アンデルセンは笑っている   作:小千小掘

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シリアス過多は胃を痛めるぜ、もちろん作者もなぁ……。

ちょいとお久しぶりです。ここ数話コメディタッチを挟む隙間がなくて発作を錯覚している小千小掘です。
単に細かい展開が浮かばなかったり学業が追い詰められていたりというのもありますが、シュールなギャグを挟めないのが辛い。おかげで本編に無理矢理ねじ込まれている箇所が散見されていますとも。パロディチックになっているところなりくどい程のダジャレなり。

長くなったので前後編です。ちょっと弛み具合が酷かったので間髪入れずに二つとも出したかったのですが、埒が明かないと思い前編だけ先に載せることにしました。


リブート(前編)

 自室で独り正座する。

 閉じた瞼の裏には、これまで知覚してきたありとあらゆる情報が曖昧な輪郭のまま漂っている。

 己の意識を、限界まで主観から切り離し俯瞰する。既に、ノイズは収まっていた。今なら何の問題も無く集中できる。

 敷かれた紙の上に置かれている鉛筆をゆっくりと手に取った。

 大きく深呼吸をし、鍵となる言葉を脳裏に整頓する。

 暫しの刻を経て出来上がった隊列は、うるさいほどに主張を始めた。

 その全てを頭の外に再現すべく、直感が導く(しるべ)をありのまま書き記していく。まるで演奏に酔いしれる指揮者のように、穏やかに閉眼した状態で指揮棒を振るう。

 やがて完成した、十枚前後の作品。

 静かに眼を開き、羅列な文字群が満遍なく見えるよう一つ一つ丁寧に並べた、

 どれが重要で、どれが必要か。今度はそれを吟味しつらつらと選び取っていく。

 一枚、二枚、三枚、四枚……五枚の「マスターピース」が最終的に残った。

 次は、未だ散らばったままの欠片を一つに纏めるステップ。かき集めてくしゃくしゃに丸め、それなりな密度を誇る依り代に変形させる。

 思考を継続したままデコに当て、そこに宿る何かを授かるように、あるいは何かに祈るように、もう一度目を閉じ三回小突いた。

 トン、トン、トン。

 ただの事実に過ぎなかった点が急速に線で繋がっていき、徐々に徐々に、無から有が――そこになかったはずの「これから」が形を帯びていく。

 ――そして。

 俄かに開眼し、用済みとなった供物をヒュッとゴミ箱へ投げ入れた。

 解を見出したことで集中が解け、一気に脱力する。吐き出した息には、一つとして感情は乗っていない。

 さて――。

 すべきことは、定まった。

―――――――――――――――――――――――――――――――――

 昼休みを知らすチャイムが鳴った。

 予定調和に従い、クラスメイトたちはすぐさま各々の行動に移り始める。

 友人同士並んで机に座り弁当を広げる者、学食や他の開放されたスペースを食卓にしようと出て行く者、或いは食事を後回しにし読書やら勉強やらを先に済ませる者。

 定着した日常が周囲に溢れている中、一方僕ら三人は――、

 

「へー、じゃあ二人の説得はできたんだなあ」

「ああ、櫛田様様だ。ただ、案の定須藤は――」

「頑として、か」

 

 人気の少ない廊下を、僕と清隆の声が反響する。

 今は()()()()()を聞いている最中だった。

 烏滸な三人組を改めて説得するという、作戦と呼ぶには正面突破の過ぎる手段。櫛田というカードを切った結果、池と春樹はどうにかなったが健はやはり折れなかったようだ。

 聞けば、沖谷が独り残ってでも勉強を続けていた事実を知り、池が進んで復帰を決意したらしい。清隆曰く、彼はそれなりな誠実さを持つ少年だから驚くことでもないだとか。春樹についてはよくわからないとも語った。大方、その場で断ってしまったら今度こそ櫛田に幻滅されてしまうとでも思ったのだろう。褒められた理由ではないが、今に限っては復帰の意思を表明してもらえただけ御の字ということにしておこう。

 ところで、こうして事実確認をしているのは、勿論僕が当時現場にいなかったからである。

 

「痛むのか――?」

「違和感程度さあ。すぐに治るってお墨付きも賜ったしね」

 

 話題が移り、僕は徐に左腕をさする。

 一昨日生徒会長から受けた蹴りのダメージの程度を診てもらいに行くため、一日安静し学校を休んでいたのだ。念のためということであったが、医者の方も微笑みながら答えてくれたので特に心配する必要はないだろう。

 とは言え、何も僕らは雑談を添えた散歩だけをして過ごすつもりではない。

「ねえ」不機嫌な女声が割って入った。

 

「どこへ行くつもり?」

「百聞は一見に如かずだ」

「またそれ……腹立たしい真似はお手の物ね」

「沸点が低すぎるんだよ。ワクワクして待つくらいの精神でなきゃストレス魔人になっちまうぞ?」

 

「余計なお世話よ」鈴音は深い溜息を吐き、僕らの一歩後を重い足取りで続く。

 元はと言えば、今の歩みは彼女にとってためになる場所へ向かうものだ。

 

「全く、テスト対策について考えるつもりだったのに」

「それに関わることだって最初に言っただろう?」

「だからこうして付いて行ってあげている、と最初に言ったわ」

 

 中間テストのみならず、これから激化するであろうクラス抗争に向けて大きな意味を持つことだ。ふたを開けてしまえば大して時間のかからない些細なことなのだが、彼女にとっては特別重要である。

 

「変に焦らすことでもないでしょう。いい加減教えなさい」

「一昨日みたいに素直にお願いしてくれたら……」

「なら綾小路君と同じ目に遭うところまでがセットよ」

「……一応ケガ人なんですけど」

 

 脛はやられた後も暫く痛みが残るから忌々しい。腕も脚もボロボロになてしまってはさすがにやるせないだろう。やはりこの少女はどうにもあくどい性格をしているようだ。

 気を取り直し、僕はコホンと一つ咳払いをする。

 

「君は、お兄さんのようになりたくて頑張って来た。そうだろう?」

「……ええ、そうね」

「その意思は間違いじゃない。前を向く活力として、その情熱は忘れないことだ」

 

 『誰かと同じになる』、その志が悪いことだとは微塵も思わない。ほとんどの場合、目指す過程で自然と修正が重なり最後には自分の色が仕上がっていくものだ。人生は試行錯誤の賜物、受け売りだが至言だ。

 なら、どうして今までの彼女はこうも上手く行かなかったのか。問題は――『方向性』だ。

 

「ただね、僕が君に問いたいのは、『本当になりたいものが見えているのか』ということだよ」

「……どういうこと?」

「君たち兄妹は似た者同士ということさ。良かったね、血は争えないというのは本当らしい」

 

 彼女の兄は、妹がどれだけ変わったのかということに気付くのが遅れた。それは彼女を遠ざけることで見えなくなってしまったからだ。

 そして、逆もまた然り。

 

「もしも等身大の兄を目指せていたなら、今君はそんなにも孤独にはなっていないはずだし、孤独を望もうともしなかったはずだよ。だってそれこそが、今の君と彼のギャップを示す一番の要素に他ならないのだから」

 

 なりたいと願っているものと実際になろうとしているものが齟齬をきたしていれば、自分の中で噛み合わなくなってしまうのは当然だ。これから行うのは、その掛け違いの調整。

 目的地が近づくにつれ、困惑気味だった鈴音の表情に焦りが見え始める。自分らがどこに向かっているのか、徐々に察してきたようだ。

 

「まさか……」

「改めて、刮目するといい。君が一体、どういう存在を目指しているのかを」

 

 やがて僕らは、一つの教室の前にたどり着いた。

 

「君のお兄さんは、凄い人だよ」

 

 ドアを隔てて、視界に飛び込んできた景色は――

 

「堀北! この問題なんだけどさ――」

「学、後で俺の方も見てくれないか? ちゃんと理解できているか怪しくてな」

「堀北君、前教えてくれた通りにやったら凄いわかりやすくなったよ、ありがとね」

 

 テスト勉強の話だろうか。多くの生徒に囲まれ信頼の目を一身に受けているのは、生徒会長その人だった。

 彼はクールに眼鏡を指で押し上げ、淡々と応じる。

 

「霜田、それはこの公式を利用すると前にも言ったはずだぞ。――櫻井、その単元はすぐに理解するのは難しい。まずは教科書を読み直して基礎を固めろ。――梁瀬、どうやらお前にはそのやり方が合っているようだ。そのまま続けてくれ」

 

 厳かな態度には変わりないものの、クラスの『仲間』故か僅かながら愛想のある様子で応えていく。

 そして――

 

「これは……橘」

「どうかしましたか、学君?」

「この内容はお前の方が上手く指導できる。あっちのグループはお前が担当してくれ」

「――! わかりました。任せてください」

「ああ、頼んだぞ」

 

 一連のやり取りを見届けた後、僕は隣で固まったままの鈴音に声を掛ける。

 

「いいかい鈴音。君はこれから、ああいう存在になっていくんだ」

 

 『仲間』から慕われ、時に自分も『仲間』を頼る。お手本のような『信頼関係』は、未だ彼女が得ていないものだ。自惚れでないなら、辛うじてその糸が繋がっているのは僕と清隆くらいだろうか。

 

「私の、追う背中……」

「痒いところを掻くくらいの手伝いはできるが、こればかりはお前次第だ。今お前の目に映っている姿を見た上で、どう変わっていくか自分で決めろ」

「……わかったわ。私は、間違えない」

 

 瞳の震えは緊張か、不安か、恐れか。

 しかし、その裏に微かな熱意が宿ったことを確認できた。

 たどり着けるかどうかは誰にもわからないが、今の彼女は靄のかかっていた島をようやく鮮明に認識した状態。視界良好、準備完了だ。

 彼女の佇まいを一瞥し、僕と清隆は顔を見合わせ頷いた。

 

―――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 

 放課後の体育館は、思っていたよりずっと閑散としている。

 と言うのも、僕らがここへ足を運んだ時にはもうだいぶ遅い時間で、活動していた団体のほとんどが身支度を済ませ下校を開始していた。

 そんな中、手元のボールを見つめ立ち尽くす少年が一人。

 彼は晴れない表情のままフォームを取り、ゆっくりとゴールに向かって獲物を投擲する。

 しかし無情にも、放った球は縁に跳ねられ虚しいバウンド音を刻みながら彼の下から遠のいていく。

 彼は深い溜息と共に音源を追い始めるが、そのリズムは不自然に途切れてしまった。

 訝し気に俯きがちだった視線が上がり、そこに映ったのは――

 

「やあやあ御機嫌いかがかな? 健選手」

「浅川…………」

 

 僕らは陽気な顔で健に近づいていく。彼はバツが悪そうに首をポリポリと掻いているが、無理に付き放すつもりはないようだ。

 

「選手なんて付けるのはやめてくれ。煽られてるみたいであんま良い気がしねえよ」

「そういう意図はこれっぽっちもないけど、君が言うならそうするよ。悪かった」

「ああいや……別にいい」

 

 ここまで歯切れの悪い彼を見るのは初めてだ。今までのような快活奔放な姿は見る影もない。

 自分のだらしない見栄えに気付いているのか、悟られまいと彼は僕の隣に視線を移した。

 

「綾小路に、沖谷まで……一体どうしたんだ?」

 

 そう、この場にいるのは三人だけではない。清隆だけでなく沖谷にも予め声を掛け一緒に来てもらっている。イツメンともなれば、寧ろ呼ばない方がおかしいはずだ。

 健の問いかけに、先に口を開いたのは沖谷だった。

 

「え、えっと、二人からは、まずは来て欲しいとしか言われてないんだけど……最近の須藤君、あまり元気がなかったから、多分そのことなんじゃないかな」 

 

 彼には「健の様子を見に行こう」とだけ伝えてある。一見内容の薄いように感じるが仕方ない。僕がここに来た一番の目的は、本当にそれだけに過ぎないのだから。

 心当たりがあるようで、健は窺うように僕と清隆を交互に見る。

 

「……勉強会の件か? それなら昨日断ったはずだぜ」

「だが須藤、このままでは本当に、お前は退学になってしまう。プライドを守り続けても無益だということくらいわかっているだろう?」

「……うっせ。お前に何がわかんだよ。お前のことは良いダチだとは思ってるが、何でもかんでもわかった口利かれたってちっとも嬉しかねぇっての」

 

 彼が勉強会を断った時の心境、シンプルに考えてしまえばあまりに固いプライドが鈴音と衝突したというだけにも思えるが、そうだとしたら昨日()()()()()()()()()際に柵は解消されているはずだ。少なくとも、翌日であるこのタイミングになっても考えが変わっていない時点で、単に頭に血が上ったというわけではないのだろう。

 健の真意は、()()()()()()()()()()()()

 

「浅川も、綾小路たちから話は聞いてんだろ。とっとと帰ってくれ」

「およ、僕? いやあ、あっははー」

 

 困ったように頬を掻く仕草を見せるが、正直なところ今ここで何をするかは決めていた。

 でなければ、恐らく()()()()()()()()()()()()

 

「早とちりしないでおくれよ、健。僕がいつ、君に『勉強会の話をしに来た』と言ったんだい?」

「え――は? 違うのかよ」

 

 豆鉄砲を喰らったように呆然とする健を傍目に、僕は両手に抱えていたバスケットボールを拙い手つきでバウンドさせ始める。

 

「よっ、ほっ――難しいなあこれ。プロはよくもまあ身体の一部のように操る」

 

 次に、ゴールの周りに引かれている曲線の前まで通常の三分の一倍の速さで進み、先程の健と比べるまでもない崩れた体勢でシュートを放つ。

 当然、ボールは板に鈍い音を立てるだけだった。

 

「――ふむ」

 

 これは想像以上だ。サッカーもそうだが、自分の身体以外のもの――まして触れる離れるを繰り返すものをコントロールしながら滑らかに動くというのにはセンスや慣れが必要らしい。

 何ともやりがいがありそうではないか。

 

「健、独りで滅入り続けてそろそろ寂しい頃合いだろう?」

 

 僕は拾い上げたボールを、彼に差し出した。

 

「教えてくれよ、バスケ」

 

 

 

 

 シューズの擦る音が小刻みに響く。

 同時に、ボールが手元と床を往来する鈍い音も不規則に生まれ、まるで歪な演奏会のような旋律が奏でられている。

 

「――こんな感じ?」

「違えよ。ちゃんと肩まで使って、大きく押し込むイメージだ。あと、また体勢が高くなってるぜ」

 

 曲がりなりにも、感覚だけでなく理屈でもある程度バスケをものにしているらしく、健の指導は思いの外具体的でわかりやすかった。

 

「ほい、ほい、ほいっと」

「おお! いい感じだったぜ今の。朝トレの時にも匂いはしたが、やっぱ浅川は筋がいいな」

「あっはは、そうかい」

 

 照れくささから顔を明後日の方へ向けると、シュートの練習をする沖谷と目が合った。

 

「沖谷は調子どうだい?」

「最初はてんでダメだったけど、だいぶ慣れてきたよ。須藤君の教え方が上手だからだね」

「よせよ、こんくらいどうってことねえって。多分先輩の方がもっと上手くやれる。俺は、その、言葉選びが下手くそなんだ」

「現にこうして成果は出ているんだ。謙遜しなくてもよかろうに」

 

 僕は「よっ」とシュートを放つ。ボールは綺麗な放物線を描き見事にゴールポケットへ吸い込まれた。

 ボールは指で支えるイメージ。そして投げる時は手首のスナップを利かす。後は肘の固定位置に気を付けるだけでも射程は伸び正確さも上がった。初心者の僕らにも簡単に改善できるありがたいアドバイスだ。

 

「どうだかな。アイツなんて見てみろよ」

 

 すると不意に、健がある方向を指差した。沖谷と二人、視線を移す。

 

「あれが全部俺の功績だとしたら、スポ根漫画にあるみたいな弱小チームを優勝に導く監督も夢じゃねえよ」

 

 清隆は両手を巧みに使い華麗な動作でドリブルをし、そのまま流れるようにレイアップを決めていた。

 僕らを完全に置いて行く成長ぶりに苦笑し、軽く拍手する。

 

「なるほど。面白いな、バスケ」

「なあ綾小路。お前今からでもバスケ部入らねえか? レギュラー待ったなしだと思うぜ」

「――いや、そのつもりはない。偶々球技と相性がいいだけだし、こういうのは趣味程度の範囲にしといた方が吉だろうから」

 

「そういうことなら無理強いはできねえな」趣味は仕事にするものではない、という話も聞く。清隆の言っていることは一理あると思ったのか、健は粘ることなく引き下がった。

 

「健も初めから清隆くらいにはできたんじゃないのかい?」

「俺は――どうだったかな。もうあんま覚えてねえけど、上手くいかなくて必死だった時期はあるぜ。先生とか先輩とかに色々聞いたり見てもらったり、居残りで摸擬戦とかもしたっけな」

「そうなんだ、ちょっと意外。でも、それで今の須藤君があるっていうなら、納得かも」

 

 好きこそものの上手なれという言葉がある通り、今の彼の実力は間違いなくバスケを好きだったからこそたどり着けた領域だろう。そういう時、意図せずプライドなんてものは消え失せてしまうものだ。懐かしむような遠い目で語る彼を傍目に、そんなことを思う。

 無論、僕にはなかった情熱だ。

 

「羨ましいな。本気で好きで、それをいつまでも追い掛け続けられるなんて――」

「あ? どういうことだよ」

「いやあ、君はやはり尊敬に値する男だと思ってね」

 

 素直に褒めてやると、健は何やら物憂げに俯いた。

 

「……そうか」

「ああ、そうさ」

 

 僅かな沈黙。しかし、そう長くは続かせなかった。

 

「……よし。なら僕らも君と同じようにやってみよっか」

「あ? 何言って――」

 

「おーい清隆」僕の思いつきに健が疑問を挟むより先に、離れた位置にいた清隆を呼び寄せる。

 

「僕も沖谷も最低限様になってきたからさ。試しに2on2をやろうじゃないか」

 

 誰も拒否する理由はない。健を含め全員同意した。練習をしていた三人は自分がどれくらい上手くなったのかという興味ありきだ。

 パワーバランスを考え、僕と沖谷、清隆と健でじゃんけんをし勝ち組と負け組でチーム分けをした結果――

 

「締まってこーかあ、健」

「おう」

 

 特別なルールはない。十点マッチ以外に本来のバスケと異なる点は人数くらいだ。

 ただ、

 

「本気だぁ?」

「ん、励みたまえよ」

 

 手抜きは許さず常に全力。

 健にたった一つだけ、そう注文しておいた。

 

「なんだよ、楽したいのか?」

「いやいや、()()()()()()()()からさあ。上手な君ならそれに対応したプレイくらい朝飯前だろう? 相手だって初心者だ」

 

 要は、

 

()()()()()さ」

 

 ピンとこない顔をしているが、普段やっているようにやればいいと解釈したであろう彼は「まあ任せとけよ」と言い残し配置についた。

 僕は遅れて彼の前に付き、相手を見据える。

 きっと、この後の展開は……。

 適当に先を見通し、僕は自分の行動方針を定める。

 間もなく、ささやかに戦いの火蓋が落とされた。

 

「綾小路君!」

 

 最初にボールを持っていた沖谷が清隆にパスをし、彼は一直線にゴールへ駆けていく。どうやら清隆を軸にして攻撃を仕掛けるのが二人の胸算用のようだ。

 僕は意気揚々と彼の手元から獲物を掠めとる――ことができるわけもなくいとも簡単に(見える軽やかな動きで)いなされてしまった。

 

「正面突破たぁいい度胸だ!」

 

 しかし陣地には巨壁が構えている。

 健はその身に違わぬ気迫で清隆の前に立ちふさがりボールを奪取した。

 

「おお、さっすがあ」

 

 思わず称賛が漏れるが、その刹那に試合が止まることはない。

 健はボールを取るや否や凄まじい初速でドリブル。ディフェンスに回っていた沖谷をものともせずダンクシュートを決めた。

 ガコン、とゴールの軋む音が響く。

 

「ハッ、どうよ!」

「ナイスだ健!」

 

 幸先の良い先制点にガッツポーズを取った健とグータッチをする。出だしはまずまずのようだ。

 ここまで、予想通り。

 得点後のオンボールは失点側からということで、再び清隆たちの攻撃からスタート。

 そこから僕が抜かれるまでの流れはほぼ先程の再現だ。

 

「あちゃー」

「オイオイしっかりしろよ」

「そんなこと言われてもなあ」

 

 マジで速いのよ、彼。とても追いつけないという至極想定内の状況だ。

「しゃあねえなぁ……!」しかしそれで窮してしまう程、やはり健の実力は伊達ではないようだ。前回より幾分かテンポの速い清隆の動きをまたしても凌駕し、彼は同じようにゴールを狙いに向かう。

 俊敏な動作で沖谷を抜き、そして――

 

「なっ」

 

 ()()にボールを奪われた。

 

「は……? なんで――」

 

 一体何が起こったのかわからず健が放心している間に、清隆は目もくれず僕の守備するこちら側へと突っ込んでくる。

 

「任せろ健! ここで取り返してこそ僕のいる意義という――」

「悪いな」

「ものおおおぉぉぉ……」

 

 気合だけは一丁前だった僕を懲りずに躱し、彼のお気に入りとなりつつあるレイアップが炸裂した。

 ごめんね、健。

 

「あ、綾小路。お前、今の動き……」

 

 沖谷とハイタッチを交わす清隆に信じられないといった顔で健が声を掛ける。自分が出し抜かれたという事実が未だに認められないようだ。表情を見る限り、しかと本気で取り組んだ結果なのだろう。

 ただ、事実はそこにある。僕と沖谷も文句無しに肯定できてしまう程明らかであった。

 

「別に、ボールを奪られたから慌てて戻っただけだ」

 

「同じ轍を踏むわけにはいかないだろう?」と続けた彼の表情は、いかにも淡々としている。沖谷も、そして健も、彼の飄々とした態度に呆然とする他ない。

 僕は――確かに、と思った。

 今更彼の身体能力に驚くこともないし、彼の言動そのものに支離滅裂な要素は一つもない。当然の帰結だろう。

 

「……ハ、ハハッ」

 

 思わぬ好敵手の出現に、驚愕以上のものがようやく込み上げてきたようだ。健は冷や汗を混じらせながら笑みを浮かべた。

 

「面白くなってきたじゃねぇか……!」

 

 さあ、試合はまだ始まったばかりだ。

 




薄々感づいている方もいると思いますが、できるだけ原作キャラの初期状態(この章で言うと勉強会の顛末といった物語の大筋もですね)はそのままに、物語の経過やその中での心情変化などはかなり差異を与えています。特に今話では、堀北さんの目標は明確に原作と乖離したんじゃないでしょうか。最終的にどう着陸するのかは……自分にもわからない。個人的には各キャラ原作+αの苦悩を用意しているつもりです。折角二次として書いているんですからね。

どこまでやる?

  • 船上試験&原作4.5巻分
  • 体育祭(ここまでの構想は概ねできてる)
  • ペーパーシャッフル
  • クリスマス(原作7.5巻分)
  • 混合合宿or一之瀬潰し
  • クラス内投票
  • 選抜種目試験~一年生編完結

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