343話 ロズモ公の会談
「旦那様、今しがた神王国の使節の方がこれを届けに来られました」
ヴォルトゥザラ王国公爵エルシャド=シャハム=ロズモは、一通の手紙を受け取っていた。
差出人は神王国使節団団長ルニキス=オーラングッフェ=ハズブノワ=ミル=プラウリッヒ王子。
連名で補佐官ペイストリー=ミル=モルテールンの名前もあった。
執事から手紙を受け取ったロズモ公は、意外そうな顔をする。
「ほう、神王国の連中が?」
「はい」
手紙は、綺麗に封蝋がされている上に装飾も凝っているので、一目見て高級なレターセットだと分かる。
手紙一通にブール銀貨の一枚二枚は掛かっていそうで、明らかに庶民の使うレターセットではない。
開けることなく手紙を机に置き、じっと見つめる老人。
いったい何を考えているのか。
「旦那様?」
執事の心配そうな声に、大事ないと返すロズモ公。
「少し、中を見るのが怖くてな」
「はい」
ロズモ公は、先ごろモルテールン家を狙った経済戦争の片棒を担いでいた。
幸いなことに損切りが出来たので、多少の出費は有ったもののモルテールン家と完全に敵対するには至らなかった。
元より敵の多いモルテールン家である。明確に反発されているのでなく、また家人を害されたわけでも無いなら、多少の“オイタ”は笑って許せる程度に鷹揚であったのも幸運であった。
しかし、ロズモ公にはそんな事情は分からない。
事実として存在するのは、一度モルテールン家に手を出してしまったことと、報復を受けたこと。
今後、更なる報復を仕掛けてくる可能性だって十分にあるのだ。何が書かれているのか、多少警戒してしまうのは無理もないことである。
「旦那様、これを」
「うむ」
執事が差し出してきたナイフで、手紙の封を切る。
羊皮紙を開けば、とても美麗かつ流麗な文字で書かれた文章が目に飛び込む。
内容をしばらく読み込んだロズモ公。
書かれていたことを咀嚼したところで、ほっと安堵する。
「見てみろ。儂に会って話がしたいそうだ」
書かれていた内容は、面会を求めるもの。
ロズモ公はヴォルトゥザラ王国の重鎮であり、公家であるロズモ家の一党を率いる立場。会いたいですと言ってはいそうですかと簡単に応じてくれる存在ではない。
だからこそ、ルニキス王子の名前の入った手紙で、事前に
モルテールン家の子倅は、きちんとロズモ公の立場に配慮した手紙を送ってきた。
ならば、前向きに検討してやるのが筋というものだろう。
「昨日の今日で、何の用事でしょう?」
「さあな」
モルテールン家に手痛い反撃を食らったのは、そんなに昔の話ではない。ついこの間の話だ。
お互いにやり合った記憶も真新しいうちから、何の用事なのか。
手紙からは会いたいということ以外は読み取れないが、出来うることなら事前に情報を集めておきたい。もしも自分たちに不利になるような話であったり、或いは大きな利益が見込めそうな話であったりしたら、根回しが要るかもしれない。
何にせよ、事前に情報を得ておかねば、後手になる。先手を打つとまでは言わずとも、受け身の後手しか選べないのは拙いだろう。
「“
蠍とは、ロズモ公の抱える諜報組織のこと。
より正確に言えば、ヴォルトゥザラ王国の抱える非正規組織であり、表には構成員の名前すら出てこない、隠された組織である。
その性格上、表ざたに出来ない任務に使われることが多く、荒れた時代には暗殺も行っていた。
姿を見せずに、油断したところをズブリと必殺。ヴォルトゥザラ王国に生息する毒蠍とよく似ていることから、通称で蠍と呼ぶ。
執事は公の腹心であるため、存在を知らされてはいるが、報告されている内容は知る立場にない。故に、確認としてどういう情報があるのかを聞いたのだ。
「ない」
「ない? 蠍は神王国使節団を監視していたのでは?」
自分たちの一番重要な街に、何度となく争った仮想敵国の人間を纏まって受け入れるのだ。それも、護衛という名目で精鋭部隊まで付いている。神王国の魔法使いも、有名どころが幾人も揃っているし、そのうちの一人はヴォルトゥザラ王国にとって不倶戴天の敵であるモルテールン家の人間。
もしも、神王国の人間が
だからこそ、ヴォルトゥザラ王国の複数の組織が、神王国使節団をあらゆる手を使って監視中だ。
闇に居る蠍たちもまた同じ。事と次第によっては、自分たちが使節団を奇襲する必要に迫られるかもしれないのだ。備えを怠るはずも無い。
執事の問いは、即時対応体制ではなかったのかという問いだ。
「どうも、覗きがバレたらしいぞ」
だが、ロズモ公は自嘲気味に笑った。
ヴォルトゥザラ王国でも指折りの諜報集団が、ことも有ろうにたった一部隊しかいない使節団にがっしりと尻尾を掴まれてしまったという報告を受けていたからだ。
どうやったのかは分からないが、監視体制の一部が既に機能していないという。
「視覚的な監視が出来なくなったとしても、【盗聴】や【伝声】が使える魔法使いも居たはずですが」
「何故か、あちらの建物で一部の部屋が完全に魔法を防ぐようになったらしい」
「……それは問題では?」
ヴォルトゥザラ王国は、南大陸の中では魔法先進国である。大国だけに魔法使いの数も多く、決して他の国に劣るものではない。
しかし、聖国や神王国と比べると、やはり一歩二歩劣ると言わざるを得ない。
魔法先進国と自他ともに認める聖国は、魔法使いを国家を挙げて保護し、どんな些細な魔法でも有益な使い方を模索する。魔法使いの地位も高く、神から与えられた力だと信仰する者たちだ。神から人に与えられた力である以上、人の役に立つはずだという前提で研究するのだから、よく知られた魔法を使う魔法使いの、意外な使い方が見つかることも有る。
神王国は、聖国ほど魔法使い至上主義ではないが、中央集権化が進んでいることで魔法研究も効率化が進んだ。かつては各貴族がそれぞれにやっていた研究を、王家の下で集約して管理。結果として、各貴族が抱える魔法使いも、幾ばくかは家を跨いで活躍するようになった。モルテールン家のカセロールや、カドレチェク家のゴードンなどはよく知られた好例だろう。
翻ってヴォルトゥザラ王国はどうか。
魔法使いは、各部族が自領の者を囲い込む。囲い込んで、情報は極力隠ぺいする。
魔法の研究なども部族ごと個別に行われていて、発現しやすい魔法などは、同じ魔法を幾つかの部族が同じように研究していることもよくある。全く同じ内容の研究を、それぞれが同じように研究するのだから、重複も多く無駄としか言いようがない。
今回、使節団の監視に際しては、ヴォルトゥザラ王国でも一、二を争う凄腕の魔法使いが動いた。ヴォルトゥザラ王国の秘密兵器とでも言うべき、神王国には知られていないはずの魔法使い。
厳重に守られてきていたはずの魔法とその使い手が、さほどの時間も掛けずに対策をされてしまったという事実。
これは何を意味するのか。
神王国がヴォルトゥザラ王国の秘匿された魔法使いまで調べ上げるほど諜報能力に優れているか。或いは、初見の魔法でも防げる、汎用性の極めて高い魔法防護技術を持っていることになるだろう。
もしも前者であれば、まだ対応の余地はあるかもしれないが、後者であるならば神王国はヴォルトゥザラ王国に対して好き放題に魔法を使えるのに、逆は出来ないということになる。
これは前者だろうと後者だろうとどちらも都合が悪いが、特に後者の場合には一方的に自分たちが不利な状況に置かれている状況だ。
執事の言葉は、交渉上の不利を悟った故の心配から出たものだろう。
「あの国は、聖国と張り合うだけの魔法先進国だ。何かしら対抗する術があるとしてもおかしくなかろう」
「我が国に、対応不可能であることが問題だと思いますが」
「お前の言い分もわかるが、今のところどうしようもない。使節団がいる間に、何とか対策の端緒だけでも掴めと尻を叩いているが……」
「出来ますか?」
「やらねばならんのだよ」
神王国の魔法技術を盗む。或いは、防魔技術を解明するにあたって、使節団が答えを持って滞在しているうちがチャンスなのだ。
その間に、何とかして対策の切欠ぐらいは掴んでおかねば、帰国されてしまうと猶更全容の解明が難しくなってしまう。
「では、この手紙の返事は」
「無論、断れん。今は、下手に出てでも対策を急がねばな」
◇◇◇◇◇
「公爵閣下、お忙しい中お時間を頂き恐縮の次第です」
ペイストリーがロズモ公の下を訪れたのは、彼の人が手紙を受け取ってからさほども間を開けずであった。
慇懃にヴォルトゥザラ王国式の礼で挨拶するペイスに、内心では歯噛みをしながらも歓迎の姿勢を見せる老人。
「何をおっしゃるか。他ならぬ神王国の英雄モルテールン卿の為とあれば、苦労とも言えんよ。大した手間ではないとも」
ヴォルトゥザラ王国らしくクッションが隙間なくおかれたソファーに、腰かけるよう促すロズモ公。
恐縮ですと言いながら何処まで行ってもふてぶてしいペイスは、遠慮なくクッションの上に座った。
「モルテールン卿は我が国に来られてからも色々とご活躍でしたな」
「いえさほどのことは」
「我が国にも貴殿ほどの英邁が居ればどれほど心強いか。正直、貴国がうらやましい所ですな」
「恐縮です。公の英名も我が国では広く聞き及んでおりました。我々こそ、公が貴国を支えておられることを羨ましく思っております」
「ははは、そうであるか」
会談は、一見して和やかな雰囲気で始まる。
「それで、今日の用件は何かな」
しばらくの歓談ののち、切り出したのはロズモ公の方からだった。
「実は、公にお願いがあって参りました」
「ほう、何であろうか。儂にお力になれることであれば、出来る限りの協力はしよう」
言葉の表面だけを捉えるなら、最大限に協力的とも取れる言葉。
だが、“出来る限り“という言葉が示す範囲は、恐らく都合によって拡大も縮小もされる、都合のいい言葉である。
「ありがとうございます。ではお言葉に甘えてお願いしますが、連れてきております学生たちの見分の幅を広める為に、お互いに両国の技術を学び合う技術交流の機会と、それに合わせて使節団の滞在延長を願いたい」
「ふむ」
ペイスは、学生たちの為にという理由を熱く語った。
曰く、ヴォルトゥザラ王国は実に素晴らしい。この国から学ぶことは尽きない。特に将来を担うであろう学生たちに多くを学ぶ機会を与えたいので、是非とも技術の交換を願う。
などなど。かなり熱心に語ったことで、ロズモ公はペイスのことを熱心な教育指導者なのかと考えたほどだ。
教育に並々ならぬ熱意をもって居る人間というのは、ヴォルトゥザラ王国でも珍しいことは無い。無論、探そうと思って探すと意外と居ないものだが、ふとした瞬間に出会うことがある程度には普遍性のあるもの。後進の指導に熱意を燃やす人間は、いつの時代も、何処の国にも居るものだ。
ペイスもその類なのだとしたら、それはそれでモルテールン家の後継者について性格の一端を掴んだという、大きな外交成果でもある。
「技術交流……か」
「はい。是非とも我々がこの国で為した“貢献”にもご配慮下さい」
ロズモ公は考える。
ペイスが言うのは、勿論ヴォルトゥザラ王国の食改善であろう。
先に借りを作ってしまっている以上、ここですげなく断るのも遺恨を作りそうである。
また、以前に借りを作ってしまっている以上、思わぬ場面で貸し借りの清算を言い出されないよう、今の時点、目に見える形で清算しておくのは外交的にアリであろう。
「分かった。ただし、当方で出来るのは各所に要望を伝えるだけだ。要望が受け入れられるかどうかまでは責任を持てんがよろしいかな」
「はい。そこから先は我々で交渉致します」
「ならば結構」
結局、ロズモ公は関係各所に要望を伝える旨を請け負った。
ロズモ公とて頭越しで指示出来ないところは多く、他の部族が縄張りとしている分野などはむしろ公が口を出すと逆効果になりかねない。
自分に出来るのは、口利きだけで根回しは出来ない。ロズモ公の意見に、それでもありがたいとペイスは謝辞を述べた。
交渉が上首尾に終わった後。
ペイスが去った部屋の中で、ロズモ公はじっと中空をにらむ。
「……これは、確かに“各所”に連絡すべきだな」
彼の呟きを、執事だけが聞いていた。
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