暗躍する請負人の憂鬱    作:トラジマ探偵社

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書いてたら異様に長くなってしまった。1万字超えしましたよ、わーい。スマホが指紋で真っ白だぜ。


第32話

 皇悠は一足先に帰った。つかさちゃんと夜子を連れて。予定通りに。

 

『学生らしく後夜祭を楽しんでこい』

 

 果たして学生らしさとは何だろうか。

 

「ここにいたのね、志村」

 

 どうしたら良いのか分からず、俺は後夜祭の会場へ向かわずに一人でいたところで、一色が声をかけてきた。その取り巻きも一緒だった。

 

「なんですか、一色さん」

「察しが悪いの。一つしか思い当たらんハズじゃが?」

 

 いや、確かにそうなんだけど……誘われる理由が無い。そこまで気遣われる程の接点はないだろう。

 

 皇悠ならもう帰ったというのに……って。

 

「何故、肩を組む?」

 

 十七夜と四十九院が肩を組んでがっちりホールドしてきた。目の前にはカチューシャみたいな前髪を上げる鬼畜兵器を構え、これからすることに愉悦的な笑みを浮かべる一色がいる。

 

 嫌な予感がした。ナニカサレルヨウダ。ひぇ。

 

「前々から思ってたのよ。貴方のその野暮ったい前髪をどうにかしたいって」

「やめろォ。俺からアイデンティティを奪わないでくれ。俺が一体何をしたんだよ」

「大丈夫、安心しなさい。後夜祭に出るのにその野暮ったい前髪でいられたら、三高の恥よ。整えてあげるだけだからおとなしくしなさい」

 

 何一つ大丈夫でも安心できる要素が無い。

 

「後悔しても知らないからな」

「ちょっと見るくらいイイじゃない」

 

 抵抗できない人間に対する酷い拷問が幕を開け、俺の顔隠しのために伸ばした前髪は上げられ、今まで遮ってきた光がダイレクトに網膜を刺激し額を照りつける。

 

 無駄に顔が良いのが災いした。

 

「わっ、すご……」

「うん、これは確かに……変わりすぎよ」

「姫殿下が言ってた通りじゃったな……」

 

 あのメスゴリラめ。メスゴリラ性を発揮させたメスゴリラが黒幕だったか。メスゴリラ性って何だよ。

 

 見惚れられても困るだけだ。一条の顔で慣れてるんだから、この程度で顔を赤くしているとこれから世代を重ねていけば顔立ちは凄まじいことになっていくんだから、慣れておかないと大変だぞ。鵺になるのかよ。

 

「満足だろ。前髪で隠さないと恥ずかしいんだよ」

 

 いつの間にか拘束が解かれていたから、常時フラッシュ状態の顔を隠すためカチューシャを外そうと手にかける。

 

 一色に阻止された。

 

「何外そうとしてるのよ。そのまま出なさい!」

「……分かった」

 

 何で指図されなきゃならないのかという疑問はさておき。後でこっそり外すとして、このまま後夜祭の会場へ連行されようとする。

 

「栞、行くわよ」

「……あ、うん。今行く」

 

 ボケっとしていた十七夜が慌てて合流する。

 

「なるほどのぅ」

「何よ、沓子」

「なんでもない」

 

 なんか後ろで謎の意味ありげな会話をするのやめてほしい。顔が良いのは仕方ないから、放っておいてやれよ。

 

 そんなこんなで合流すると、一斉に「誰?」と頭に浮かんで次いで顔の良さに見惚れる者が現れる。特に女性陣。

 

「一色、その子はどうしたの。三高にいたかな」

 

 図らずもカチューシャ仲間となってしまった生徒会長は、家の付き合いがある一色へ問いかける。俺も初見だったら『誰だコイツ』って思って滅びろと念じる。一条や吉祥寺も解らないというあたりで、顔を隠してきた意味が無くなってしまった。

 

 これはどういう顔をしてれば正解だろうか。とりあえず、笑って誤魔化してれば良いか。

 

「生徒会長、助けてください。鬼が俺のアイデンティティを破壊してきたんです」

「えぇっ? ちょっと一色、何をしたの?」

「会長、誤解です! ちょっと志村の野暮ったい前髪を上げただけです!」

「えぇっ? 君があの志村くん!?」

 

 驚き過ぎじゃなかろうか。そんなにビフォーアフターの落差が激しかったのか。メチャクチャ視線が集中してて落ち着かない。一条や一色みたいに容姿が良いのを自覚して常に注目を集めてきていたなら慣れっこなんだろうが、俺は注目を集められるのが苦手だった。根本的に注目を集められるのがダメな人間だから、矢面に立つのはダメだな。

 

 お前変わりすぎだろ、とか言われたり好き勝手に言われると気分が悪くなる。顔に出さないようにするのが精一杯で、もう限界なのでカチューシャを外して顔を隠す。

 

「もう十分だろ。俺は顔出しNGなんだ」

「勿体ないじゃない」

「あまり目立つのは好きじゃないから、これは人避けも兼ねているんだよ」

 

 目立ちたくないのは嘘ではない。前髪が長くした本当の訳は、顔の造形から七草弘一や四葉真夜が察する可能性があるので予防的措置を講じただけだ。杞憂だったけど。後は母親似である夜子をどうするかだが、伊達眼鏡でも使えばいいだろう。

 

 色々と質問攻めにされたのを捌きつつ、三高のメンバーと一緒に後夜祭の会場へ入る。

 

「なあ、あの八高の選手の使った魔法って誰が開発したんだろうな」

 

 一条が訊いてくるが、俺には答えようがないので答えられない。

 

 決勝で使われ、大いに注目を浴びた『カウンターファイア』は魔法大学の魔法大全だったかインデックスに登録される運びらしいが、肝心の魔法式には自壊するように仕込んでいて使われたCADから魔法式に関するデータは抹消済み。更に見ただけで魔法式の解読が出来てしまう分析が十八番の司波達也への対策で魔法式はノイズ混じりにしたのが第一段階で見ただけでは別の魔法として認識できるようにしているのが第二段階、最後に俺にしか解らないように巧妙に暗号化している。

 

 魔法式の解析されて軍や十師族に出回ることだけは絶対に阻止したおかげで、司波達也は魔法式を解析できなかった。その結果に司波深雪は戦慄。彼の事をよく知る天狗少佐やらも似たような表情を浮かべ、鼻を明かしたことに腹が捩れそうになる。

 

 十師族のお歴々には激震が走ったと思われ、十文字克人や七草真由美が苦い顔を浮かべていたことから、かなりの吊し上げがあったのだろう。特に十文字克人はただでさえオッサン顔なのに、心なしか余計に老け込んだように窺える。

 

 魔法の効果は解っても、魔法式が解らない。使った側である八高の選手ですら、魔法式も解らなければ、どういう経緯でCADにインストールされてたかすら解らない。

 

「さしずめ『ファントム・キャスト』といったところかな」

「どうせだったら『ミラージュ・キャスト』にしろよ。そっちの方がかっこいいだろ」

「それはソフトウェアの技術名じゃないか、二人共! 魔法式の名前をちゃんと考えてよ!」

 

 バカ丸出しの無知な会話をしたから、魔法研究に邁進する秀才くんがガチオコしてきた。

 

 真面目に魔法式の名前を考えるのか。なんか自分で開発した魔法(既に命名済み)に名前をつけるってのは何だか変な気分だ。

 

「魔法式の名前って言われても、どうせそのみちの研究者が名付けてるんだからそれでいいんじゃね?」

「そんな適当な……誰がどうやって開発したのか解らない未知の魔法なんだよ。凄く興味がそそられないかいっ?」

「そういうのは暇な魔法師や魔工師に任せるよ。それより、もう少し世の中に役立つ魔法を開発してほしい。そんな戦いにしか役に立たんような魔法ばかり開発してないでさ」

「魔法師や魔工師を暇人扱いって……君だって魔法師じゃないか」

「俺は暇人じゃないぞ」

「将輝、そういう意味で言ったんじゃないよ」

「どういうことだ?」

「そういうところだよ」

 

 意味が解らん。

 

 考えている事が口に出ていた一条は、この後夜祭にて司波深雪を如何にしてダンスに誘おうか思考を巡らせていた。そんなの普通に声をかければ終わる話で、既に接点を作っていたんだから連絡先の交換まで持って行けなければ終わりだぞ。だが、司波深雪は兄である司波達也にどっからどう見ても兄妹以上の感情を抱いているように窺えるから、一条の想いが成就することはない。よくある『初恋は実らない』というヤツだ。目先の事しか考えられない忙しい魔法師にしては、吉祥寺や俺の方が『暇人』で一条は『忙しい人』にカテゴリーできると思う。

 

 会話はそこそこに、後夜祭ではすっかり大勢の人で賑わっていたため、一条なら軍関係者などの戦闘関係の人間、吉祥寺は魔法研究に携わっている人間といった具合に囲まれることとなった。俺は壁際で背景と同化してよう。

 

 波乱というか何というか……テロは起きるし、事故が多発した九校戦を大会委員はよく九校戦を終わらせることが出来たな。委員長含めて何人かは引責辞任する運びで、表向きは陸軍の管理下で今後は運営されるらしい。独立性なんて元々有って無いようなものだったが、今回の一件で完全に無くなって十師族の支配下に置かれそうな運びだが、新皇道派が出しゃばってきているのでどうなるかは知らん。そこら辺は姫殿下などの上の連中の世界であり、なんちゃって暗躍していた仕事人は関われない世界だ。

 

 何か話しかけられるだろうと予測していたが、ビックリする程何もない。活躍したと言っても、モノリス・コードの決勝戦で空気弾をアホみたいに撃ちまくっただけで技術ですらない脳筋戦法だ。それだけで評価される程、世の中は甘くない。もっとヤベー事をしていたが、そっちは箝口令が敷かれているし情報統制やら隠蔽工作はしっかりされている。問題は俺が十六夜家との繋がりがある事を仄めかしてしまった事で、夜子が四葉真夜と関係ないことは証明されたが、違う問題が発生して辻褄合わせが面倒で色々と渡す羽目になった。単純に『他人の空似』と言い張って終われば良いだけの話だったのは言うまでもなく、十六夜家を出す必要が無い事を今更になって思い至った。普段ならもっと頭が回るんだけど、自分のバカさと迂闊さを呪いたい。

 

 時間は流れ、生徒間の交流が始まる。一条は司波深雪のところへ突撃していった。学生による社交界みたいなもので、進学もしくは就職などすれば次に待ち受けるのは結婚である。本人の感情などは抜きにされ、ひたすら家の利益を追求した汚い大人の世界へ足を踏み入れなければならない。今のこの高校生活が魔法師に許された自由な時間だろう。合理性やら効率性が悪いかもしれないが、魔法師だって人間なのだからここら辺の自由は許されるべきだろう。

 

 楽しい空間であろうが、俺は馴染めなかった。

 

 奏でられる音楽に合わせて華やかなに舞う姿を眺めているだけで充分であるが、それすらも見ていたくなる心境となる。眩しいとすら感じる。あの場は俺に相応しくないということだろう。三高の赤い制服は俺がどういう人間か教えてくれる。

 

「どこへ行くの?」

 

 会場から出ようとしたところで、一色に声をかけられた。

 

 いろんな人間にダンスを申し込まれて踊っていたが、こっちに来て声をかける余裕があったとは驚きだ。 

 

「外の空気を吸いに行くだけだ」

「そうなの。一緒に踊らない?」

 

 踊ったことが一度もない人間に踊らせるとか鬼畜ではなかろうか。

 

「こういうのは男から誘うのが礼儀であり、道理だと思う。礼儀を欠いて道理に沿わないことをするのは過ちであり、相互理解を深めることが出来ず人々はやがて互いを信用できなくなり争いへと発展して自らの間違いに気づかず朽ち果てていくだろう。礼儀とは何だろうか、道理とは何か一色は考えたことが……」

 

 自分でも何言ってるか全く理解できない適当な言葉を吐いて煙に巻こうとする。

 

「どっちなのかハッキリしなさい」

 

 駄目だった。

 

「あんまりこういう経験はないんだけど……」

「全く踊れないってワケじゃないんでしょ?」

「そうなんだけど……拙いけど、よろしくお願いします」

 

 なんでか踊ることになった。一色は弄りキャラとしては反応が大袈裟なので優秀だけど、こうしてダンスの相手として立たれると妙に緊張する。

 

 高い魔法力があるだけに比例して容姿も華があり、更に師補十八家という日本の魔法師社会のトップクラスに位置する『一色家』のネームバリューを背負った令嬢は注目の的であるし、狙っている家は多い。そこにぽっと出の野郎に一色の令嬢が自ら誘うものだから、野郎の嫉妬の視線が痛い。悪目立ちしてるなー。

 

「注目されてないことに慣れてないみたいね。人を散々ネタ扱いしてきた報いよ」

 

 過程をすっ飛ばしてきたが、俺は一色をどこぞのデンキネズミポケモンと混同させたり『稲妻』をネタにしてきた。恨み辛みが溜まっていたらしい。

 

「悪趣味な嫌がらせだ。胸だけじゃなくて器の小さい奴め」

 

 ──―ガッ!! 

 

「TPOを弁えなさい。次は無いから。わかった?」

「わかった」

 

 足を踏まれた。ご丁寧にヒールの方で踏んづけやがった。

 

 ゆったりした学生が音楽に合わせて踊りやすいようにゆったりとした曲調の演奏がされており、魔法師って一般人とは住む世界が違うんだなと思わされる。最初に足を踏んだ一色も、ダンスは慣れたもので蝶のように華やかで優雅なものだ。

 

「経験がないと言った割に意外と上手じゃない」

「踊れないとは言ってない」

「隠し事が多そうね、志村って……モノリス・コードで難度の高い2つのCADの同時操作をしてみせてあれだけ戦えるなら、もっと上を目指せるわ」

 

 上って要するに一流の戦闘魔法師になれるって事なんだろうけど、あの脳筋戦法やった人間に対して過大評価も良いところだ。

 

 上昇志向の強い一色は、才能のある人間を見る目もあるようだ。才能云々は七草と四葉の混ざりモノが魔法の才能に乏しいなんて有り得ないから、見る目はある。でも、高みを目指すって事は表舞台に立たせるってことで未だ繋がりが立ち切れていない妖怪共がこれ以上目立つことを許容しないだろう。俺が目立つには、先ず妖怪共を何とかしなければならないワケだが、物理的手段に出るのは最終手段なので政治的・社会的に追い詰めた上で消さなければならない。皇悠頼みだけど、彼女もなんだかんだで妖怪共と同じ穴の狢だから、頼りすぎるのも危険というあたりで俺の周囲で心強い味方はいない。俺が一色の言うように高みを目指すには、排除しなければならないモノが多すぎる。

 

「上を目指せる、か。考えてみるよ」

「志村の隠したい事情と関係あるのかしら」

「隠したい事情なんか無い。俺に大した実力なんか無いから、買い被りだ」

 

 俺の問題に誰かを利用するのはNGだ。巻き込ませたくない。

 

 自分の問題だからってのもあるけど、妖怪共を何とかしたところでその後に別の無理難題が降って湧いてくる。今ある生活を手放して得られるモノは何一つなく、それよりかは何もしないで現状維持を望みたいところだけど、無理だろうな。

 

 建前上は何もないと否定して、拒絶しておく。誰にも頼れないって案外辛いな。

 

 一色と別れ、次に踊らされたのは生徒会長だった。労いも兼ねたもので、踊りながら最初に労いの言葉をかけられて次に感謝の言葉だった。

 

「すまないね、志村くん。無理を言って九校戦に選手として参加させてしまって」

「生徒会長が気にするようなことではないと思いますが……」

「一応これでも生徒会長だし、それに君が特殊な立場にいるのも教えられているから、今回の件に関して申し訳なく思っているんだ。でも、まさか私が在学中に三高が総合優勝するところを見られて嬉しかったよ。ありがとう」

「俺はモノリス・コードしか出ていませんよ。選手やエンジニアの頑張りがあったから、棚ぼたで優勝できたんです」

 

 否定しておかないと、生徒会長が俺を裏で動かしてたみたいに受け取られかねない。黒幕は皇悠だ。

 

 善良な生徒会長をスケープゴートにしたくないから否定すると、彼女は苦笑する。

 

「君がそう否定するけど、一高の主要メンバーはそう思わないだろうね。一高では、春の一件も含めて姫殿下の陰謀論が過熱して君が実行犯として何かしたのではって疑惑の目が向けられているから」

 

 一高の生徒会……七草真由美あたりかな。探りを入れたんだろうな。

 

「いや、俺は人の洗脳とか精神干渉みたいな芸当は出来ないんですが」

「この際、事実はどうだっていいんじゃないかな。負けた要因を内にではなく、外に求めようと必死なのかもしれない。違うというなら、でんと構えてればいいと思うよ」

「……はぁ。わかりました」

 

 何でそんな事になってるの? 

 

 生徒会長との踊りが終わり、壁際に移動しつつ思考は一高で勝手に上昇している皇悠はともかく俺のヘイト値をどうにかする方法を考える。そもそも、証拠ゼロの根拠ゼロだろうに単純に反魔法主義的だと勝手に思っている皇悠の手下だからってのが理由なんだろう。たったそれだけの理由で犯人だと思われていたら、全ての事象を俺のせいにしてきそうで怖い。確かに実行犯だけど、証拠は全く残していない。ガス抜きも兼ねて犯人を別な奴に仕立て上げておく必要があるか。ブランシュ事件を絡ませるって……皇悠と反社会的勢力のブランシュに繋がりなんかあったら、そんなの皇族としてアウトだよ。そんな事より、どうやってヘイトを拡散させるかを考えないといけない。

 

「いっそのこと壬生さんの件をバラしてやるか?」

 

 七草家だけじゃなくて四葉からのヘイトが加わりそうな予感がする。連鎖的に四葉を撃退した下手人である俺が大変な事になる。諸刃の剣だった。仮称『ペルソナくん』を誰かに仕立て上げる必要があるか。

 

 そんな黒い思考をしていたら、グラス片手に四十九院が歩み寄ってきた。ジンジャーエールだった。

 

「なんか辛気臭そうな顔をしておるの。もう少しシャキッとせい」

「頭を悩ませる問題が山積みだから困ってるんだよ。全部投げ出して逃げれたらいいんだけどさ。無理だろうな」

「どんな人間でも、大事なもの、譲れない何かがあるから、簡単に捨てていたら生きながらにして死んでいるようなものじゃぞ。志村とて、何か大切なものがあるんじゃろう?」

 

 大切なものって言われても……。

 

「俺が大切にしているものって今ある生活なんだよな。誰かに与えられたものじゃなくて、自分の力でようやく得られた今の生活だけは手放せない。だから、問題が山のように積みあがるんだろうな」

「どんな人生を送ってきたんじゃ?」

「それは秘密だ」

「むぅ」

 

 腑に落ちない表情をされても困る。これ以上、話せることは何もない。捨てようと思えば捨てれるけど、捨てた先に果たして今と同じ生活が出来る保証があるかと聞かれたら、それは有り得ないと断言できる。先ず、魔法師の出国が不可能だし、どこへ逃げればいいんだよ。

 

「とりあえず、学生らしく振る舞ったらどうじゃ。お主は頭の中でごちゃごちゃ考え過ぎじゃ。もう少し肩の力を抜いた方がいい」

 

 考え事を全部口に出したら大問題になる。不満も何もかも全てさらけ出したいけど、話せる相手はいないな。話して巻き込むと、それくらいに仲良くされると後が面倒になる。

 

「四十九院は俺が誰にも言えない秘密を抱え込んだ人間だと察しているんだろう。どうせ俺の嘘や裏で何をしてたか直感的に覚ってるかもしれない。人の良さは認めるけど、それで人の内面を見透かすのは勘弁してほしい。深く関わる相手は選んだ方が良いだろう」

 

 穏当な言葉であるが、場所が場所なだけに魔法師の本性を出すのは控えなければならない。相手を威圧して攻撃性を発揮したところで意味がなく、むしろ居場所を無くしかねない迂闊な行動だ。

 

「沓子、ここにいたのね……って、志村くん?」

 

 ちょうどよく十七夜が来たので、これ幸いと俺も離脱を図ろうとする。変に意識されてるけど、今は顔を隠してるんだから普通にしてほしい。

 

「あ、貴方はモノリス・コードに出てた……!」

 

 ショートヘアの女の子と一緒だった。確か北山雫だったか、厄介な輩に見つかったな。あんまり良い印象を抱いていなさそうに窺える。

 

「ええと、はじめまして。俺は志村真弘です。君は確か……スピードシューティングとアイス・ピラーズ・ブレイクに出てた一高の北山雫さんでしたっけ。スピードシューティングに至っては、新魔法を使ってアイス・ピラーズ・ブレイクでは難易度の高いパラレル・キャストを使用して『フォノンメーザー』を撃つなんて芸当する素晴らしい試合運びは見事でした」

 

 それで勝たれると来年度以降はスピードシューティングは種目から消えていただろう。工夫するのは良いが、競技の主旨が根底から覆されては元も子もない。

 

「……お世辞はいいよ。結局、勝てなかったんだから」

「そうですか。まあ、良くやった方じゃないですか。一高の一年男子に至っては森崎駿選手がスピードシューティングで準優勝くらいしかマトモな成績は残してないのだし、比較してみれば称賛に値すると思いますけど」

「……モノリス・コードでも準優勝してた」

「あくまで正規の選手によるカウントです。モノリス・コードは代理の選手で、内訳がエンジニアと偶然にも観戦に来ていた生徒らしいじゃないですか。エンジニアはともかく、観戦に来ていただけの選手を起用するとか一高はどんだけやる気が無いんですかね」

 

 そのやる気を削いだのは春のブランシュ事件な訳だが、とどのつまり俺が悪い。何様のつもりで言ってんだよ。

 

 北山雫による司波達也のヨイショが始まったが、適当に聞き流す。今回の九校戦で目立ちまくった人間の情報くらい客観的に知ってるし、何なら彼が親しくしている友人たちが接し方を変えるくらい隠す気があるのか怪しいヤバい情報を握っている。

 

 なにはともあれ、これだけは言っておこう。

 

「一高の一科生の男子は後でフォローしておかないと拗らせかねないので気をつけた方が良いんじゃないですか。事件の詳細を人伝に聞いただけの推測ですが……見た感じ下手したら、来年の九校戦はこれ以上に酷くなるんじゃないでしょうね」

「誰のせいだと思って……!」

 

 悪用した俺のせいだろう。でも、どのみち起こるべくして起きた問題なのだが、そこら辺は理解しても怒りの矛先を別方向へ向けた方が楽なんだろうな。人間が考えるのだから穴があるのは当然で、是正していかなければならないのに怠ったばかりか、力で黙らせてきたが故の今の結果だろう。被害者である壬生さんを七草は殺しにかかるし、四葉は捕縛して脅迫しようとした。下手したら死んでた可能性がある。

 

 こういうのを所詮はただの生徒でしかない人間に言ったところで無駄だし、そもそも誰に言ったところで見て見ぬ振りをしてきた輩に何を期待するのかって話だ。生徒会長を吊し上げる意味は無いし、魔法師が引き起こす問題は浮き彫りにさせないと情報操作されて終わるだけだ。

 

「そんなこと言われても犯人なんか知る由がない。勝手な想像で人のせいにしないでほしい」

 

 不愉快だから立ち去る。顔は隠れているから理解されないだろうが、雰囲気を出して察してもらう。そう怒らなくても、一高に対してもう何もしないと思う。

 

 会場を出て雲一つない満天の星空を眺めようとしたら、前方から巨大な人影が見えた。

 

 十師族の十文字家の当主代理をしている十文字克人だ。既に貫禄というか纏っている雰囲気が既に高校生を超越している。似たようなものなら、司波達也も高校生らしからぬ雰囲気を纏っている。逆に一条は全くそんな感じがしない。

 

 特に気にするようなものでもないし、場所を移動するのもおかしいので視線を空へ向けつつ意識は十文字克人へ向けておく。やがて向こうも気づいた様子で、来るなと念じてもまっすぐ向かってくる。奥の噴水広場で司波兄妹が踊っているのが見えたが、あっちが羨ましいよ。もう兄妹だろうと関係なく結婚でも何でもしちゃいなよ。

 

 そんな下らないことを考えつつ、十文字克人の方に意識を向けると彼はこちらへ向かう足を止めず、俺のところに来て立ち止まる。

 

「お前が姫殿下が懇意にしている請負人とやらの志村真弘か?」

「……あ、ああ。そうですよ。何でしょうか? ええと、十文字克人さん。ご依頼でしたら、夏休み明けでお願いします」

「依頼するような事はない。ちょうどいい機会だから、話したいことがある。時間はいいか?」

「何でしょうか?」

 

 十師族の人間が「話したいことがある」と言って断れる日本の魔法師は存在しない。断れる理由が必要なワケだけど、魔法師社会のトップとの話し合いを断れるだけの効力を発揮させるかと聞かれたら否と言える。

 

「モノリス・コードの決勝で使われたあの魔法……お前が開発したのか?」

 

 ド直球だよ。

 

「十師族の十文字家の人間を一発で倒せる魔法を開発なんて俺なんかには逆立ちしたって無理です。むしろ、他の十師族などの魔法名家が開発されたのではないでしょうか?」

「やはり、その線で考えるのが妥当か」

 

 矛先は四葉に向けられるだろうな。大漢への報復以降は秘密主義に走った彼らなら或いはって可能性を捨てきれないから、体のいい隠れ蓑として機能してくれる。

 

 そもそもの大前提として、本戦のモノリス・コードはともかく、己の実力を出して負けたのだから矛先をこちらに向けられても困る。テロくらい十師族なんだから、未然に防いでみせろと言いたい。皇悠を目の敵にするんだったら、彼女の活躍の機会を潰せば事を運びやすいというのに、魔法を使えば大衆が受け入れるとでも思ってるのかな。

 

「お前は十六夜家と関りがあるそうだが、どういう関係だ?」

「それ一条も聞いてきたんですけど、これといって深い繋がりはありませんよ。俺が養子に入っているワケではないので。それより、これから一高は大変そうですね。さっき北山雫って娘にも言ったんですけど、一年男子の一科生に対して何らかのフォローしておかないと、後で拗らせて大変な事になるんじゃないんですか。伝え聞いた話から察するとですが……」

「誰かが何かするのか?」

 

 この人、俺が何かするって疑ってら。十六夜家って十師族批判している家だし、それに皇悠の存在もあって繋がりのある俺が何かしてくると考えているのかもしれない。魔法名家との繋がりは自分で自分の首を絞める最悪の手段だ。似たような理由で数字を剥奪された日本の魔法師社会の闇である『数字落ち(エクストラ)』も禁じ手だ。

 

「分かりません。願わくば元一高の生徒だった壬生さんのような人を出さないでほしいですね。あくまで請負人って便利屋擬きなだけで、保護施設でも厚生施設でもありませんから」

「壬生の件に関してはすまなかったと思っている。社会秩序を守るためだとか、そんなことばかり考えて守るべきものを間違えてしまった。本来なら、第一に我が校の生徒を優先すべきだった」

 

 そんなこと言われても、上に立つ側の事情とやらが存在するんだろう。魔法力に劣る二科生だからと切り捨てたなどと邪推できるが、悔恨を滲ませている十文字克人を見る限り無意識とはいえ切り捨てていたのかもしれない。一条や一色もだけど、そもそも論として二科生の実情を教えてくれるような二科生の友人がいなかったのかもしれない。

 

「後悔しても今更でしょう。俺なんて仕事では失敗してばかりで成功したことなんて片手で数える程です。その成功も数多くの失敗を経た上でようやく得たものだから、今回の事を教訓に次に生かすのが責任の取り方ではないでしょうか?」

「責任か……。魔法師社会を背負って立つ者として誇りと自信があったが、今回の大会で自分の築いてきたものが壊れていくような気がした。俺はこれからも十師族の十文字家として立つことが出来るだろうか……」

 

 心が折れてるな。なまじ勝利ばかりしてきたから、敗北の経験が無いから今回の敗北は下手したらトラウマになって再起不能に陥るかもしれない。勝負事なんだから、負けもするだろうに許容されない地位だから、今回の一件に際して弱音も吐きたくなるだろう。相手が初対面の俺でなければ良かったのだけど、魔法師というのは身内以外だと打算的な繋がりしかなく、素直に弱音を吐けるような存在じゃない。かといって親兄弟や親戚に話すにしても中々話すのが辛い。カウンセラーに相談するって手もあるけど、一高ではカウンセラーの皮を被った公安の捜査員がいるので話せない。随分と生き難いな。

 

 十文字克人の弱みになりかねない悩みなので、咄嗟に周囲を警戒して誰も聞いてない事を確認する。

 

「あんまりそういう弱みを初対面の人間に見せるべきではないですね。俺は十師族と敵対している姫殿下と繋がりがあるから、その弱音をリークするかもしれませんよ?」

「今更だ。それに姫殿下にリークしたとして、あの方ならなんと言う?」

「精神論でも唱えるんじゃないですか。たった一度の敗北で揺らぐ程、脆弱な立場ではないハズです。今だけですよ、敗北しても許されるのは。社会に出て何かに負けた時、何もかも失います」

 

 気の利いたアドバイスができなくて申し訳ないと思う。こうやってお人好しな側面を出すから利用されるんだよな。やらない善よりやる偽善だが、敵対していると受け取れる相手に塩を送るのは度が過ぎる行いかもしれない。

 

「カウンセリングの資格とか無いので気の利いた事を言えませんが、十文字さんは自らの立場を意識しすぎています。まだ高校生だから、リカバリーが利くのでこれからの行動で示していけばいいんです」

「……そうか。俺もまだまだ未熟だったということだったんだな」

 

 18歳でまだ成人していないんだから、精神面などで未熟なのは当然だろう。むしろ大人顔負けの行動と責任を強要するのがおかしな話である。今更だけど。

 

 とりあえず、何か悩みでもあれば相談に乗るという事で仕事用の携帯端末の連絡先と直接の相談する可能性もあるということで住所も教える。話せる相手がいないってのも辛いな、と自分のことを棚に上げて考えてしまう。

 

「それと桐原の件だが……」

「壬生さんは今は会いたくないと言ってました。かなり病んでましたからね。しばらくは時間を置くべきでしょう」

「……そうか。俺から桐原に伝えておこう」

「俺から伝えるので気を使わなくて大丈夫です」

 

 いや、そもそも部外者だろう。ある意味で関係あるかもしれないけど、七草真由美はともかくアンタは何もしてないから出しゃばられると返って拗れるので迷惑だ。

 

 十文字克人と別れた後。俺は最後の締めに取り掛かる。俺にとっての九校戦におけるなんちゃって暗躍もようやく終われる。

 

 

 そうだろ、皇悠。

 

 

 

 

 

 

 





主人公の人生をかなりざっくり簡単に纏める。

0〜10……東道家でひたすら戦闘に関する技術を磨く。物心がつく頃に初めての死刑予定の魔法師を殺害する。

10……周公瑾の下で働き始める。12の時の沖縄戦の後、ビルマ・ベトナム・ラオスを巡り歩いてそれぞれの民衆を扇動する精神干渉系の戦略級魔法を使用。戦争を引き起こす。

帰国後、程なくして姫殿下にとっ捕まる。約2年間、社会常識と倫理観その他諸々を教え込まれる。

14……姫殿下と交渉して協力を取りつけ、請負人事務所を立ち上げる。姫殿下の飼い犬でいられる内は身の安全と自由が保証されている。


以上。ある意味で主人公にとって姫殿下は新しい生き方を教えた恩人だった。



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