拝啓友人へ   作:Kl

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遅れて申し訳ありません。何でもしますから許して下さい。


第十五話

――はぁ。

 

男と対峙しながら、内心で大きなため息をつく。まったくどうしてこうなったと言いたくなる状況だ。急に降り出した雨模様と同じく、俺の気分はどんどん沈んでいく。目の前に立つ男を観察する。資料や写真などの情報でよく知っている男だった。やせ形というよりかはやせ過ぎた体つきに白髪。写真や映像で見た限りでは生気が感じられず、どこかしら死神という二文字を思い起こさせるような男だった。

 

しかし、実際に対峙して見ればどうか、

 

「よくも先日は邪魔してくれたな。お陰様でフエグチの屑を仕留めそこなってしまったではないか」

 

大きく見開かれた眼球からはありありと情が浮かんでいる。その感情を言葉にしたのなら情熱、激情、憤怒のどれが当てはまるだろうか……いやもういうまでもなかったな。憤怒と怨嗟と殺意この三つに違いない。

 

刺々しい言葉を吐きながらも男の口端はニヤリと持ち上がった。俺としてはどうにかして穏便に済ませたかったのだが、彼の様子を見るにそれはもう過ぎたる望みだろう。彼を支配している感情は怒り、恨み、そして敵意。その三つが支配している相手を前に話し合いで済むなんてことはありえないと古今東西、どの小説でも相場が決まっている。勿論、この世界は小説でなく現実だが、こればかりは小説も現実も同じような物でもう戦うしか道は無いだろう。

 

雨に濡れ衣服が肌に張り付き不快な気分になる。

 

そして、雨とは別に背中を流れる汗が否が応にも今置かれている状況の不味さを物語っている。

 

「そうか、それはすまなかったな。こっちも色々事情があってね、許してくれると嬉しい」

 

内心を声色におくびにも出さずに、軽口を叩きながら考える。

 

――さて、どうするか。

 

対峙する男の情報を整理する。名は真戸呉緒。CCG本局所属の上等捜査官。誕生日は一月二十四日。血液型はA型。身長は177cmで体重は47kg。趣味はクインケ集め。以上が彼の簡単なプロフィールだ。

 

上等捜査官というと准特等捜査官や特等捜査官と比べると戦闘力は劣っているというのが一般的なのだが、真戸呉緒の場合は違う。真戸呉緒は前線に立ち続けるために昇進を断っているため上等捜査官という地位のままなのだ。実質的なその実力は准特等捜査官どころか特等捜査官にまで迫るという。特にクインケの扱いは目を見張るものがあり、その実力はCCG内部でも十本の指に入るとか何とか。

 

さて、以上の情報と俺の今の状況、さらに周りの状況とを全て加味して考える。現状において真戸呉緒と戦って勝機があるか?

 

――無理だ。絶対に俺は真戸呉緒には勝てない。

 

出た結論はそれだった。水が高い所から低い所に流れるように、歴然とした事実として俺は真戸呉緒には勝てない。真戸呉緒がクインケを持っていないのなら勝機の一つもあったかもしれないが、残念なことにそんな有り得ないことがある訳はなく真戸呉緒の右手にはアタッシュケースが握られていた。後はそのケースの中身が空であることを祈るしかないが、それは望みがないにも程があるだろう。

 

さて、戦闘をすれば殺される未来が判明した以上俺が取れる手段は一つだけ。

 

――どうやって真戸呉緒を撒くかだな。

 

勝てないなら逃げるしかない。装備も心もと無い今、それしか生き残る手段はないだろう。先ほどからの真戸呉緒の様子を観察するに動きにも言葉にも殺気が痛いほど見て取れる。今にも俺を食い殺さんとするばかりだ。訳あって喰種と接する機会が多い俺でもこの純度の高い殺気に思わず呑まれそうになる。もしも殺気に呑まれたらどうなるか……。

 

――それはそれで楽そうだな。

 

もしも俺が真戸呉緒の発する殺気に少しでも呑まれたり、気圧されたりしたのなら、きっとその瞬間が俺の死に際だろう。その時はこの窮地からどう脱するかを考える必要はなくなる。強制的に窮地からあの世へ強制送還だ。

 

――それは少し困る。

 

そう、今死ぬのは少しばかり困る。俺にはまだやり残したことがあり、見届けなければいけないことがある。

 

――彼女の決断を、彼女の行きつく先を。

 

だからこそ、ここで死ぬわけにはいかなかった。少なくとも彼女が選んだ選択の先に辿り付いた結末を見届けなければいけない。それが俺に残された使命だ。

 

「私が許すとでも思うか?」

 

「アンタは喰種捜査官だろ? 俺は人間だ。だから、管轄外と言うことで見逃してはくれないかね? ほら、喰種対策法にも『人民の命は最優先されるべき』ってあるしさ」

 

「屑を庇っておいてよくそんな口が利けるな。愉快で思わず笑ってしまったよ。人民というのならまずその薄気味悪い仮面を取ったらどうかね? その恰好では喰種と間違えられて殺されても不可抗力だろう」

 

「まぁ、俺もこんな仮面取りたいんだけどさ。そうもいかないんだよね。これは俺にとって命綱だし」

 

顔を見られた時点で俺の人生は終わる。これまでの会話で真戸呉緒の俺に対する執着は相当の物だと言うことが分かった。顔を見られたら最後、真戸呉緒は執念で俺を見つけ出すだろう。そうなれば俺は喰種を保護した奴としてCCGに身柄を拘束され、そのまま処刑台まで一直線だ。

 

――はぁ。何だか笑えて来るな。

 

死亡フラグが満載の状況にため息と笑いが一緒に出てきそうだ。しかし、弱音は言ってられない。真戸呉緒と会話を続けながら俺はナイフを握っていない左手の指先をズボンのポケットに入れた。直ぐに指先が固い感触とぶつかる。ナイフと同じく万が一のためにいつも持ち歩いている一品だ。まさか、コイツを使う機会が来るとはな。いつもはポケットが一つ使えなくなるから持ち歩くのも少し億劫だったそれだが、まさか今日使うことになるとは思ってもみなかった。人間万事塞翁が馬、転ばぬ先の杖とはよく言ったものだ。

 

そして、考える。奥の手を使う最高のタイミングを。

 

――俺と真戸呉緒との間にある力の差は極めて大きい。例え、逆立ちしても俺は真戸呉緒には勝てない。

 

なら、どのタイミングで奥の手を使うのが正解か? 力量差があるのなら、時間が経てばたつほど不利になる。それは少しでも荒事に首を突っ込んだことのある人間ならよく知っている事だ。なら、どうするか――。

 

――初手だ。真戸呉緒の初撃を躱して、その隙に使う。

 

長引けば不利になるのなら、長引く前に決めるほかない。ならば初め、一番初めの一太刀にカウンターの様に合わせればいい。それが現状における最適解だ。

 

グッとナイフを握りしめた俺を見ながら真戸呉緒はスンスンと鼻を鳴らした。

 

そして、そのまま少し動きを止めると大きくその両目を見開いた。

 

「こ、この匂い! 雨でかき消され、薄くなっていたが、この匂いはまさか……!」

 

まるで長年追い求めていたものを見つけたように歓喜に震えた声で雨の中叫ぶ。

 

「この匂いは間違いない!」

 

――真戸呉緒の瞳に恨みの念がより強く現れた。

 

「探したぞ! 探し求めていたぞ!」

 

――今の真戸呉緒は恨みと殺気に囚われている。

 

「ハッハッハッハ! 貴様が何者かは知らん! そしてどうでもいい! だが、貴様には聞きたい事がある! その体中から匂うその匂い!」

 

 

――そうか……。真戸呉緒が前線に立ち続けるその理由は……。妻の敵討ちだったな。

 

「うっすらとしか匂わないが俺の鼻がこの匂いを間違える筈もない!」

 

――真戸呉緒の妻を殺したのは……。

 

「――貴様、“梟”と関係あるな?」

 

――確か、キミだったな。

 

刹那だった。俺が真戸呉緒の問答に答える間もなく、彼はアタッシュケースからクインケを取り出し、それを振るう。「フエグチ壱」。真戸呉緒が普段から愛用している多関節の変幻自在なクインケ。それがまるで鞭のようにしなりながらこちらへと振り落とされる。

 

その動きは速い。避けるだけでも一苦労だ。しかし、動きは速いが、それでも今の真戸呉緒は興奮状態であり普段よりも思考能力は劣っており動きは単調だ。偶然の産物とはいえ、この好機を逃すような勿体ない真似は出来ない。

 

右手に持ったナイフでその一撃を受け止めつつ、左手のポケットからある物を取り出す。細長い角ばった形式のそれは既に安全ピンを抜いてある。そして、それを下手投げの要領で真戸呉緒の顔に向かって投げ出す。

 

そして、後ろに向かって走り出す。振り向くことはしない。

 

――刹那。

 

背中越しでまるで全てを呑み込まんとするような光の爆発が起こった。

 

「ぐぅっ!?」

 

真戸呉緒の唸り声が背後から聞こえた。特製の閃光弾。喰種ですら2,3秒目を使えなくするほどの威力を持ったそれだ、いくら真戸呉緒が歴戦の喰種捜査官だとしても確実に数十秒は目が使えなくなる。その数十秒があれば十分だ。俺がここを逃げ出すのには十分お釣りがくる時間だ。

 

足を止めることなく走り続ける。一歩、そして二歩足を踏み出す。それは四歩目を踏み出した瞬間だった。

 

「――逃がすか! 逃がしてなるものか!」

 

後ろから声が聞こえ、そして背中を嫌な感覚が襲った。

 

瞬間の後、

 

「ぐうっ!」

 

右肩をまるでバットに殴られたような鈍い痛みが走った。痛みで思わずうめき声が出た。しかし、数歩よろめきながらもその足を止めることなく走る。ここで足を止めたら間違いなく捕まってしまう。右腕を庇うように押さえながら走り出した俺に二度目の追撃が来ることはついになかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「はぁはぁ……まじかよ、さすが要注意人物だけあるな」

 

未だに強い雨が降りしきる中、俺はようやく仮面を外し、ビルの外壁に体重を預けた。真戸呉緒を撒いて既に十分以上、ひたすらに裏路地から裏路地へと人目に付かない道を走り抜けここにたどり着いた。恐らくもう心配はいらないだろう。

 

激しい雨に打たれて服はこれ以上にないというくらいに濡れ鼠であり、絞ればバケツ一杯分の水がでそうだ。

 

息を整えながらさきほどの真戸呉緒の一撃について考える。

 

――目は確実に使えなかったはずだ。だとすれば音か匂いか……。

 

例え瞬時に目を瞑ったとしても瞼越しでさえあの閃光弾は数秒の間その視界を奪う。となると真戸呉緒は視覚を使えない状況で俺に攻撃を当てたことになる。俺からすればとんでもない化け物だ。

あのまままともに戦闘をしていたら、きっと数秒で俺は輪切りにされているだろう。

 

「にしても、愛支さまさまだな……」

 

右の袖を捲ると攻撃を受けた部分が真っ青に変色していた。鈍い痛みと腕が動かしにくいところを見るに下手をすると骨が折れているかもしれない。しかし、逆を言えばそれまでだ。

 

喰種ですら切り裂くクインケの直撃を受けてもなお、骨が折れただけかも知れない、という被害で済んでいる。通常の服なら間違いなく腕どころか上半身と下半身がきっぱりと切断されていただろう。少なくとも俺はこの世にはいなかったはずだ。

 

――今回ばかりは愛支に助けられたな。

 

「“私の”だから並みの防護服よりかよっぽど丈夫だよ、その服」とは彼女が俺に服をプレゼントしてくれた時に言っていたことだが、まさかここまでとは思っていなかった。恐らく家で俺の帰りを待っているであろう友人に心の中で礼を言う。そして同時にどう言い訳をすればいいのかを考える。

 

――愛支に正直にいう訳にもいかないだろうし、それに真戸呉緒にも確実に目をつけられたよな……いや、下手をすると白鳩全員が俺を探す可能性もあるな……。

 

「はぁ……どうするかね」

 

一難去ってまた一難とは言うが、危機が過ぎ去っても考えなければいけない事が山積みな状況に思わずため息が出るのを止められなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

おまけ 

アイコントーク。

 

――ねぇ、先生。右腕を庇っているけどどうかしたの?

 

いや、別に何でもないよ。少しばかり派手に転んで打っただけさ。

 

――ふーん。

 

な、なんだよ。そのジト目は……。

 

 

――いーや、何でもないよ。ただ……

 

いっつ! 何しやがるんだ! 急に叩きやがって!

 

――ふむふむ、先生。上を脱いでみて。(“私の”が表面だけとはいえ傷つけられている?)

 

はぁ、何を急に。

 

――いいから早く早く!

 

ちょっと、おい!

 

――ふむふむこれは折れてはないにしてもヒビでも入っていそうだね。まぁ、その辺りは先生の方が詳しそうだけど……。(そして、この痣から考えるに長物の横からの一撃、そしてそれは純粋な刀系のクインケではない)

 

……。どうして急に黙り込んで?

 

 

――いーや、何でもない。何があったのかは聞かないけど、先生も気を付けないといけないよ。暫くは腕も使えないみたいだし、私が食べさせてあげるね。(一応服とは言え、“私の”を傷つけるだけの威力をもち尚且つ変則的な長物のクインケを持つ人物……)

 

 

なんだか目が笑ってないんだけど……この怪我は本当に気にしなくて……。

 

――ほら、先生。今日も美味しくできたから味わって食べてね。はい、あーん。(長物をもつ喰種捜査官はちらほら知ってるけど、条件を全部満たす捜査官は……うふふふふふふふ)

 

いや、別に俺は左手でも飯は食えるから……。

 

――うふふふふふふふ。気にしなくていいよ、ほら、あーん(うふふふふふふふ、真戸呉緒。まどくれお……)

 

とりあえず、ありがとう。色々とたすかった。

 

――ううん、気にしないで。先生は何も気にしなくていいよ。全ては私に任せてよ。うふふふふふふふ。(ふうふ は いっしょ の ほうが いいよね♡)

 

…………。


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