拝啓友人へ   作:Kl

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第九話

『――――という訳でして――――で、やはり―――――病院で―――』

 

喰種と人間との違いは何か。

 

――喰種。

 

人に紛れ人を食らう者。災害のような存在であり、普通の人ではとても太刀打ちできない存在。一般論を借りるとすれば喰種とは悪と断じることが出来るだろう。街行く人、十人に聞けば九人は喰種は悪だと断ずるに違いない。

 

「なるほど、彼はやっぱりそうなったか……。そちらの方はしばらく様子を見ていてくれ」

 

赫子という武器を使う彼らに対抗できるのは、クインケという武器をもつCCGの人間のみ。CCGとは何の力も持たない一般人にとって善であり、喰種と対をなす存在だ。

 

『―――――えぇ――それと――――20区に――――」

 

――喰種は悪、CCGは善。

 

しかし、それは本当に正しいのだろうか。喰種は災害のようなものだ、そう言われるように普通に暮らしていて喰種に出会う機会は少ない。でも、それは本当はその当人が気付いていないだけで、本当は喰種と出会っている可能性もある。気付いていないだけで、例えば、いつも遊んでいる友人が……。例えばいつも行っている喫茶店のオーナーが……。例えば、恋人が……。

 

「20区に……。珍しいな……。いや、そうか神代利世か」

 

自分の大切な人が喰種だったら……。

 

そんな時、人はまだ喰種を悪と断じることが出来るのだろうか。

 

『えぇ―――――。―――――、――――――』

 

人間と同じように、喰種にも感情がある。気持ちがある。喰種の中には喰種だからという理由だけで酷い生活を送らざるを得なかった喰種もいるし、親をCCGに殺された喰種も多い。そんな喰種は人間を食料だと思うのと同時に人間に恨みを持つ者も多い。

 

人の中にも大切な人を喰種に殺され、喰種に恨みを持つ人がいる。

 

お互いに恨みあっているんだ。どうしようもなく。

 

――分かり合うって難しいなぁ。

 

「分かった。そちらも引き続き情報収集を頼む。特に白鳩の動きには注意を。何だか嫌な予感がする」

 

通話を切り、右ポケットにスマートフォンを突っ込み歩き出す。見上げた空はどんよりと重たい灰色だった。

 

――こりゃ、午後からは雨かな……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「あっ! お兄ちゃん!」

 

二十区を歩いていると後ろから活発な声が聞こえてきた。その声に立ちどまり後ろを振り向けば、そこには見慣れた人影が二つ。娘と母親、親子だった。

 

「こんにちは」

 

トテトテと歩いてきた少女の目線に合わせるようにしゃがみ、挨拶をする。ニコニコと笑いながら駆けてくる彼女はバイトがてらに行っている家庭教師の教え子だ。

 

「こんにちは、お兄ちゃん!」

 

「今日はお買い物?」

 

「うん! お母さんに新しい本買って貰ったんだ! ほら!」

 

嬉しそうに話す彼女の手には見慣れた書店のビニール袋が一つ。帰り道にあるチェーン店のものだ。

 

「そうか、よかったね!」

 

ポンポンと頭を撫でてやるとパァと花が咲く様な笑顔になる少女。何だかよく分からんが元気そうで何よりだ。

 

「こんにちは、ドクトルさん」

 

少女の後を追うように歩いてきた女性がこちらに小さく頭を下げた。少女のお母さんだ。

 

「こんにちは、それと、何度も言いますけど、僕はドクトルじゃないですよ」

 

「あら、でもやっていることは似ているんじゃ?」

 

「うーん……似ているのかなぁ……」

 

自分の事だと言うのに自信なさげに首を傾げた俺を見て、少女の母親は笑った。手を当てて口元を隠した上品な笑みだった。全くウチの友人とは違う笑顔だ。アイツの場合はこう、無邪気な子供の様な笑顔だからな。

 

「うふふふふ。きっとそうですよ。それに似てなくても私たちにとってはドクトルみたいな存在ですから、貴方は」

 

「そ、そうですか。そう言ってもらえると嬉しいです」

 

何時も見る笑顔と違い落ち着いた大人の笑みに思わずタジタジになりながら返すと、ちょんちょんと服の袖を引っ張られた。視線を向けるそっぽを向きながら俺の袖を握る少女の姿があった。

 

「どうしたの?」

 

しゃがみこんで目線を合わせて聞いてみれば、

 

「…………」

 

ジト目で見られてしまった。

 

「あらあら、拗ねちゃったみたいですね」

 

少女の母親は笑いながら少女の頭を撫でた。

 

どうやら少女は構ってほしかったみたいだ。何とも子供らしく可愛らしい少女だ。

 

思わず笑みが零れた。

 

「……むぅ」

 

口ではそんなことを言いつつも少女の口端は上がっていた。どうやら感情を隠すことはまだ出来ないようだ。本当に真っ直ぐでいい子だよなぁ……。

 

「お兄ちゃんはいっつもお母さんと話すと楽しそうにしてる……」

 

「そうかな……?」

 

確かに愛支なんかと違う大人の笑みに年甲斐もなくドキマギしてしまうことはあるが、まさかそれをこの少女に言われるとは思っていなかった。

 

「うん……私と話すときと違う……」

 

「そんなことないよ」

 

そう言って彼女の頭を優しく撫でてあげれば、

 

「えへへ……」

 

とすぐに花の咲く様な笑みに変わり、

 

「――はっ!? 違うんだから! そんなことしても、私は嬉しくないもん!」

 

と緩み切った表情をすぐに戻すのだった。全く顔色がコロコロと変わり見ていて飽きない子だ。なんだかこちらも面白くなる。

 

「あははははは。そうかそれは悪かったよ」

 

笑いながら手を引こうとすると、その手をがっちりと捕まれた。

 

「で、でも今日だけではもう少しだけこのままでいてもいいの!」

 

「そうかそうか」

 

そう言って暫く少女の頭を撫でていると機嫌もすっかり直ったのか、少女はいつも通りのニコニコとした優しい表情に戻った。

 

「あら、すみませんね。この子、ドクトルさんと家庭教師の時以外に会えて興奮しているんです」

 

「いえいえ、大丈夫ですよ」

 

少女の母親にそう返す。

 

「あっ! お兄ちゃん! そう言えばこの前借りた本全部読んだよ!」

 

「あぁ、虹のモノクロ?」

 

虹のモノクロは高槻泉が書いた短編集だ。その中には高槻泉の最新作である「黒山羊の卵」のプロトタイプである「小夜時雨」や、コメディ色の強い「ルサンチメンズ」などがある。虹のモノクロは少し前に国語の課題にと彼女に読むように言っていた本だった。

 

愛支の本は文学的な言葉をよく使うので国語の勉強にはもってこいの作品なのだ。ちなみに虹のモノクロの中での俺のオススメは「なつにっき」だ。是非、本屋で見かけた際は買ってみてくれ。

 

「うん! とっても面白かった!」

 

「そうか、それはよかった。何か好きな話はあった?」

 

「うーん、とね。私は『向日葵』が一番好きだった――」

 

――え? 

 

思ってもいない題名が出たため思わず内心でそんなことを呟いてしまった。

 

「――何だか高槻泉先生の他の作品とこの向日葵だけは何だか違う様な気がして……。何というか雰囲気が優しいんだ。他の作品とは違ってこの作品だけハッピーエンドだしね!」

 

俺の内心を他所に少女はそうほほ笑んだ。その笑顔は穢れを知らない純白の笑みだった。

 

「――そうか……」

 

彼女の笑みを見ると俺はただそう呟くことしかできなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「では、私たちはこれで失礼しますね。お引き止めして申し訳ありませんでした」

 

そう言ってゆっくりと頭を下げる少女の母親に、

 

「いえいえ、こちらも楽しかったですから」

 

そう返し、少女の頭を撫でる。柔らかい髪の毛が心地よかった。

 

「お兄ちゃん! 今度遊びに行く約束絶対だからね!」

 

何だかいつの間にか少女と遊びに行く約束を結ばされたのだが、たまにはそういうのもいいだろうと前向きに考える。たまには愛支とではなく、別の人間と出かけるのも悪くはない。少女と俺だと仲のいい兄妹に見えないこともないだろうから変な勘ぐりもされないだろうし。

 

「はいはい」

 

少女にそう返し、彼女の母親へと視線を移す。

 

――なに、少しばかり言っておかないといけないことを思い出しただけだ。

 

「リョーコさん、最近白鳩が20区を重点的に調べているそうです。なるべく目立つ行動はお控えください」

 

「分かりました。ドクトルさん。いつもありがとうございます」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

おまけ アイコントーク

 

――ねぇ、先生。お願いがあるんだけど……。

 

? お願い? なんだ? ちなみにもう下着屋には行かないぞ。

 

――別にそんなことじゃないよ。あぁ、もしかしてあれかな、先生が選んだ下着をちゃんと私が付けているのか知りたいの? じゃあ見せてあげるよ。

 

お前……なんのためらいもなく服とズボンを脱ぐなよ。反応に困るだろ。

 

――乙女の下着姿を見てもこの反応とは先生枯れてるの?

 

枯れているんじゃなくて見飽きたんだよ。

 

――ちぇ、つまらない……。まぁいいや、それでお願いなんだけどさ、先生また物語書いてくれない? 今度短編集出そうと思うからさ。

 

それはもう勘弁してくれよ。俺には文才ないんだし。

 

――そんなことはないよ。先生は私の先生だし。私は好きだよ、先生の作品。

 

むず痒いから、そう褒めないでくれ。

 

――うふふふふふふ。気が向いたらでいいから是非またお願いするよ。


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