(みきたにひろし 1965年神戸市生まれ。88年に一橋大学卒業後、日本興業銀行(現・みずほ銀行)に入行。退職後、97年にエム・ディー・エム(現・楽天グループ)を設立し、楽天市場を開設。現在はEコマースと金融を柱に、通信や医療など幅広く事業を展開している。)
新型コロナウイルスの流行は、日本という国の様々な課題を浮かび上がらせてきた。政治家たちの危機管理対応、無謬性にこだわる官僚機構……。日本の構造的な問題が、誰の目にもはっきりと見えるようになった、と言えるだろう。
感染者の情報管理を未だファクスに頼っていたことに象徴されるように、行政機関や医療分野でのIT化の遅れもその一つだった。一連のコロナ対策の右往左往を見ていると、政治家にも官僚にも未来志向の人があまりに少ないのではないか、と痛感する。僕が神戸市での大規模接種や職域接種など、ワクチンの課題にかかわったのもそれが理由だ。
国内の些末な問題にかかわっていると、国がさらに内向きになっていってしまう。それは人口減少と低成長という現実の中で、由々しき状態だと僕は思っている。
さて、前述の課題はどれもが早急に改革する必要のあるものばかりだが、なかでも僕がとりわけ強く危機感を覚えたのが、日本における「技術者の質と量のお粗末さ」が鮮明に見えてしまったことだ。
ワクチン接種のシステムを運用すればすぐにトラブルが起き、感染者の情報を管理する「COCOA」といったアプリケーションも結局はまともに開発できない……。そうしたシステムを社会の中で機能させられなかったことは、良い悪いという評価を下す以前に、現在の日本のソフトウェアの開発力を如実に表していると思う。
日本の「未来」を考えていく上で、この「技術者不足」というのはあまりに大きな課題だ。
「観光」以外は厳しい
日本の経済がこれから「何で稼ぐか」については、まず4つの産業領域に大きく分類される。「金融」「製造」「IP(知的財産)」「観光」だ。
では、この4つのなかで現在の日本にはどのような選択肢があるだろうか。
パンデミックによって今は厳しい状況だが、「観光」は「稼げる領域」として未来があるだろう。日本の観光資源やホスピタリティの高さは、世界から人を呼び込む力を持っている。
ただ、残りの3つの領域については、かなり厳しい見方をせざるを得ない。
「金融」の本質は、GAFAを生むようなリスクマネーだ。
もともとは半導体企業が中心だったシリコンバレーが大きく発展したのは、そこにいた起業家たちの「未来」に対するビジョンや挑戦に対して、巨額のリスクマネーが流れ込んだからだった。リスクを引き受けて後の大きなリターンを志向するのは、金融市場の常識であるはずだが、日本の市場はマネーはあってもその点が非常に未成熟で、成長性が感じられない。
次に日本が長く得意としてきた「製造」はどうか。
日本の製造業は大きな雇用を生み、高度成長期では日本の経済の核となってきた。しかし、ここでもテクノロジーの進化によって現場の合理化やIT化が進んでいる。「人」がモノを作るパーセンテージは、どんどん低くなっていくだろう。
そうなると残されているのは「IP」である。
インターネット上では多くの場合、IPオープンになっている。よって、それを利用して様々なアイデアや表現を実現したり、システムを開発したりできる可能性が開けているわけだが、だからこそ、その世界で「稼ぐ」ためには技術者の少なさが致命的な問題となる。IPを活用したビジネスでは、イノベーションを常に起こしていく必要があるからだ。
つまり、日本はかつていくつかの産業分野でアドバンテージを持っていたが、現状では成長分野への投資額も技術者も足りておらず、グローバルな視点から見ると極めて厳しい状況にある。これがマクロ的に見た日本の現実なのだ。
「移民」を受け入れよ
それでは、日本の技術者不足はどれくらい深刻な問題なのか。それを理解するためには、大学などで情報工学を専攻する学生の卒業数を見ればいい。
例えば、日本の情報工学専攻の卒業生は、1万人から1万5000人程度だと思われる。対して、アメリカでは約40万人、これが中国になると100万人となり、さらにインドは200万人という規模になるはずだ。
少なくともコンピュータ関連のエンジニアは、世界に数百万人いるうちの1万人程度しか日本では生み出されていかない、ということ。国内で工学教育に力を入れたり、少子化対策をしたりすることは大切だが、実は日本の技術者不足はもはやそうしたレベルの話ではないのだ。
そうすると、この課題を乗り越えるための唯一の方法は、やはり「移民」を受け入れていく、ということのほかないだろう。
すでに述べてきた通り、日本には海外から人を呼び寄せる「観光」に活路がある。人々がそれなりにオープンで親切、食べ物も美味しく、街もきれいで、物価も欧米に比べれば安い。治安だって良い。
もちろん、日本語という言葉の難しさの問題はあるけれど、外国人がそうしたイメージを抱いていることは、今なお日本という国の大きな長所であり魅力である。幸いにも、日本で働きたいという外国人はまだまだ多い。
しかも今、最先端を走っていたアメリカが内向きに閉ざした国になりつつある。一方で、追い上げていく中国の体制に不安を覚える人も少なくないだろう。だから、日本にとって、チャンス。いや、ビッグチャンスと言ってもいいかもしれない。こうした状況を生かさない手はないと思う。
では、この「移民」と「技術者」を巡る問題について、僕らはどう考えていくべきだろうか。その視点は「未来」を見据える上で非常に大切なものだ。そこで次号では、さらにそのテーマについて踏み込んでいきたい。
source : 週刊文春 2021年9月16日号