「離脱体験」
アマゾン伝統の幻覚剤アヤフアスカと同様に、ビルカは鮮やかな体外離脱体験をもたらす。口から摂取するとその作用がかなり弱くなるので、通常は種子をいぶしたり、すりつぶして嗅ぎ薬にしたりする。だが、すりつぶしたビルカの種子をコショウボクのチチャに加え、双方の幻覚作用をもっと長続きさせるという発想には化学的な根拠があるとジェニングス氏は話している。
「このチチャを飲むと、ある程度の幻覚や幽体離脱を体験することができます。ただしゆっくりと穏やかで、あまり過激ではありません。どこかに行くような体験や幻覚が生じますが、皆と一緒に行く感覚なのです」
チチャに使用するコショウボクはキルカパンパの近くに生育していたが、ビルカの種子は、アンデス山脈の東側の山腹から入手しなければならなかった。つまり、キルカパンパにあったワリ族の村はこの地方の活気ある交流拠点で、効果抜群なチチャはこの村の特産だったかもしれない。ワリ文化の酒器に、特徴的な実をつけたビルカの木がたびたび描かれているのも、当然だろう。
米ミルサップス大学の人類考古学者べロニク・ベリスレ氏は、今回のキルカパンパの調査には関わっていないが、古代ペルーにおける幻覚剤の使用について研究してきた。同氏によれば、ワリ帝国ではチチャにビルカを加えて飲んでいたと長く考えられてきたが、今まで考古学上の裏付けがなかった。
「ワリ族の入植者たちが宴会を開き、ビルカを混ぜたチチャを客にふるまっていたことが、今回の研究で明らかになり、アンデス山脈の考古学に重要な進展をもたらしました」と、ベリスレ氏は言う。
しかしながら、すべての考古学者がこの説に納得しているわけではない。米シカゴのフィールド博物館の学芸員、ライアン・ウィリアムズ氏は、160キロほど南東のセロ・バウルで、ワリ族の儀式拠点の遺跡を発掘した研究者だ。今回の論文の仮説は「興味深い」ものの、ビルカとチチャを混ぜて飲んだという証拠が見つかっていないと指摘している。ウィリアムズ氏は、セロ・バウルで見つかったコショウボクを用いた古代の醸造所でワタの種子が発見されたことに触れ、「でも、私たちは、ワリの人々がワタを(チチャに入れて)飲んでいたとは言いません」と述べている。(参考記事:「インカ以前、ワリ帝国「ビール外交」の謎を解明」)
確かに、キルカパンパの人々がコショウボクのチチャにビルカを混ぜたという直接の証拠はない。同じ場所でこの2つが見つかっただけだ。ジェニングス氏も、こうした点については認めている。「残念ながら、決定的な証拠はありません」。今後の調査では、ワリ文化のカップや酒器に残っているチチャの残留物にビルカの痕跡がないか調べる予定だ。「ビルカとコショウボクが同じ酒器に入っていた確証を得るために、ぜひ調査を実施したいと考えています」と、ジェニングス氏は意欲を燃やしている。




















