とっとこ(グラ)ハム太郎   作:zhk

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真剣に書くって疲れる

そう感じました。


その手に覚悟を掴んでみせろ

 俺は、市崎香月という人間は、昔から才能と呼ばれる物に恵まれた試しがなかった。

 

 勉学も、運動も、どれをとってもだ。

 

 やることなすこと、すべてが平均。そうであればいい方で、下手をすれば平均以下の結果が現れることなんてざらにあった。

 

 他のやつが一聞いて十出来るのが普通だとしたら、彼は一聞いて五を理解するのが精一杯だった。

 

 幼い俺は、それが悔しくて仕方がなかった。誰かは何もしなくても出来ていた、誰かは何も言われなくても理解していた、そんな事をよく両親に愚痴っていたそうだ。

 

 そうなった時、両親は決まって俺に言っていた。

 

『努力が足りないのだ』、と。

 

 他者を見て、何もしていないと考えることは愚かなのだと。他の者も、自分が見ていないだけでそれらが出来るようになるほどの努力をしているのだと。

 

 だから、俺もきっと(……)努力をし続ければ周りと同じように出来るようになる。前世、父も母も俺にそう言い聞かせた。

 

 両親の言葉を信じ、俺は努力した。自分で言うのも何だけれども、これでも結構頑張った。他の奴に負けないように、もう悔しい思いをしないように。

 

 けれども、そんな努力は才能というたった二文字に叩き潰されていった。

 

 俺が新しく出来るようになったとしても、その頃には周りは俺が出来た事の二段階は上のステップへ進んでいるんだ。自分よりも後に始めた者はあっさりと俺を追い越し、その背をどんどんと小さい物へと変えていってしまう。

 

 それが世界の摂理なんだろう。同じ人間だったとしても、出来ることの限度は人それぞれ違い、願っても頑張ったとしても、その限界は変わるわけじゃない。

 

 それが、才能なのだと。

 

 けれども俺はバカだった。こんな俺でも、何の才能もない俺でも、諦めずに進み続ければ何か大きな物を手に入れられるんじゃないかと思っていたんだ。

 

 悩んでも、苦しんでも、それらはすべて成長するための糧となる。俺がハマっていたガンダムの主人公達のように、俺もきっとと。そう願って歩み続けた。

 

 が、現実、そして世界はそんな俺に冷たかった。

 

 伸びない自分。

 

 他人にはない何かを見つけるクラスメイトや友人達。

 

 愚直にし続けるも結果に直結しない自分。

 

 持ち前の何かで大きな賞を獲得するクラスメイト。

 

 猪みたいにがむしゃらにいるにつれて、より露になっていく他者との差。それは歴然であり、埋めようと考えることすらあり得ないものだった。

 

 これだけなら、まだ良かった。だが、風潮が悪かったんだろう。努力することはカッコ悪いという謎の考えにより、誰もが俺の努力を否定し始めた。

 

 どうせ出来ないんだ。

 

 やるだけ無駄だ。

 

 他へ時間を割いた方が効率的だ。

 

 他人の心にもない言葉は、まだ幼かった俺を傷つけるには簡単すぎた。鋭すぎた。

 

 それからだった、俺が努力という言葉を忘れたかのように生きるようになったのは。

 

 目指すのは平凡。他人と比べられようが何しようが、自分には関係のない話。

 

 だって俺には才能がないんだから。

 

 より良い結果を叩き出すために必要な最低条件が、俺にはないんだから。

 

 仕方がない。どうしようもない。

 

 なら、諦めた方が早い。

 

 苦悩があって、それを乗り越えて強くなる。そんな物は創作物だけの話なのだと気がついた。おいそれと困難を乗り越えて、ない才能をがらくたの山から探し当てる無意味な行為に、俺はなんの価値も見いだせなくなった。

 

 だから、創作物の中だけでもそんな夢が見たかったからか、俺はよりガンダムを筆頭にしたアニメなどに没頭した。

 

 才能ない自分が、まるで物語の主人公のように生きる姿を妄想して、

 

 自分の中に残る悔しいという感情を、圧し殺すために。

 

 ━━━

 

 あの兄が外へ出てからというもの、シェルター内は完全な静寂に支配されきっていた。

 

 もう何かいざこざが起きるような感じはなく、誰もが静かに座り込んで黙りこくっている。

 

 誰一人として何も発さない、無音の空間となり果てていた。

 

 シェルター内は、という言葉が必要だが。

 

 シェルター外からちょこちょこと聞こえてくるパンパンといった感じの乾いた音。それは連続的だったり、断続的だったり。それが何を意味するのか、そんなのはグラハムに聞くまでもなく理解していた。

 

 基地内で、戦闘が行われているということ。

 

 グラハムが想定する最悪の事態が、徐々にその足音を俺の下へ近づけているのを嫌でも感じてしまう。

 

 CADを触る指が震える。ここは安全だと思いたいけれど、もうそうやって現実逃避をしてることすら許してくれない状況下。

 

 シェルターから出ていった兄の方は、未だにここへ戻ってきたようには見えない。第一、帰って来たならシェルターの扉が開くだろうし、それがないということはそういうことなんだろう。

 

 帰ってこれないのは、途中で戦闘に巻き込まれたのか。それとも…………もう既にこの世には…………後者の方が、圧倒的に高いのがこの戦場なんだろう。

 

『死』

 

 生きてるなかで、意識すらすることがなかったそれがもう眼前に広がり始める。

 

 明確な『死』が蔓延る空間。こんな異常空間から、本当に生きて帰れるんだろうか? 

 

 これは物語なんかじゃない。銃弾を何発も体に受けてへっちゃらでいられるようなご都合展開なんてない。

 

 死ぬときは死ぬ。それは皆平等に、理不尽に俺達へと降りかかるんだから。なら、その時はもしかしたらもうすぐなのかもしれない。

 

 瞬間、俺の頭に浮かぶのはシェルター内が血の海で埋まる光景。父さんや母さん、あの黒髪ロングの妹、ここにいるすべての人が生き絶えている光景。

 

 途端に吐き気が一気に涌き出てきたけどそれをどうにかこらえる。大丈夫、大丈夫…………それはあくまでも本当に最悪の時だ。絶対になるって決まった訳じゃないし、そう悲観し続けるのも良くないだろう。

 

 それに思い出せ、俺はここの軍人を普通にいなせたじゃないか。微力だろうとなんだろうと、俺には力がある。

 

 グラハムもいるんだ、何かあったら俺も動けばいい。この今触っているCADで…………でも、

 

 もし失敗して死んだら? 

 

 っ…………駄目だ駄目だ駄目だっ!! 思考が悪い方へ悪い方へどんどんループしてる。良くない傾向だ、切り替えろ。落ち着け…………落ち着け俺…………そうだ、深く息を吸って吐く。深呼吸だ、まずは冷静にならないと━━━

 

 ガンっ!! 

 

「ひぃっ!?」

 

 唐突に開いたシェルターのドアの勢いのよさに、あまりに情けない声が俺の口から漏れ出た。けれどもそれを気にする精神的余裕は俺にも周りにもあるはずがなかった。

 

 入ってきたのはついさっきここから出ていった兄、ではなく小銃を手にした軍人達だった。一瞬敵が入ってきたのかと身構えたがどうやらそうではなく、この基地所属の兵士のようだ。

 

 その中には、俺が投げ飛ばしたゲイルとやらの姿も。

 

「敵がこの基地内に侵入しています。このままでは奴等がここへやって来るのも時間の問題です! すぐに地下シェルターへご案内いたしますので、ついてきてください!」

 

 地下シェルター…………そうか、これよりも安全なところがあるのか。

 

 なら早くそこへ行かなきゃ。ここに居たら死んじゃうっていうならなおのこと。

 

『駄目だ、カヅキ』

 

 そう思って立ち上がり、案内する軍人達についていこうとしたその時、グラハムが俺の制した。

 

「なんだよ、今は急がなきゃいけないんだってお前もわかって━━━」

 

『奴等についていってはいけない。恐らくだが奴等は味方じゃない。』

 

「は? んなわけないだろ、あれはここの軍の服だろ。お前もここに来るまでに見ただろうが」

 

『わかっている。だが私が言いたいことは━━』

 

「香月! なにやってるんだ!! 早く行こう!!」

 

 グラハムが最後まで言うことは叶わず、父さんが俺を急かした事で遮られてしまった。

 

 そのまま押し出されるようにシェルターから出るも、目の端にあの黒髪ロングの妹とその家族と思われる一団が来てくれた軍人と何か話しているのが見えた。

 

 そうだ、まだあの子の兄が戻ってきてない。ここで移動しちゃったら離ればなれになっちゃ━━━━

 

『っ!?!? 屈めカヅキ!!』

 

「へ?」

 

 いきなりのグラハムの怒号に呆けた次の瞬間、目の前の軍人がシェルターから出た俺を含む一団へ向けて、

 

 発砲した。

 

 誤射じゃない。明確な殺意が籠った掃射。それによる弾丸の雨嵐がなんの対応もとれるはずがない一般人へと降り注ぐ。

 

 咄嗟に、本当に咄嗟に屈んで頭を下げた事で弾丸は俺の頭上を通っていく。耳に響く発砲音、轟く悲鳴と生々しい音が俺の耳へと否応なく入り込んで来る。

 

 あっ、銃声が止んだ。そう思って顔を上げれば、

 

 そこは地獄絵図だった。

 

 大きく広がる血だまり、腹や足を穿たれて苦悶の声を上げている父さんと母さん、その他シェルターにいた人達。

 

 そして、頭や喉に弾痕が出き、どこか遠くを見つめながら動かなくなった人。

 

 死んでる。死んで、しまっている。

 

 立ち上がって、普通でいられているのは、俺ただ一人。それ以外は銃撃を受けてしまった、あるいは致命傷を受けてしまってる。もうきっと、あれは助からないんだろうな

 

 あれ? 待って。

 

 なんで、俺はこんな冷静に見れてるんだ? 

 

 何が起きてるんだっけ? 

 

 俺は何を見てるんだっけ? 

 

 音がなんだか凄く遠くで鳴ってるみたいで、誰かが耳元で語りかけてるみたいだけど、それすら何故か入ってこなくて。

 

 そしたら、目の前の軍人さんは丁寧な動きで空になったカートリッジを取り出して、中身の入った物を腰から抜いてマシンガンへと入れる。

 

 そして、銃口を俺に向けてきた。

 

 銃口を…………向けて…………

 

 銃口を…………俺へ…………

 

 瞬間、背中をぞわりと冷たい何かが撫でた。

 

 まるで氷を服の間から入れられたようなその感覚は、俺へ向いた銃口から。

 

 感じるそれは、明らかすぎる殺意。死神に睨まれているこの感覚は、さっきまで少し遠くにいた『死』そのものが、今自分の目の前に立って俺へ狙いを定めているのだとはっきりと告げていた。

 

 現実逃避から引き戻され、強引に見たくなかった現実を直視させられる。

 

 死ぬ。

 

 死ぬ。

 

 隣に転がる人のように、眉間をあの黒い穴から飛ぶ鉛玉にいともあっさりと貫かれて。こんな距離、外す方が難しい。

 

 膝が震える、歯がギチギチと揺れる。

 

 視線が眼前で俺を狙う銃口に吸い寄せられた。

 

『カヅキ! CADを取れ!! 早くっ!!』

 

 肩口でグラハムが吠える。けれど、指が動かない。あれだけ指で触っていたCADはどこにあったか、それすら頭に浮かばなくなった。

 

 頭にあるのは、他者から叩きつけられた『死』という現象への恐怖だけ。

 

「あっ…………あっ…………」

 

 か細い声が、俺の喉から垂れ流れた。弱々しく、脆く、儚いその声は、誰の耳にも入らない。

 

 カチリ、と。軍人は俺へ向けるマシンガンの引き金に指をかけた。弾薬も入っている。ただ一度、引き金を引くだけで、

 

 俺の命は、簡単すぎるくらいに霧散するんだ。

 

「あぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!?!?!?!?」

 

 そこからは、もうほとんど本能的だった。

 

 生き延びる。死にたくない。ただ一つの動物的本能に身を任してしまった。

 

 CADを使わず、強引に自分へ加速魔法をかける。それも全力で。そして、

 

 俺は一目散にその場を駆け出した。

 

 倒れる人も、

 

 尊敬し、感謝を感じる両親も、

 

 まだシェルター内に残されているであろう、あの黒髪ロングの妹も、

 

 すべてを投げ捨てて、自分の安全を、自己だけを完全に守るために。

 

 俺の本能が下した決断は、逃走だった。

 

『カヅキっ! 止まれ!! まだあそこには父と母がっ!! 怪我人がいるのだぞ!?』

 

 グラハムの声が聞こえる。けれども足は止めない。

 

 加速魔法で強化された体が、何度も壁にぶつかりながらも止まる事をやめない。止まってくれない。

 

 自分の体が自分の物じゃなくなったみたいに、俺はひたすらに安全な場所を目指し、グラハムの声を無視し、走り続けた。

 

 そして、途中見つけた一つの部屋へ、俺は勢いを止めることなく飛び込んだ。扉を蹴破るような形で入り、止まらない勢いは俺の体を大きく投げ、部屋のなかにあった荷物を吹き飛ばすように転がっていく。

 

 痛い。痛い痛い。そう思えながらも、まだ体は勝手に動き続ける。

 

 開ききってしまった扉を、もたつく動きで閉め、手近に転がる荷物を扉へ押し付けた。重めの荷物、それこそ、簡単には扉を押し開けられないくらいには重めの荷物を。

 

 そこまでやって、俺は体の所有権をようやっと生存本能から取り戻した。呼吸が荒い。汗も震えも止まる事を知らない。ぐちゃぐちゃになった思考は、俺に吐き気を催させて…………

 

『何故だ…………なぜ逃げたカヅキィィィィィ!!!』

 

 ガツンと、俺の頬へ衝撃が走った。

 

 それは、誰かに殴られた感覚に似ていた。口のなかに血の味が広がり、コロコロと何かが転がる。今ので、歯が一本折れたのかもしれない。

 

 けれど、そんな事よりも、俺は違うことが衝撃的だった。

 

 俺を殴ったのは、他でもないグラハムその人だ。しかし、彼は体はハムスター、しかも大きさはペットの子犬程度しかない。俺を殴り飛ばせるような力はないはず。

 

 そう、ハムスターなら。

 

 俺の目の前にいたのはハムスターではなく、紛れもないあのグラハム・エーカーその人だったのだから。

 

 怒りを顔に露にしながら、グラハムは座る俺の胸元を掴み強引に引き上げる。

 

『あそこには、まだ怪我を負った人が! か弱き乙女が! 銃火にさらされ続けている!! 相手は軍人、太刀打ちなど出来るはずもない!! けれど、カヅキ、君は違うだろう!!』

 

「俺…………が…………」

 

『そうだ! 君には、彼らに対抗する力があった! 魔法も、身体技能も、体術も!! 助けを待つまでの時を稼ぐような力が君にはあった!! それを君は、ただ保身のためだけに!! それを恥とは思わないのかっ!!!』

 

 恥…………恥? 

 

 助けなかった事が恥なのか? 

 

 力を持ちつつ、何もしなかった事が恥なのか? 

 

「ふざけんな…………」

 

『なんだ、言いたいことがあるならはっきりと━━』

 

「ふざけんなって言ってんだよっ!!!!」

 

 掴むグラハムの腕を払いのけ、強引に彼を突き飛ばした。

 

「なんで、なんで俺がやらなきゃいけないんだよ!! 魔法が使えるからか? ただ早くなることしか出来ないのに!? 体術が使えるからか? 本職の軍人に敵うわけねぇだろクソがぁ!!」

 

『しかしっ!!』

 

「しかしもかかしもあるかってんだ!! 俺には無理なんだ!! あんな軍人、それも人を簡単に殺せる武器を持ってる奴に立ち向かうなんて、俺には出来っこないんだよ!!!」

 

 勝てる訳がない。行けるわけがない。

 

 俺には何もない。他人にはあるかもしれない勇気も、度胸も、力も、なにもありはしない。

 

 だって俺は、ただの中学生のガキだ。

 

 ほんのちょっと魔法が使えて、ほんのちょっと格闘術もあって、それだけでなんでも出来る気になってた、ただの馬鹿なガキ。それが俺だ。

 

 そんな俺が? あの状況で? 皆を助けるような大立回りを演じろってか? 出来るわけがない。出来ると本気で思ってんなら、それはグラハムの買いかぶりでしかないんだ。

 

「俺はお前とは違うんだ! 軍のエースで、何でも出来るような才能があって!! そんな奴とは違う!! 物語の主人公なんかでも、チートを持ってもない!! ただのしがないガキでしかねぇんだよ…………」

 

「もう…………勘弁してくれよ…………俺には…………俺にはなんにもないんだよ。空っぽなんだよ…………ただの非力でビビりな、雑魚でしかねぇんだよ。俺に、高望みしないでくれ…………」

 

 昔からそうだ。俺は、何も持ってない。何も持てない。

 

 高尚に努力しても実らない。

 

 自分の事しか考えてない。

 

 他人を(おもんばか)る余裕もない。

 

 器量も、強さも、心も、まるで強くない。

 

 何もかもが貧弱な、弱々しい奴。

 

 それが、俺なんだ。

 

「ははっ、笑えよ。お前は見間違えたんだよ。俺なんかに何を見たのか知らないけど、俺は結局大切に育ててくれた親すらこんなあっさり捨てる屑野郎なんだよ。だから、神様も俺になんにもくれないんだろうな。自業自得ってな、笑えてくるよ」

 

 自嘲する俺に対し、グラハムはなにも語らない。静かに、俺を見下ろすだけ。

 

『悔しくないのか?』

 

 たった一言、グラハムは切欠に俺へ言った。

 

『現実から逃げ、何も出来ない自分から逃げ、悔しいとは思わないのか? 後悔しないのか?』

 

「悔しい? 後悔? あるわけないだろ。俺はもう自分にも愛想をつかしてるんだから━━━」

 

『その言葉を、君は本心だとはっきり言えるのか?』

 

 もちろん。そう答えようとした。

 

 なんの事はない、もう今更だ。後悔も悔しさもありはしない。あるのはただの、自分への失望だけ。

 

 そうだ。そのはずだ。ならなぜ…………

 

 俺はそう返すことが出来ない。

 

 答えは簡単だ。

 

 悔しいからだ。後悔しているからだ。

 

 自分の無力さを、何も出来ない自分を、両親を、シェルターにいた人全員を捨てて逃げた事を。

 

「言えない……言えないよ。悔しいに決まってんだろ、後悔してるに決まってるだろ! けどあの時俺に何が出来たってんだよ、俺にはあの状況で皆を救うなんて、大それた才能も技能もないんだよ!! 何もない俺が、どうやるのが正解だったっていうんだよ…………」

 

 力も勇気も持たない俺が出来ることなんて、ただ自分の身を守るだけ。

 

 これが限界だ。悔しさがあっても、後悔してても、ここから進むなんて俺には到底無理なんだ。

 

 打ちひしがれる俺へ、グラハムが投げた言葉は、

 

『下らないな』

 

 そんなざっくらばんとしたものだった。

 

「…………へ? 下らない?」

 

『ああ、下らない。実に下らない。そんな事を君は悩んでいたのか。なら、この際君に言っておこう。』

 

 

『君には、世間一般で言われる才能と呼ばれるものは持ち合わせていない』

 

 はっきりと、グラハムは迷いも躊躇もなしに俺へそう言った。

 

 ほら、やっぱりそうだ。何年も見てきたグラハムも言うんだ。これが現実、これがすべ『だが、何もない訳じゃない』…………え? 

 

『君は言ったな。自分には何もないと。だから何もすることは叶わないのだと、君は言った。だがその言葉は訂正してもらおう。』

 

 腕を組み、語り始めるグラハムはしっかりと俺を見据えた。

 

『確かに君には才はない。だがな、私は君に可能性を見ている。どんなことでも、諦めずに泥臭く立ち続けるその芯の強さに』

 

「芯の…………強さ?」

 

『そうだ。君は愚痴をこぼし、文句を垂れ、駄々をこねることは今まで何度もあった。が、私が課すメニューは必ずこなしてきた。はっきり言って、私は君がすぐに音を上げて諦めるものだと思っていた。それほどまでに、私が君に課したものはレベルの高いものなのだ』

 

 そりゃそうだろうな。あんなものを平均にされたらたまったもんじゃない。けど、それがどう関係して…………

 

『諦める事はいつでも出来た。自分のプライドを理由にして、投げ出すことも出来たはずだ。だが君は、そんな事はしなかった。何故か? 才能がなくても、君はなりたかったのだろう? 魔法師という存在に』

 

『どれだけ笑われようと、どれだけ他人の余りある才を見せつけられても、君はたゆまぬ努力で歩み続けた。違うか? それほどまでに、君は夢に見たのだろう?』

 

「……………………」

 

 何も返せなかった。

 

 努力したのは、グラハムが叱咤激励してたからだ。

 

 諦めたかった、投げ出したかった。けど俺にはそれを口にする勇気がなかっただけ。

 

 けど、それでも…………

 

 魔法師に強く憧れていたのは、疑い無い事実だ。

 

 俺には才能がない。勉強もそこまで出来ないし、足も早くない。コミュニケーション能力も低ければ、協調性もさほど高くない。

 

 ないない尽くしだった俺が、転生して見つけた数少ない才能。それが魔法だった。

 

 何もなかった俺にあった、唯一の才能。その発覚は、俺が今まで目を背けてきた夢という存在にスポットライトを当てるには充分すぎた。

 

 俺のこの魔法が使えるという才能で、物語の主人公のように誰かを守るヒーローみたいになりたいなんていう子供じみた夢に。

 

『努力とは、必ず実る訳ではない。どれだけ試みても叶わなかった者も、私は何度も見てきた。君の言うとおり、私は自分の眠れる才を引き出せた数少ない人間なのだろう。そこは認める。だがな、』

 

『折れることなく、諦めることなく歩んできた君の努力自体を否定することは、私が許さない』

 

 詰め寄る彼の鈍色の瞳は、嘘を語っているようにも感じない。というより、こいつが嘘をつけるほど殊勝な事が出来るはずがない。

 

『君の折れない姿勢に、私は可能性を見たのだ。プライドに固執した私とは違い、がむしゃらに遮二無二に、歩みを止めることのない君へ。だからこそ、私はここに宣言しよう。』

 

 

 

『君は、人にはないものを持っている。それも尊く、美しい諦めぬ心というものを。私が保証する。』

 

 グラハムの一言をきっかけに、ほろりと頬に雫が伝う。

 

 ああそうか、あったんだ。俺にも。俺にしかないものが。

 

『勇気がないというのなら、私が君の背中を押そう。抗いたいが力が足りないというのなら、私が力を貸そう。それが、私の存在意義なのだから。これを伝えた上でもう一度尋ねる』

 

『君は自分の選択や行いに、後悔や悔しさは感じていないか? 今なら、まだ間に合うぞ』

 

 間に合う、それが何についてか。そんな物は聞くまでもない。

 

 俺は物語の主人公なんかじゃない。

 

 颯爽と現れて、カッコよく敵を倒すなんて出来ない。

 

 どんな輩も寄せ付けない圧倒的な力もない。

 

 あるのは貧弱な魔法と、年齢にそぐわない身体能力と、諦めの悪く頑固な意志。そして、

 

 これ以上にない、最高の相棒。

 

 たったこれだけ。これだけが、俺の持ち物。

 

 けど、これで充分だ。

 

「グラハム…………サポートを頼めるか?」

 

 ゆったりと立ち上がり、腰からCADを抜いてグラハムに尋ねた。目の端に映る彼の口元が、ニヤリと上がる。

 

 足が震える、まだ心の奥底がビビってる。けどそんな事知ったこっちゃない。

 

 俺はもう、何も出来ない自分に悔しがったり、後悔なんてしたくないから。

 

 無様でも、醜くても、泥臭くても。

 

 俺は、非情な非日常に抗ってやる。

 

『その言葉を待っていたぞっ!! カヅキっ!!!』

 

 満足げな声を上げながら、グラハムの影が揺らぐ。すると、彼の姿は霧のようになり、すっと俺の中へと入り込んだ。

 

 途端、視界がクリアになる。

 

 今まで見えなかった物が見えてくるようで。憑き物がとれたみたいな感じ。

 

 グラハムが体へ入ってきた事へ違和感はなかった。それよりも、

 

 あいつがすぐそこにいてくれるという安心感が、俺の恐怖心すら和らげた。

 

『カヅキ、時間がほとんどない。すぐに行くぞ!』

 

「ああ!!」

 

 どこからか聞こえてくるグラハムの声に勢いよく返事を返し、自身に再度加速魔法をかける。

 

 そして、俺は床を蹴る。一心不乱に。

 

 もう慣れきった速さが、周りの気色をぐんぐんと後ろへ流していく。

 

 見えたシェルターの入り口。まだ父さんも母さんも生きている事に安堵するも束の間、軍人の一人がマシンガンの銃口をシェルター内に向けた。

 

 シェルター内には、彼女がいたはず。あの黒髪の少女、奇妙な兄の妹が。

 

『カヅキ! 撃て!!』

 

「わかってる!!」

 

 手に持つCADを対象である軍人へ向け、脇をしめ狙いを安定させ引き金を引く。

 

 何千、何万とやって来たこの一連の動きは恐怖と空気感に圧されつつも淀みなくしっかりと動き、CADから飛んだサイオン弾は軍人へクリーンヒット。

 

 真横からサイオン弾を受けた軍人はぐえっと鈍い声を上げ、バタリとその場に倒れた。

 

「ザック!? 一体誰が…………っ!?」

 

 残る一人の軍人が、俺に撃たれ倒れた一人を介抱しにいった直後、こちらを見て固まった。

 

 なんとこっちを見た残る最後の軍人(他の奴もいるにはいるけど何故か固まったみたいに動かない)は、あの海でひと悶着を起こした軍の魔法師、ゲイルその人だった。

 

「またてめぇか!! 何度も何度も邪魔しやがって!! 鬱陶しいんだよ!!」

 

 ガチャリと肩から下げるマシンガンの銃口がこちらを向いた瞬間、

 

『右に飛べ!』

 

 グラハムの声に反応し右に飛ぶ。すると俺が元いた場所を弾丸が通り過ぎた。

 

『前傾姿勢で一気に詰めろ!』

 

「わかった!!」

 

 照準をゲイルが俺に合わせるより先に、体を大きく前へ倒して駆け出す。もちろん足には加速魔法の効果付き。

 

「なっ!?」

 

 加速し瞬間的に肉薄してきた俺へ、ゲイルは驚愕に目を見開き反応がワンテンポ遅れた。

 

 そう、好機が訪れた時だった。

 

『そのまま一撃、決めてみせろ!!』

 

 グラハムの力強い言葉に、俺は踏み込みで答えて見せた。

 

 一歩、加速のスピードを乗せたまま。

 

 二歩、勢いを引いた右手に合わせ。

 

 三歩、引いた拳を出せる力すべてを出して。

 

「ぶっ飛べやぁぁぁぁぁぁぁ!!!」

 

「うがぶぉ!!!」

 

 一気に、ゲイルの顔へ綺麗なストレートをぶちかました。

 

 何か嫌な音がゲイルの顔から聞こえつつも、ゲイルは体を後ろへ飛ばされ、床に転がり完全に動かなくなった。

 

 …………やった? やったのか? 

 

 勝った、勝ったんだ!! こんな俺でも、なんとかなったんだ!! 

 

 歓喜の思いが心の中から沸き上がってくる。才能のない俺でも、この状況を打開せしめた。貧弱ながらも、俺はヒーローになれたんだ。ここにいる人の救いになれたんだ!! 

 

「やった!! やってやったぞグラハム!!」

 

『ああ見ていた。よくやった、カヅキ』

 

 心からの賛辞が、グラハムから俺へ送られた。それが、俺がやり切れた、逃げずに戦えたんだという事を示していた。それを、その事実を、何もないと思っていた自分が起こして見せた事が喜ばしくて仕方がない! 

 

『喜ぶのは良いが、父や母、負傷した人の救助をせねば…………』

 

「あっ! そうだった!!」

 

 今はそんな事をしてる場合じゃない。今もなお母さんも父さんも、銃弾によるケガで苦しんでいるんだ。少しでも治療しない━━━━と━━━━

 

「あれ?」

 

 なんだ? なんか手がベットリして気持ちが悪い。何かついてたっけな? 

 

 そう思って手のひらを見ると、赤い血が輝いていた。

 

 …………え? 

 

 ふと、困惑しながら俺は下を見る。

 

 真下には、右下腹部から俺の服へ広がっていく血液。

 

 なんで、なんで俺…………血なんか流して…………

 

 と思った時、俺の体を衝撃が襲う。

 

 味わった事ないような衝撃、一撃一撃受ける度に体が痛み、まるでぼろ雑巾のように飛ばされた。

 

 衝撃も痛みも受け流せず、俺は流されるがままに床に倒れ伏した。そこから広がるどろっとした俺の体から流れ出る鮮血。そしてバタバタと走り寄ってくる大勢の足音と銃声。

 

 あっそっか、俺背後から、撃たれたんだ。

 

 なんか…………銃で撃たれるって…………痛いけど…………熱いんだな…………撃たれたところが…………じんじん…………する。

 

 ああ…………意識が朦朧としてきた…………これは、あれだ…………あの映画館での時と…………おんなじだ。

 

 俺…………死ぬんだ…………

 

 やだなぁ…………死にたく…………ないなぁ。

 

『カヅキ! しっかりしろ!! カヅキっ!!!』

 

 なんだか…………遠くで…………グラハムが俺を呼んでる…………気がする。

 

 ごめんな…………せっかく助けてもらったのに…………こんなおわりかたなんて…………

 

 俺…………おまえが…………いてくれて…………よかったと…………

 

 あっ…………ダメだわ。

 

 死んだ。

 

 確信めいた何かを感じ、重くなったまぶたを重力に逆らわずに閉じる。

 

 そして俺は、俺を呼ぶグラハムに言葉を返すことなく、

 

 静かに意識を投げ打った。

 

 





※これはギャグ小説です

※これはギャグ小説です

※これはギャグ小説です

大事な事なので三回言いました。




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