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凛「文化祭には鏡が開く」
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都市伝説というか学校の怪談とでもいうか。
街に奇妙な噂が漂っているということはしばしばあれど、余程根強い物以外は一瞬の花火のように消えていく。
そんな有象無象の噂の中で、未だ語り継がれているものがある。
『音ノ木坂学院の三階技術室前の鏡は、11月の特定の日に願いを叶えてくれる』
11月の何日かは誰も知らない。そんな雑な内容の噂が何故蔓延っているかは知らないけれど、凛はこの話をお母さんから聞いたし、お母さんはお婆ちゃんから聞いたと言っていたので随分前からあったのだろう。
まあ、凛はそんな変な話、希ちゃんから聞いて久しぶりに思い出したんだけど。
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新作期待
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「そういえば凛ちゃんは、鏡の様子見に行かへんの?」
希ちゃんがそんな風に凛に声を掛けてきたのは、文化祭初日の朝だった。
外部からは客を招かないし、目まぐるしく忙しいなんてことはないのだけれど間が悪いことこの上ない。
それがパフェ屋の開店準備の最中で、しかも凛の教室で衆人環視の中なのだから尚更だ。
「鏡? ああ、鏡……希ちゃん、あんな噂信じてるの?」
「まあスピリチュアルなことは何でも信じるようにしてるからね。そっちの方が面白いし」
「面白いのはいいけど凛は開店準備中にゃ。希ちゃんは準備しなくていいの?」
凛の言葉に、希ちゃんはふにゃりと笑う。何処となく昼寝中の猫を思わせるこの笑みが、凛は好きだった。
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「ウチは昼からやからね。朝は朝の人達が準備することになってるんよ」
「ふうん、凛のクラスは全員で準備するんだ。分かったら早く帰って帰って」
いけずやなぁ、なんてつまらなさそうに言って希ちゃんは教室を出ていく。それは京ことばにゃ、なんて言葉は言わないでおいた。
「けど、そっか。鏡……」
忙しなく手を動かすクラスメートの横で、飾りに使うヒイラギのリーフを指先で弄りながらぽつりと言葉が漏れた。
鏡に願えば、望みは叶う。どんな願いでも。
少し首を伸ばして教室の中を見渡せば、忙しそうに、けれど楽しそうに文化祭の準備をしているクラスメート達が見える。
胸がきゅうと痛んだ。この学院は入学希望者不足で廃校が決まっている。来年も同じ光景を見られるかは分からない。
凛達がスクールアイドルの大会で優勝すれば、廃校は免れるかもしれない。けれどそれは、あくまで可能性の話だ。
優勝したとして、入学者が増えるとは限らない。そもそも優勝するかも分からない。
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凛の所属しているグループは、恐らくは強いのだろうと思う。
現にラブライブ予選でも順位を順調に上げ、様々なグループをごぼう抜きにしている……。
けど。
けれど。
UTXという壁がある。スクールアイドルにして既にアイドル同等の知名度と実力を持つ彼女達がいる。
「願い、かぁ……」
どうしたの、珍しく難しい顔して。そんなクラスメートの言葉に適当な応対をしながら、凛はゆっくりと鏡への想いを募らせていった。
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太陽が天高く昇り、纏わりつく寒さが僅かに緩和された頃凛は少し遅めの休憩に入った。
午後三時までは見回ってきていいよ、なんてウェイトレス姿の花陽の言葉を背に、急ぎ足で技術室前へと向かう。
正直な事を言ってしまえば、給仕をしている間もパフェにさくらんぼを載せている間も、凛の頭の中は鏡への願い事でいっぱいだった。
人混みを潜り抜けるようにして、教室から離れると一瞬空気が変わったような気がした。
文化祭の最中、何の出し物も無い場所に来る人間はそうそう居ない。シンとした、冷たい空気の中を凛は駆ける。
「ただの噂だけど、一応。うん、一応にゃ」
そんな自分自身への牽制をしながら。
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技術室前に辿り着いた頃には、遠くから微かに聞こえてきた騒めきも消え失せ、ハウリングにも似た耳鳴りすらしていた。
人がいないせいか一際空気が冷たく感じる。大鏡の前で、走った際に崩れた前髪を整えながらスカートのポケットに入れておいたスマートフォンを取り出した。
特定の日に、願いが叶う。特定の日とはいつのことなんだろう?
スマートフォンに表示されている日時は、確認するまでもなく11月1日だった。文化祭は1日から、と担任教師が繰り返し言っていたから当たり前なのだけれど。
それでも確認したのは、安心したかったからなのかもしれない。
文化祭のこの日に、学校内の誰もいない静かな場所にいる。その非日常感が凛を何処かにやってしまうような気がしたからだ。
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僅かに息を吸って、鏡に向かって何かを言おうとして。
「……?」
思考が閉じて、喉が閉まった。何を願えばいいのか分からなかったからだ。
「えっと……凛は……」
廃校を阻止したい? ラブライブに優勝したい? 入学者を増やしてほしい?
その全てが、その場しのぎの策のように思えた。だから、言葉が出ない。願いが紡げない。
「凛は……」
瞬間、視界が暗転した。同時に浮遊感が身体を襲う、何処かに落ちていると脳で理解する前に身体が反応をしていた。
声をあげようとしたが、掠れたような吐息しか出てくれない。脳と肉体が反転し、四肢がバラバラになっていく。
ぐちゃぐちゃになって、真っ黒に染まっていく。どろどろが身体に流れ込んでくる。
脳が分解されていく感覚を味わいながら、私は気を失った。
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「ねえ、起きて。ねえ」
身体を揺すられる感覚と、掛けられた甘ったるい声に凛は目を覚ます。
目の前には、見知らぬいくつかの顔があった。上級生だろうか、知らない制服を着ている子さえいる。
「あれ……」
寝起きのような朦朧とした意識の中で少女達を見回す。彼女達も鏡の噂を聞いて鏡の前に来たのだろうか。そうでもなければ、こんな場所に来る筈が無い。
「ごめんなさい、寝ちゃってたみたいだにゃ。起こしてくれてありがとう」
今は何時なのだろう、ひょっとしたら休憩も終わっているかもしれない。花陽の怒った顔を思い浮かべると思わず身が竦んでしまう。
「ううん、大丈夫だよ。皆絶対こうなるから。それより、先生が待ってるから早く行ってあげて」
先生が待っている、その言葉に妙な引っ掛かりを覚えた。思ったよりも凛の居眠りは大事件になっているのかもしれない。
立ち上がり、服についた埃を払うと、周りの少女たちはくすくすと笑いながら凛を招くように歩いていく。
若干の居心地悪さを覚えながら、凛は後に続いた。
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今日はここまで
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期待
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幾人かの少女達の後を追ううちに、ふと心の中で疑念が湧いた。疑念というよりは些細な違和感と言い換えてもいいかもしれない。
疑念なんてものがこの世にあるのかは別として。
最初に感じた違和は、先程まで肌を突き刺していた切なくなるような寒さが無くなっていたこと。
「何だか寒くないね、気温でも上がったのかにゃ」
そう聞いてみても、前を行く少女達はくすくす笑いで問いに答えることはない。
廊下の埃にいくつかの足跡を付けながら、凛達は妙に明るい校舎を歩いていく。
歩いているうちに、寝惚けていた頭も幾分かはっきりとしてくる。霧の晴れた頭にひょいとまた疑惑がいくつか持ちあがる。
前を歩く少女の一人の制服。ぼうとしていた頭では上級生と納得したけれど、上級生だとしても制服が違うわけがない。
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他の高校の人間? いや、文化祭は外部には解放されていない。仮に侵入者だとしたら、先生の元へは連れていかれないだろう。
転校生だろうか。狭い校内なのにそんな話は聞かなかったし、最近転校してきてまだ制服が用意されていないにしては周りの女子達と仲が良すぎるような気がする。
けれど事実校内に居るということはそうなのだろう。そう当たりをつけ、彼女達を黙って追う。
「着いたよ、ここだよ。先生がいるよ」
ふと、少女の一人が立ち止まり嬉しそうに言った。
指差された方をひょいと見ると、そこは技術室だった。
「え……?」
途端に意味が分からなくなる。凛は技術室前の鏡から、ここまで歩いて移動をした筈なのだ。
歩いた先にまた技術室があっていいわけがない。
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「えっと、ごめん。ここって技術室だよね? 何でここに技術室があるの?」
「うん、これは技術室だよ。先生は中にいるから、早く入って」
少女は再度入室を促して、さも当たり前のように。
挨拶をするような気軽さで。
「願いを叶えにきたんでしょう?」
そう言ったんだ。
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私がその言葉に反応するよりも早く、一番扉の近くにいた少女が戸を引く。
同時に背中に衝撃を感じて、凛はよろけながら技術室の中へと一歩踏み込んだ。いつの間にか背後に回っていた誰かが押したらしい。
その行為に苦情を言おうとして。
空気が変わったことに気付いた。
全身をぞくりと悪寒が走り、血脈のように恐怖が身体の中を駆け巡る。
技術室の、規則的に並べられたいくつかの木製の机の奥に、細長い銀色の卓がある。見慣れた、教師が授業の際に使ういつもの場だ。
そんな銀色の卓の上に、一体の人形が置かれていた。
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外国人の少年を模った、金髪に青いTシャツを着た小柄な人形。顔は憎たらしくそばかすだらけで、チャイルド・プレイのチャッキー人形を思い出す。
ただ随分古ぼけていて、顔の右半分が割れ中の真っ黒な空洞が見えているのが気になった。
「人形……? なんでこんなところに置いてあるにゃ」
何か出し物でもあるのだろうか。技術室が使われるなんて話、聞いていない。
「先生は何処なの? それっぽい人、中にいないんだけど」
「……ぼ」
振り向き、少女達に疑問を投げつけたところで。背後から音が聞こえた。
合成音声のような、板を無理やり擦り付けて人間らしい声を出しているような。そんな音。
やはり教室の中に誰かいるのか、そう思いながら振り向きなおした凛の目に飛び込んだのは。
がくがくと震えながら立ち上がる、人形の姿だった。
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「ひ……な、え!?」
妙な、上擦った悲鳴が喉の奥から漏れた。目の前の人形は生まれたばかりの小鹿のように震えながらも、しっかりと自分の足で立ち上がっている。
糸で操られている、なんて様子はない。人形そのものが意思を持っているような気がした。
「ね、が……ねがい……」
口を一切動かすことなく、人形はそうはっきりと言葉を発する。
それを聞いた瞬間、凛は技術室の扉へと手を伸ばした。
ここにいては不味い。直感がそう告げている。こんな状況、間違いなく碌なことにならないのは目に見えていた。
しかしそれを予見していたのか、少女達がくすくすと笑いながら凛の目の前で扉を閉める。焦って引き戸に手を掛けたが、向こうから抑えているのか扉はびくともしない。
「ねえ、開けてよ! 開けてって! 人形が、人形が喋ってるにゃ!」
返事はない。相変わらず耳障りな笑い声だけが、扉越しに聞こえていた。
「がい、いえ。……ねがいを、いえ、ねがい」
足元から聞こえる音に思わずその場から飛びのく。いつの間に移動したのだろう、凛のすぐ近くに、件の人形が立っていた。
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そこでようやく気付く。人形の右側の空洞、凛はこれを中の暗闇と認識していた。
しかし違う、人形の割れたその中には無数の目が蠢いていた。白目の部分を押し潰すようにして、黒目だけが虫の複眼のようにぎゅうぎゅうと詰まりこちらを眺めている。
気持ちの悪いその姿に、凛は込み上げてくる吐き気に口を手で押さえる。こんなもの、もう一秒も見ていたくなかった。
「ねがいを、いえ」
願いを言え。人形はそう言っているように聞こえた。
願い。鏡に願えば望みが叶う。その噂がこの人形と結びつくとは到底思えない。
けれど願いを言わなければいつまでもこの人形は同じことを言ってくるような、そんな気がした。
少しでも早くこの場から逃げ出したい。こんな気持ちの悪い人形を一秒でも長く見ていたくない。
だから、凛は。
「お、音ノ木坂を廃校から救ってほしいにゃ! 後ラブライブにも優勝したい!」
気付けば二つも、望みを叫んでいた。願いを紡いでいた。シンと、耳の奥に響くハウリングのような耳鳴りだけが静かな部屋に響く。
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「11がつ1にち」
ふと、人形が言葉を吐いた。それは今迄の擦れるような音ではなく、はっきりとした人間らしい声だった。
男とも女ともつかない奇妙な声色で、人形は続ける。
「いい、しせい。しせい、しせいしせいしせいしせい」
「な、何……願いは言ったよ! だからもう、凛を帰し」
「いい、しせいの、ひ。いいしせい、みせたらねがいかなえる」
「え……し、姿勢?」
突然の場違いな言葉に、一瞬恐怖よりも意味不明さが勝る。人形が何を言っているのか、理解が出来ない。
いい姿勢を見せたら願いを叶える。たったそれだけのことでいいのなら、いくらでもやってやる。
「いす、すすすわれ。みせろ。しせい、みせろ」
人形に促されるままに、近くにあった椅子を引く。良い姿勢なんて決まっている、背筋を伸ばせばいいだけだ。
だから凛は椅子に深く腰掛けて、背筋を伸ばして。
「だめ。しせい、だめ。だめ、だめ、だめ、だめ」
そんな、声を聴いた。
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「駄目……駄目って、何で!? 凛はちゃんと背筋を伸ばしてるにゃ、良い姿勢に決まってるよ!」
「だめ、しせいがだめ、しせいがだめ、しせいがだめ。だから」
「もうかえれない」
一瞬時が止まったような気がした。かえれない。その五文字を理解する為には、十分な時間が必要だった。
「帰れない、って」
「かえれない。かがみのなかからでられない。もう、ともだち」
人形がそう言うと同時に技術室の扉が開き、少女達が流れ込んでくる。
先程までの数人に加えて、数十人程の少女が一斉に。廊下にもまだ人影が見えていることを考えれば、百人はいるのかもしれなかった。
「おめでとう、貴女も私達の友達になったのね!」
先頭の少女の言葉に、皆一斉におめでとうと心底嬉しそうに言葉を投げかけてくる。頭が割れそうな程に痛む。身体がバラバラに引き裂かれているような気がする。
皆、人形だった。人間を模して造られた、精巧な人形。凛の身体も人形になりその輪の中に加わっていた。
意識が薄れていく。凛はずっと前からここにいたような気さえする。そうだ、何で凛は人形じゃなかったのだろう。
楽しい、楽しい、楽しい――ずっとここで遊んでいたい。学校生活を送っていたい。皆と笑い合って。
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今日はここまで
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どろどろとした黒い液体が脳皮質を無機質な木の感触へと変化させていく。虚ろんでいた世界が開けていく。
ああ。
嗚呼!
最早廃校などどうでもいい! ラブライブなんてどうでもいい! 何故凛はあんなくだらないものに執着していたのだろう。
凛にはこの場所がある。世界はここだけで、あの疲れだけに満たされた世界に何て戻る必要は皆目ない。
凛は祝福をしてくれる皆を受け入れるように手を拡げ、大きく息を吸う。肺が機能しているかなんて分からないけれど。
「ありがとう、皆! 凛は皆の友達……」
脳が、軋む、痛みが、拡がる。友達、友達。肉体がばらばらになる。視界がちらばる。美しい世界が、急激に、色を失くして!
「かよ、ちん……」
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足に力が入らず、思わず床に倒れこむ。息が荒い、身体はいつの間にか人間に戻っていた。
凛は一体何を考えた? このままがいい? そんな筈がない。廃校を阻止して、ラブライブに優勝して、花陽と共に過ごす日常に比べればこんな場所が素晴らしい訳がないのに。
「あ……凛、は……」
祝福の声が止んだ。皆が軽蔑したように倒れた凛を見下ろしている。
悪意も善意も無く、ただただ愚かなものを見ているような。そんな目で。
「けど、かえれない。けど、けど、かえれな」
背後から聞こえる人形の声に、はじかれたように凛は駆けだす。最初はみっともなく四つん這いに、けれどすぐに体勢を立て直して――少女達の壁に、阻まれた。
入口に密集していた少女達は凛を軽々と弾き飛ばし、まるで作業のように床に抑えつける。
「どうしましょう、この子まだあちら側に未練があるようだわ」
くすくすと笑いながら、凛の右腕を抑えている少女が言う。
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「どうしましょう、どうしましょう」
「身体が人間になっているわ、どうしましょう」
楽しそうな声色で、つまらなさそうに確認をして、少女達はまた笑う。
「離して! り、凛はかよちんのいるあの教室に戻らないといけないの!」
凛の言葉が聞こえていないのか、そもそも聞く気が無いのか少女達の手は緩むことはない。見た目よりも力が強いのか、全身がぴくりとも動いてくれない。
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「人形にしましょう。人形にしてしまいましょう」
一人の少女がそう提案すると、周りの少女達が一斉にそれに賛同する。
その光景を、凛は何処かで見たことがあるような気がした。何処か遠い場所で見たような、朧げな夢にも似た記憶だ。
「辞めて……凛は、皆と……」
小柄な人形が、潰れた黒目をきょろきょろと忙しなく動かしながら近付いてくる。
何か取り返しのつかないことが起こるような気がした。
人形に少しでも触れられたら全てが終わってしまうような、そんな気がした。
だから、凛は、持てる全ての力を使って暴れて。
「ちょっと待ってもらってええかな? ウチも願いを叶えてほしいんやけど」
そんな声を聴いた。とても柔らかい、場にそぐわない声を。
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希ちゃんキタ━━━━(゚∀゚)━━━━!!
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少女達が――凛を抑えていた少女達もだ――一斉に声がした入口へと振り返る。
「希ちゃん……何でここにいるにゃ……?」
軽く腕を組み扉にもたれかかるようにして、希ちゃんが不思議そうな顔で凛を見ている。まるで日常風景のように、希ちゃんはその場に溶け込んでいた。
「ごめんごめん、まさかこんなことになるとは思わんくってなあ。何人いるんよ、これ」
言いながらつかつかと此方へ歩み寄り、希ちゃんは凛の前で手を払うような仕草をする。
少女達は少し不満げに凛の身体を離し、遠巻きに見る集団の輪へと加わった。
「何をしたの、今……あんなに暴れても離してくれなかったのに」
「ん、いや。ウチの願いを叶える権利を凛ちゃんに譲っただけやん。この子達は凛ちゃんが失敗したから抑えてたんやろ? それが無くなったんなら抑える意味は無いからね」
そう、当たり前のように希ちゃんは言う。凛にはさっぱり意味が分からなかったけれど、唯一分かったことが一つだけあった。
「ちょっと待って、譲ったって?」
「うん、譲った。そうやろ、お人形さん?」
希ちゃんの声に答えるように、人形がぎちぎちと奇怪に唸る。こんな気持ちの悪い物を前にして、何故希ちゃんが平然としていられるのか凛には分からなかった。
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「しせい、いい、しせい。しせいを、みせろ」
人形の擦れるような声に、思わず頭を抱える。また姿勢だ。
けれど凛は先程正しい姿勢を見せた筈なのに、駄目だと言われてしまった。最初からこの人形は凛達を返す気なんて無いのかもしれない。
「ちょっと待って。一つだけええかな?」
そんな凛を意に介さず、希ちゃんが口を開く。
「良い姿勢を見せられたら、凛ちゃんにじゃなくて11月1日という今日この日に丸をつけてほしいんやけど」
「へ……? 何を言ってるにゃ、希ちゃん! そんなこと全く意味が無いにゃ!」
しかし凛の言葉空しく、人形は希ちゃんの言葉に頷く。いよいよ帰る手はなくなってしまったようだった。
「ああ、もう。こうなったらやけだよ、どうなっても知らないからね」
言いながら、近くの椅子を引く。そこにゆっくりと腰掛けようとして。
「凛ちゃん、前かがみになりながら座って」
ふと、希ちゃんが言った。
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寺生まれのTさん臭
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前かがみ? 姿勢を問われているのに何故そんなことをする必要があるのだろうか。
けれど他に縋るものもない、凛は黙って言う通りに前かがみになり、先程よりも幾分か深く椅子に腰かける。
そしてそのまま背筋を伸ばして――
「反りすぎやん。もう少し中心線を意識して。足は肩幅くらいに開いて」
様々な注文が同時に飛んでくる。自分の姿勢を否定されたような気分になりながらも、その通りに若干背中を前に、足を開く。
もう希ちゃんは何も言わなかった。
これが正しい姿勢なのだろうか。人形はまた、駄目だと言い出すんじゃないだろうか。
埃っぽい部屋の中、人形の言葉を待つ。
そして不意にその時は訪れた。
「いい」
ぽつりと、木の擦れるような小さな音。けれどそれは間違いなく、良いと言っていた。
「いい、いい、いい。しせい、いい、ねがい、かなえる」
人形の黒目がぎょろぎょろと渦を巻く。隙間から何匹かの死にかけたゴキブリがぼとぼとと落ちていた。
「うん、ありがとう。じゃあ凛ちゃん、一緒に帰ろうか」
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希の言葉が、一瞬理解できなかった。帰る? 帰っていいのだろうか。
11月1日に丸は貰ったものの、凛にも希ちゃんにも丸は貰っていない。そんな状況を人形が許すとは思えなかった。
「かえる……?」
人形が不思議そうに言う。先程よりも眼球が潰れ、渦を巻きながら黄土色の液体が人形の頬を伝っていた。
「だめ、だめ、だめ。そっちのむすめ、だけ、おまえは、かえれない」
否定の言葉を発しながら、人形が希ちゃんを指差す。凛は人形の出したお題に成功したから帰っていい、けれど希ちゃんは帰ってはいけない。そう言っているようだった。
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「何を言ってるん? お人形さんは11月1日……良い姿勢の日やから、姿勢を見せろって言ったんやんな?」
確かに言われてみれば、人形は11月1日と言っていたような気がする。今日が良い姿勢の日なのかは知らないが、恐らくそうなのだろう。
「けど、ウチはさっきこう言ったやんな? 11月1日に丸をくれって」
言いながら、希ちゃんはポケットのスマートフォンを取り出し、画面を見る。そしてにんまりと、昼寝から起きた猫のように笑って。
「今日は11月10日や。良い友達の日やろ? まさか鏡の中の友人を助けに来たウチを、良い友達じゃないなんて言わへんよね?」
「え……11月10日!?」
焦りと共にスマートフォンを取り出す。希ちゃんの言った通り、画面に表示されていたのは本来なら9日後の日時だった。
「が……」
人形が壊れたような、甲高い音を立てる。周りの少女達も呆然としたような顔で凛達を見ていた。
その隙をついて希ちゃんは凛の手を引き走り出す。今度は誰も邪魔をしようとはしなかった。
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「凛ちゃん、おーい、起きて」
頬をぺちぺちと叩かれる感触で凛は目覚める。先程までの少女達も、人形もいない、冷たい廊下で。
「あれ……凛は、確か……」
「いやあ、ごめんな。まさかあんな風になるとは思ってへんかったから……怪我とか無い?」
「怪我は無いにゃ。それより、何があったの? 凛が何処に行ってたとか、あれは何だったのかとか全然分からないよ」
凛の言葉に、希ちゃんは思案気な表情を見せる。けれどすぐにその顔はいつも通りのふにゃんとした笑顔に変わって。
「凛ちゃんは鏡の中に入っとったんよ。あの女の子達は、多分凛ちゃんと同じで鏡の中に入ってもうた子達や」
「あの人形は?」
「それは分からんよ。多分幽霊とか妖怪とか、そういうものなんちゃうかな? 都市伝説とか」
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「希ちゃん、あれが何か分からずにあんな強気な対応してたの……?」
呆れる凛に、希ちゃんは恥ずかしそうに頬を掻いた。そしてよくあることだとでも言いたげに、
「まぁ、難癖つけられて良かったよ。あれ本来やったらウチは出れない筈やから」
「え? けど、あれを見越して日時に丸を貰ったんじゃないの?」
「いやいや、よく考えてや。ウチは凛ちゃんに譲っとるから、そもそもお題に答える権利自体無いんや」
確かに言われてみればそうだ。お題に答える権利が無いのなら、良い友達だろうが何だろうが解答には成りえない。
行き当たりばったりすぎる。一つ間違えていれば今頃まだ二人とも鏡の中だったんだろうかと思うと、ゾッとした。
「何だか……変なことが起こりすぎて、驚く気も無くなっちゃったよ。疲れたにゃ……今は家でゆっくり寝たい」
「んー。そうも言ってられへんと思うよ?」
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「なんで? 文化祭があるから?」
「いやいや、スマートフォン見てみ」
促されるままに、気怠い身体を動かしてポケットのスマートフォンを起動させる。
画面に表示されていたのは、11月10日の日付だった。
「これ……」
「9日間行方不明やろ? 多分捜索願とか出されてるやん、面倒なことになりそうや」
希ちゃんが疲れたように倒れこみ、凛もまた倒れる。
「お願い、時間を巻き戻してにしておけば良かったよ」
「あの時点ではこっちの時間がどうなってるかなんて分からんかったし、まあ無理やろ」
確かにそれもそうだ。納得しながら、凛はふと願いのことを思い出した。廃校阻止とラブライブ優勝が叶う、まあそれだけでも十分なのかもしれない。
「先に言っておくけど、多分凛ちゃんが先に言ってた願いは叶わんと思うよ?」
「えっ、なんでにゃ。凛はお題をクリアーしたのに」
「凛ちゃん、言ってたやん。ここから出してって。そっちが叶ってもたからな」
嘆息の息が漏れた。結局のところ凛に残ったのは気怠い疲労感と、9日間の失踪歴と。
変な先輩と不思議な体験をしたなんていう、笑えない青春の一ページだけだった。
完
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第六回定期SS祭りスレ
http://fate.5ch.net/test/read.cgi/lovelive/1510302845/
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凛ちゃんにも丸貰ってないから本来出れない筈ですが難癖が通ったのでセーフということにしておいてください
-
乙
短編ホラー好き
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