アンデルセンは笑っている   作:小千小掘

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リブート(後編)

「行くぜぇ!」

 

 僕からのパスを受け取り、健はすぐさま進軍を開始する。

 そんな彼の前に立ちはだかるのは沖谷だ。

 

「へ、悪いがお前に鎌ってる暇はねえぞ沖谷」

 

 そう言って健は悠々と抜けようとするが、沖谷も負けじと食らいつく。

 

「あれは……君が教えたのかい?」

「少しアドバイスをしただけだ」

 

 二人の攻防を傍目にマーク相手の清隆へ問いかけると、瞬時に返事が来た。

 

「どうりで。君、教師向いてるんじゃないか? 茶柱さんよりかは」

「聞かなかったことにしておいてやるよ。悪戯にチクってクラスにペナルティとか、あの人ならやりかねない」

「だろうと思って言ったのさあ」

「お前……」

 

 呆れたような声に続いて彼の体が俄かに動き出す。が、さすがにそれすら許す程僕は昼行灯ではない。

 

「かけっこなら()()()()()にはさせないよ。前もそうだったろう?」

「ほう、だがいいのか? このままではアイツが()()()()()だぞ」

 

 『アイツ』が誰のことか。聞くまでもない。

 代わりに僕はこう返す。

 

「あっはは、困りはしないさあ。レフェリーはここにはいないからね」

 

 その時、ようやく健が沖谷を抜き去りシュートを決めた。

 

「そっちはどうするんだい?」

「お前たちとは真逆だ、とだけ言っておく」

「ありがたい情報をどうも」

「有効活用するつもりもないだろうに」

「いやいやするよ」

「それは()()()()()()だろう」

 

 僕の返しを待たずに、彼は持ち場へと戻る。

 やれやれまんまと逃げおおせられた。弁舌戦では分が悪いということをよく理解している。

 僕は軽い調子で溜息を吐き、健の数メートル前で身構えた。

 今度は沖谷のドリブルから始まるようだ。こちらも先程とは違い僕が前に出てボールを奪いに行く。

 

「僕ら今のところ見せ場ないなあ」

「それは言わないお約束っ!」

 

 あ、気にしてたのね。まあ僕とは違いさっき健に対して粘りのあるプレイをしていたあたりマシだろう。

 だが、

 

「粘り強さなら負けないぜえ。君が納豆なら、僕はハチミツだ」

「び、微妙な例えだね……」

「そんなことはない。君は()な男だろう?」

 

 持ち味であるタフさを活かし常に相手の行く手を阻む立ち回りをし続けるが、向こうもいつまでも付き合ってくれるような阿呆ではない。

 隙間を縫い、沖谷は清隆にパスを繋いだ。

 

「あらまあ」

「そうおめおめとやられるわけにもいかないからね」

「これはこれは、僕は()()男だったってわけかあ」

「ちょっとでも上手いって思っちゃったのが悔しいよ……」

 

 一方ボールを受け取った清隆は再び健と対峙していた。

 

「今度は絶対譲らねえ」

 

 二人は僕らよりずっと激しい攻防を繰り広げる。進む清隆を阻む健、ボールに伸びる健の手を躱す清隆。どちらも一向に道を開ける気配はない。

 しかしその均衡は唐突に崩れる。

 

「あっ……!」

 

 不意に清隆が()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()、そのまま脇を通り抜ける沖谷にパスを出した。あまりにスムーズなコンビネーションに、さしもの健も対応できなかったようだ。

 教科書の如く綺麗なその動き。僕は知識として覚えがあった。

 

「嘘、だろ……」

「ビハインド・ザ・バックパスなんて、これまた妙技を」

 

 颯爽とゴールを決める清隆を眺め、技名をそのまま口に出す。

 

「クソッ…………」

 

 健は歯噛みし、硬く拳を握る。

 ……果たして、その表情に宿るのは()()()()なのだろうか。

 その後も、清隆の超人的なセンスとアクセントの如く差し込まれる沖谷とのコンビネーションによって一方的に近い展開となっていく。

 数十分後。

 

「ハア、ハア……」

「大丈夫かい?」

 

 息を切らし気味の健に声を掛ける。彼の運動量が僕の何倍にも及んでいるのは、自他共に認めるところだ。

 ただ、その理由は僕が置いてかれてしまっていることだけではない。

 

「……心配すんな。お前は俺にボールを回してさえくれりゃいいんだよ」

「そうは言うがねぇ」

「次も頼むぜ」

 

 こんな調子で、気付けば既に6対8。負けが近づいている。

 今から8点目を取られた後のこちらの攻め。僕は健からボールを受け取った。

 

「……おい、浅川」

「…………」

「おい! 何してんだよ」

 

 ――そろそろ、頃合いだろう。

 

「なあ、健」

「あ?」

「ヒーローはどうして遅れてやってくると思う?」

「何わけわかんねぇこと言ってんだ。早くボールを……」

「その方が盛り上がるからさ」

 

 焦燥に満ちた声を制すように、大袈裟にバウンドを開始する。

 

「まあ見てなよ。僕の持ち味は――」

 

 力強い足で、踏み出した。

 

「タフネスなのさぁ!」

 

 健や清隆とは数段劣るぐちゃぐちゃなフォームだが、それでも速さは今までと十分に違う。と言うよりそもそも、僕はこれまであまりドリブルをさせてもらえていない。

 

「行かせないよ!」

 

 すぐさま沖谷が立ちふさがる。バスケ自体の能力は大して変わらないため、清隆のご教授を賜った彼相手だと相当に苦しめられる。

 やがて、僕の手元にあったボールに指が触れ弾かれてしまった。

 しかし、そこで主導権を譲らないのが僕の強さだ。

 沖谷が転がるボールに手を伸ばすより先に、体を割って入れる。

 

「そうは問屋が卸さないってね」

 

 動いた戦局に乗じて、ようやく僕は沖谷を抜く。

 次に待っているのは、

 

「何気に初めてだな。この状況は」

 

 一連の試合の中で、初めて僕と清隆が一対一で対面した。

 

「手加減してちょうだいな!」

「この期に及んでか?」

「加減は好きじゃなかったのかい?」

「口車には乗らないぞ」

「なんて血も涙もない……」

 

 他愛もないやり取りをしている間にも、僕は必至に彼の強襲に耐え続ける。

 しかし、単純なポテンシャルの差は明白だ。

 

「あら?」

 

 一瞬の隙をついて彼は僕からボールを奪い、素早い切り替えと共に駆け出

 

「――タフネスだって言ったよなぁ?」

 

 させなかった。

 それよりもワンテンポ早く僕は戻り、抜けたはずの彼の体の正面に食らいつく。

 

「しかしボールはもらった」

「だからどうしたと言わせてもらおう!」

 

 僕の粘り強さが活かされるのは何も攻めだけではない。清隆が相手だろうが――寧ろ今はボールを持つ清隆の方が動きづらいはずだ――簡単に突破させるようなマネはしない。

 

「さっきと動きが変わったな」

「元からこんなもんさ。ただ、頑張ってるだけだよ」

 

 余裕のない中、たったそれだけ言葉を交わすと、彼は遂にフリーになっている沖谷へパスを出す。

 彼が余力を未だ残してくれているのもあるが、こうもへばりつかれていてはさすがに痺れを切らしてしまうものだ。

 

「ほいさっ」

 

 だから、予期してカットすることなど造作もない。

 僕はそのまま、ガラ空きになっている相手のゴールへと突っ込んでいく。

 

「さーてもらっ――」

 

 阻むものもなく丁寧にシュートを放とうとした、その時。

 

「知ってるか?」

 

 向こうの初得点の時と同じだ。彼は再び凄まじい速度で戻ってくる。

 

「うちは案外鉄壁なんだよ」

 

 最後の壁だ。清隆はラスボスのような佇まいで立ちふさがる。

 だが、悪いねぇ。今くらい僕の独壇場にさせておくれよ。

 僕は()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()、リズムを変えることでその堅塁を抜いた。

 

「知ってるかい?」

 

 最後は焦らず、僕はつい健に教えてもらったばかりの正確な動作でシュートを放つ。

 

「ハチミツは鉄だって溶かせるんだよ」

 

 こちらの七点目は、僕一人で勝ち取った。

 

 

 

 汗を噴き出しながら、健の下へと戻る。動けば動くほど発汗はするものだな。

 

「浅川、お前まであんな動き……」

「冷静に考えてみたまえよ」

 

 唖然とする健に僕は優しく諭す。

 

「清隆は兎も角僕の動きは、君から見て大したものでもなかったろう?」

「そりゃ――そうだけどよ」

「所詮本職様たちに混ざれば一たまりもないシンプルな芸当だよ」

 

 実の所、さっきの僕のプレーには本当に技といった技がない。拙い動きながらもひた向きにボールを奪われないように進み、奪おうと食らいついた。それだけのこと。

 強いて言えば最後、ゴール直前の一幕だけが別物だ。

 

「そんなわけで」

 

 気を取り直して、僕は微笑んで言う。

 

「僕ともやっておくれよ。バスケをさ」

「――! 浅川……」

「寂しかったぜ? フリーのまま君の苦悶の表情を指くわえて見ているのは」

「え? …………あ! そうだ、そうだった。お前はずっと……」

 

 ようやく思い出してくれたようだ。僕が何度も、彼のパスを受けるのに適した位置をキープし続けていたことに。

 

「クソ、俺としたことが不甲斐ねぇ……。これは2on2だってのに」

「さあさあ見せてやろうじゃないかあ。バスケガチ勢としがないタフガイのコンビネーションってやつを」

「おう!」

 

 さて、遅ればせながらこちらも準備完了だ。

 試合が再開すると、僕は沖谷のマーク、健はボールを持つ清隆へと向かう。

 完全な一対一の状況で、本来なら体格と経験の差で健に軍配があがる。

 努めて冷静に、それでいて情熱の込もった動きで彼はボールを奪い取った。

 

「おっし……!」

「こっちだ健!」

 

 彼に託して相手の陣地に待機していた僕は、沖谷から距離を取り合図を送る。

 

「行けぇ浅川!」

 

 健の剛腕から放たれたロングパスは、精密なコントロールによって僕の元へ届く。

 

「一点なのが惜しいけど……!」

 

 その場で軽く飛び、スリーポイントラインの外側からシュートを放つ。さっきと二倍程の距離はあるがしっかりとゴールに収まった。

 

「しゃあっ!」

「いぇーい」

 

 笑顔でハイタッチを交わす。久しぶりに爽快感のあるプレーだった。

 傾いた流れは止まらない。僕らは怒涛の追い上げを見せ、九体九にまで勝負は持ち込まれた。

 苦しい戦況の中辛くも清隆がもぎ取った一点を経て、僕らのオンボール。

 

「ここにきて君か!」

 

 今度は開始早々清隆にマークされる。パスを出そうにも、健には沖谷が付いている。

 

「さ、さすがにこれは……」

 

 僕が無双した時にもそうだった。彼をサシで打ち破る実力は有していない。

 ほとほと呆気なくボールが弾かれた――。

 

「そのための俺だ!」

 

 上手くポジションを取っていた健が機を見て飛び出し、零れ球を即時回収する。

 

「回せ!」

「任せろ!」

 

 ボールを取りに前へ出ていた清隆とは裏腹に、反対方向の相手ゴールへと向かっていた僕の呼びかけ。健はこれに応じ、その膂力を以て今日一番の豪速球をこちらに送る。

 重っ……!

 手にビリビリとした感覚が伝わるが、絶好の機会にもたついているプレイヤーはいないはずだ。

 

「二度目も決めるっ!」

 

 七点目の時と同じモーションに入ると、最後の一点を取らせまいと相手は二人係でブロックを試みる。

 ――ここだ。

 この瞬間を待っていたんだ。

 

「なーんてね」

 

 跳躍した状態で、僕はボールを左にバウンドさせた。

 いるのは当然――

 

「やっちまいなあ!」

 

 これで詰み(チェックメイト)だ。

 パスを受け取った健は初速を維持したまま駆け抜け、豪快に跳ぶ。

 

「俺らの勝ちだ……!」

 

 その宣告と共に、決着は訪れた。

 ゴールをくぐったボールのバウンド音と、四人の荒い呼吸だけが室内に木霊する。

 ダンクに始まりダンクに終わる。綺麗に締まったゲームの立役者の表情を窺うと、そこに滲んでいるのは喜び――と言うより、どこか満ち足りた解放感のようなものだった。

 そんな彼に、

 

「やったなー!」

「だぁあおおぉ!?」

 

 歓喜に身を任せ飛びつく。遠心力で両足が宙に浮き、体勢を崩した健諸共床に倒れ込んだ。

 

「いい勝負だったな」

 

 仰向けの視界に清隆が覗き込む。側には沖谷の顔も見える。

 

「全くだ。健が独り善がりから抜け出してくれたおかげさあ」

「凄かったよね。最後のロングパスとか、僕なんかにはとてもできないよ」

 

 三人からの称賛に、いつの間にか身を起こし胡坐をかいていた健が照れくさそうに笑う。

 

「ありがとよ。俺も何だか久しぶりにのびのびとやれたような気がするぜ」

 

 勿論歓声や喝采があったわけではない。しかし、ここにいる全員が闘争心を燃やし熱くなれるほどの接戦だった。誰一人顔に影を落とす者はいない。

 

「君の運動神経を改めて拝見せさてもらったよ。またぜひとも一緒にプレイしようじゃないか」

 

 最後に矜持を見せつけてくれたパートナーを再び称え、試合後の興奮に区切りをつけた。

 片付けは当然、四人で行う。

 雑談を交えながら手足を動かしていると、ふと健が何かを言いたそうにしているのが目に映った。そういえば、片付け中徐々に表情が暗なっていたような気もする。こちらを度々窺ってもいた。

 

「浅川、お前は何で……」

「ん?」

「ああ、いや、何だ、その…………」

 

 目が合い向こうの声掛けに応じるが、言葉が纏まっていなかったようで俯いてしまう。

 しかし耐えられなくなったようにすぐに顔を上げる。

 

「良かったのかよ。勉強のこと、問い詰めに来たんじゃなかったのか?」

「言ったはずだぜ? 僕は勉強会の話をしに来たわけじゃないって」

「……いいんだよ、しらばっくれなくても。今の時期に態々俺のところに来るなんてそっちの方が普通だろ」

 

 後ろめたさを与えないために予め伝えたというのに。これは予想以上に……。

 僕は素直に回答する。

 

「いや、精々御の字程度に思っていた。君が何も言わないなら、言われたくないなら、今日は本気でバスケだけして帰るつもりだった」

 

 少なからず自分の想像していたのとは違う答えに、彼は小さく目を見開いた。

 

「でも、そうだな。折角話題に出してくれたんだ。偶にはしけた話をするのもいいかもね」

 

 それから僕らは残り僅かだった片付けを終え、体育館を出てすぐのベンチに四人で腰を下ろした。

 狭い。

 

「何をとやかく言うより先に、まずは君がどうするつもりなのか聞かせてもらおうか」

「それは前日徹夜で――いや、もっと前からか? それで自分で……」

「ほう! 十点台が独力でどれだけの逆転劇を成せるのか見物だな」

 

 明らかな煽りに健は顔を顰めてこちらを睨む。しまった、つい悪癖が……単細胞相手にはおふざけをかます猶予はないらしい。

 

「まあ、お前一人では早々に頭打ちなのは事実だろう。赤点を避けられるか、五分五分(フィフティフィフティ)どころか劣勢ってところだな」

 

 清隆が努めて理性的に、横からフォローを挟む。

 

「わ、わかってるよ。……だから、堀北の勉強会に参加しろってんだろ?」

 

 そう、彼はわかっている。今のままではこの状況は打開できないことを。そしてその突破方法として最も理に適っているのが鈴音の勉強会に参加することだということも。

 だが、それでも彼は断った。周りが迎え入れる手筈が整っているにも関わらず断ったのだ。

 ならば、それに起因する感情は何なのか。

 

「須藤君、確かにあの時は、堀北さんも少し言いすぎちゃったかもしれない。でも、堀北さんはちゃんと反省していたよ。まだ怒る気持ちはあるかもしれないけど、もう一度一緒に頑張ってみようよ」

「沖谷……」

 

 必死に励まそうとする沖谷に、健は罪悪感の滲んだ表情をする。

 その様子を見て、僕はここで核心を突くことにした。

 

()()()()()()()()?」

 

 三人の視線が集まる。

 僕はたった一人の眼を真っ直ぐ見つめて言った。

 

「プライドなんてものは既にない。寧ろ()()()()()()()から、君はバスケに『逃げた』んだ」

「……っ! お前……」

 

 図星をさされ、彼は瞠目し唖然とする。

 バスケを逃げ道にしたという指摘に一瞬不快感を露わにしたものの、次第に握り拳の力が弱まっていく。

 

「綾小路がアスリートかと思えば、浅川は凄腕の心理カウンセラーだったってわけかよ――」

「難題ではなかったさ。人の足を最も竦ませる感情は『恐怖』だからね」

 

 何とも最近覚えのある理屈だ。体験した、と言うべきかもしれないが。

 僕は襟を正し、長話に付き合う旨を示す。

 

「さあ健、君の(コタエ)を聞かせてくれ」

 

 彼もまた、覚悟したようにゆっくりと胸の内を明かし始めた。

 

「……やらなきゃなんねぇってのはわかってたんだ。だから渋々でも参加したんだ」

「でなきゃオレの言葉一つで動くはずもないだろうからな」

「いや、前にも言ったが、お前が提案してくれたから足が軽くなったのは本当だぜ」

 

 赤点を取れば退学。その重圧が理不尽ながらも今まで勉学を怠ってきた彼に焦燥感と意欲を掻き立てていたのは否定できない。

 

「だけど、やっぱ上手くいかねぇもんだよな。俺には『実力』も『才能』もねえ。綾小路(お前)堀北(アイツ)が頑張ってるのはわかっちゃいたが、何ら手応えがなかった」

 

 実力も才能も平等に与えられるわけではない。彼が伸び悩んでしまうのは、偏に努力不足と決めつけるには安直過ぎるだろう。

 健は天を仰ぎ続ける。

 

「それで段々イライラしちまった。だからあの時は堀北に堪忍袋の緒を切られたわけだが…………それよりも俺は、自分のことが『情けねえ』って、思っちまったよ」

 

 清隆によると、参考書を使い始めてから池と春樹には多少進歩の兆しが見られたが、健はその間もずっと頭を抱えていたらしい。やり場のない苛立ちも相まって、自分の及ばなさをより一層実感してしまったのだろう。

 

「弱気になるなんて君らしくもない。食い掛るくらいの気概は持ち合わせていると思うが」

「何なんだろうな。多分、申し訳ないって気持ちがあったんじゃねぇかな。池と山内だけじゃない、沖谷も綾小路も、みんな一生懸命なのに俺だけが……って。足引っ張ってるってわかってんのにどうにもできないもどかしさは、バスケでだって慣れるもんじゃねえよ」

 

 芯は太いのに、消え入りそうな声だ。

 友達として一定の信頼を向ける相手の迷惑になるかもしれない。メンタルに傷を負った状態でその思考が過れば、決して無視はできなかったはずだ。彼は見かけによらず弱っていたのだ。

 

「君が勉強会を拒むのは、鈴音への反抗心だけじゃなかったてわけだ。でも、君はもっと周りを見るべきだよ。君が勉強会を投げ出した時の清隆や鈴音たちの顔は、少なくともお邪魔虫が消えて清々したそれではなかったはずだ」

「それは……」

「それとも、何か他に理由があったんじゃないのか? 例えば、君自身に向けたものとか」

 

 健は再び吃驚(きっきょう)する。ビンゴだったようだ。

 彼は自分のプライドの喪失が一連の言動の決め手だと認めた。その苦痛は究極的には彼自身で完結して然るべきものだ。

 そして、その一番の要因となった出来事は『彼』が知っている。

 

「……そうか。須藤、お前は()()()()()()()()()と思ったんだな?」

 

 答えを悟った清隆が、健に尋ねる。返って来たのは首肯だった。

 

「アイツと言い合いになった時、俺はただ不満や文句をぶちまけることしかしなかった。でも後で冷静になって――気づいちまったんだよ。アイツは、()()()()()()んだよな?」

 

 僕は現場に居合わせなかったため詳細は把握していないが、彼の語る内容について清隆から話に聞いていた。

 鈴音は生徒三人の体たらくに耐えられず健と同じく鬱憤を爆発させてしまった。しかし、健の真剣な夢までもを否定しかけたところで踏みとどまったらしい。遠い理想を抱く者どうし、彼を愚弄する資格はないのだと自分で気づいたのだろう。

 自分を律することを覚えた彼女と、最後まで身勝手だった自分との差に、健は更なる劣等感に苛まれたのだ。

 

「勉強だけじゃなく人として、負けた気分になったぜ。そんなまるで取り柄の無い俺に残っているのなんて、バスケしかないだろ……?」

「須藤君……」

「俺は、駄目かもしれねぇ……無理に勉強会に入って、それでも退学になってお前らにまで迷惑かけちまったら、マジで救われねえよ。そんなのは、嫌だ……」

 

 彼の告白は、そうして終わった。

 誰に対してでもない。自分自身に向けた疑念が、失望が、彼の大きな枷となった。それに付随する形で、周囲に対する劣等感や後ろめたさが余計に感情を負の方向へと追いやった。

 さて、そんな彼に、僕は今からどんな言葉を掛ければ善いのか。

 当然、己のポリシーに従うのみだ。

 

「健。バスケは、独りではできないよ」

「え……?」

 

 突拍子のない発言に、彼は目を丸くする。

 

「困難や試練にぶつかった時、決まって人は誰かの手を借りなければならない。なぜなら、それこそが最善だとわかりきっているからだ」

「……まさか、勉強もバスケと一緒だって言いたいのか? ありきたりな説教だぜ。どこが同じだってんだよ」

 

 ぶっきらぼうな返事が来る。

 彼の言う通りかもしれない。勉強は汗をかかないし、バスケは眠くならない。表面的にはどこにも共通点は見当たらない。

 しかし、

 

「さっきの2on2、僕が独りで一点を決めるまで、君は一体何を思った?」

「……っ」

 

 僕の返しに、健はハッとした表情をする。

 

「その歯がゆさや無力感は、この前身に沁みたばかりだろう?」

「……ああ」

「そして、今日君をドツボから引き上げたのは何だった?」

「…………お前だ」

「な? 一体何が違うって言うんだよ」

 

 多少ロジカルに欠けるが、今の彼に言い返す術はないだろう。ついさっき本人も、「足引っ張ってるってわかってんのにどうにもできないもどかしさ」をバスケと紐付けていた。殊感情において、『何かと対峙しなければならない』という条件に変わりはないのだ。以前の勉強会も先程の試合も、彼はプライドに傷を負い劣等感を味わった。

 唯一違ったのは、その際誰かの肩を借りたかどうかだ。

 

「鈴音だけじゃない、清隆だって君に教えられる。沖谷や、池に春樹も戦友だ。そしてお察しだと思うけど、これからは僕もそこに加わる。何だかドリームチームみたいだなあ」

「浅川……」

「信じてみなよ、みんなを。そして、みんなが見限らないでくれている自分自身を」

「……何で、どうしてそこまでするんだよ。俺にはこれっぽっちも才能なんてないのに」

「決まってるだろう。君の善いところを知っているからさ」

 

 鈴音や櫛田に関しては断言できないが、少なくとも男性陣は健のことを好ましく思っているからこうしている。それを伝えたなら、言うべきことはあと一つだ。

 

「そんなの、俺にはわかんねえよ……バスケとか、運動とかか?」

 

 僕は首を横に振った。

 

「君という人間に対してさ。例えば僕は、君の真っ直ぐなところが好きだ」

 

 破顔したまま、赤裸々に語る。

 

「行き過ぎてしまうこともあるけれど、それは若気の至りのようなもの。自分の気持ちに嘘を吐かず、異様なマジョリティに臆さずにいられるのは、誰にでもできることじゃない」

 

 僕はどこまでも穏やかに、彼の瞳を見つめていた。

 

「だから僕は、君にこのままでいて欲しくないんだ」

 

 優しく、その手を握る。

 

「君は、常に正直だった真心を、最も大事にすべき自分に対して隠してしまうのかい?」

 

 最後に必要なのは、もうわかっている彼を後ろから支えてあげることだけだった。

 『きっかけ』さえあれば、誰だって立ち上がるチャンスはある。それを僕は、こうしてあからさまに提示する。

 果たして――彼はその機会を、今度は決して逃さなかった。

 

「…………随分と言ってくれるじゃねえか」

「当然さ。僕は君の『友達』だからね」

「ハッ、そうかよ。……なあ、浅川」

「何だい?」

「ダチにそこまで言われてよ。それでもまだうずくまって逃げてるやつのことを、どう思う?」

「最ッ高にダサいね」

「ハハッ……だよな」

 

 少年は徐に立ち上がる。

 その背中は、心なしか先程とは見違えるようだった。

 

「不安がなくなったわけじゃないぜ。あんだけ打ちのめされちまったんだ。けど――」

 

 振り向いた顔は、大層凛々しい微笑みだった。

 

最初(ハナ)から自分に負けてるようじゃ、それこそ救われねえ。男が廃るってもんだよな!」

 

 彼の言葉が、表情が、佇まいが、結果の全てを物語っている。

 僕ら三人はそれを確信し、揃って弛緩する。

 どうやら、霧は晴れたようだ。

 

「――やれやれ全く、そんなことくらいとっとと気付いて欲しかったものだねえ」

「なっ、バカッ、てめぇそれを言うんじゃねぇ!」

「これからが試練だぞ。ここまで丁重なお膳立てをさせておいて退学になんてならないでくれ」

「物騒なこと言うなって、わかってるよ」

「大丈夫だよ須藤君。多分綾小路君は『また一緒にバスケをしたいから寂しい思いをさせないで』って言いたいんじゃないかな」

「とんでもない翻訳だな……」

 

 オレンジの背景に紛れて、四人の笑い声が響き渡る。

 他のグループとはまた違う、絵に描いたような青春の1ページ。刻む仲間として、やはり彼を失いたくはない。

 その気持ちは、この場にいる四人全員が同じはずだ。

 テスト当日は個人戦になる。それでも、今後のクラス抗争や目先のテスト勉強では話が別だ。

 団体戦なら、僕らはほんの少しだけ強くなれるかもしれないな。

 

―――――――――――――――――――――――――――――

 

 初めて四人という大所帯で帰路を往き、寮室に入ろうとした時だった。

 

「恭介」

 

 清隆に呼び止められ、僕は足を止めた。 

 

「今日はどうだった?」

「ああ、楽しかったぞ。今度また時間があれば、もっと()()()ことに挑戦したいものだ」

「あっはは。確かに、()()()いよ」

()()()()な……」

「それが売りだからね。()()だけに」

 

 当たり前だ。僕からユーモアを抜き取ってしまったら残るのはこの無駄に伸びた髪と見た目に違わぬどんくささだけになるだろうが。

 にしても、色んなことか。本来なら大抵の球技は中学までに一度は体験しているはずなのだが、彼も登校を控える質だったのだろうか。

 すると、清隆がこんなことを言う。

 

「ただ、できれば打算無しでその時を迎えたいものだな」

「打算だって?」

 

 彼は淡々と説明を始める。

 

「だってそうだろう? 全てはオレたちが体育館に入る前から始まっていたんだ。――お前が沖谷に声をかけたのは2on2を行うためだったはずだ」

 

 僕は無言で肯定する。初めからバスケをやるつもりだったことは事実であり、隠すつもりもないことだ。

 

「時間帯が放課後だった理由は三つ。一つはバスケをやる時間が取れるから。二つは須藤のいる場所を確信できるから。そして三つが、()()()()()()()()()()()()()()ためだ」

 

 彼は詰まることなくはっきりと告げた。

 

「お前は『勉強会の話をしに来た』んじゃない。友人とバスケをしに来たら『偶々向こうから勉強会の話を振られた』んだ」

 

 僕は彼から視線を外し手すりに寄りかかる。これは長くなるなと予感したからだ。

 

「言葉遊びだったってのかい。そんな回りくどいことをする意味は?」

「当然、アイツが意固地になって口を開かないと思ったからだろう。お前はまず異例(イレギュラー)な訪問によって須藤に勉強会のことを頭に過らせた。その状態のまま焦らされれば、それは徐々に不安や焦燥感となって膨れ上がる。後は実が熟すのを待つだけでいい」

 

 彼は反論を待つように間を空けるが、僕は黙って続きを促す。

 

「そしてお前は、2on2にもこだわりを残した」

 

 清隆は僕の部屋の玄関にもたれかかり、こちらの背後を眺める構図となった。

 

「須藤が本気になれば独り躍起になってしまうことは想像に難くない。オレたちがチームワークを軸に戦うことを知っていたお前は、敢えてアイツを放置した。結果、アイツはオレに得意分野で個の力で屈し、無力感を突き付けられることになった。そしてダメ押しに、満を持してお前が手を差し伸べることで仲間の価値も諭したんだ」

「君も大概人を買い被るねえ。僕を軍師か何かと勘違いしている」

「おお、かっこいいじゃないか。平成の黒田官兵衛なんてどうだ?」

「絶妙にダサいなあ。僕は死に際まで後進のためを思うお人好しではないよ」

 

 少なくとも彼の前で頭の良い部分を曝け出したつもりはないのだが。精々茶柱さんの呼び出しで匂わせをされたくらいだろう。

 彼の推理、どうやら筋は通っている。しかし、まだ足りない。今の説明では辻褄の合わないことがある。

 僕は意地悪く、煽るように返した。

 

「君の答えは、それで決まりかい?」

「……正直なところ、抜け目だらけだとは思った」

 

 予想通り、自覚しているようだ。

 

「そもそも須藤が体育館にいるとは限らない。部屋で塞ぎ込んでいたり道草を食っていたりすればバスケどころじゃない。2on2も、組合せによっては――俺とお前がペアになっていたら試合展開も大きく変わっていただろう。そして――アイツの心意気次第で、いくらでも説得は失敗し得た」

 

 彼の疑うような眼差しは、未だその先が見えていないように窺えた。

 

「何かカバーできる策でもあったのか? あるいは上手く行くと確信できる要素でも」

 

 放たれた疑問に、僕は澄ました顔で答えた。

 

「ないよ、そんなものは」

「ない?」

「初めに言ったはずだぜ? 健の様子次第では、僕は本当にバスケだけして帰るつもりだったよ」

 

「え、あれマジだったのか……」微妙な顔をしているのが想像できる。

 

「……だが、そうか。お前は()()()()()()だったな。――つまりはほとんどが『偶然』と『気まぐれ』だけで成り立っていたと」

「まあそうなるように工夫を拵えていたのも事実だけどね」

 

 そう、あくまで確実性が欠けているというだけで、僕の言動に秘められていた意図は全て清隆の推測通りだ。

 

「もし博打が失敗していたら、きっとお前は『待つ』んだろう?」

「ああ。何度だって訪ねて話をして、いつかその時が来るのを信じるだけだよ」

 

 何か明確な目的を以て黙秘している相手でもなければ、辛抱強くいることが何より大事だ。後ろめたさを感じている者や理性の弱い者には特に効く。雨垂れ石を穿つとはそういうことだ。

 ただ、それでも心を閉ざしてしまう可能性を抱えているのが頑固者の性。

 

「なら、タイムリミットが来てしまったら?」

 

 その疑問にも、僕は迷わず答える。

 

「僕が思いつくのは二つかな。一つは、最後までスタンスを変えないこと。こちらのアプローチに最後まで応えないくらいなら、きっとそれで失敗して退学になった方が、彼にとっての幸せだったということだ」

「それは、薄情なんじゃないか? 後から後悔することだってあるだろう」

「そうかい? 君がそういうなら二つ目の手段を取ろう。僕ら直々に指導するというシンプルなものさ。トップ4の勉強会ならアイツも断る理由はない」

 

 健のヘイトが鈴音に偏っていたのもあるが、僕ら四人なら多少の迷惑もなんのその。申し訳ないと感じながらも手を掴んでくれるはずだ。その場合彼が鈴音の勉強会に参加することはなくなってしまうが、既に彼女は善い変化を見せている。今後彼が信頼を寄せるきっかけは見込めたはずだ。

 

「――って、君も野暮な男だなあ。試すようなマネをして」

「そんなつもりじゃないさ。ただの興味だよ」

 

 どうだか。少なくとも彼は、僕の気まぐれを理解した際にその選択肢を認識した上で問いかけている。

 

「……ただ、一つだけ解せないことがある」

「ほう? よもや君にもわからないことがあるとは」

「オレを何だと思ってるんだ……」

 

 文武両道頭脳明晰陰湿根暗。

 

「お前はどうして、そんな回りくどいことをした」

「回りくどい?」

「須藤の退学を回避するための手段として最も確実かつ簡単だったのはオレたち四人の勉強会を開くことだったはずだ。にも関わらず鈴音の勉強会に参加するよう説得することを優先した理由は何だ」

「君、悪い癖だよ。さっきからどうして察しているはずのことを僕に訊く?」

 

 どうにも本題が曖昧な気がした。僕がその選択を取った建前を清隆が理解できないはずがない。彼が優秀だから以前に、共有しているスタンスから優に想像できるはずだ。

 彼はやはり、僕の指摘に頷いた。

 

「そうだな、合理的に考えればそれが鈴音のためだという答えを出すのは容易だ」

「今は少しでも彼女の支持を集めておいた方がいい。健はアンチだったようだしね」

「……だが、本当にそれだけなのか?」

 

「どういうことだ?」突然の問いかけに目を剥く。

 

「お前は本当にそのためだけに、『面倒な』手段を取ったのか?」

 

 ――なるほど、そういうこと。

 

「逆だよ清隆。僕からすれば一番面倒くさくない方法がこれだったんだ」

 

 僕の回答を吟味しているのか、相槌はない。

 

「要はね、この会話の最初に出た君のセリフが答えなのだよ」

「最初だと?」

 

「ああ」僕は徐に振り返った。

 

「楽しかったよなあ、今日は」

「――! お前というやつは……」

 

 彼はほとほと呆れたように目を閉じる。

 

「お前は自分たちの快楽のために、運に身を任せたということか」

「運だって? とんでもない。成功しかあり得ないと思ったから最高な『結果』を求めただけだよ」

「だから、それがどことなく恐ろしいんだよ」

 

 何が恐ろしいか。健の赤点を回避するという最低目標は達成が約束されているようなものなのだから、出来る限りの幸福を求めるのは当然の心理だろうに。

 ただ、僕らの「面倒くさい」の定義の食い違いは確かにここで表面化したのかもしれない。清隆は目立つことや労力をかけることを苦手とするが、僕にとって面倒なのは退屈でつまらないものだった。初対面の会話にあった違和感はそういうことだ。

 

「共に楽しい一時を過ごし、仲も深まり、須藤も鈴音の勉強会に復帰した。適宜テコ入れをした甲斐あって、結果的には理想通りになったわけか」

「自分のポリシーに則った産物さ。君ならもっとシンプルかつスマートに済ませられたろう」

「……かもな」

 

 色々と戯言を並べたものの、僕のしたことが不安定だったのは事実。彼ならこうも時間をかけることなく――下手すれば昨日のうちに解決する方法を編み出すことも不可能ではなかっただろう。

 しかし、返ってきたのは歯切れの悪い返事だった。

 

「――だが、オレのやり方ではきっとこうはならなかった」

 

 その声音は何故か哀愁の震えを伴っているように聞こえる。

 

「少なくとも今日のような日は生まれなかったし、その輪に沖谷が混ざることもなかった……」

「清隆……?」

 

 彼は僕の隣まで歩み、同じように手すりにもたれる。

 とても、遠い目をしているようだった。

 

「人は意図の有無に関わらず遠回りの多い生き物だ。時に無駄と判断される付属品――。オレは今まで、そこにどんな価値があるのか考えようともしなかった」

「関わりが少なければ、そうなっても仕方ないことだよ」

「そうかもしれない。しかしな、それがもし欠陥を埋める重要なパーツだとしたら、やはり見つけなくてはならないものだと思う。違うか?」

 

 俯きがちな顔から読み取れる感情はないのに、どうして寂しそうに感じるのだろう。

 

「……なあ、恭介」

 

 こちらに戻した瞳は、どこまでも暗く冷たかった。

 

「お前は、一体()()()を選ぶんだ?」

 

 大きな分岐点というわけでもない、雑談の延長。しかしどこか、何かを望んでいるように見えた。その正体がわからないのは、まだ僕が彼のことを知らないからだろう。

 だから今回も、思いのたけを包み隠さず打ち明けるしかない。

 

()()だよ」

 

 笑顔を、添えて。

 

「最高の過程を辿り、最高の結末にたどり着く。『みんなまとめてハッピーエンド』が、何よりの幸せに違いないんだから」

「……完璧主義か。茨の道だな」

「道は道だよ、歩けるさ。それとも、意外だったかい?」

「全く。寧ろお前らしい」

 

 真剣な表情が和らぎ、彼は踵を返す。

 

「今日はありがとな。善い体験をさせてもらった」

「ん、また明日」

 

 親友が去った後も、僕は暫くそのまま黄昏ていた。

 すぐに過るのは会話の冒頭。清隆の全身全霊の真剣勝負を望む気持ちはわからなくはない。彼が本気でなかったのは勿論のこと、僕も自分の持てる全てを出し尽くしたわけではないのだ。いや、僕自身の能力的には限界ではあったのだけれど……。

 対象はいくらでもいる。六助でもいい、純でもいい――何なら試合中の健や清隆でもいい。彼らの動きを可能な限りトレースすれば、互角に近い勝負ができただろう。現に独りで七点目を取った間際の動作は、清隆が二点目を取る際に健を翻弄した動きそのものだった。

 できることなら使いたくはない力だが、今の自分がそれを願うには高望みが過ぎる。

 今更振り返る必要もない。もう進むと決めたのだ。そういう独り善がりはこれからの邪魔でしかない。定めた目的地へと辿り着くために、自分の中の使えるものは全て使う。

 たとえ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()。頼るしかないなら頼る、それだけだ。

 それより今は、目先の課題に目を向けよう。

 僕は大きく伸びをする。

 

「明日は何を学ぼっかなあ」

 

 空の映す藍と茜のグラデーションを眺めながら、新生勉強会の算段を立てることにした。

 




ようやく須藤くんが戻ってきました。
オリ主の不確実に見える策は賛否両論あるかと思いますが、これは彼の2つのスタンスの表れでもあります。1つは作中にある通り「できるだけ」幸福を得ることです。もう1つも今話にヒントがありますし、今後触れる予定です。多分清隆くんが言ってくれるんじゃないかな。
つまりはその姿勢を維持できなくなった時、オリ主の中で変わるものがあるかもしれませんね。今回はある程度余裕があったわけですから。

どこまでやる?

  • 船上試験&原作4.5巻分
  • 体育祭(ここまでの構想は概ねできてる)
  • ペーパーシャッフル
  • クリスマス(原作7.5巻分)
  • 混合合宿or一之瀬潰し
  • クラス内投票
  • 選抜種目試験~一年生編完結

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