アンデルセンは笑っている   作:小千小掘

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一話に纏めると長くなってしまったので、ぶつ切りで前後編です。

すみません。正直今回普通にオモロくないかもしれません。元々中弛みしちゃうかなって予見していた部分ではあったんですけど。


セカンダリ(前編)

 二日後。

 今日も一昨日と同じ時間に勉強会を始める予定だが、椎名は茶道部の方に急用ができたらしく、少し遅れて参加するようだ。恐らく隆二が一番最初に来るだろう。彼、前回遅れた分今回は早めに行くなんて言っていたし。健気なやつだ。

 案の定、間もなく呼び鈴が鳴った。

 

「おかえりー」

「こんにちは、浅川――ん、おかえり?」

「あっはは、第二の家とでも思ってくれたらなって」

「そういうことか。――ただいま、浅川」

 

 少しでもうちに馴染んでくれたらこちらとしても嬉しい。アットホームな環境を推奨していく所存だ。

 一昨日と寸分変わらぬ動作で彼はリビングまで移動する。肩の力が抜けていないというよりは、これが元来の彼の仕草なのだろう。

 

「これ、手土産だ」

「おお、前のやつの別フレーバーじゃないかあ」

「まるっきり同じじゃあれだからな」

「うむ。大事にするよ」

「……前のは食べてくれたんだよな?」

 

 当然。

 二日目にして定位置の如く、彼は机の側に腰を下ろした。「俺が一番乗りか」

 

「そりゃ十五分も前に来ればなあ」

「お前だって既にノートを広げているじゃないか。フライングはお互い様だ」

 

 とりとめもない話をしがてら、隆二にコーヒーを用意する。そう、なけなしのコーヒーだ。

 「悪いな」と言いながら彼はゆっくりと口に漱ぐ。クールな外見も相まってだいぶ様になっている。

 

「それにしても、改めて考えると突拍子もない話だな」

 

 熱を逃がすように息を吐いて、彼は会話を始めた。

 

「勉強会かい?」

「ああ。お前とまだ一度しか会話をしていなかったと言うのに、こうしてあっという間に足を延ばせる空間に居座っている。きっと今日から参加するやつも、すぐにここを気に入ってくれるだろうな」

「どうかねえ。馬は合うかもなあ。何せここはホワイトルーム。超優良物件だからなあ」

 

 大仰な表現をしてやると隆二は「そうだな」と軽く微笑んだ。

 

「それに、四人全員クラスがバラバラというのも不思議なことだ。狙ったのか?」

「なわけ。偶々だよ」

 

 確かに彼の言う通りだ。Dのボク、Cの椎名、Bの隆二、そして新メンバーはAときた。正直理想の組み合わせの一つであったことは事実だが、意図して出来上がったものではない。

 

「クラス対抗戦の構図が浮き彫りになった現状で、俺たちみたいなのは珍しく映るだろう」

「前にも言ってたなあキミ。ボクと椎名の関係が稀有だって」

 

 少なくとも後ろめたさのようなものは、生まれてもおかしくないのかもしれない。ボクだって最初はそれを気にして椎名に問いただしたくらいだし。

 それを踏まえると、この勉強会が成り立っている所以は、寧ろクラスがバラバラなことにあるのだろう。これがDクラスの集団に混ぜてもらう椎名、という状況になっていたら、かなり話が違っていたはずだ。各クラスに一人ずつだったからこそ、均衡が取れている節は無きにしも非ずだ。

 

「ところで、お前はいつ椎名と知り合ったんだ? 初対面の時の様子からして、かなり前から親しんでいたようだったが」

 

 ここで話の内容が椎名に関する方向に枝分かれした。彼女との馴れ初めか。確かに話したことがなかったな。

 

「登校二日目にして悩み事ができてしまってね。物思いに身を任せて図書館に足を運んだら、運命の出会いに導かれたってわけさあ」

「それは、何ともドラマチックな巡り合わせだな。しかし、案外塞ぎ込みやすいタイプなのか? 入学早々悩み事なんて」

「ああ……まあなあ。友達と気まずくなっちゃって」

 

 隆二の前で悩む姿は一度も見せていない。ここ最近の自分がひどく参っているということには気づいていないのだろう。

 それはそうと、飛び火のようにして清隆と鈴音との現状が脳裏を過った。無理に隠す程のことでもないが、話題に触れるだけでも遠のく距離を実感し、やるせない思いになってしまう。

 

「そうか。第一印象ではもっとお気楽なやつかと思っていたが、意外と他人に対して敏感なんだな」

「あっはは。そう見えるかい?」

「でなきゃ一日二日の関係にそこまで苦悩を抱えないさ」

「気が合わない、というだけかもしれないぞ?」

 

 本当はそんな風に思っていない。少し投げやりになってしまった結果出た、他人を肯定しがちな自分にしてはらしくない言葉だった。

 しかし、隆二は気にも留めず否定した。

 

「それはないな。大事だって思うから、繋ぎ留めようと藻掻くんだろう? 寧ろそんな短時間で合わないと感じるくらいなら、お前は今の時点で関係を断ち切っているだろうし、そもそも最初から親交を深めようとしないはずだ」

「およ、ちょっと驚いたなあ。ボクが薄情な人間に見えたかい?」

 

 本当に驚いた。自分は周りから他人との関わりを拒む人間ではないと認識されているつもりだったが、まさかいまだ縁の浅いはずの彼にバレていたとは。

 素直に感嘆を吐いたが、彼の次の言葉でいとも簡単に納得できた。

 

「自分で言っていたじゃないか。『幸せだから一緒にいる』。あの時、きっとお前はしっかりと人を選ぶやつなんだと思ったよ。決して悪い意味ではなくな」

「……なるほどねえ。まあ基本は嫌わないけどなあ。何せ他人の長所を見つけるのは得意だし」

 

 今のところ嫌悪感が勝っていると断言できるのは有栖と山内くらいなものだ。本来苦手意識が芽生えるはずの櫛田にでさえ、一概に嫌っているとは言い切れない。故に自分が情に脆いのだという自覚はあるのだが。

 それが度を越し、気を許してしまったことで自分が拒絶しなければならない部分に盲目になってしまったことも、過去にはあった。ただ、今後の人生で当時を上回る間違いは犯さないだろう。

 

「例えばキミみたいな察しのいい人は好きだよ。時々察し過ぎてしまうことがあるのは玉に瑕だが、そこもまたご愛嬌だね」

「だから俺のことを勉強会に誘ってくれたのか?」

「半分正解。残りは勘だ。キミは適格者だと思ったんだよ」

 

 無論余程な見込み違いであれば関係が自然消滅するのを待つのみだが、彼は想像通りかそれ以上の人材だった。語ればボクの目的にも理解を示してくれそうだし、嬉しい限りだな。

 

「それはありがたいな。口下手な俺は最初あまりいい印象を持たれにくいと思っていたが」

「人の善悪は存外わかりやすいものだよ。感情なんかよりもね。普段から偽ることに慣れてでもいない限り、本質を滲ませずにいられるやつなんてそういないさあ」

「なるほど、確かにそうかもしれない。うちの一之瀬も、誰が見たっていかにも善人な(なり)をしている」

 

 次から次に話題になる人物が切り替わる。帆波――下の名前は一昨日知ったが、やはり苗字よりも呼びやすかった――が善人というのは、彼の言う通りなのだろう。以前一目見た際にも実感している。

 ただ、偏に『善人』といっても色々ある。

 

「真面に会話をしたこともなしに疑うのも忍びないが、一種の偽善者だったりはしないのかい?」

 

 当時から興味を持っていたことだ。彼女がどちら側の人間なのか、自分よりは確実に理解しているであろう隆二に問いかける。

 

「偽善者という表現だと、少々曖昧過ぎないか?」

「うーんと、例えば――一度でも悪行に手を染めたことがあるとか、他人に咎めたことが自分にも当てはまるとか、かな?」

「それだとさすがに判断のしようがないな。あいつの高校以前の経歴を知っているわけでもないし、彼女は誰かに指を差すような人間じゃない」

 

 「ただ」と彼は続ける。

 

「普段の教室では、この前も言ったが自ら委員長の役割を買って出てくれたり、多少の揉め事も丸く収めようと動いてくれたりしている。もれなくクラスメイトの素行が良いというのもあるが、Bクラスの秩序がいい雰囲気で成り立っているのは、間違いなく一之瀬のおかげだ」

「ほうほう、べた褒めじゃないかあ。でもそれ程までとなると、周りがイエスマンになる危険もありそうだなあ」

「確かに、特に困っていることがない現状彼女に頼りきりになっている節はないと言い切れないが、その時がくれば俺も力になるつもりだ。彼女の長所である優しさや素直さだけで勝ち上がれる程、楽な道のりでもないだろうしな」

 

 腑抜けた仲良しこよしは厳格な独裁にも劣る集団に成り得る。その点が気になったが、彼の決意みなぎる言葉を聞き、杞憂だったかと安堵する。彼が客観的な視点に立つ術を持っていることは前々からわかってはいたが、彼の提示した体制――一之瀬が火付け役となり、足りない部分を補ったり参謀を担ったりする裏方役を隆二が熟すというのは妥当と言える。

 Bクラスはきっと、一般の高校では殊理想的な集団なのだろう。自分の配属がそこだったら……なんて考えが過るが、生産性のない仮定をするのは好きじゃない。それに、清隆や鈴音たちに出会えた喜びを自ら霞ませているような気がして嫌だった。

 

「つまり、彼女は清廉潔白な善人だと?」

「ああ。……ああいや、少し違うかもしれない」

 

 簡潔に隆二の分析をまとめたつもりだったが、自分の言葉を改めて嚙み締めた結果思い直したかのように、彼は答えた。

 

「一之瀬は少なくとも、努めて表向きは典型的な善人だ。もっと言うと、心からクラスのために行動しているように見える。だが、浅川の言う通り、もしかしたら何か後ろめたい事情を隠しているのかもしれない」

 

 あくまで中立的な見解を彼は語る。誰にだって話したくないことがあるというのは、これまでの人生で皆理解していることだ。

 どうやら彼は、そこに答えを見出しているようだった。

 

「あいつを見ていると思う。受け取る側からすれば、純粋な善意か偽善かなんて些細な違いなんだ。人の善意の性質なんて、一人ひとり正確にわかるわけがないんだからな」

「そういうものかい?」

「ああ。考えてもみろ。『偽善』というのは、『人の為の善』であって初めてそう呼ぶことができる。俗に批判される程、穢れたものではないのかもしれないぞ」

「なるほどなあ。そんな考え方もあるかあ」

 

 それは、他人がおいそれと否定することのできない確固たる持論だった。

 『人の為の善』。そう捉えると、抽象的な『善』よりも余程わかりやすく扱いやすい代物に感じる。――そうか。だからこそ人は何度も偽善を働いてはその本質を命題に置きたがるのかも。

 本当であること、相手を知ることに重きを置く自分とは相反する考え方だが、非常に尊敬できる素晴らしいアプローチ法だ。

 ただ、相手にだけ語らせて自分だけ語らないのを嫌うのがボクの性。折角だから、ボクの感性を端折ってお届けしようか。

 

「でも、それが通ってしまうと、偽りでなければ人の為にならないと言われているような気がして哀しいなあ。寧ろ人の為と主張すること自体が偽りで塗り固められていると悟ったから、そういう成り立ちになったと考える方が、ボクはしっくりきてしまうよ」

「一理あるな。だが俺からすれば、そっちの方が哀しいような気もする」

 

 彼を真っ向から否定するつもりの発言ではないことは察してくれたようだ。優しく笑って返した隆二にボクもフッと息を漏らす。

 その時、会話を打ち切る合図のように甲高い呼び鈴が鳴った。

 どうやら隆二との親交を深める絶好の機会もここまでのようだ。やはり二人きりでないと話せないことや見えてこない人間像はあるもの。それを交わす時間は何とも心地いい。

 

「キミをここに誘って、本当に良かったよ」

「そうか。俺も、お前と椎名に出会えて良かったと思っている」

 

 よっこらせと腰を上げながら、隆二と一連の会話の感想を述べ合う。

 Cクラスとの問題もあって、多少なりとも他のクラスの情勢に不安を抱いていたのかもしれない。それを拭ってやれたという意味では、彼にとって大きなきっかけだったのかもしれないな。

 

「勉強会が終わっても、ちょくちょく仲良くしてくれるかい?」

「ああ、勿論だとも」

 

 約束と呼ぶにはあまりにちっぽけなやり取りを交わし、ボクは玄関へと足を運び始めた。

 

――――――――――――――――――――――――――――

 

「こんにちは」

「おかえりんさい」

「ただいま戻りました」

 

 錠を外して扉を開けると、幼気な表情をした椎名の挨拶が飛んできた。隆二とは違って「おかえり」というワードに違和感の欠片も抱かないのはやはり彼女が風変わりだからなのだろうか。ボクの態度を理解しての便乗であったなら嬉しいが。

 しかし今日はいつもと違い、椎名の隣にはもう一人、別の少女が立っていた。

 

「やあやあごきげんいかがかな? ――真澄」

「普通」

 

 そっけな。え、そっけな。

 鈴音に勝るとも劣らない冷たさだ。キャラ被りは合点いかんな。まあ彼女のおかげで多少勝手はわかっているんだけども。

 それにしても、まさか二人一緒に姿を見せるとは。予め取り決めていたのだろうか。それとも偶然?

 事の経緯を尋ねると、椎名が答えた。

 

「ロビーの辺りでソワソワしていたので連れてきちゃいました」

「ソワソワ? あっはは、変質者じゃないかあ」

 

 場所はしっかり伝えておいたはずだが、なんだってまたそんなおかしなことに? 

 当の本人に説明を求めようと目をやると、どうやらボクらのやり取りに不満があるようで、訝し気な顔と退屈そうな瞳をこちらに向けていた。

 

「あんたのせいでしょ……」

「え、ボク?」

「ん」

 

 そう言って眼前に突き付けられた端末の画面に目を向ける。

 表示されていたのは、彼女とボクのメッセージでの会話だった。

 

『どこでやるの?』

『うち』

『部屋はどこ?』

『4右3』

『え?』

 

 因みに『え?』の字面は未読だ。

 

「ふぇ、なまらわかりやすいべや?」

「何語? それ」

「簡潔明瞭にして一切無駄のない文面だと思うけど?」

 

 ちょっとふざけ過ぎたわ、ごめん。

 だが、ボクの答え自体は全く偽りのない本心だ。それを察したのか呆れかえった表情で目の前の少女は溜息を吐く。

 

「じゃあどういう意味だったの?」

「四階の右から三番目の部屋」

「いや、わかるわけないでしょ」

 

 ありゃりゃ、椎名と隆二だったらわかってくれると思うんだけどな。

 

「今回はさすがに浅川君が悪いですよ。初見でそんな文面を噛み砕くのは無理があります」

「うーん、まあキミが言うなら……」

 

 椎名までそっちの味方か。ここまで言われてしまったら謝るべきなのかもしれない。

 そう思った矢先、彼女の言葉は真澄にも向く。

 

「でも、変質者とまではいかずとも少し面白かったですね」

「え、何でよ」

「キョロキョロ見回している姿が微笑ましかったですよ」

 

 ほう、意外。椎名がそんなことを言うなんて、余程傑作だったのだろう。見たかった。

 思わぬ一言にさしもの真澄も返答に窮してしまったご様子。醜態を晒してしまった羞恥心と「微笑ましい」と言われた照れくささが重なったが故と見た。

 ふむ。二人の関係、スタートダッシュはまずまずなようだ。安心安心。

 

「まあ気楽に過ごしなあ。勉強会なんて言うけどそう畏まったり堅苦しくしたりしなくていいから」

 

 寮の構造は大してどこも変わらないはずだ。指示をすることは特にない。椎名も付いているし問題はないだろう。ボクはゆったりとリビングへと引き返した。

 間もなく二人は顔を出し、隆二とも対面する。

 

「神室真澄、だったか?」

「あんたは……神崎隆二ね」

 

 面と向かって話すのは初めての組み合わせだが、ボクからある程度互いの紹介やら人相の説明をしてあったため、すぐに認識できたようだ。

 

「今日からよろしくな、神室」

「……よろしく」

 

 向こうが特に敵意を持っていないことを察したらしく、真澄もそれなりに警戒心を緩めてくれた。

 

「言ったばかりだろう真澄。別に腹の探り合いをしようってわけじゃないんだ。ユルークいこうぜえ」

「ああはいはい、わかったから」

「ふふ、一緒に楽しみましょうね。神室さん」

「……うん」

 

 天然で大らかな椎名には幾分か素直にならざるを得ないようだ。案外二人は相性がいいのかもしれないな。

 彼女の表情を一瞥してから、ボクは間延びした声で宣言した。

 

「そんじゃあ今日も始めますかあ」

 

 それからは前回と同じように、四人共時々世間話に興じては行き詰った部分を教え合ったりの繰り返しになった。追加メンバーの真澄が上手く溶け込めるか若干の不安はあったが、四人というごく少人数であることと基本全員が除け者なく会話を広げられる面子だったこともあり、然程気にすることではなかったようだ。

 するとそんな最中、真澄がボクに素朴な疑問を投げかけた。

 

「浅川、それって学校で習ってなくない?」

「ああ、これ?」

 

 そう言ってボクが持ち上げた書籍には『よくわかる! IT社会の全て~入門編~』と書かれている。

 これは以前清隆に折り入ってお願いしていた代物だ。ボクの絶望的な情弱さを目の当たりにしていたのが効いたらしく、渋々了承してくれた。その時何ポイントか返そうとしてきたのだが、今回きりの特例だと言って丁重にお断りさせてもらった。実際ここまででボクはいまだあのカップラーメン以外で一ポイントも消費していなかったので、一応の説得力があったのだろう。

 

「老いぼれには機械の知識が著しく不足していてね。まずは基礎から学ぼうと――」

「そうじゃなくて……いいの? テスト勉強しなくて」

「まあ、多分問題ないな」

 

 重ねた質問に代わりに答えたのは隆二だった。

 

「前回での様子を見る限り、少なくとも浅川が赤点を取ることはないだろう。俺と椎名も、時々質問に答えてもらったりもしているし」

「そうなんだ。本当に頭良かったんだね」

「あっはは、もう慣れたよ。阿呆な見た目だって遠回しにディスられるのは」

「卑屈すぎない?」

「本人は結構気にしているみたいですよ。皆に言われるらしくて」

「それは仕方ないね。見た目の問題だし」

 

 どんどん自分が惨めに思えてくる会話が続いたところで、思いついたように真澄が再びボクに問いかける。

 

「そういえば見た目で思い出したんだけど、浅川って何でそんなに髪長いの?」

「切るの面倒臭い」

「目にかかったりして邪魔じゃない?」

「でも髪縛るのって男っぽくなくない?」

「そもそもその長さの時点で男っぽくないと思うけど」

 

 別に長髪の男子やベリーショートの女子なんて他に溢れる程いると思うが。

 どの道、無一文の自分が床屋や美容院に行くことは暫くないだろう。ここでまた清隆にせがみだしたら今度こそポイントが返ってきてしまいそうだし。

 

「声も高めだから、こう近くで見てるとけっこう女子っぽい」

「女装でもしたら似合いそうですね」

「高校生で声変わりしていないのもなかなか珍しいな」

「……これでも低くなってるんだけどなあ」

 

 オイオイ、記念すべき四人揃った初日のテーマは『浅川を瀕死のまま弄り倒すチキンレース』ってか? ボクの打たれ強さを存分に活かした企画だな。上等……じゃないわ。ボディが鋼鉄でもハートは硝子細工なんだよ、ボクは。

 

「でも……なんか凄いね。そういうの」

「切るのが面倒なだけだぞ?」

「髪の話じゃなくて」

 

 会話が収まりかけたところで、またもや真澄が口を開いた。

 今までの流れからすると髪の話だと勘違いしてもおかしくはないと思うが。あたかもボクがボケているかのように扱うんじゃない。

 

「そうやって自分から新しいことを学ぼうとするのって、案外できないことだと思うから」

 

 彼女は持っているペンでボクの手元の本を指す。なるほど、ITを自主的に勉強していることに対して言っていたのか。

 

「どうだろうなあ。人によるとしか言えないけど。ただボクは、楽しいなって思うことをしているつもり」

 

 イマドキ勉強に快楽を求める人なんて多くはないとは思っているが、それでも能動的に自分が興味を持ったことについて深く知るのはいつだって高揚感を得るはずだ。それは他人だったり物だったり事だったり、色々ある。

 

「ありきたりな日々も大事だけど、それもちょっとだけ寄り道をしてこそ輝くものだよ。互いに価値をもたらしているんだ。だから、平坦な学生生活に多少のスパイスやスリルを加える上で、関心事に触れるのは有効な手段なのさあ」

「……スリル、ね」

「何か心当たりでも?」

「ううん、別に。それもそうかなって思っただけ」

 

 そう言うなり、彼女はそそくさと自分の学習に戻ってしまった。

 もしかしたら、真澄なりに今の生活に退屈を感じているのかもしれない。気怠げな表情がデフォルトな彼女からは十分想像できることだ。

 だとしたら、彼女は延々と流れ埋没していくこの日常をどう克服しているのだろう。軽い興味程度ではあるが、少々気になった。あわよくば、ここでの時間が冷たい胸に何かを灯してくれると喜ばしい。

 ボクは再び、苦手なITとの闘いに意を注ぎ始めた。

 




しばらく更新ペースがかなり遅くなると思います。モチベの問題ではなく時間に余裕がないせいです。

オリ主の過去話について(どれになっても他の小話もやるよ)

  • 止まるんじゃねぞ(予定通り,10話超)
  • ちょっと立ち止まって(せめて10話以内)
  • 止まれ止まれ止まれ…!(オリだけ約5話)
  • ちょ待てよ(オリキャラだけ,3話)
  • ムーリー(前後編以内でまとめて)

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