青山のアクアパッツァで両親とシャンパンを飲んでいたら、家族LINEに姉からアクアパッツァの写真が届いた。同棲中の彼氏が作ってくれたらしい。皮は破れ、煮汁で茶色く染まった鯛。ニトリのフライパン。湯気で曇った写真。姉の人生みたいに無様だな、と思った。今日は私たち双子の、30歳の誕生日。
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二卵性だから、姉は父に、妹の私は母に似ていた。母は地元のミスさくらんぼか何かにも選ばれたらしい。さくらんぼみたいな、まんまるで綺麗な二重の目。愛されるために生まれ、それ以外のことは何もできない可愛らしいお人形さん。大きくなってから、私は母のことをそんなふうに見ている。
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お父さんは無口で、休みの日はアマチュア無線をいじっていた。30代半ばで当時にしては珍しく外資系に転職し、増えた給料はすべて船橋の公立小学校に通う私たちの教育費に回すと決めたらしい。二人で塾に通って、二人とも学習院女子中等科に入った。みんな育ちも性格もよくて、居心地がよかった。
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私たちが言い出さなければ双子だとバレなかった。それくらい顔の違う二人だった。でも頭の出来は同じくらいだった。少なくとも入学時点では。私はセブンティーンのモデルをやってるような男の子たちと渋谷で遊んでいたし、姉はお父さんにお願いして、引き続き週に何日も塾に通っていた。
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お父さんが苦手だった。思春期の女の子なんてみんなそうだろう。家に帰ると、お父さんそっくりな顔のすっぴんの姉が、リビングでお父さんに数学を教えてもらっている。お父さんは私の遅い帰宅時間を咎めることもなく、おかえり、とだけ言うと、また姉と数学に戻る。私は何も言わず洗面所で手を洗う。
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姉と何かの用事で渋谷に行ったとき、一緒にプリクラを撮ったことがある。オタクみたいなメガネをかけた姉。それをプリ帳に貼っていたら、友達からこれ誰?と言われ、双子の姉だよと言うと、全然似てないね、と笑われた。失礼だよ〜、と返した私の顔は、もしかすると笑っていたかもしれない。
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ある日、姉は医学部を受けると言い出した。母と私は止めたが、父は応援した。塾の冬期講習みたいなのにも頑張って行っていた。が、普通に全落ちした。姉が落ち込んで部屋から出てこなかったその日、私は何となく赦しを得たような気分になって、スタバで意味もなくシロップをマシマシに入れた。
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結局、二人とも学習院大学に進んだ。私はダンスサークルに入って適当に遊んでいたが、姉は違った。大学の授業にきちんと出て、きちんと単位も取って、そして夜は河合塾に通った。両親との約束をきちんと守りながら、その冬、姉は浜松の名前も聞いたことのない医大に見事合格した。
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姉のいない生活が始まった。お母さんとはよくアフタヌーンティーに行ったりしたし、誕生日は三人でフレンチに行ったりした。なぜかは分からないけど、姉がいなくなってから、私は船橋のこの積水ハウスの小さな家で、息が吸いやすくなったような気がする。向上心のない、暖かな時間。
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曖昧に大学を卒業して、曖昧に保険会社の一般職に入った。お母さんと選んだチェスティの服を着て、首からマイケルコースのカードケースを下げた。週末は会社や大学の友達に誘われて合コンに行った。クラブではいつもEDMが流れてて、床には誰かの名刺が落ちていた。ハイヒールのゴムはすぐ擦り切れた。
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セクハラをする上司はセ・リーグ、パワハラをする上司はパ・リーグ。どっちもやる上司はセパ交流戦とか日本シリーズとか呼ばれていた。異動した2部署目で、私はよりによって日本シリーズ王者に当たった。周りは私に冷たかった。上司の怒りの原因に、無能な私の職務意慢があるとみんな知っていたから。
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しばしの休職の末、私は仕事を辞めた。他の学習院の子たちと違って、うちには会社もマンションもなかったけど、それでも外資系の会社でマネージャーをしていたお父さんには娘ひとり養えるくらいの稼ぎがあった。お母さんは娘が家庭に戻ってきてくれて嬉しそうだった。二人でまたお茶に出かけたりした。
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そんな私の生活で唯一順調だったのは恋愛だった。合コンで知り合って、もう2年も付き合っている慶應アメフト卒の三菱商事の彼氏。お母さんにも会ってもらった。彼がTinderをやっているというタレコミは何件も受けたが、気付かないフリをしている。私も合コンで持ち帰られたりしてるからお互い様だ。
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姉の話を忘れていた。東京に戻ってきた。広尾の病院で働くらしい。おにぎりみたいな顔の彼氏ができたらしい。大学の同期。彼も虎ノ門あたりの病院で働くから、広尾とか麻布十番あたりで一緒に住むらしい。私の彼氏を見て「イケメン!」と言ったお母さんは、姉の彼氏を見て「いい人そう!」と言った。
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私は私で再就職が決まった。六本木一丁目の、住友不動産のピカピカのビルに入ってるベンチャーの経理。HR部門の偉い人にクラブでナンパされて、仕事を探してると言ったらリファラル枠で入れてくれた。港区において持つべきものは人脈。またマイケルコースのカードケースを首から下げる日々が始まった。
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私の再就職が決まったせいか、それとも愛する姉が東京に戻ってきたせいか、お父さんは長年住んだ船橋の家を引き払い、中古で買った武蔵小山のマンションに引っ越すことを決めた。品川区の実家住まいで、中学校から学習院で、今は六本木一丁目のベンチャー企業で経理をやっています。素敵な人生でしょ?
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もはやベンチャーとは呼べないほどに成長したその企業の給料は案外良かった。バックオフィスは手薄で、私はすぐ派遣社員を何人も使う立場になった。会社の主要ポストを占める創業メンバーの非モテたちを転がすのは簡単で、同僚には私のことを悪く言う人もいたと思うけど、私は会社をうまく泳いでいた。
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デート代は彼が出してくれる。家賃はいらない。これと言った趣味もない。給料はワインスクールとかパーソナルトレーニングとかに回った。一番の資産である顔を活用しなければと、実名も社名も出してインスタを始めた。ルルレモンのピタピタのウェアを着た自撮りを上げればフォロワーは簡単に増えた。
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鈴田式やトレイスに連れて行ってもらったりと、インスタを始めていいことがたくさんあった。人脈も広がった。でも嫌なこともたくさんあった。最悪だったのはDMで送られてきた彼氏のハメ撮り。暗い部屋で隠し撮りされたらしいその動画の、乳首も舐めてェ… というその声は、紛れもなく彼の声だった。
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29歳の誕生日の直前、彼から別れ話を切り出された。誕生日が終わったら私から話そうと思ってたのに。港区女子とはやっぱり結婚できないそうだ。私だって、インスタの巨乳女にDMで三菱商事アピールをする男なんて願い下げだ。涙も出なかった。半年後、彼は3年付き合った慶應の同期の女と結婚した。
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