アンデルセンは笑っている   作:小千小掘

59 / 63
アドバンス

 翌週になりテスト範囲変更によるほとぼりも冷めた頃。

 相変わらず鈴音主導の下、僕らは着々と勉強会を進めていた。

 

「あれからさ、真面目に授業受けるようになって思ったんだけど、意外と簡単なところもあるよな」

「確かに。テスト範囲が変わったってなった時はマジで焦ったけど、このままやればいいトコ行けるんじゃね?」

 

 池と春樹が口を揃えて、最近の自分らの上達具合を評価する。

 

「油断大敵よ。自惚れる暇があるなら一つでも多く知識を蓄えなさい」

「時事問題にも気を付けないとね」

「ジジイ問題?」

「時事問題。最近起こった社会や政治の動きを訊かれるってことだ。簡単に言うと、教科書や参考書には載っていない問題が出るってわけだな」

 

 そういえば、小テストにも何問かその類の問題があった。あまり得意ではないんだよな、時世には弱い。

 

「どうせ出ても数問さあ。君らは勉強しやすいところを極めた方が賢明だと思うよ」

 

 そうフォローすると、三人は潔く納得した。

 少しして、互いに出題し合い確認をする時間になった。

 

「――じゃあ次は私から問題。ルネサンス期に活躍し、『君主論』や『戦術論』を書いたのは誰でしょう」

 

 櫛田の出題に、健らは顔を歪ませる。因みについ先日授業で習ったばかりの内容だ。

 

「え、えーっと、誰だっけ……フランシス・ベーコンって人なら覚えていたけど、テスト範囲じゃなかったしなぁ」

「確かー……マキャベリズム、なんちゃらマキャベリズムだった!」

「そうだそうだぜ! それで上の名前はー……あー、何か幸せそうな名前だったはずだ」

 

 何だよ、幸せそうな名前って。

 だが、案外いい線をいっているかもしれない。

 やがて池が「あっ!」と閃いた。

 

「それだ! ニッコロだよ、ニッコロ・マキャベリズム!」

「正解!」

 

「よっしゃ!」櫛田の溌剌とした宣告にガッツポーズを取る。

 

「だぁちくしょう! あと一秒早けりゃ……」

「ま、今回はお前に花持たせてやるよ」

「これで満点も夢じゃない!」

「遠い夢よ。儚いわね」

「酷いぜ堀北ちゃんっ!」

 

 一問ごとに一喜一憂していては時間が勿体無い。ただ、諦めずに思考するということすら、最初の彼らには難しかったはずだ。ハードルが低かったとは言え、やはり成長しているようだ。

 すると、

 

「おい、うるせぇぞ。図書館でギャーギャー騒ぐなよ」

 

 後方の席からキツめなお声掛けをされた。

 上機嫌だった池は気を悪くすることなく軽い謝罪をする。

 

「あー悪い悪い、感極まっちまって。君主論と言ったらニッコロ・マキャベリズム。ニッコリじゃないからな、覚えとくといいぜ」

「おお、池だけに、いけしゃあしゃあと」

 

「しっ」便乗して冗談を呟くと、鈴音は鋭い視線を向けてくる。いいじゃない、相手には聞こえてないんだから。

 どうやらなかなか『良い』性格をしているようだけど。

 

「あ、お前らひょっとしてDクラスか?」

 

 嗤うような台詞に、周辺の生徒がピクリと肩を揺らす。

 意図的な発言を直感した健が眉を顰め言い返す。

 

「何だよ。俺らがDクラスだからどうしたっつんだ」

「いやいや、別に何も? ところで俺はCクラスの山脇って言うんだ。よろしくな」

 

 Cクラス、を強調しながら自己紹介をする。良いやつだな、初対面で自己紹介を忘れないあたり、僕ら南東トリオよりずっと社交的だ。

 

「それにしても良かったぜ、この学校が実力でクラス分けしてくれてて。おかげでお前らみたいな不良品と一括りにされなくて済む」

「……喧嘩売ってんのか」

「本当のことを言っただけで怒んなよ。今にも殴りかかってきそうな勢いだがいいのか? こんな目立つところで暴力でもしたらポイントに響くぜ」

「――ッ」

「そんなこともわからないとはな。――ああ、でもそうか。お前らには失うポイントもないんだったな!」

「……! 上等だテメェ!」

 

 易々と挑発に乗り、健は本気で殴り掛かろうとする。マジかよ、予想外だ。

 先生に成り代われば強気で割り込むこともできるが、場所を考えると悪手になりかねないため却下だ。

 

「待て待て健」

「うるせぇ!」

「今うるせえのは君だ」

 

 少々意地悪い言い方をしてやると、容易く意識がこちらに向いた。よしよしいい子だ。

 

「文句あんのか」

「あるよ。――――鈴音がね!」

「は!? 何言ってるのよ」

「ないの? ありそうだったじゃん」

「それは――そういう問題ではないと思うけど……」

 

 面倒事は回避するに越したことはない。楽しみようのないことに自ら首を突っ込むなど御免だ。

 健を止める役目に適しているのは鈴音であり、彼女自身不満を露わにしていた。であればこの行動に問題はないはずだ。

 渋々彼女は健と向かい合う。

 

「須藤君、確かに癇に障る言い方だったけど、先に騒いでしまったのはこちらよ。今は抑えなさい」

「けどよ……」

「ならここで暴力を振るって、更に他クラスから馬鹿にされたいの?」

「――! それは……」

 

 一層多い量の苦汁を吞まされる。その未来を指摘され、ようやく健は冷静さを取り戻したようだ。

 

「……悪ぃ」

「オイオイ考えなしに殴り掛かる猿かと思ったら、一度命令されて従う能無しだったとはな。傑作だぜ」

「くっ……お前!」

 

 下がりかけた溜飲が再び上昇し、ついに我慢できなくなった健は拳を振り上げる。その状況で鈴音に残された選択肢は――二人の間に割り込むことだけだ。

 

「そこどけ堀北!」

「殴ってスッキリするなら私を殴ればいいでしょう」

「んだと……」

「綾小路君でも浅川君でもいいわ」

「巻き込むなよ」

 

 意趣返しが物騒至極だ。健のパンチは絶対重い。

 

「馬鹿言うんじゃねえ、ソイツじゃなきゃ意味ねえだろ!」

「そのデメリットは言ったばかりよ。同じ問答は時間の無駄」

 

 鈴音はなおも毅然と言い放つ。

 

「あなたが今握るべきなのは拳じゃない。ペンとノートだと弁えなさい」

 

 正論で連打され、健は沈黙せざるを得ない。

 

「ハッ、結局揃いもそろって臆病者かよ。笑えるな」

「……」

 

 それでも罵倒を止めない山脇を、鈴音はギロッと睨みつける。彼は一瞬たじろぐがすぐに虚勢を張り直した。

 

「な、なんだよ。何か間違ったことでも言ったか?」

「……いいえ、何も間違っていないわね。ただ、折角だから誠意を以て私も自己紹介をしてあげようと思って」

 

 彼女は襟を正し――冷ややかな笑みを浮かべて言った。

 

「堀北鈴音よ。()()()()()()()()()()()の生徒」

「あ……?」

 

 その意図を理解した山脇は呆けた顔に怒りを滲ませる。

 

「底辺のくせに、生意気なこと言ってんじゃねえ」

「あら、本当のことを言っただけで怒ってしまうあなたは、やはり同じ穴の貉かもしれないわね」

「……! コイツッ!」

 

 血相を変え掴みかかろうとする彼を、彼と同じ机を囲んでいたCクラスの生徒たちが必死に引き留める。

 

「ちょっと顔がいいからって、調子に乗ってんじゃねえぞ!」

「罵倒に褒め言葉を混ぜてくれるなんてお人好しね、ありがとう。でも残念、私はあなたのその胡散臭い顔には反吐が出るわ。だから何一つ褒めてあげられないの、ごめんなさいね」

 

 苦し紛れの返しも意に介さず、鈴音は表情を崩さない。上がっている口角が獰猛的にまで感じられた。

 

「お、おい山脇、俺らから仕掛けたなんて噂になったら……」

「ぐっ……クソ!」

「ふん、考えなしに殴りかかる猿かと思えば、たった一言で威勢を失う臆病者だったの?」

 

 健に放った罵詈雑言が全て返って来たことによって、山脇は歯ぎしりすることしかできない。

 そんな彼を見下ろし、彼女は満面の笑顔で締めくくった。

 

「――傑作ね」

 

 名前も目的もないこの勝負。勝敗は明らかだった。

 

「ふざけんなあぁ!」

 

 健の非にならないほどの不快感を露わにし、山脇は仲間の静止を振り払う。

 彼が一歩踏み込み鈴音の顔面に拳を振るう。誰もがそう予感した。

 その時だった。

 

「ストーップ!」

 

 今まで挟まれた記憶のない高い声が轟いた。

 Cクラスの生徒たちには心当たりがあるようで、その少女に気付くや否や顔を青くする。

 

「い、一之瀬……」

「これ以上続けるつもりなら、学校に報告させてもらうよ」

「わ、悪かったよ。そんなつもりじゃなかったんだ」

「……どうだか、今回も君たちから何か吹っ掛けたんじゃないのかな?」

「うっ……な、何のことかさっぱりだぜ」

 

 彼らは帆波の登場によって、手を引くことを決めたようだ。

 

「こんなとこに残るなんてこっちから願い下げだ。馬鹿が感染っちまう」

 

 そんな捨て台詞を残して。

 

「感謝するわ。一之瀬さん、でいいのよね?」

「うん、一之瀬帆波だよ。よろしくね、堀北さん」

 

 代表して真っ先に鈴音が礼を述べると、帆波は愛想よく応えた。

 

「図書館はみんなが使う場所だから、堀北さんたちもあまり挑発するようなことは言わないように!」

「……私は、それ相応の対応をしただけよ」

「それでも限度ってものがあるからね。気を付けてもらえると嬉しいかな」

「……善処するわ」

 

 赤子のような言い訳に優しく諭す姿からは、隆二の言う通り人柄の良さを感じさせる。櫛田と似ているな。

 

「あれ……? もしかして、君が浅川君?」

「ふぇ? ああ、そうだけど」

 

 突然矛先を向けられ、たどたどしい態度になってしまった。

 

「神崎君から話は聞いてるよ。善い関係を築いているみたいだね」

「彼から君のことも聞いてるよ、善い人だとか」

「にゃはは、照れちゃうなあ」

 

 何だ、にゃははって。純にも負けない癖笑いだ。

 

「一ノ瀬さん、浅川君と知り合いだったの?」

 

 櫛田が僕らの関係を問う。

 

「初対面だよ」「初対面だ」

「え? でも……」

「友達の友達って感じでね。お互いどういう人かっていうのは知っていたんだ」

 

「なるほど」前情報があって未邂逅。高校という環境においてありそうでなかった関係性だ。

 

「そういう君も、帆波とは既知の仲のようだけど」

「うん、入学してすぐかな? Bクラスに顔を出した時にお話して以降仲良くなったんだ」

 

 恐ろしい。『学年全員と友達になる』という目標に恥じない行動力だ。クラスのリーダーと関わりがないわけがない。

 僕は再び帆波とのやり取りに戻る。

 

「Bクラスは特別仲が良いらしいね。お互い善い結果を残せるように頑張ろうなあ」

 

 サッと右手を出すと、彼女は躊躇わずに握手してくれた。

 

「うん、誰一人退学になんてならないようにね!」

 

 そうしてその場にはDクラスの面子だけが残った。

 

「おい浅川! お前、あんな可愛い子と仲良かったのか!」

「ふぇ? い、いや、話すのは今回が初めてだよ」

「嘘だ!」

 

 池と春樹が血眼になって問い詰めてくる。首まで掻いている姿が痛ましい。

 

「他のクラスなのにあんな風に……綾小路といい、羨ましいことこの上ねえよぉ」

「君らには櫛田がいるだろう」

「当たり前だ馬ッ鹿野郎!」

 

 情緒が狂ってやがる。櫛田のいる場でしていい発言と表情ではない。本人もドン引きしている。

 

「うるさいわ。また厄介事に巻き込まれるわよ」

「でもよ堀北ちゃん――」

「それとも、さっきの無様な少年と同じ目に遭いたいのかしら……?」

 

 有無を言わさぬ冷たい笑顔に、二人は「ひっ」と声を漏らす。

 とぼとぼと席に戻る彼らを憐みを以て眺めていると、沖谷が僕と清隆の方に寄って来た。

 

「ねえ、堀北さんのことなんだけど」

「良い性格しているよなあホント」

 

 山脇を理屈ではなく皮肉で煽り倒す彼女の表情は、加虐的と評するべきだろう。愉悦の滲んだ余裕ある笑顔は、有栖を彷彿とさせるものだった。

 

「うん、浅川君と綾小路君に似てきた」

「だよな。……え、オレたちに?」

「そうだよ?」

 

 おい嘘だろ。あれが僕らに似てるって? 冗談じゃない。

 だが、確かにあの時の彼女の行動は、以前ならあり得なかった。クラスポイントを引き合いに出して差の度合いを指摘するなり、Dクラスの下剋上を高らかに宣言するなりしていたはずだ。そう考えると、影響を与えうるのは僕らくらいしか……

 

「いや、ないなあ」

「えぇ、そうかな」

「あってはならない」

「願望!?」

 

 今しがた鈴音の言動を有栖に例えたばかりだ。沖谷の意見が正しいとなると自分まで有栖と似ていると認めることになってしまうような気がして非常に不快だ。

 僕の言葉を受け、清隆は必死に笑いを堪えている。前にもあったな、こんなこと。恐らく既に有栖に接触を受け、その際僕と彼女の両想い(笑)を知ったのだろう。

 そうこうしている内に鈴音もようやく精神が落ち着いたようだ。

 

「最高だったよ」

「腕を上げたな」

 

 揶揄い目的で褒めてやると、溜息を吐かれる。

 

「私が拒みたい会話をする時は、いつだってあの本を参考にしているわ」

「なるほど。闇雲に怒らず、愛想笑いを振りまいたと」

「あっはは、上出来じゃないかあ。楽しかったかい?」

 

 素晴らしい。なかなかどうして、面白い方向にもすくすく育っている。

 彼女はこちらを向き、やはり『良い笑顔』で答えた。

 

「ええ、スッキリしたわ」

 

――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 

 その後は取り挙げるような出来事もないまま、過去問が配られる日になった。

 

「みんな、帰る前に少しだけ時間をもらえないかな」

 

 いそいそと支度をする生徒たちの手が止まる。

 静かになるのを見計らい、平田は紙束を掲げた。

 

「中間テストに向けて、各自一生懸命頑張ってきたと思う。そこにもう一押し、最後の武器を配りたいんだ」

 

 彼の手によって各列の先頭へ、そして後ろに回されていく。

 

「これはー、プリント? 平田が作ったの?」

 

 池が懐疑的な眼差しを平田に向ける。

 彼の返答はノーだ。

 

「違うよ。実はこれ、中間テストの過去問なんだ」

 

 室内がざわつく。

 中でも動揺を見せていたのは、平田の勉強会に参加していた女子一同だ。

 

「平田君、こんなもの用意する時間があったんだ」

 

 彼はそれに対しても首を振る。

 

「それも違うんだ。これを手に入れてくれたのは、堀北さんと櫛田さんだよ」

 

 平田に集中していた視線が二方向に分かれる。

 

「二人が勉強会の合間を縫って、先輩から譲り受けたのがこの過去問だ」

「櫛田ちゃん!」

「堀北先生!」

 

 勉強会のメンバーが揃って尊敬の眼差しを功労者に向ける。二人共心なしか眩しがっているように見える。

 

「そして、一番重要なことなんだけど――もしかしたら、毎年同じ問題が出題されているかもしれないんだ」

「え!? ど、どうしてそんなことがわかるの?」

「二人は小テストの過去問ももらったらしいんだけど、僕らが受けたものと同じ問題だったんだって」

「待て、平田。確かに例年同じ問題が小テストで出されていたとしても、中間テストもそうとは限らないんじゃないか?」

 

 平田の解説に割り込み、幸村が疑問を投げる。少なからず同じ意見の者がいるようだ。

 

「そうかもしれない。でも可能性は高いと思うよ」

「どうしてそう言い切れる?」

「根拠は二つだね。一つは先生の言葉だ。五月の頭――この学校の仕組みを知らされた日の先生の話を思い出して欲しい。赤点を確実に回避する方法、それがきっと、僕らに出題する問題と同じものが記された過去問なんだ」

「……な、なら二つ目は?」

「それはこの過去問が、どういう形で手に入ったかというところにある。どうやら過去問はかなり慎重に、ポイントによって取引されているらしい」

「ポイント!? まさか、過去問を買ったということか?」

 

「そういうことになるね」驚愕する聴衆に穏やかに頷き、平田は続ける。

 

「あまり想像のつかない人はいると思うけど、普通後輩に直接過去問が欲しいと頼まれてお金を要求するかな? 善意で無償で提供してくれてもおかしくないはずのものが高値で取引されている。それだけで、この紙束に見た目以上の価値が見えてこない?」

 

 彼の力説に、初めは微妙な顔をしていた生徒も合点のいった表情に変わり、明るいものになっていく。

 

「みんな、テストまであと僅かだ。各自ある程度は仕上がって来たと思う。あとはこの過去問の力を借りて、最後まで頑張ろう!」

 

 その締めくくりに続いて、池と春樹を筆頭に教室中が盛り上がりを見せる。

 

「へー、ナポレオンの栄光を目の当たりにした気分だなあ」

「言葉は選んだ方がいいぞ。ナポレオンの本性、知らないわけじゃないだろう」

「まあねえ。でもわからないよ」

 

 どうだろう。カリスマと言っても二種類ある。帆波のような自然な快活さが周りを惹きつけるパターンと、弱さを隠しみんなの前に立ち続ける勇姿を見せることで周りをたきつけるパターン。

 平田がもし後者だとしたら……。

 後ろから掛かった声に振り向くことなく、僕は呟く。

 

「彼は、Dクラスなんだから」

 

 

 

 

 自信と安堵の表情を醸しほとんどの生徒が退室した後。

 

「堀北さん、櫛田さん、本当にありがとう」

「私たちは出来ることをしただけよ」

「その通りだよ、平田君」

 

 僕、清隆、鈴音、櫛田、平田の五人が残っていた。

 

「ううん、テスト範囲が変更された時、正直もうダメかと思ったんだ……二人のおかげで、退学者0も固くなった。それは紛れもない事実だよ」

 

 褒められ慣れていないのか、鈴音は気まずそうに目を逸らしている。櫛田は謙虚にしながら笑顔を崩さずにいる。

 

「これなら、あいつらも高得点を取れるかもしれないな」

「寝落ち・寝坊さえしなければあるいは、ね」

「心配するなあ。僕らに任せなさい」

 

 努力の中身は彼ら次第だが、努力という領域へ運ぶ手助けならできる。問題はない。

 

「じゃあ、そろそろ私たちも帰ろっか」

「そうだね、今日も勉強会はある。手を抜いてはいられないよ」

 

 人気者二人の号令によって、その場は解散の兆しを見せる。

 その途中。

 

「ちょっといいかしら」

 

 鈴音が不意に流れを止める。

 

「この際だから、一つだけ確認しておきたいことがあるの。――――櫛田さん」

「え……な、何?」

 

 予想していなかった指名に、櫛田は動揺しつつも耳を傾ける。

 

「このクラスが勝ち上がっていくために不可欠な確認よ。綾小路君に浅川君、平田君もいるこの場においては尚更ね」

 

 やたらと重い雰囲気を演出しようとする鈴音に首を傾げる。何を訊こうとしているんだ?

 

「あなた……私のことが嫌いよね?」

 

 僕と清隆の指先がピクリと動く、それだけに抑えた。平田は意図が理解できず目を見開き硬直してしまっている。

 僕も清隆も櫛田の陰湿な一面は知らないということになっている。本人の前で、鈴音の質問の意味を理解している反応を見せるわけにはいかない。

 

「…………どうして?」

「一対一で話せば嫌でも感じるわ。あなたの必死に押し殺していた私への悪意が」

「……そっか。困ったなあ」

 

 暫く悩ましい表情で机の上を指先でなぞっていたが――やがてその少女は、清々しい笑顔で答えた。

 

「教えてあーげないっ!」

「……! あなた……」

 

 絶対に正直な返答が来ると疑っていなかったのだろう。鈴音は突き刺すような視線で彼女を射抜く。

 その威圧に気付いているにも関わらず、恐ろしいまでに飄々と言葉を紡ぐ。

 

「だって、ここで私が答えちゃったら、それで堀北さんとの関係は決まっちゃう気がするの」

「……あなたは、何を望んでいるの?」

「何も? ただ、全部諦めるのは待とうかなって思っただけ。私は堀北さんのことをよく知らないし、まだ高校生になったばかりなんだもん」

 

 冷たく、遠い目だ。清隆とは違う、触れ続け、求め続け、そうして壊れてしまった瞳。

 誰かに、似ている。

 

「何かが変わるかもしれない。だから今は、まだその質問には答えられないかな」

「……そう」

 

 いつの間にかカワイイエガオを見せる櫛田に、冷や汗を浮かばせながら鈴音は納得した。

 

どこまでやる?

  • 船上試験&原作4.5巻分
  • 体育祭(ここまでの構想は概ねできてる)
  • ペーパーシャッフル
  • クリスマス(原作7.5巻分)
  • 混合合宿or一之瀬潰し
  • クラス内投票
  • 選抜種目試験~一年生編完結

▲ページの一番上に飛ぶ
Twitterで読了報告する
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。