見たぞ」
「これも鍛錬の内と思えば関係ないない――――ん、おいひぃっ」
はぐりと残りの焼き芋に齧り付いた悠璃は、先ほどと打って変わってその熱さに苦悶する事無く、笑顔のまま咀嚼を続けている。どうやら本当に霊力を回して熱への耐性を上げたらしい。これで霊力操作が下手なものなら凝縮した霊力の壁――物理的圧力を伴った霊圧――で口内を覆ってしまい、味も解らなくなるところだろうが、悠璃はそんな失敗をしていない。それだけ細やかな操作を可能にするほど、彼の鎖結は鍛えられたという事だ。
護廷隊士のどれほどが同じ事を出来るだろうか。
そもそも霊力操作の向上――つまり、鎖結と魄睡の鍛錬は、以前話したように戦闘技術の反復が基本だ。その根底には霊力を使い果たすまで消耗し、鎖結、魄睡の活性化を促すという論理がある。これを効率よく行えるのが戦闘であり、瞑想鍛錬法はその代替案の位置づけだった。
だが――未だ始解は出来ず、鬼道も学んでいない悠璃には、瞑想こそが唯一真っ当な鍛錬法だ。
第一瞑想とは言うが、厳密に言えば『集中』でしかない。禅を組む必要も本来無いのだ。
だから何かをしながら霊力を操作する事も出来る。死神にとっては鬼道の詠唱であり、白打のために四肢に集める過程であり、瞬歩のために脚に集める過程であるそれは、悠璃にとっては日々の挙措になり得た。
戦闘活動と日常動作、どちらの頻度が高いかと言えば、たとえ死神であっても後者である。
日常動作での瞑想鍛錬を可能とした悠璃は、覚醒時は常に鍛錬を続けていると言っても過言ではない訳だ。四肢だけでなく、目や舌、指先といった小さな対象にすら霊力を込め、その調節すら自在になる程に。
している事は書類仕事をしながら瞑想鍛錬をしている儂と同じだ。
ただ、悠璃の場合はそれが細やかな技巧面に偏っていると言うべきか。学び始めれば鬼道の才を発露するやもしれぬ。
とは言え――儂は、鬼道を教えるつもりは毛頭ない。
まずは学院に入学することが大前提である。教本を貸しこそすれ、それらには鬼道の詠唱が一切ない事は把握済み。万が一にも鬼道を悠璃が習得する事はない。
妙なクセで怪我をしないよう斬術、白打、走術の三つはある程度教えたが、鬼道は原則誰が使っても効果は同じ。そちらは悠璃の成長に合わせて学ぶべきだと考えていた。
それを知ってか知らずか彼も鬼道の指導をねだってくる事は一度を除いてなかった。その一度も、興味を示して聞いてきたというだけだ。
危険性を承知しているのか、あるいは学院生の間は鬼道に没頭できるよう他三つの習熟を優先しているのか……
何にせよ、とても熱心な子である。
「――――む……」
そこで、儂の霊圧知覚に引っかかるものを覚え、芋を食べる手を止めた。
「……山爺?」
異変を感じ取ったか、悠璃がこちらを見上げてくるが、儂の視線は彼方を向いている。そちらから霊圧を感じ取ったのだ。
――獣のように荒々しく、だが研ぎ澄まされた殺意の霊圧を。
「お邪魔しますわ、総隊長」
間を置かず、その発生源が庭のただ中に現れた。
ギョッとした悠璃は、反射的にか傍らに立て掛けていた浅打を手に取り、抜刀の構えを取った。
「待て、悠璃。こやつは敵ではない」
「え……で、でもこの感覚は……」
儂の制止に、悠璃は戸惑いを露わにする。
儂が拾ってから数か月の間、邸宅に伝令の死神が顔を出す事もあり、幾度かは悠璃も儂以外の死神と対面した事はある。その何れも目の前の人物ほど荒々しい気配は発していなかった。
悠璃は困惑しているのだ。儂と斬術の鍛錬をしている時の空気を、目の前の人物が醸し出しているから。
なのに敵ではない――そう言われて、どうするべきか戸惑っている。
「――良い反応ですね」
儂がまた言葉を掛けるよりも先に、闖入者が言葉を発した。
闖入者は黒髪を長く垂らした女死神。隊長格である事を周囲に示す隊首羽織を死覇装の上から羽織っているため、この者が護廷十三隊のいずれかの隊長を務めている事は明らかだ。
いまは背中が見えないが――そこに書かれている字は【十一】。
護廷十三隊、十一番隊隊長を務める死神が闖入者の正体である。
女死神は視線を悠璃に定め、口を開いた。
「敵か味方か分からない。そんな存在を前に、咄嗟に警戒出来ている。不十分ではありますが及第点とは言えましょう」
そう続け、闖入者は僅かに口角を吊り上げた。
――ず、と周囲を圧する霊圧が放たれる。
「ぁ……ぅ、くぅ……っ?!」
途端、悠璃の体が震えた。
「――
間髪入れず割って入る。悠璃に向けられていた霊圧を受け止める事になったが、特に弊害は無かった。
――魂魄の戦いの大半は、霊力量が勝負を決する。
己が肉体、力の源である霊力が多ければ多いほど強くなる故に、その法則は絶対的だ。それに照らせば、隊長を務める女死神を前に悠璃が敵う道理もない。ただ霊力の圧――霊圧を向けられただけで、霊力の少ない魂魄はその存在を圧迫され、消耗していく。
軽ければ竦み、放心する程度だが、酷ければ呼吸困難にも陥り得る。最悪魂魄に重大な傷を付けかねない。
実のところ、隊長格が虚との戦いから遠い事務仕事に従事しがちなのも、守るべき魂魄を己の霊圧で傷つけないためという意図も含まれているのだ。
「いきなり何用じゃ。闖入して早々、威圧しおって……儂ら隊長格の戦闘に制限を掛けられる理由を忘れた訳ではあるまい、
何を考えてか、来て早々隊士でもない悠璃に霊圧を含んだ威圧を掛けた者――十一番隊隊長に、霊圧を返しながら問いを投げる。
それにあちらは、これはこれは、と痛痒にも感じないと言わんばかりの反応を見せた。
「申し訳ありません、総隊長。ただ、幾分物足りなく感じているところでして。僅かでも愉しめると思うとつい……」
にこやかにそう告げるが、しかし目はまったく笑っていない。
いつ斬りかかるかを思考し、だが立場を考えどうにか制止出来ている獣そのもの――この女死神の本性が見え隠れしていた。
十一番隊隊長、卯ノ花
護廷十三隊に於いて最大級の危険人物であり、元は尸魂界でも史上最悪と言っても過言ではないほどの殺しを行った大罪人。ただ強ければ殺し合う。強いと聞けば、真実がどうであろうと殺しにかかる――そんな危険性を孕んだ女。
どれだけ取り繕っていようと、その眼の奥に込められた殺意だけは常に爛々と光っている。
その眼は、割り込んだ儂を見ているようで、その実、焦点は背後で震える
おそらくここに来た目的も悠璃に興味を持ったからだろう。
「その子が噂の総隊長の拾い子なのですね。ずいぶんと大切にされているようで」
「……二言目には斬り合いを所望するお主が、興味を持つとは珍しいのぅ」
「それは総隊長の方でしょう。これまで尸魂界の守護、護廷の任務ばかりだった貴方に、よもや人の情が残っているとは驚きです。まして、団欒とは……」
ちら、と芋を焼いた枯れ葉の山を見た剣八は、今度こそ儂に意識を向けた。
「総隊長、私とて無暗に割って入るつもりはないのですが……
そして、開かれた双眸が儂を睨む。瞳は底無しの闇を宿していた。
こやつの言う通り、無暗に割って入るつもりはないというのは本当だろう。それは良心の呵責だとか、良識の話ではなく、他者の団欒にいちいち意識を割く事にも価値を見出していないからだ。剣八は殺し合いのみに興味・関心を寄せる剣の鬼。
――そんな者を護廷十三隊に引き入れた時の条件がある。
かつて、護廷十三隊を結成する前の話だ。組織だってではないが、虚を浄化し、また現世の魂魄を守るための集まりは存在していた。それ護廷十三隊の前身とも言える。
ある程度の実力を持っていたその者達を、八千流は斬り殺して回っていた。
ただ殺し合うため。
そのためだけに何十、何百もの骸が築かれた。
これを問題視した尸魂界を統治する
その一人であった儂は、護廷十三隊結成に必要な実力者として八千流を認めていて、死闘の末に引き入れる事に成功する。
無論、八千流も最初は渋った。
八千流が殺し合いたいのは人/死神であり、虚ではない。虚しか相手にしない組織に身を置くことを奴は断固拒否した。
それでも頷かせたのは、護廷のために動く代わり、定期的に儂と殺し合うという契約を交わしたからだ。
霊力を操る者達の中で、八千流を下せたのは儂だけだった。”数多のありとあらゆる剣術流派を我が手に収めた”と自負し、自ら八千流と名乗っている奴にとって、敗北とはこれ以上ない新鮮なものだったに違いない。その魅力に憑りつかれた八千流は死神になる交換条件として『定期的に殺し合う事』を求めてきたのだ。敗北から学び、力を得ていく悦楽と、己より強い者を下す事への誘惑から、奴はいまも死神として動いている。
だからこそ、奴は不満を抱いた。
思い返せば悠璃を拾ってからの数か月の間、奴と刃を交えた記憶は無い。今までは月に一度くらいは交えていた事を考えればかなり期間が開いた方だ。
それを奴は責めてきているのだ。ともすれば、我慢できず悠璃にも斬りかかる――そう言外の脅しも込めて。
ふぅ、と短く、されど深くため息を零す。
「……悠璃よ、今夜は儂の帰りを待つ必要は無い故、早々に床に就くように」
「え……? なん、で……」
「こやつは儂に用事があるようでの、それがかなり時間を要するものなのじゃ」
命のやり取りを将来行う死神になるとはいえ、死神同士で殺し合うなどとは考えていないだろう幼子にそのまま告げるのは酷だ。そう考えた儂は、詳細を暈して伝えた。
背後で地面に座り込んでいた悠璃が絶句する気配を感じ取る。
「――ん……わかった……行ってらっしゃい、山爺」
「やま――っ?!」
絶句からすぐ立ち直った悠璃は見送りの挨拶を口にした。
仮面のように張り付けた笑みを崩し、驚きを露わにする剣八を無視し、儂は軽く振り返って頷いた。
――間を置かず、瞬歩を発動
左手には斬魄刀を仕込んだ杖を、右手は驚愕で隙だらけの剣八の顔面を掴み、十一番隊のとりわけ広い修練場へ移動した。
着地する寸前に右手を離す。やや離れた位置で着地を取った剣八は、掴まれた事を気にしてないような表情でこちらを見てきた。
「……総隊長。普段、あのように呼ばれているのですか」
意外と思ったのか。あるいは呆れか。嘲笑か。
何れにせよ――額に、青筋が立った事実は変わらない。
「――構えよ、小娘。早々に片を付けてくれる」
杖から斬魄刀を解放し、それを構える。
剣八との死合は基本、始解、卍解はもちろん、鬼道もなし。純粋な剣術と白打の勝負になる。それがあ奴が定めた条件であるためだ。
それゆえ儂の刀から猛火が立ち上る事は無いが――代わりに、刀身に込める霊圧の陽炎が立ち上っていた。
「これはこれは……まるで、解放したかのような熱気ですね」
応じるように、剣八も己の斬魄刀を抜いた。通常の刀より強く弧を描いたそれの切っ先をこちらに向け、構えるのを見届ける。
――合図は無い。
ただ霊圧がぶつかり、空間が弾けたその瞬間、儂と剣八は同時に距離を詰めていた。
瞑想鍛錬法と山爺の鍛錬をしてたら、初代剣八(欲求不満)に威圧された件
遊びの威圧とは言え気絶してないのでそこそこ注目されて更に霊圧に当てられるという地獄の循環に耐えたので悠璃はちょこっと卯ノ花さんに目を付けられました。今はまだ『総隊長の拾い子』という認識が強いですが
彼女が護廷十三隊に入った過程は語られていないので、そこは殺し合いを求めていた人ならこうなのではないかなーという私の独自解釈になっています。異論は認めます
ちなみに『四番隊隊長・卯ノ花烈』になったのは更木剣八と邂逅してから、以降は更木とやり合う未来に執着するという流れであれば、原作で山爺と烈が斬り合った話が出なかった事に矛盾は生じないと考えます
初代剣八の本性を見ると、更木と出会う前は山爺に執着していたと思いますし
霊骸・烈も山爺と斬り合ってなかったしネ
そして山爺の年齢、雀部や初代剣八の年齢を勘違いしていたので、『原作ではこの人はいつ頃にはいたよ』という指摘はとても助かります。ありがとうございます