1月17日から通常国会が始まった。ただ、昨年末からの与野党の様子を見ていると、何だか目眩を覚えそうになることもある。
特に僕が「それは本当にいま、最も必要な議論なのだろうか」と疑問に感じてきたのは、テレビのワイドショーなどでも大きく取り扱われてきた「文書通信交通滞在費(文通費)」の問題だ。
政治家に支払われる月にして100万円というお金が、どのように使われているか。その使途を明確にして情報を透明化するのは、確かに必要なことだ。
しかし、文通費を「日割り」で計算すべきかどうかといった重箱の隅をつつく議論を、いつまでも続けているのはいかがなものか。国が動かす100兆円という予算の規模を考えれば、文通費の細々としたあり方の見直しに多くの時間を使うことに、いったいどれだけの意味があるのか。僕は、どうしても疑問を抱いてしまう。
国会は、国の「未来」にかかわる大きなテーマを中心に議論すべきだ。とりわけこれから数年間は、日本がこのまま衰退に向かうのか、イノベーションや技術をベースとした復活を遂げられるか分かれ道となる重要な時期。人口減少による技術者不足、それを乗り越えるための移民政策の是非、カーボンニュートラルに向けたエネルギー政策などテーマは山積している。
中でも「デジタライゼーション」の進展は、こうした課題が複合的に絡み合う重要なテーマだ。人口減少が進む日本では、エンジニアの数が圧倒的に少ない。昨年9月に発足したデジタル庁の官僚も、いつも「人がいない」と採用に悩んでいる。
でも、海外は違う。楽天グループのモバイル部門でも、昨年、世界最高峰の大学の一つに数えられるインド工科大学(IIT)から150人超のエンジニアを採用した。1か月に1000人規模で雇うことも可能なほど、インドには有能な技術者が溢れているのだ。
機密情報が他国に漏れる
デジタル技術で世界の後塵を拝していると、どのようなことが起きるのか。
デジタル庁の下に「デジタル社会構想会議」という有識者会議が設置された。僕もそのメンバーの一人なのだが、会議で「呆れている」と発言した問題がある。
それは、先進国を自任している日本政府が、アメリカのクラウドサーバーを使おうとしているという点だ。政府が他国のサーバーを使うという発想に、なぜ官僚たちは疑問を覚えないのだろうか。例えば、GoogleやAmazonのクラウドサーバーは、普通に考えれば、アメリカ政府の情報機関に閲覧される可能性がある。日本の国家の機密情報が他国に漏れるということだ。
ところが、こうした技術がない日本には、自らが定めたISMAP(政府情報システムのためのセキュリティ評価制度)の基準を満たすクラウドというものが存在しない。デジタル庁の官僚は「日本にはないのだから仕方ない」とGoogleやAmazonを使おうとしているが、それをそのままで良しとする感覚が僕には理解し難いのだ。
コロナ禍のリモートワークで、行政機構でもニーズが高まったビデオ会議システムのZoomやTeamsも然り。国が使うソフトウェアの全てが外国製であることに、僕らはもっと真剣に危機感を覚えなければならない。今こそ、「いかに基準を満たしたクラウドサーバーやビデオ会議システムの技術を、この日本で開発していくか」ということを議論していくべき時なのだ。
ところが、岸田政権発足以降も、そうした「デジタル安全保障」の問題をはじめ、「10年後の未来」のあり方を問うテーマが、国会の場でしっかりと議論されている様子はない。それどころか、年末から与野党が延々とやっていたのが、国会議員の文通費や給付金の問題だったのだから、僕は唖然としたわけだ。
時限的な消費減税を
給付金問題では、クーポンを組み合わせるかどうか、で政府の方針が二転三転した。しかし、そもそもシンプルに考えれば、コロナ禍に対する国民への経済的な対策は、消費税を時限的に下げれば済むことだ。
にもかかわらず、短期的に経済を刺激したいのか、長期的に子育て支援をしたいのか、という本質的な方向性を曖昧にしたまま政策を進めるから、現金とクーポンの組み合わせというトランザクションコスト(取引コスト)の高いやり方を俎上に載せてしまう。そして、その議論を新聞やテレビなどメディアが煽り続ける、というポピュリズム的なスパイラルが続く。
このような日本の政治やメディアの状況に対して、敏感に反応しているのが優秀な若者たちだろう。例えば、キャリア官僚を目指す若者の数は年々減っている。昨年の報道では2012年に30パーセントを占めていた東大出身者の割合は14パーセントにまで減り、6年連続で過去最低を更新したという。
国会が国の将来にかかわる大きなテーマを議論せず、目の前にある小さな問題ばかりを取り扱う様子を見ていれば、優秀な頭脳を持つ彼らが行政の世界で働くことを敬遠するのは至極当然だ。保守的で失点ばかりを恐れる官僚という仕事は、もはや彼らにとって全く魅力的ではなくなっているのだろう。
しかも、国会答弁の作成など長時間労働も当たり前で、報酬だって決して高くはない。もし本当に優秀な人材を国に集めたいのであれば、僕は国家公務員の給料をシンガポール並みの水準、例えば今の2倍ぐらいにしたらいいとさえ思う。
若者たちが官僚や政治家、さらには国を動かすリーダーになることを敬遠するような社会に「未来」はない。デジタル安保の問題をはじめ、イノベーションに携わる場所で働きたいと願う若者たちが、政治や行政の中枢でも活躍できるような環境づくり――それは、2022年、待ったなしの課題だ。
(みきたにひろし 1965年神戸市生まれ。88年に一橋大学卒業後、日本興業銀行(現・みずほ銀行)に入行。退職後、97年にエム・ディー・エム(現・楽天グループ)を設立し、楽天市場を開設。現在はEコマースと金融を柱に、通信や医療など幅広く事業を展開している。)
source : 週刊文春 2022年1月27日号