342話 補佐官の提案
「技術交流?」
「はい。我が国の学生主体での技術交流を提案致します」
ペイスが、お茶を入れなおす。
いきなりの提案について、使節団トップのルニキス王子と、実働部隊の長であるスクヮーレ隊長の理解が追い付かなかったからだ。
今回の茶葉は神王国から持ち込んだレーテシュ産の
全員に改めてお茶が行きわたり、一呼吸おいて落ち着いたところで銀髪のトラブルメーカーが説明を始めた。
「まず、前提の確認ですが、我々はこの国にもうしばらく滞在せねばならない。共和国からの要人と面識を持つのが必須事項。優先事項としては、面識と共に友好関係を結ぶ。出来ればヴォルトゥザラ王国にはこれが目的だと気づかれたくない。ですよね」
「ああ、それで合っている」
「僕が考えるに、目的を隠そうとするのは限界が有ります」
「ふむ」
世の中、隠し事を隠し通すには幾つかの条件がある、とペイスは言う。
一つは、注目を集めないこと。目立つものが秘密を隠そうとしても、難易度は乗数的に跳ね上がるもの。
もう一つは、秘密が有ると思われないこと。隠し事があるのではないかと思われた時点で、隠し事をする難易度は上がる。
例えば世の中の不正経理。十年以上もバレずにやっていることであっても、疑いをもたれて調べられた途端に露見する事例は多い。疑われながら不正をするというのは、疑われていない時と比べても難易度は桁違いだ。
また、悪さに限らず、サプライズプレゼントのようなものでも、何かあるなと疑われてしまってから隠すのは容易ではない。
ならばどうするかといえば、隠し事をしないことが一番だとペイスは言った。
「それはそうだが……そもそも隠れてことを為そうとしていることと矛盾するだろう。目的がバレてはいけないのだから」
「そこです。隠すのではなく、堂々としましょう」
「堂々と?」
「恥じることのない、隠す必要もない、明らかに我が国にとってプラスになる、エゴ剥き出しの理由で居座ろうと粘るのです。この国に滞在することを、おまけにしてしまうのですよ」
居座ることを目的として、他の理由を探すから無理が出る。
ならば、居座ることをついでにして、他に大きな目的を用意すればいい。
スイーツで味の強い塩をどうしても使いたいなら、隠し味にしてバレないようにしようと苦心するより、いっそ塩味を前面に押し出したスイーツにしてしまえばいいのだ。
ペイス以外には理解できない発想で、斜め上のアイデアを出したらしい。
「ヴォルトゥザラ王国の技術は、神王国とは別の系統に伸びています」
「ふむ」
「調べたところによると、農業においては灌漑技術や牧畜技術、軍事においては機動戦術、文化においては服飾技術などが、神王国とは明らかに違った目新しさがあるようです」
ヴォルトゥザラ王国も、南大陸では神王国に対抗できるだけの大国である。神王国ほど中央への集権化が進んでおらず、多くの技術や知識で後れを取っているのは事実。
しかし、全てが全て、遅れているわけでもない。ヴォルトゥザラ王国も大国と呼ばれるだけに優れたものは沢山ある。
その一つが農業技術。
特に、乾燥地帯を多く抱えるヴォルトゥザラ王国では、遠方や地下から水を引いて農地を潤す灌漑技術が大いに発展している。これなどは、モルテールン家としては手に入れておきたい技術である。
昨今のペイスの“悪戯”によって、モルテールン領は大きく環境を変えている。乾燥していた土地に雨が降るようになったのだ。
しかし、だからと言って元々乾燥地だった土地がすぐさま肥えてくれるはずも無い。砂地や礫地を農地にするにも、それなりの苦労がいる。必然、乾燥地帯を農地として利用する技術の先進部分の知識は、有って困ることは無いだろう。
また、乾燥地が多い国柄だからこそ、農地に頼らない農業も発展している。具体的には牧畜や放牧だ。乾燥に強い生き物を家畜として飼い慣らし、育てて利用する技術。これはそのままモルテールン領にも移行できるだろうし、珍しい家畜が得られるかもしれない。
珍しい家畜のミルクに卵辺りは、ペイスとしては仕事を抜きにして押さえておきたいものである。
むしろ、こちらがペイスの目的という可能性すらある。王子たちは気づいていないが。
もう一つが軍事について。
大国が大国である所以の一つは、軍事力にある。
何だかんだといったところで、暴力をもって襲い掛かってくる連中から身を守れるのは、同じだけの武力を持つものだけだ。
力づくで、財産から命から全てを奪いに来る連中がゴロゴロしている世界、大国になるにはそれに見合った軍事力を持っている。
神王国であれば、騎士の力がそれだ。
小さな都市からどんどん拡大していった力の源泉は、世界に先駆けて騎士という強力な専門軍人を組織化できたことにある。
ならばヴォルトゥザラ王国はといえば、部族単位の集団による高度な機動戦術こそ、この国を大国に押し上げた原動力だ。
家畜を飼い、移動しながら補給も行える数百人単位の軍事集団が、何十と纏まって徒党を組んだ時の強さは圧巻である。
何十日、何百日も移動し続け、それでいて精強な部隊が精強なままで居続けるのだ。敵としては、まずまともに全容を把握することすら難しいだろう。
じっと留まるのではなく、機動するからこその強さ。これは、神王国としても見習えるものがある。
また、服飾技術についても神王国とは違った意味で先進性を持っている。
文化の違いというのか、風土故なのか、全体としてとてもカラフルな服装が多いのだ。布地をそのまま活かすような服が多いため、色合いと相まってヴォルトゥザラ王国風というべき独特の雰囲気が生まれる。
神王国の服は、型紙を当てたうえで布を切り、服に仕立てていく。
ヴォルトゥザラ王国は、どうやらそんな作り方はしないらしく、出来る限り布地を切らずに服を作る。
日本の和服に似た思想ではあるが、ヴォルトゥザラ王国は雅さとは縁遠い派手さがあるので、似て非なるもの。
元々の布地の意匠を映えさせる繕い方など、中々に研磨されて系統立てられた独自服飾技術があるらしいのだ。
これらの技術は、学ぶことが出来ればモルテールンとしても、また神王国としてもメリットが大きい。
ペイスが、是非とも技術を盗み、もとい学んで帰るべきだと主張する。
話の内容自体には大いに理解を示す王子。
「よく調べたられたな」
「優秀な学生たちのお陰ですね」
「学生も馬鹿にできん」
ペイスが話した内容は、ペイスが連れてきた学生たちが調べたものだ。
幼馴染のペアに始まり、リンバース=ミル=トーリー、エシライルー=ミル=カーディン、シン=ミル=クルムら、寄宿士官学校の校長肝いりメンバー。ついでにルミニート親衛隊。
彼女たちの情報収集は、正式に軍務として記録されている。ペイスが要請し、スクヮーレが発した軍の命令だ。実際にここで王子の役に立ったというなら、彼女たちは学生にもかかわらず手柄を一つ立てたことになる。
これはペイス達が帰国してから、活きてくるだろう。寄宿士官学校の教導役として、ペイスが面目を施したという意味もあるし、抜擢した校長の功績でもある。
しかし、ここで終わってしまってはペイスとしては生ぬるいとしか思えない。
「そう、そこで、更に学生たちを有効に使うべきだと提案します」
「学生たちを?」
「はい。学生といえど、軍人を志す者たちです。それも、我が国の誇る最優秀な者たち。遊ばせておくのは勿体ないと思いませんか?」
「それはわかるが、改めて聞こう。技術交流とは何だ」
結局のところ、技術交流なる言葉に聞き馴染みがないのが問題なのだ。
字面からおおよそ察しはつくが、下手に確認を怠って酷い目にあった先人の例に倣い、きちんと聞いておくべきだろう。
「文字通り、お互いに技術を教え合いましょうという話です」
「ふむ」
やはり、というべきなのだろうか。
基本的な認識は間違っていないと、王子は安堵した。
「この国の技術も、神王国人として学ぶところは多い。折角の機会ですし、学べるものは学んでいくべきだと愚考いたします」
先ほど挙げられた技術。王子からしてもヴォルトゥザラ王国の先進性と、神王国に持ち帰れた時の利益は理解できた。
ペイスのいう技術交流。なるほど、実現すればそれはそれでメリットはある。使節団が滞在する名分としても文句もないし、実利もあるというなら反対する理由は無いだろう。
「確かに言い分は分かるが、名分が立つか?」
但し、ヴォルトゥザラ王国の上層部が、技術の流出を許すのかという問題がある。
神王国人が、お前たちの技術を寄越せと
勝手に技術を学びますのでお構いなく、などという訳にもいくまい。そんなことをすれば技術を盗んだとして非難される。
しかし、ペイスは自信ありげにニヤリと笑みを浮かべた。
「幸いにして、私は学生を引率してきています。それを前面に出せば、角が立つことは無いかと」
「それはそうかもしれんが」
ペイスが連れてきた学生は、教師に引率されている。
元より学生の本文は勉強にあり、学ぶことは学生として王道も王道。ど真ん中真っすぐの正当性がある。
学生たちが学びたいという。そして、それを叶えてやるのは大人たちの務め。義務である。
ヴォルトゥザラ王国の人間であっても、そこの道理が分からない訳では無いだろう。
学生たちに色々と学ばせてやりたい、といえば筋は通る。学生に物を学ばせる為に、教師が慣れぬ外国で骨折りをしようというのだ。むしろ感心されるかもしれない。
だが、世の中は綺麗事では動かない。筋が通っていようと、こちら側の言い分と都合を押し付けるだけでは相手は動かない。
人を動かそうと思えば、動くだけのメリットを提示せねばならないのだ。
そんな交渉ごとの初歩を知らぬペイスではないだろうから、何か勝算があるはず。
「大丈夫なのですか?」
スクヮーレの問いかけには、勝算を問う色合いがあった。
ペイスは笑みを崩さず頷く。
「我が方としても、先の社交の場において、製菓技術の一端を伝えています。ここで向こうばかりが得をするのは宜しくない、といえばあちら側も頷くでしょう」
なるほど、とペイス以外の二人が膝を打った。
既に、ペイスはヴォルトゥザラ王国の上層部に、伝手を作っていたのだ。
お菓子を求められたからと景気よく技術を教えていた。あの時は気前が良すぎると呆れていたが、今になって活きてくる。
まさかここまでの事態を見越していたとは思えないが、相手方に恩を売っておいていざというときに使うという発想自体は理解できた。
つまり、使節団の中ではペイスに限ってのみ、まともに技術交流の提案を通せる可能性がある。
「交渉材料は有る、という訳か」
「はい。交渉をまとめる可能性はゼロではありません。話の持って行き方次第で、認めさせることは出来ます」
ペイスには、自信があるのだろう。
任せてほしいと力強く答えた。
「ならば、交渉はモルテールン卿に一任しようではないか。頼んだぞ、我が友よ」
「殿下のご期待に背くことなきよう、全力をもって相努めます」
銀髪の補佐官は、王子に対して敬礼を返すのだった。
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