アンデルセンは笑っている   作:小千小掘

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話に合うエピタイ探してたらまさかまさかのこの単語に行きつきました。我ながらびっくり。今回は決して怠惰な意味合いではないですよ。

ここから数話、区切りが難しく分量が急に減ったり増えたりするかもしれません。今回は若干少なめです。


メンター

「何を読んでいるの?」

 

 蠱惑な声が鼓膜をくすぐる。

 感情の乗っていないはずの一言は、脳内に蔓延るよしなしごとを一遍に霧散させる。

 俯きがちになっていた顔を戻すと、声音相応な機械じみた顔と目が合った。その表情はある意味で純粋無垢であり、幼気(いたいけ)と呼べるものだった。

 

「物語、かな?」

 

 自分でもあまりわからないまま読んでいたので、はっきりと答えることはできなかった。ただ、壮大な世界を跨ぐ冒険譚に近い印象を受けていたため、とりあえず『物語』と称したのだ。

 

「どんな物語?」

「どんな……? うーん…………哀しい。あ、ええと、違うかも。多分これは、寂しいだ」

 

 迷いながらも言葉を紡ぐと、()()はコテンと小首を傾げる。

 

「哀しいじゃなくて、寂しい? 何が違うの?」

「それは……共感できるから」

「共感?」

 

 何となく、黙ってしまうのが恐ろしかった。()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()という得体の知れない恐怖に従って、拙い日本語を必死に編む。

 

「哀しむだけだと、それで止まってしまうような気がするから。寂しい人は、きっと誰かを、何かを求めることができるんだと思う」

「誰かを求める……その方が、善いの?」

「どうだろう。人によるかも」

「……そう」

 

 曖昧な回答に飽きがきてしまっているようだった。恐れていた事態に内心たじろぐ。

 するとどうやら、彼女の方から話題を広げてくれるらしい。

 

「内容は?」

「貧乏な男の子のお話だよ。恋をして、家族が死んで、才能に恵まれて――色んな場所を巡るんだ」

 

 だいぶ端折ってしまった。しかし全てを語るにはあまりに膨大な長さ。好きなものの少ない自分にとって貴重な趣味を詳らかに伝えられないなど、本来己の矜持が許さない所業なのだが、そんなちっぽけなプライドは彼女に対して無力だった。

 

「彼は、どうなったの?」

 

 彼女は問う。瞳に揺れはない。「恋は叶った?」

 

「………叶わないよ。だから寂しいお話なんだ」

「あなたと同じ?」

 

 ドキリ、と心臓の跳ねる音がした。

 彼女はどうして、自分の理解者であってしまうのだろう。憎たらしくて仕方がない。主に、彼女を拾ってしまった自分自身が。

 

「そうだね、同じだ。だから苦しくもある」

「なら、どうして読むの?」

 

 どうして……趣味や道楽に真っ当な理由なんてあるのだろうか。強いて言えば、

 

「…………安心、したいんだ」

「安心?」

「他人の不幸を見て、コイツよりはマシだって思いたい。それだけ」

 

 「ふーん」彼女は至極どうでもよさそうな反応を示す。また会話の中身に飽きてしまったのだろうか。それとも、つまらない人だとでも思われてしまっただろうか。

 しかしその憂いと慈愛の滲んだ瞳を見て、すぐにその不安を振り払う。

 

「寂しいのは、イヤ?」

「うん、イヤだよ」

「私も、寂しい」

 

 華奢な指がゆっくりと浸食し、やがてこちらと合わさり絡んでいく。だが、自分はよく知っている。彼女にはその肉の柔らかさに似合わない、強靭な力が備わっているということを。

 自分はそれで、狂わされてしまったのだから。

 身も心も、半ば彼女のもので同然だった。

 

「寂しいは、なくせる?」

「うん、なくせるよ」

「どうすれば、なくなる?」

「……一緒に、なること」

「本当に? 私とあなたは『一緒』なのに、私もあなたも、とても寂しい」

 

 至極残念そうな顔。最近出せるようになった表情だ。この前は震える声さえ、真顔のままやってのけた。

 互いにニュアンスが僅かにズレている『一緒』にも聞こえたが、強ち間違いではないかもしれないと思い直し、指摘するのをやめる。

 すると――

 

「……そっか、足りないんだね。もっと近くじゃないと、ダメなんだ」

 

 そう言うなり彼女は何の躊躇いもなく、こちらの両肩を鷲掴みにして押し倒した。

 初めての経験ではないものの、突然の出来事に今回も驚く間がなかった。

 一つのフィルムに収まるかのように時が止まり、儚い視線が交錯する。

 

「これは、どう?」

「……何も。だって、求めている相手じゃないんだもん」

 

 自分は確かに彼女の虜だ。もはやそれを否定する筋合いはない。

 しかしそれは、決して愛しているというわけではない。共に在ることを喜び、触れ合うことを望む人ではないのだ。

 なら自分は、どうして彼女といるのだろう。どうして、今の状況を受け入れてしまっているのだろう。

 

「わかってる。だから――『あの人』だと思って」

「……っ」

「私を私と思わないで。あなたの望む人だと思って、感じて欲しい」

 

 馬乗りされたまま、頬を両手が包む。その慎ましやかな情熱を秘めた瞳は、恐らく自分のものととても似ていた。

 鼓動が加速する。間違いなく、今自分の目の前には、()()()()()姿()が映っていた。

 

「それじゃずっと、哀しいままだよ?」

「大丈夫。今は、これで――」

 

 互いの息が届く距離にまで顔が近づく。

 こうなってしまっては、今更抗うなどできるわけもない。

 後は野となれ山となれ。感覚を支配する幸福に、全てを委ねてしまおう。

 

「今は何にだってなってあげる。だから――()のことを、愛してよ」

 

 愛する人へと成り代わった彼女を前に、()()()()()()()()無理矢理本能を起動させる。

 嗚呼、なんて幸せなのだろう。こんな時間が永遠に続けばいいのに。

 この時間が本物の状態で手に入るなら、他に何も要らないのに。

 

「――そしていつか、私を、見て」

 

 その言葉はもう、この心には届かなかった。

 

―――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 

「もしもーし、浅川君?」

 

 意識が覚醒する。何とも呑気なアラームだが、それとは裏腹にボクはダイナマイトの爆発でも聞いたかのように飛び起きた。

 

「ふぇ!? お、おお? よ、ヨシエさん」

 

 訳がわからず辺りを見回すと、秩序皆無な喧騒で埋め尽くされていた。よく知っている場所、ヨシエさんの存在からもわかる通り食堂だった。

 

「え、えっと、ボク……」

「ずっと寝ちゃってたのよ? 最初はうたた寝程度かと思ってたんだけど、寝言まで飛び出し始めたものだからびっくりしたわあ」

「寝言? 何か聞こえていたりは……」

「盗み聞きなんて野暮なことはしないわよ。リラックスできたのなら、良かったわ」

 

 頬に左手を当て嬉しそうに語るヨシエさん。反対の手には掃除用具が握られていた。どうやら床の清掃がてら様子を見守ってくれていたらしい。

 とは言え、実際に見ていた夢は最悪もいいとこ。まさしくナイトメアだ。

 何だか今日は、嫌な予感がするな……。

 

「何か悩み事?」

 

 ふと、そんなことを訊かれる。苦悶が表情に出てしまっていたらしい。心配そうな顔でこちらを見つめている。

 

「いや、特には――」

 

 無事を訴えようとし、突然口が止まる。

 刹那の思考。ボクはある考えが過り、予定を変更し所謂「お悩み相談」をしてみることにした。

 

「――人生って、何だと思いますか?」

「…………あらあらまあまあ」

 

 暫し唖然とした表情をするヨシエさん。異議の唱えようもない当然の反応だ。まさか一介の高校生が「人生とは?」なんて哲学を語ろうとするなど、普通は思わない。

 さすがに言葉足らずだったので、もう少し詳しく説明する。

 

「上手くいないことばかりで、不安だけが降り積もって、どうしようもなく塞ぎ込んでしまう。そういう時って、どうすればいいんでしょう?」

 

 ボクの思い悩む表情を見て深刻さを察したのか、彼女は思いの外真面目にこの問いかけと向き合ってくれているようだった。

 「……浅川君」やがて彼女は、徐に口を開いた。「あまり考え過ぎちゃダメよ?」

 

「え?」

「人生なんてあなたが思っているよりずっと単純で、難しくも何ともないことなんだから」

 

 正直予想外の返答だった。普段ミステリアスなレディー(と彼女は自称しているが、その実あどけなさの方が際立っている)を繕っているはずのヨシエさんにしてはらしくない。そう思った。

 

「その心は?」

「人それぞれに生きる道があるのは当然だけど、何が大事かはある程度決まっているものだからねえ。他のもので例えられちゃう時点で、大したことじゃないわあ」

 

 「他のもの?」ボクが首を傾げると、彼女は朗らかに笑う。「ええ、他のもの」

 

「例えば?」

「そうねえ。なら、料理に例えてみましょうか」

 

 閃いた。と言わんばかりにヨシエさんは意気揚々と両手を合わせる。一挙一動が可愛らしい。

 

「基礎調味料って知ってる?」

「はい。『さしすせそ』でしたよね?」

 

 「よくできましたあ」目を細めて褒めてくる。これくらい自炊のできる者なら迷う問題ですらないと思うが、純粋な称賛を嫌がるマネはしない。ただ、それがどうしたというのか。

 

「じゃあ、その五つには入れる順番の基本があるっていうのは、知ってるかしら?」

「順番の、基本?」

「そう。そして、一番最初に入れるべきなのは砂糖なの。どうしてだと思う?」

 

 「んー」イマイチ要領は得ないが、言われるがまま思考する。しかし上辺の知識しか仕入れておらず半ば感覚に頼った料理しかしてこなかった自分には、自信を持てる答えが浮かばなかった。「わかりませんねえ……」

 

「聞けば単純よ。大抵の食材は、甘味がとっても染み込みにくいの」

「甘味が、染み込みにくい……」

 

 ボクが復唱するのを、ヨシエさんは微笑まし気に見つめる。迷える子羊を慈悲深く可愛がるような眼差しだ。

 

「他の苦味や酸味にいとも簡単に埋もれて感じられなくなっちゃうのが、砂糖なのよお」

「……なるほど」

「そしてそれは、私たちにも同じことが言えるわ」

 

 きっかけとなった自分の質問と照らし合わせればおよそ言いたいことは掴めてきたが、彼女はお構いなしに進めていく。

 

「人は大半、やりたくないことを余儀なくされる。惰眠を貪ったり暇を持て余したりすれば後ろ指を差されることもある。でもね、そうやって必要な材料を欠かしたまま出来上がるものは結局、後味の良くないものなのよ」

 

 いつもの温厚な顔であるが、そう語るヨシエさんの纏う雰囲気は真剣そのものだ。

 

「自分に甘くしろ、とは言わないわあ。大人でさえ難しいことなんだもの。子供がそこまで器用に生きるなんて無理な話よ。ただ、これから少しずつ加減を知っていけば、きっと美味しく仕上げられるようになるはず。レシピはいつだって、試行錯誤の賜物なんだから」

 

 上出来なウインクで締めくくった彼女に、自然な笑みが零れる。もしかしたらこの人は話し上手なのかもしれない。

 一通り聞き終え、ボクは軽く思案する。

 彼女の言葉には、妙な説得力があった。確かにボクらは思いつめている時に限って心の中に粘着性の強い燻ぶりを抱え込む。そうしたまま事に当たって結果が善くなる試しはあまりない。

 例え、客観的には善いと言えるものであったとしてもだ。

 その考えは、究極的に「幸福」を求める自分とどこか通じるものがある。だからこそ、素直に納得できたのだろう。

 いや、それより何より、恐らく――。

 

「いかにも、ヨシエさんらしい考えですね」

「あら? うふふ、そうかしらあ」

 

 ある程度纏まりかけていた思考を切り、正直な感想を述べる。

 ついでに、一つ気になっていたことも聞いておこう。

 

「ところで、他に何か例えられるものってあるんですか?」

 

 先の発言からして、ヨシエさんの中では料理以外で人生を例える方法を見出しているようだった。完全に興味本位であるが、一体どんな回答が返ってくるのか。

 

「ふふ。他で言うと、植物なんかもそうじゃないかしら」

「植物?」

「水や日光だけじゃなくて、肥料だったり土壌だったり、色んな条件によって最後に完成するものは変わってくるわあ。そういう意味では、不安定な生活と重なる部分があるわねえ」

 

 特に迷うこともなく答えたあたり、ヨシエさんは本当に人生をあらゆるものに置き換えられると思っているのだろう。

 それくらい、他愛のないことだ、とも。

 

「要は、酸いも甘いも匙加減なのよ。結局」

 

 「どう、助けになったかしら?」と尋ねるヨシエさんに心からの礼を述べる。「はい、とっても。ありがとうございました」

 自分が最近までより幾分か良好な精神状態になっていたおかげか、案外すんなりと胸の内に落とすことができた。鵜呑みするほどではないものの、留めておくには十分な言葉を授かった気がする。

 

「また何かあったら、ぜひ相談させてください」

「勿論よ。『余裕』と『貫禄』は大人としての質に繋がるもの。いつでもいらっしゃーい」

 

 「今後とも御贔屓にー」と言い残して去って行くヨシエさん。御贔屓にしているのは果たして食堂なのか彼女の厚い懐なのか。少なくとも、彼女に多大な謝意と敬意を抱かなければならないのは間違いない。

 そう思った時には、既に彼女は数メートルも離れていた。

 一口水を含んで、ゆったりと立ち上がりトレーの返却口へと足を運ぶ。

 ……酸いも甘いも匙加減、か。

 今のままだと、ボクの生という名のフルコースは万人が鼻をつまみたくなるほどの悪臭を放つことになるだろう。

 そんな悲惨な事態から逃れるためには、どうすればいいのか……。

 考えは纏まらないが、新たなとっかかりを一つ得て、食堂を後にする。

 ……ああ、やはり、本来こうあるべきだ。ぼんやりとそう思う。

 ――『余裕』と『貫禄』を具えた大人。

 ボクら青二才は、そういう人たちに支えられて、少しずつ前に進むものなのだ。

 

 

 

 

 

 嫌な予感、というのは、良い予感より何倍も的中率が高い。そう相場は決まっている。

 だから、放課後に入るや否や茶柱さんに呼び止められた時、内心この身の不幸を呪い安寧な時間に対する諦めを抱いた。

 

「浅川、このあと時間はあるか? 至急『理事長室』に来てくれ」

「理事長室?」

 

 何とも突拍子の無い単語が飛び出した。以前生徒指導室に連れ去られたことはあるが、今回はいかにも魔境じみた場所へ招かれているようだ。

 何かやらかした、という自覚は正直ない。

 

「どうしてですか?」

「高円寺にも召集がかかっている。と言えばわかる話らしいが?」

 

 六助?

 どういうことだ。ボクと六助はあの水泳の授業後を除いて会話すらしていない。ボクらを結び付けられるものなんて過去にしか――。

 ……いや、まさか、そういうことか。

 確かに、だいぶ前に()()()()()()()()()()()を見かけたような気がする。あまりに遠くて服装程度しか認識できていなかったが、あの時既に今回のお呼び出しは決まっていたようなものだったのだろう。

 ここで渋っても仕方がない。二つ返事で了承する。「……わかりました」

 「付いてこい」言われた通り彼女に倣って教室を後にし廊下を渡る。珍しい光景に時々周りから好奇の視線を向けられるが、別に面白いものでもなかろうに。……ああ、もしかしたら、小テストで0点を取ったやつがまた悪行を働いたとでも思っているのかもしれない。

 道中、どうして前回のように放送での呼び出しを行わなかったのかと尋ねると、「用件が用件だからな」という返事が返って来た。つまりは秘匿されるべき内容だということ。やはりボクの予想は当たっていると見て間違いない。

 やがて、一目で偉い人が身を置いている部屋だとわかる豪奢な扉の前にたどり着いた。「ここだ」

 

「六助は?」

「既に中で待機してもらっている。アイツは一瞬目を離した隙にいなくなるからな」

 

 嘆きの表情をする茶柱さんに若干の同情の念を抱く。優に想像がつくことではあるが、教師としては確かに困りものだろう。

 茶柱さんが大扉をノックし、自分の名前を名乗る。そして――

 ついに、さび付いていた過去へと通ずる、不吉な門戸が重々しく開いた。

 

「連れてきました」

 

 中に入り、半ば反射的に室内を観察する。特にめぼしいものはない。荘厳さすら感じさせるアンティークの時計、細かに手入れされている観葉植物、校庭を一望できる大開口の窓、エトセトラエトセトラ。どれも『そういう部屋』に置かれていそうなものだった。

 そして――その中央、ガラス製のローテーブルを挟み対面式になっているソファーの片側。

 とても一生徒とは思えないほどこの空間に溶け込み、余裕綽々な態度で紅茶を啜る少年が、そこにいた。

 

「温い。この学校の品位が知れる」

 

 悠然とした面持ちでそう毒づいたのは、六助だ。相変わらず、この男はどこであっても唯我独尊でいらっしゃる。そんな一面が、少し羨ましい。

 すると今度は、幾分か歳を重ねたであろう、やや貫禄のある声が放たれた。

 

「すまないね。何分、ここに客人が来るのは滅多にないことだから」

 

 立ち尽くすボクの真正面。部屋の奥で瀟洒な机の上に両肘をつく男が、その主だった。

 

「浅川。彼が今現在この学校を運営している、『坂柳理事長』だ」

 

 茶柱先生の紹介に、ボクは頷いた。

 対する理事長は、温かささえ垣間見える笑みでボクを迎える。

 当然、先に口を開いたのは向こうからだ。

 

「そう畏まらないでいいよ。説教を受けてもらいに来たわけでもないからね」

「は、はあ」

 

 先程までの印象をする払拭するような、物腰柔らかな態度。

 寧ろクラスを受け持つ担任らの冷たさに疑問を抱いてしまう程に、フレンドリーな男だった。

 そんな人が畏まらなくていいと言ってくれたのだ。ボクもあまり堅苦しいのは好きではないので、お言葉に甘えるとしよう。

 「どうぞ座って」と促されるまま、六助の隣に腰を下ろす。「やあアグリーボーイ。久方振りだねえ」と呑気な挨拶を受けたので、「今日も元気そうだなあ」と返しておいた。

 やり取りが一段落ついたからなのか、彼は再び理事長との雑談に興じ始めた。

 

「一介の高校とてこれほど優れた施設であればビジネスは付き物だろう? 及第点以上の対応はして欲しいものだねえ」

「最低限の努力はしているのだけど、さすがに手厳しいお言葉だ。あまり淹れるのは得意ではないものでね――よければご教授願いたいよ。一流企業の跡取り息子ともなれば、確かに上級な礼儀作法を学べそうだ」

「ハハッ! 努力は最大限施して然るべきだよ。だが、生徒に教えを乞うてでも高みを目指す貪欲さは悪くない。いいだろう、今度この私が直々にアドバイスをしてあげようじゃないか」 

 

 まるで友達のように会話を弾ませる両者に唖然とする。茶柱さんもこれには溜息を抑えられないようだ。

 無論理事長の接しやすさもあるのだろうが、六助の物怖じしない開口振りもまた会話に勢いを与えているように感じられた。次期社長も伊達ではないということか。

 そんな彼を見ている内に、いつの間にかこちらの心も弛緩してくる。彼の飄々さに助けられるのは何とも合点いかん。

 肩の力を抜くと、思考も段々と働くようになってきた。真っ先に浮かんだ疑問を携え、ボクも理事長に声を掛ける。

 

「あの、理事長」

「ん、どうかしたかな、浅川君?」

 

 彼は柔和な微笑みをこちらに向ける。その細かい動作から、彼は聞き上手でもあるのだろうと察する。

 

「理事長の苗字を聞いて思ったんですけど、もしかして、有栖の父親ですか?」

 

 「おや」彼は目を丸くし、そして嬉しそうな顔をする。「有栖と知り合いなのかい?」

 

「ええ、まあ。一度話した仲に過ぎませんけど」

「そうか。あの子も豊かなスクールライフを送れているようで安心したよ」

 

 今のボクの台詞のどこをどう解釈してその結論に至ったのだろう。ただ少なくとも、この束の間のやり取りで確信した。この人は多分愛娘にそれ相応の家族愛を持っている。それも、揶揄されれば笑顔にどす黒いオーラを乗せるくらいには。

 だからボクは、「親とは違って大変いい性格をしていらっしゃいますね」なんて失言は心の中で留めておくことにした。

 

「坂柳理事長。そろそろ本題に入った方が宜しいかと」

 

 ここで、痺れを切らした茶柱さんが物申した。彼女の指摘に、理事長は納得のいった表情をし「それもそうだね」と相槌を打つ。

 

「二人共、実はここに足を運んでもらったのは他でもない。察しが付いているかもしれないけど、一昨年の頭に君たちの母校で起きた『事件』についてだよ」

 

 横目に六助の顔色を窺うが、特に反応は示さない。ボクとセットで呼ばれていることから、彼もその結論に至るには難くはなかったようだ。そうでもなければ、そもそもこの招集に応じてすらいなかったかもしれない。

 

「と言っても、僕も事の詳細についてはあまり聞かされているわけではないんだ。だからもうじき、使者(メッセンジャー)が到着するはずなんだけど――」

 

 その時だった。先刻入って来た扉の向こうから、何やらドテドテと無遠慮な足音が響いてきた。

 

「これはこれは……噂をすれば、だね」

 

 理事長が確信を持った様子で言った。ボクも六助も同じ気持ちだ。

 これはまさしく、()()()()()()()()なのだから。

 

「紹介は、するまでもないね。彼女たちはかつて、君たちに証言を求めてきた刑事さんだよ」

 

 間もなくして、乱雑な音と共に勢いよく扉が開かれる。

 次に鼓膜に届いたのは、あの日ボクの枯れていた心を、奮い立たせてくれた声だった。

 

「おじゃまパジャマサイコジャマ―」

 

 変わらないふてぶてしさを前面に出し、『先生』は姿を現した。

 




さて、今回から次々回あたりまでは恐らく作者が一番楽しい回です。何故なら自作のキャラがめっちゃ喋るので。と言いつつも、オリ主が立ち直る上で必要な回であることに変わりはありません。

今回と次回は半ば繋がっているのですが(今までと比べてかなりわかりやすいテーマだと思います)、次回は当てたいエピタイが別で決まっているので、分量も考慮して分けることにしました。よって、解説は次回纏めてしようかと思います。

原作読んでないので毎度の如く坂柳パパの口調や性格にあまり自信ありません。ぶっちゃけこれからも何度か喋るのに。
高円寺と坂柳パパって会話したことありましたっけ?個人的に結構楽しかった。

どこまでやる?

  • 船上試験&原作4.5巻分
  • 体育祭(ここまでの構想は概ねできてる)
  • ペーパーシャッフル
  • クリスマス(原作7.5巻分)
  • 混合合宿or一之瀬潰し
  • クラス内投票
  • 選抜種目試験~一年生編完結

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