オリ主のある情報がサラッと飛び出しますよ。
「大概の問題は、コーヒー一杯飲んでいる間に心の中で解決するものだ。後はそれを実行できるかどうかだ」
(『ガンダムX』テクス・ファーゼンバーグ)
逢魔時とは、妖怪や幽霊などの魑魅魍魎に遭遇し得る、黄泉と現世の境目だと言われている。
魔物たちの本領発揮。酷くおぞましい時間帯だ。
しかしそれは、大禍時と表されることもある。著しく不吉な時間。どう捉えようが、人々の身体を小刻みに震わす薄暗闇であることに変わりはない。
そんな不幸な座標で、呑気に木製の
たなびく
仄かな湿り気を纏う潮風が吹き抜ける音を除き、鼓膜に刺激を与えるものは一切存在しない。
――いや、しないはずだった。
唐突に現れた足音は、淀みがなく規則的なリズムを刻んでいる。
亡霊の如くひっそりと浮かぶ影に、少年は振り向かなかい。その正体は、彼にとって唯一であったからだ。
だからこそ、脳内に描いた通りの相手ならきっと応じてくれるであろう一節を、徐に唱える。
「一粒の麦、地に落ちて死なずば、ただ一つにてあらん。もし死なば――」
「――死なば、それは多くの実を結ぶべし」
そうしてようやく、少年は髪をかきあげながらゆっくりと振り返る。
視線の交錯する相手は無論、彼にとって最大の友だった。
「お前は、麦か?」
「いいや、実の方さ」
その再会に、二人は薄く笑い合った。
身一つ分窮屈になったベンチに座る二人の視線は、どちらも奥に構える水平線に注がれている。
既に沈んだ夕日の光が昏い海から微かに漏れ出ているのを、ぼんやりと眺めたまま数分が経過していた。
その間、二人はまたしても無言だった。
「…………勉強会、調子はどうだ?」
不可視の均衡が突然崩れる。
長い静寂を破ったのは、浅川の方だ。
「愚問だろう。明るい顔で答えられるものなら、今日を選びはしなかった」
宙に浮いた問いかけに応じたのは綾小路。
今の彼の表情からは、一切の感情も露わになっていない。
彼の言葉をある程度予想していた浅川は、前かがみになっていた体を起こし足を組んだ。
「参考書は買ったんだろう? それでもダメだったのか」
「彼女もだいぶ健闘したんだがな。やはり水と油は混ざらないらしい。――お前はどうなんだ?」
「出会い運に恵まれてね。クラスの枠を超えて切磋琢磨していたよ」
「こっちよりも随分と雰囲気が良さそうじゃないか、羨ましいことだ。今度オレも混ぜてくれよ」
「みんなが許してくれたらな」
「断られたら三日は寝込む」
「はは、それは大事だ。そのまま伝えとくよ」
始まった会話にテンポをもたらすなど、もう二人の間では造作もないことだ。一週間の空白などものともせず、他愛もない冗談が差し込まれていく。
しかし、互いに理解していた。浅川は、綾小路が出会った頃と同じような無表情になっていることから。綾小路は、浅川の乾いた笑い声に普段の柔らかさがなかったことから。
今回はお遊びではないということは、共通認識だ。
「で、今後の動きはどうするんだ?」
「続行、らしい。彼女の中で算段はついていないだろうが」
「なら――君は?」
「……櫛田に任せようと思う」
暫く合っていなかった視線が、綾小路が首を右に回したことで再び合う。浅川は当然、彼の動きに応じて左を向いていた。
「そして恭介。お前にも来て欲しいんだ」
前触れもなく飛び出した、核心を突く発言。
二人は微塵も表情を変えないが、漂う空気は僅かながら緊張したように見える。
「……何故?」
「勉強会を投げ出した面子には須藤もいる。アイツの説得には少々骨が折れることだろう。そこで最も適任なのがオレと、そしてお前だ」
綾小路は自身が屋上で櫛田に語ったことを伝える。
その内容は概ね、浅川の予感していた通りだった。
彼の中で、答えは既に決まっていた。綾小路も、彼の話を聞く態度――いや、出合い頭の顔つきから、その胸中を察知していた。
しかし、そうではない。ここで二人が語らいたいのは、そういう表立ったことではないのだ。
互いにそのことを、十二分に理解している。
故に、浅川が次に吐き出したのは、過去の自分の言葉だった。
「前にも言ったろう。自分は羅針盤だ――部品の欠けた、羅針盤。有象無象にまで扱われることには忌避感がある」
そこに込められていた思いは、二つ。
一つは、綾小路と堀北になら心を許し、思う存分働けるのだということ。
そしてもう一つは、他のクラスメイトにまで自身の選択が影響を与える恐怖だ。
劣等感、と呼ぶほどのものではない。しかし、自身が完璧だと思ったことは浅川にはなかった。
だからこそ恐怖した。間違いが、過ちが、自分だけでなく周りも不幸にするのではないのかと。
あの日と同じ悔恨を、繰り返してしまうのではないかと。
それが『責任』という形になって、彼自身を追い詰めた。
一方の綾小路は、彼の不安に最初から気づけていたにも関わらず、その重大さを失念していた。
踏み込むことを、恐れてしまった。
そう、それは優しさにも似た、二人の臆病さによる行き違いだったのだ。
「重量オーバーだよ清隆。自分がその船に乗るには、あまりに荷物が重すぎる」
目線を逸らし俯く彼の恐怖は、盟友にさえ隠してきたものだ。
綾小路が気付いていたかどうかは特別問題ではない。自分がはっきりと打ち明けずに誤魔化したことこそが、今回の浅川にとっての間違いだった。現にそれによって、彼の苦悩に気付けたはずの綾小路は声を掛けようとしてこなかったのだから。
しかし、今まさに状況は変わった。なれば今度こそ、綾小路も彼に応えるべきなのだ。
「……お前は、その責任から目を逸らせなかったんだな。背負ったものを、悪い目でしか見ることができなかった――。だけど、オレはそれだけじゃないと思うんだ」
拙いながらも言葉を紡ぐ綾小路を、浅川は硬い眼差しで見つめている。
「嫌なものに引けを取らないくらい、お前の抱える荷物には綺麗なものが積まっているはずだ。だってそれは、本来これからのために必要なものなんだろう?」
遠足やピクニックのために準備する荷物は、思い馳せる内にいつの間にか重くなってしまうもの。しかしそれは――地図だったりパンフレットだったり、お菓子や飲み物だったり――どれも不可欠なもので、道すがらを楽しむためにある。
本当は思っているよりずっと善いものであるはずだと、綾小路は説いた。
だが、それで折れるくらいなら、浅川はもうとっくに立ち直れていたことだろう。
ついこの前までの自分はそれほど廃れてしまっていたのだと、彼は自覚していた。
「そうかもしれない。だけど、だったら自分は、楽な道で小さな幸せを求めるよ。その方が、辛い思いをしないで済む」
一体目の前の少年はどう返すのか、浅川は固唾を呑んで答えを待つ。
その意図に応えるべく、綾小路は再び慎重に言葉を選び取る。
「……オレは、違ったよ」
「清隆……?」
「オレは、自分の変化の兆しを忌み嫌いはしなかったから。ここに宿るものの正体は、まだ不確かだけど、悪くないと思えたから」
そう言って、彼は胸に手を当てる。
決して見当違いではない。これこそが最適解なのだ。
彼の決意は、今まで抑えてきた自分の心を伝えることにあったから。
そして、それを浅川は嬉しく思った。
彼の心を、ようやく聞くことができたような気がしたから。
しかしそれでも、敢えて弱さを引きずり出す。
「善いものばかりじゃないさ。殻の中はとても温かくて、安心する」
「……お前は一つ、勘違いをしている」
それに対し、綾小路はここで予め『理性』が用意しておいた回答を以て浅川を説き伏せる。
「もうお前は、引き返せないところまで来ているんだ。オレを変えた。鈴音を変えた。須藤も沖谷も、佐倉も、色んな人を変えてきた。この一か月でお前は既に、決して少なくない人たちに対して向き合う責任を抱えている」
強い眼差しが、浅川を射抜く。
「お前は背負うことを恐れがちだが、一度背負ったものは絶対に下ろさない。そうだろう?」
櫛田からの依頼を最後まで熟した姿。単なる心配から声を掛けたはずの佐倉と関わり続けてきた姿。そして、堀北と手を取り合う道を最後まで諦めきれなかった姿。今までの浅川をよく見てきた彼に、わからないはずがなかった。
当の浅川も、その情熱は一つのポリシーであるという自覚があった。そもそも責任に対して敏感な彼が、引き受けたものに対して手を抜くことなどあり得ない。
殻は既に破られた。
悲劇のベールを纏った生は与えられている。
ならば全うする以外に、いかなる道理も存在し得ないのだ。
まさしく浅川の足掻きを潰す一石――しかし、
「わかっているはずだ、清隆……。そうじゃない。そうじゃないんだよ」
そこで終わらせるわけにはいかなかった。
浅川は、自分がその先を問いたださなければならないことを確信していた。
今まで互いに踏み出すことのできなかった一歩は、きっとここにある。
「君一人でも解決できる問題だ。君と、鈴音だけで乗り越えられる壁だと知りながら、それでも見限らずに誘う理由は何だ?」
綾小路であれば、独力で須藤を連れ戻すことは可能なはずだ。彼が戻ってくる動機付けをしてあげてもいい。戻らざるを得ない状況に誘導してもいい。最悪、多少の『荒療治』を施しても目的自体を達成するのに難くはない。
それは本人も自覚しているはずだ。にも関わらず、こうして浅川と足並みを揃えようと遠回りな行動を取っている。
その非合理的な判断は、一体どこから沸き上がって来たものなのか。
綾小路は――既にその答えを見出していた。
なぜならそれが、この場で最も伝えたかったことだからだ。
「…………お前とが、いいんだ」
今まで一度も打ち明けず、されど最大の基盤となりつつあった思いが、ついに絞り出される。
「オレが、望んでいる。気遣いも、合理性もない。ただオレが、お前たちと一緒がいいと願ったからだ」
ここからは『本能』。
彼を手の鳴る方へと導き得る「彼女」によって編み出せた、別の答え。
宛てのない砂漠を狼煙を頼りに進むように、綾小路は確かに胸の中に宿っているものを、拙いながら無理矢理言語化していく。
その様を、浅川は何も言わずに見届ける。
「気づいていた。自分の機微も、お前の異変も。でもオレは目を瞑った。瞑ってしまった。お前の意志を尊重すると言い訳して、遠慮しているに過ぎなかったんだ」
膝の上に置かれていた両手が、キュッと握る力を強める。
「あの日初めてお前と歩んだ帰路で、沸き上がった決意があった。オレはそれを、いつの間にか蔑ろにしていた。自ら反故にしてしまっていた……」
学校初日の帰り道。
確かに綾小路は、ここでの生活を送る上で一つの意志を立てた。
『人の心に温かさがあると言うのなら、いつかオレに教えてくれ』
『オレもいつか、お前を見つけてみせるから』
一方的に求めることをやめる誓い。
櫛田との会話の最中で、彼は当時のことを思い浮かべていた。
あの時願った通りに日々を過ごせていたのなら、少なくとも今の状況にはなっていなかったはず。
彼を裏切ったのは、他でもない彼自身だったのだ。
「だけど、それはもう終わりだ。出し惜しみしていた一歩を、オレは二度と間違えない」
綾小路は浅川を見た。浅川も、綾小路を見る。
似た意思を差す数多の言葉は、未だバラバラに頭の中で浮遊している。
そこから彼は、今の自分の思いを示す最も優れた言葉を探し出す。
欲望を探して、必死に藻掻く。
そうしてたどり着いた場所は――とてつもなくシンプルだった。
「……『シンユウ』」
歪んでいた口元が、はっきりとした軌道を描き始める。
「お前が、俺にとっての『親友』だから――これからも、隣を歩きたいと思ったんだ」
誤魔化しのない言葉が、浅川の心に突き刺さる。
深い静寂を噛み締めるように、彼は暫く瞳を閉じた。
やがて再び開いたその目には、先よりも落ち着きの色があった。
「……自分は、怖かった」
固く閉ざされていた口が開き、凛とした声が発される。
「自分の善意で、他人が傷つくことが嫌だった。それが自分の首を絞めることにもなるって知っていたから」
彼の悔恨の起源はそこにあった。
よかれと思って起こした行動が、結果的に助けたいと願った相手を陥れた。そんな自分に絶望した。
ならばいっそ、自分が何もしない方が――世界なんて計り知れない規模でなくとも――周囲は上手く回るのだろう。
思い込みではない。確かな実体験があったからこそ、浅川はより鮮明な恐怖に苛まれた。
そしていつしか、自ら何かを起こすことをやめたのだ。
「だけど、観測者のままでは得られないものがある」
かつて、自分に言い聞かせるように語ったことを思い出す。
大切なのは、『まず動く』こと。
「誰かに何かを与えてもらうのは簡単だ。でも、こちらからも手を伸ばさなければ、『共鳴』することはない」
思い出せば、最初から彼は自ら求めることを諦めていた。
『今はもう、僕自身に何かを求めるなんておこがましいことはできないけれど――この男なら――星のような瞬きを見せてくれるかもしれない』
『すぐ側で測らせてもらうよ』
彼の希望は、憐れにも矛盾から始まっていたのだ。
人は他人と無関係には生きられない。自分が止まったままでは、何も起こり得ない。
「十人十色。なら綺麗な色は――景色は、きっとそれらを上手く混ぜ合わせてできるものだ」
与える・貰うの一方通行では、そこで終わってしまう。その先の『未知』へと踏み入ることはできない。
本当の始まり――彼が高度育成高等学校への入学を決意したその時には、ルーツとして確かに
「自分には二つの願望がある。前向きなものと、後ろ向きのもの。どちらもかけがえのない人から影響を受けたものだけど、片方は不幸への片道切符だったよ。そしてもう一方は……れっきとした憧れだ。それを叶えるためには――ここで踏み出さなければならない」
あまりに遅い一歩。しかし、それがなければ永遠に望みは叶わない。確信に近いものが、浅川にはあった。
「優しいと言ってくれた人がいる」
先刻ようやく見始めた人たちのことを思い浮かべる。
「肯定してくれる人がいる」
恐れるようになっていたものは、かつて信じていたものだった。
「必要としてくれた人がいる」
最初から、ずっと温かいものだった。
「そして――」
脳裏に心地良く広がる表情と言葉は、
「一緒に探してくれる人がいる」
まさしく、晴れやかな『予感の詩』だった。
「正直まだ、自分を縛り続ける枷は外れていない。諦める理由は残ったままだ。けど……進む理由は見つかったよ」
彼にとって重要だったものもまた、非常に単純なものだった。
恐れていたものと向き合うことを決めた彼は、本当に見なければならなかったものを思い出す。
今の彼の周りには、既に信念を貫く意味で溢れていた。
過去と切り離された今を見つめ始めた彼は、やっと星空を眺める余裕ができたのだ。
泥はもう、踏みしめるだけで十分だ。
「ねえ、清隆。いつか教えて」
浅川はついに手を伸ばした。
「他人で飽和するこの世界で、それでも自分を見つめる方法を」
華奢な指が、親友の手にピトっと触れる。
「……ああ、そうだな。なら、オレにも教えてくれ」
応えるように、綾小路は自分の指を絡めた。
「他人と溶け合うことのないこの世界で、それでも他人を見つめる方法を」
もう、互いを見ることはしなかった。いつの間にか光すら覗いていない海と空を、黙って眺めている。
しかし――確認するまでもない。
今、彼らは互いに、より近く心を感じている。
それは言葉にできない喜びであると同時に、言葉にすべきでない幸福でもあった。
外に吐き出せば、それだけで薄まってしまうことだろう。
怯えながら踏み出した少年の震える左手を、未熟な情緒を働かせようとする少年の落ち着き過ぎた右手が、そっと握る。
互いの体温が伝わり、やがて混ざり合っていく。
一つの末端は今、全く同じ温もりを宿している。
自分と他人の境界線が曖昧になる感覚――。
感想は、特になかった。
「一緒に、探そう」
二人だけの、かたい約束。
彼らの間には、それはまるで『鎖』のような絆だった。
いかがでしたか。ここにきてようやくオリ主の外見がまた一つ明らかとなりました。「女子と見紛う長い藍色の髪」ですね。
今回オリ主視点と綾小路視点で分けるか迷ったんですけど、さすがに膨大になってしまうということで、初の完全三人称視点で描かせてもらいました。代名詞の使い方がわからなくなって、正直二度とやりたくないレベルです。
二人の心情はどちらも描くべきだとは思っていたので、苦渋の決断でしたね。
釘をさしますけど、決してオリ主×清のBLではありませんよ? 今までのオリ主を見てきてくれた方なら、理解してくれていると信じていますが。
どこまでやる?
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