アンデルセンは笑っている   作:小千小掘

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『教育者』

 チクタクチクタク。

 秒針の刻む音だけが室内を充満する。先程までの喧騒が嘘のようだ。

 しかし、無人というわけではない。現に長い沈黙を経て、年季の入った男性の声が空気を震わせた。

 

「気の毒な子供たちです。あの年であのような不幸に見舞われるなど……」

 

 坂柳理事長は、各々のスクールライフを満喫している生徒たちの様を鳥瞰しながら呟く。その目には僅かながら憐みと憂いがこもっている。

 その言葉に返すことのできる人物は一人――同じ場に居合わせた者だけだ。

 

「そうですね。初めて耳にした時は驚きました。まさか、警察がお見えになるとは」

 

 雨宮が生徒二人を連れて出て行った後、茶柱は部屋を出て行かずに仁王立ちで残っていた。

 当然、話したい内容があったからだ。

 

「ですが、大丈夫でしょう。彼らは優秀だ。この三年間で少しでも心の傷が癒えることを願う他ありませんね」

「……お言葉ですが、優秀だと判断していらっしゃるのであれば、どうして彼らをうちのクラスに?」

「おや、把握していませんでしたか? 高円寺君は遠目からでもわかる自己肯定感の強さと協調性の低さ、そして浅川君は事件のショックとそれに伴う能力の著しい低下を考慮した結果ですよ」

 

 担任である彼女が試験(及び事前の測定)の結果を確認していないわけがない。まして己の野心に忠実な彼女は二人の能力を確認して期待できる駒だと一目置いた程だ。

 しかし、それとこれとは話が別。理事長の説明では全く納得できないことがあった。

 

「そういえば、茶柱先生。困りますね」

「何の話です?」

「私はあなたに言ったはずですよ。綾小路清隆君と浅川恭介君、二人には必要以上の干渉を一切禁じると」

 

 恐らく、Sシステムの真実が公になった日の呼び出しのことを咎めているのだろう。

 茶柱は綾小路と浅川を担任に持つに当たって、二人にはタブーな事情があるのだということを知らされていた。

 その詳細までは教えてもらえなかったが、入学から一か月経ったこの段階で、既に二人の特殊性は認識している。

 

「あくまで生徒指導の範疇ですよ。それに、興味を持つなという方が無理な話では?」

「何故ですか?」

 

 理事長は厳しい目を彼女に向ける。やはり、あまり掘り下げたくはない話のようだ。

 それでも口が減らないのは、貪欲さからか、将又純粋な好奇心からか。

 

「前例のないことばかりなんですよ。『座席まで指定される』なんて前代未聞です。()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()、そして()()()()()()()調()()()()()()()()配置する。ここまで指示された上で無関心でいられる人間は、ロボットくらいなものでしょう」

 

 そう、坂柳理事長は初めから綾小路と浅川を引き合わせるつもりだったのだ。

 いや、厳密には少し違う。二人に何かを期待している、と言うべきだろうか。何せ与えられた指示には『協調性の低い女子』という一見何の関係もない人物が巻き込まれているのだから。

 これに関して、理事長はある程度の覚悟はしていたのか、諦めの感情を乗せた溜息を吐く。

 

「私は今回の件で更に疑惑を抱いています。綾小路と浅川は表向き、過去にこれといった接点がない。実際彼と共に事情聴取を受けたのは高円寺であり、綾小路は同中ではなかった。性格も異なる。綾小路は俗世に切り離されていたかのように寡黙ですが、浅川はある程度の情緒と社交性が育っている」

 

 そもそも、いくら能力低下を加味しても浅川の能力なら最低でC、下手すればAクラスに所属されることになったとしても野次が飛ぶことはなかっただろう。

 更に、綾小路とは違い素性に謎がない。ありきたりな小学校を卒業し、高円寺と同じ中学校に進学。他の経歴を漁っても、気になる項目はなかった。

 故に、寧ろ解せない。

 何故理事長は、二人を引き合わせようとしたのか。

 

「…………浅川君は、言わば特異点なのですよ」

 

 ついに重い口を、彼は開いた。

 

「彼はあまりに多くのものを持ち過ぎた。そういう意味では、最も不幸なのは彼なのかもしれません」

 

 雲を掴むような、ふわっとした表現だった。

 

「あなたの言う通り、私は期待しています。彼ならあるいは、空っぽである綾小路君に、本来必要であったはずの色を分け与えられるのではないかと。逆もまた然りです。ある意味で澄んでいる綾小路君の内面を目の当たりにし、カオスに汚れてしまった浅川君のキャンバスが洗われるのではないかと」

 

 「全ては彼ら次第ですけどね」と話す理事長は、どこか不安も入り混じった表情をしている。

 

「……それは、あなたなりな善意ですか? それとも、一種の研究心ですか?」

「前者です。……と答えられたらどれだけ良かったか。両方ですよ。私自身も二人に干渉しないのは、その罪悪感でもあります。代わりに、二人の関係が止まらぬよう作用を促し、見守るべき存在が必要でした」

「……! なるほど、それが堀北ですか」

 

 点と点が繋がった。協調性がないということと異性であることの意味はそこにあったのだ。

 協調性が高ければ、平田や櫛田のようにクラス全体で関わるケースが発生し、二人との関わりが薄れる可能性がある。確実に二人との交流を重ねることを望んでいたのだ。三人という人数は、小グループとしてはだいぶ適している。

 性別を女子にしたのも、当人自身が二人の内片方と仲を深め過ぎないため、もしくは第三者としての立場を誘導するためだ。最も関わり合う組み合わせは、綾小路と浅川でなければならない。

 

「……茶柱先生。あなたがパンドラに片足を踏み込んでしまった今、完全に止めることは難しい。ですから、せめてこれだけは守って欲しい」

 

 背を向けていた体を翻し、茶柱と正面から向き合う理事長の目には強い意志が乗っていた。

 

「もしも二人が、あなたを信頼して訪ねてきた時には、彼らのため、誠心誠意向き合って下さい。これは命令ではない。私の、お願いです」

 

 頭を下げ、懇願する坂柳理事長。

 そんな姿を初めて目にした茶柱は彼の真意が読めず、ただ固唾を呑んで見つめることしかできなかった。

 

どこまでやる?

  • 船上試験&原作4.5巻分
  • 体育祭(ここまでの構想は概ねできてる)
  • ペーパーシャッフル
  • クリスマス(原作7.5巻分)
  • 混合合宿or一之瀬潰し
  • クラス内投票
  • 選抜種目試験~一年生編完結

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