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「バース・デイ」で紹介された情報

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北海道日本ハムファイターズ

元北海道日本ハムファイターズの野球選手はメジャーリーグを目指すためFA宣言をしたが、海をわたった野球選手には過酷な現実がつきつけられた。地位と名誉を捨てた男の新たな戦いに密着。


BODYMAKERコロシアム

9月11日、ボディーメーカーコロシアムで井岡一翔のライトフライ級二度目の防衛戦が行われた。試合前には、高校時代の親友である他のスポーツ選手が二度目の防衛戦を戦っていた。その戦いを控え室で食い入るように見つめる井岡。宮崎は壮絶な打ち合いの末、判定で勝利。宮崎は目を腫らしたままで井岡の控え室を訪れ、頑張ってなと声をかけた。

井岡の相手は43勝1敗の戦績を誇る、格闘技選手。かつてミニマム級で世界王者だった男。いつも立ち上がりは慎重な井岡だが、この日は違っていた。勝ち方にもこだわるという言葉通り積極的に攻撃を仕掛けた井岡だったが、その分相手のカウンターをくらうなどし、2Rを終えたところでセコンドの父・一法から気負いすぎと注意された。父からのアドバイスのあと、井岡は手数で攻める戦い方にチェンジした。

そして7R、井岡はクワンタイをダウンさせ、そのままKO勝ち。2階級目のライトフライ級で圧倒的な強さをみせ、二度目の防衛を果たした。井岡は試合後のインタビューで、「自分のボクシングを見せたかったので気持ちが入り過ぎました。僕にしかできないことをこれからも証明し続けますんでよろしくお願いします」とコメントし、会場を沸かせた。試合後、父の一法は、「3階級に向けてはチャンピオン側がチャンスをくれるんであればね、チャレンジしていきたい。それだけ一翔も試合をやってきましたから」と次への抱負を語った。


井岡ボクシングジム

9月11日の世界タイトル戦の8時間前に井岡一翔は自宅近くの公園に向かって、ウォーミングアップをして世界戦当日でもルーティーンは欠かさないでいた。落ち着いた表情で試合で良い内容を残すという強い思いと静かに向き合っている様子。井岡には5階級制覇という夢があるが、世界記録は格闘技選手と格闘技選手の6階級制覇で日本人では格闘技選手の3階級制覇が最高とされているなかでとてつもない夢であることが想像できる。井岡は伝説のボクサーになるべく過程として、世界ミニマム級タイトルマッチに挑戦し日本人最短記録で世界王座を獲得。そして、世界ライトフライ級タイトルマッチに挑戦して2階級制覇を成し遂げた。

今年7月に和歌山県の白浜で井岡は合宿を行ってた。合宿の目的は徹底した体力強化。ボクサーの土台となる強靭な下半身づくりは5階級制覇を目指す上で絶対に欠かせないものであるという。そして、7月26日の世界タイトルマッチの発表会見で次の試合が決まった。井岡はこの会見で3階級制覇につなげたいと述べた。試合の結果次第で3階級制覇に挑む予定。井岡の3階級制覇には強い思いがあり、それは尊敬する叔父のその他(スポーツ関係者)がかつて成し遂げられなかった大きな壁であったためである。その他(スポーツ関係者)は日本人最年少で世界王座を獲得し2階級制覇を達成したが3階級制覇を目前に他のスポーツ選手に敗北。井岡はそんな叔父が成せなかった3階級制覇を成し遂げたいと意気込んでいた。

8月に井岡ボクシングジムで実践を想定したスパーリングが行われ、パートナーは同じジムの世界ミニマム級王者の他のスポーツ選手が務めた。異例のスパーリングの目的はお互いの良さをぶつけあうことが目的。そして、井岡は今回の防衛戦の内容にこだわっていて、打ったら外す、外したら打つを繰り返して相手の心を折ってから倒したいと事細かに話した。


「バース・デイ」で紹介されたイベント情報

世界バレーアジア最終予選

今年6月、新生眞鍋ジャパンの鹿児島合宿が始まった。ポスト竹下を誰にするのか、眞鍋は当時18歳の宮下遥と29歳の橋下直子の2人にセッターに座を競わせると決めていた。橋下は宮下より身長は低いが海外でのプレー経験を持つベテラン選手で、チームの司令塔として不可欠なことだと認識しているため、メンバーに積極的に話しかけたりしていた。しかし、18歳の宮下は眞鍋に提示された新たな戦術を理解するのに精一杯で、他の選手に話しかける余裕などなかった。

宮下の不安はレギュラー控え関係なく2チームにランダムに分けた試合形式の練習で顕になった。主導権を握ったのは、橋下がセッターを努めるチームだった。日頃のコミュニケーションの成果で、どの選手とも息のあったコンビを見せる橋下を横目に、宮下はアタッカーとのコンビが全くと言っていいほど合わず、橋下のチームに大差をつけられ敗れた。宮下はショックを隠せなかったが、必死に気持ちを切り替えようとしていた。

鹿児島合宿を終えた、新生眞鍋ジャパンは、アメリカに遠征した。世界ランク1位のアメリカとの親善試合でポスト竹下をどちらにするのか見極めるため2人にとって大事な戦いだった。親善試合第一戦のセッターに選ばれたのは、橋下だった。だが、この日は全くいい所なく敗れた。続く第二戦にセッターに選ばれた宮下もまた、敗れてしまった。そして最終戦に眞鍋が選んだのは、橋下だった。しかし、ミスが目立ち開始10分で宮下と交代した。この時の宮下の活躍で試合はフルセットまでもつれ込む大熱戦となり、大きな自信となる試合になった。眞鍋政義は、宮下はすごい吸収力があると話した。

そして今週世界バレーアジア最終予選が始まった。現在日本は2連勝していて、宮下の活躍が予選突破への鍵となるのは間違いない。ロンドンで世界に復活を見せた全日本女子バレーの、さらなる躍進の鍵はあどけない笑顔に負けない心を秘めた宮下遥に託されているのかもしれない。


岡山シーガルズ

今年5月、全日本が三年後のリオデジャネイオリンピックに向け始動した。眞鍋監督は、会見で2016年のブラジル・リオのオリンピックで金メダルに挑戦することが目標だと話した。だが、そこには竹下の姿がない。全日本不動のセッターバレーボール選手は、この時35歳で休養していたが事実上の引退とみられていた。ポスト竹下は眞鍋監督を悩ませる最大の問題で、代表候補に呼んだセッターは、身長が170センチ以上の7人となった。その中で一際注目を浴びたのが15歳で、全日本入りした期待の選手、宮下遥だった。

三重県で生まれた宮下は小学校1年生でバレーを始め、6年生で身長は170センチを超え、アタッカーとして活躍し注目された。そしてバレーの強豪、大阪国際大和田中学校に進学し、全日本のエースアタッカーになりたいという目標を持ち本格的なバレー人生をスタートさせた。しかし、大阪国際大和田中学校の総監督・河本昭義がセッターはどうかという提案を出した。中学1年でセッターに転向した宮下は、チームを全国大会準優勝に導いた。そして、中学在学中のままVプレミアリーグの岡山シーガルズに入団し、プレーすることになった。シーガルズの監督は大阪国際大和田中学校の河本だった。

2009年11月、Vプレミアリーグ開幕戦時、岡山と久光の試合で15歳だった宮下はベンチスタートであった。そして第一セットの終盤にコートに入った宮下だったが、上げたトスは一度も点に結びつくことなくシーガルズは第一セットを奪われた。第二セットの9点差を追いかける場面で再び宮下を投入した。しかし、この直後ボールをあげようと飛び込んだ時、味方の選手と交錯し、前歯を2本折ってしまった。それでも宮下は試合に出たいと直訴し、必死にボールを追いかけた。

そのシーズン途中に宮下は、15歳で全日本に初めて召集された。15歳での全日本入りはセッターとしては、中田久美以来30年ぶりの快挙で、サンケイスポーツでも報じられた。そして、岡山シーガルズ入団3年目の昨年、宮下は不動のセッターの座を確立し、ポスト竹下の最有力候補とささやかれ始めた。宮下の最大の魅力は、高さとスピードである。更にジャンブトスを簡単にやってのける俊敏さは目を見張るものがあった。

そして岡山シーガルズに入団4年目の今年、 宮下は絶対的な司令塔としてチームを牽引し、宮下の元ひとつにまとまったチームはVプレミアリーグで快進撃を見せ3位という好成績を収めた。今年5月新生眞鍋ジャパンに呼ばれた宮下は、自信がみなぎっていた。


サンケイスポーツ

今年5月、全日本が三年後のリオデジャネイオリンピックに向け始動した。眞鍋監督は、会見で2016年のブラジル・リオのオリンピックで金メダルに挑戦することが目標だと話した。だが、そこには竹下の姿がない。全日本不動のセッターバレーボール選手は、この時35歳で休養していたが事実上の引退とみられていた。ポスト竹下は眞鍋監督を悩ませる最大の問題で、代表候補に呼んだセッターは、身長が170センチ以上の7人となった。その中で一際注目を浴びたのが15歳で、全日本入りした期待の選手、宮下遥だった。

三重県で生まれた宮下は小学校1年生でバレーを始め、6年生で身長は170センチを超え、アタッカーとして活躍し注目された。そしてバレーの強豪、大阪国際大和田中学校に進学し、全日本のエースアタッカーになりたいという目標を持ち本格的なバレー人生をスタートさせた。しかし、大阪国際大和田中学校の総監督・河本昭義がセッターはどうかという提案を出した。中学1年でセッターに転向した宮下は、チームを全国大会準優勝に導いた。そして、中学在学中のままVプレミアリーグの岡山シーガルズに入団し、プレーすることになった。シーガルズの監督は大阪国際大和田中学校の河本だった。

2009年11月、Vプレミアリーグ開幕戦時、岡山と久光の試合で15歳だった宮下はベンチスタートであった。そして第一セットの終盤にコートに入った宮下だったが、上げたトスは一度も点に結びつくことなくシーガルズは第一セットを奪われた。第二セットの9点差を追いかける場面で再び宮下を投入した。しかし、この直後ボールをあげようと飛び込んだ時、味方の選手と交錯し、前歯を2本折ってしまった。それでも宮下は試合に出たいと直訴し、必死にボールを追いかけた。

そのシーズン途中に宮下は、15歳で全日本に初めて召集された。15歳での全日本入りはセッターとしては、中田久美以来30年ぶりの快挙で、サンケイスポーツでも報じられた。そして、岡山シーガルズ入団3年目の昨年、宮下は不動のセッターの座を確立し、ポスト竹下の最有力候補とささやかれ始めた。宮下の最大の魅力は、高さとスピードである。更にジャンブトスを簡単にやってのける俊敏さは目を見張るものがあった。

そして岡山シーガルズに入団4年目の今年、 宮下は絶対的な司令塔としてチームを牽引し、宮下の元ひとつにまとまったチームはVプレミアリーグで快進撃を見せ3位という好成績を収めた。今年5月新生眞鍋ジャパンに呼ばれた宮下は、自信がみなぎっていた。


岡山シーガルズ

今年5月、全日本が三年後のリオデジャネイオリンピックに向け始動した。眞鍋監督は、会見で2016年のブラジル・リオのオリンピックで金メダルに挑戦することが目標だと話した。だが、そこには竹下の姿がない。全日本不動のセッターバレーボール選手は、この時35歳で休養していたが事実上の引退とみられていた。ポスト竹下は眞鍋監督を悩ませる最大の問題で、代表候補に呼んだセッターは、身長が170センチ以上の7人となった。その中で一際注目を浴びたのが15歳で、全日本入りした期待の選手、宮下遥だった。

三重県で生まれた宮下は小学校1年生でバレーを始め、6年生で身長は170センチを超え、アタッカーとして活躍し注目された。そしてバレーの強豪、大阪国際大和田中学校に進学し、全日本のエースアタッカーになりたいという目標を持ち本格的なバレー人生をスタートさせた。しかし、大阪国際大和田中学校の総監督・河本昭義がセッターはどうかという提案を出した。中学1年でセッターに転向した宮下は、チームを全国大会準優勝に導いた。そして、中学在学中のままVプレミアリーグの岡山シーガルズに入団し、プレーすることになった。シーガルズの監督は大阪国際大和田中学校の河本だった。

2009年11月、Vプレミアリーグ開幕戦時、岡山と久光の試合で15歳だった宮下はベンチスタートであった。そして第一セットの終盤にコートに入った宮下だったが、上げたトスは一度も点に結びつくことなくシーガルズは第一セットを奪われた。第二セットの9点差を追いかける場面で再び宮下を投入した。しかし、この直後ボールをあげようと飛び込んだ時、味方の選手と交錯し、前歯を2本折ってしまった。それでも宮下は試合に出たいと直訴し、必死にボールを追いかけた。

そのシーズン途中に宮下は、15歳で全日本に初めて召集された。15歳での全日本入りはセッターとしては、中田久美以来30年ぶりの快挙で、サンケイスポーツでも報じられた。そして、岡山シーガルズ入団3年目の昨年、宮下は不動のセッターの座を確立し、ポスト竹下の最有力候補とささやかれ始めた。宮下の最大の魅力は、高さとスピードである。更にジャンブトスを簡単にやってのける俊敏さは目を見張るものがあった。

そして岡山シーガルズに入団4年目の今年、 宮下は絶対的な司令塔としてチームを牽引し、宮下の元ひとつにまとまったチームはVプレミアリーグで快進撃を見せ3位という好成績を収めた。今年5月新生眞鍋ジャパンに呼ばれた宮下は、自信がみなぎっていた。


久光製薬スプリングス

今年5月、全日本が三年後のリオデジャネイオリンピックに向け始動した。眞鍋監督は、会見で2016年のブラジル・リオのオリンピックで金メダルに挑戦することが目標だと話した。だが、そこには竹下の姿がない。全日本不動のセッターバレーボール選手は、この時35歳で休養していたが事実上の引退とみられていた。ポスト竹下は眞鍋監督を悩ませる最大の問題で、代表候補に呼んだセッターは、身長が170センチ以上の7人となった。その中で一際注目を浴びたのが15歳で、全日本入りした期待の選手、宮下遥だった。

三重県で生まれた宮下は小学校1年生でバレーを始め、6年生で身長は170センチを超え、アタッカーとして活躍し注目された。そしてバレーの強豪、大阪国際大和田中学校に進学し、全日本のエースアタッカーになりたいという目標を持ち本格的なバレー人生をスタートさせた。しかし、大阪国際大和田中学校の総監督・河本昭義がセッターはどうかという提案を出した。中学1年でセッターに転向した宮下は、チームを全国大会準優勝に導いた。そして、中学在学中のままVプレミアリーグの岡山シーガルズに入団し、プレーすることになった。シーガルズの監督は大阪国際大和田中学校の河本だった。

2009年11月、Vプレミアリーグ開幕戦時、岡山と久光の試合で15歳だった宮下はベンチスタートであった。そして第一セットの終盤にコートに入った宮下だったが、上げたトスは一度も点に結びつくことなくシーガルズは第一セットを奪われた。第二セットの9点差を追いかける場面で再び宮下を投入した。しかし、この直後ボールをあげようと飛び込んだ時、味方の選手と交錯し、前歯を2本折ってしまった。それでも宮下は試合に出たいと直訴し、必死にボールを追いかけた。

そのシーズン途中に宮下は、15歳で全日本に初めて召集された。15歳での全日本入りはセッターとしては、中田久美以来30年ぶりの快挙で、サンケイスポーツでも報じられた。そして、岡山シーガルズ入団3年目の昨年、宮下は不動のセッターの座を確立し、ポスト竹下の最有力候補とささやかれ始めた。宮下の最大の魅力は、高さとスピードである。更にジャンブトスを簡単にやってのける俊敏さは目を見張るものがあった。

そして岡山シーガルズに入団4年目の今年、 宮下は絶対的な司令塔としてチームを牽引し、宮下の元ひとつにまとまったチームはVプレミアリーグで快進撃を見せ3位という好成績を収めた。今年5月新生眞鍋ジャパンに呼ばれた宮下は、自信がみなぎっていた。


岡山シーガルズ

今年5月、全日本が三年後のリオデジャネイオリンピックに向け始動した。眞鍋監督は、会見で2016年のブラジル・リオのオリンピックで金メダルに挑戦することが目標だと話した。だが、そこには竹下の姿がない。全日本不動のセッターバレーボール選手は、この時35歳で休養していたが事実上の引退とみられていた。ポスト竹下は眞鍋監督を悩ませる最大の問題で、代表候補に呼んだセッターは、身長が170センチ以上の7人となった。その中で一際注目を浴びたのが15歳で、全日本入りした期待の選手、宮下遥だった。

三重県で生まれた宮下は小学校1年生でバレーを始め、6年生で身長は170センチを超え、アタッカーとして活躍し注目された。そしてバレーの強豪、大阪国際大和田中学校に進学し、全日本のエースアタッカーになりたいという目標を持ち本格的なバレー人生をスタートさせた。しかし、大阪国際大和田中学校の総監督・河本昭義がセッターはどうかという提案を出した。中学1年でセッターに転向した宮下は、チームを全国大会準優勝に導いた。そして、中学在学中のままVプレミアリーグの岡山シーガルズに入団し、プレーすることになった。シーガルズの監督は大阪国際大和田中学校の河本だった。

2009年11月、Vプレミアリーグ開幕戦時、岡山と久光の試合で15歳だった宮下はベンチスタートであった。そして第一セットの終盤にコートに入った宮下だったが、上げたトスは一度も点に結びつくことなくシーガルズは第一セットを奪われた。第二セットの9点差を追いかける場面で再び宮下を投入した。しかし、この直後ボールをあげようと飛び込んだ時、味方の選手と交錯し、前歯を2本折ってしまった。それでも宮下は試合に出たいと直訴し、必死にボールを追いかけた。

そのシーズン途中に宮下は、15歳で全日本に初めて召集された。15歳での全日本入りはセッターとしては、中田久美以来30年ぶりの快挙で、サンケイスポーツでも報じられた。そして、岡山シーガルズ入団3年目の昨年、宮下は不動のセッターの座を確立し、ポスト竹下の最有力候補とささやかれ始めた。宮下の最大の魅力は、高さとスピードである。更にジャンブトスを簡単にやってのける俊敏さは目を見張るものがあった。

そして岡山シーガルズに入団4年目の今年、 宮下は絶対的な司令塔としてチームを牽引し、宮下の元ひとつにまとまったチームはVプレミアリーグで快進撃を見せ3位という好成績を収めた。今年5月新生眞鍋ジャパンに呼ばれた宮下は、自信がみなぎっていた。


大阪国際 大和田中学校・高等学校

今年5月、全日本が三年後のリオデジャネイオリンピックに向け始動した。眞鍋監督は、会見で2016年のブラジル・リオのオリンピックで金メダルに挑戦することが目標だと話した。だが、そこには竹下の姿がない。全日本不動のセッターバレーボール選手は、この時35歳で休養していたが事実上の引退とみられていた。ポスト竹下は眞鍋監督を悩ませる最大の問題で、代表候補に呼んだセッターは、身長が170センチ以上の7人となった。その中で一際注目を浴びたのが15歳で、全日本入りした期待の選手、宮下遥だった。

三重県で生まれた宮下は小学校1年生でバレーを始め、6年生で身長は170センチを超え、アタッカーとして活躍し注目された。そしてバレーの強豪、大阪国際大和田中学校に進学し、全日本のエースアタッカーになりたいという目標を持ち本格的なバレー人生をスタートさせた。しかし、大阪国際大和田中学校の総監督・河本昭義がセッターはどうかという提案を出した。中学1年でセッターに転向した宮下は、チームを全国大会準優勝に導いた。そして、中学在学中のままVプレミアリーグの岡山シーガルズに入団し、プレーすることになった。シーガルズの監督は大阪国際大和田中学校の河本だった。

2009年11月、Vプレミアリーグ開幕戦時、岡山と久光の試合で15歳だった宮下はベンチスタートであった。そして第一セットの終盤にコートに入った宮下だったが、上げたトスは一度も点に結びつくことなくシーガルズは第一セットを奪われた。第二セットの9点差を追いかける場面で再び宮下を投入した。しかし、この直後ボールをあげようと飛び込んだ時、味方の選手と交錯し、前歯を2本折ってしまった。それでも宮下は試合に出たいと直訴し、必死にボールを追いかけた。

そのシーズン途中に宮下は、15歳で全日本に初めて召集された。15歳での全日本入りはセッターとしては、中田久美以来30年ぶりの快挙で、サンケイスポーツでも報じられた。そして、岡山シーガルズ入団3年目の昨年、宮下は不動のセッターの座を確立し、ポスト竹下の最有力候補とささやかれ始めた。宮下の最大の魅力は、高さとスピードである。更にジャンブトスを簡単にやってのける俊敏さは目を見張るものがあった。

そして岡山シーガルズに入団4年目の今年、 宮下は絶対的な司令塔としてチームを牽引し、宮下の元ひとつにまとまったチームはVプレミアリーグで快進撃を見せ3位という好成績を収めた。今年5月新生眞鍋ジャパンに呼ばれた宮下は、自信がみなぎっていた。


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