王様はお疲れ気味
領主のおっさんの後ろに続いて王城内部を進んでいき、やがて、恐らく以前に国王と一対一で話をしたことのある部屋の前へ辿り着く。
そして、領主のおっさんがノックしてから扉を開き、中に入ると、そこにいたのは国王――と、彼の娘である王女、イリルだった。
「ネル様!」
まず一番初めに、部屋に入って来たネルを見てぱぁっと表情を明るくさせたイリルが、とてとてと駆けて行きぽふっと彼女に抱き着く。
「しばらくぶりです、イリル様。ご心配をお掛けしましたか?」
「そーです、とっても心配したんですから! ……もう、急にいなくなったりしたら、ダメなんですからね?」
「フフ、ごめんなさい、気を付けますね。――それと、イリル様。連れて来ましたよ」
「? 何ですか?」
ニコニコしながらネルは、自身の後ろ――俺がいる方を振り返る。
それに釣られて、王女様はこちらを振り返り――俺と、目が合った。
「よ、久しぶり」
「――っ!」
彼女は俺の存在に気が付くと、まず目を見開いて固まり、数秒程した後に突然バッと自身の身体を見下ろして身なりを確認し、それからしばし混乱したようにワタワタしてから、ようやく落ち着いたらしくペコリと元気よく頭を下げる。
うーん、何を考えているかがよくわかる動きだったな。
「ま、ま、まおー様! お久しゅうございましゅ……」
あ、噛んだ。
「――ます! イリルは、再びまおー様とお会いになれる日を、ずっとお待ちしていました!」
「あぁ、俺も、イリルに会えて嬉しいよ」
そう言って俺は、彼女の頭をクシャクシャと撫でる。
イリルは、気持ち良さそうに目を細めて、俺にされるがままに頭を撫でられる。いやぁ、和む。
その状態のまま、俺は、中央のソファで微笑ましそうにしている男――国王へと口を開いた。
「どうも、国王。アンタも久しぶりだ。元気そう……ではないなぁ」
国王もまた、レイローのおっさんと同じく、大分やつれた感じだ。
心労が祟っているのだろうことが一目で理解出来る。
「うむ、久しぶりだ、魔王。……国王という仕事も一筋縄ではいかぬものでな」
疲れの窺える、苦笑を浮かべる国王。
この国王、人が好いもんなぁ。
話を聞く限り、この世界の貴族も総じて腹黒らしいし、甘く見られて勝手なことをされる、なんてこともあったのではなかろうか。
いいヤツが食い物にされるなんて、貴族社会とは全く嫌なところだ。
そんなことを考えている俺の隣で、ネルが国王に向かって膝を突く。
「陛下、この度は、ご迷惑をお掛け致しまして、大変申し訳ありません。僕――私がこちらに顔を出さなかったことで、問題が起きていると聞きました。私の勝手さで、陛下にご迷惑をお掛けしてしまったこと、恐縮するばかりです」
「良い、気にするな。今騒いでいる者達は、ほんの些細なことで声を荒らげる者達だ。むしろ、それを抑えられない私の方こそ、不甲斐ないばかりで申し訳ない」
「い、いえ、そんな! 陛下は、ずっと庇ってくださっていると聞きました!」
慌ててぶんぶんと首を振るネルに、しかし国王は自嘲気味な様子で言葉を続ける。
「私が庇っているのに、貴殿を糾弾しようとする声が収まらないということは、つまり私の言葉に力がないということなのでな。……すまん、政治の話はまたにしよう。とにかく、無事の帰還、何よりだ。レイローも、彼らの案内、ご苦労だった」
「ハッ! 勿体なきお言葉」
国王の言葉に、頭を下げる領主のおっさん。
と、次に国王は、俺の方に顔を向ける。
「それで、ユキ殿。此度はどうしたのだ? また、魔境の森にちょっかいを出した馬鹿者でも……?」
「あぁ、いや、違う。そういう訳じゃない。今回はネルのことでこっちに来たんだ」
「勇者殿の?」
「俺、ネルを娶ることにしたから、よろしく」
「…………は?」
何でもないかのようにそう言った俺に対し、口を開いたまま固まる国王。
領主のおっさんの時とデジャヴを感じる反応である。
「えー! ずるいです、ネル様! まおー様、私もまおー様のお嫁さんになります!」
「あー……えー……も、もっとおっきくなったらな」
「まおー様、約束ですからね! おっきくなったら、イリルのこともお嫁さんにしてもらいますからね!」
「あ、あぁ、約束だ」
……おっきくなったら、イリルがこの約束を忘れていることを願おう。
「…………ちょ、ちょっと待て、彼女を、貴殿が、娶る? 魔王が、勇者を?」
誤魔化すようにイリルの頭をポンポンと撫でながら、俺は混乱した様子の国王に向かって言葉を続ける。
「その……話すと長くなるんだが、色々あってな。けど、ネルは人間の国の勇者だから、娶るつもりなら色々と不都合があるかと思って、挨拶がてら俺もこっちに来たんだ」
国王は、俺の言葉を脳内で嚙み砕いているのかしばし押し黙ってから、やがて口を開く。
「……では、ネル殿は勇者を辞めるのか?」
「いや、辞めるつもりはないんだってさ。な、ネル」
コクリと頷くネル。
「やらせていただけるのであれば、これからも変わらずこの国の勇者を続けていきたいと思っています。ただ、その……ここから先を、この人の隣で生きていこうって、決めまして」
「どうだ、見たか国王。この勇者のベタ惚れ具合を。魔王ともなれば、勇者をたらしこむことも可能なのだ」
「……ばか」
ちょっと照れたようにはにかみながら、俺の脇腹を肘で小突くネル。
その俺達の様子を見て、イリルが羨ましそうな声を出す。
「うわぁ、いいなぁ……何だか憧れちゃいます。イリルも、お二人みたいな仲良しさんになりたいです!」
「おにーさん、イリル様のこともおっきくなったら娶ってくれるそうだから、きっとその時に良くしてくれると思いますよ?」
「本当ですか? ……まおー様、その時はイリルとも仲良くしてくれますか?」
「お、おう。任せろ。……ネル、お前、焚き付けるのやめろよ」
「焚き付けるも何も、元はおにーさんが言ったことだし?」
可愛らしくニヤリと笑みを浮かべ、肩を竦めるネル。
くっ……コイツ、我がダンジョンの面々に揉まれて、逞しさが増してやがる。
「そうか……少々驚いてしまったが、そういうことならば、私からはただ純粋に祝福させてもらおう。おめでとう、ユキ殿、ネル殿。色々と面倒な横槍はあるだろうが、貴殿らであれば、それも全て除けられるだろう」
そう、真摯な様子で俺達に言葉を掛ける国王。
「ありがとうございます、陛下!」
「国のトップが味方でいてくれると、やりやすくて本当に助かるよ。……それで、ちょっと話があってさ」
そう言って俺は、チラリと王女様の方に視線だけを送る。
それだけで俺の言いたいことを察した国王は、コクリと頷いてイリルへと顔を向ける。
「さ、イリル。そろそろ勉強の時間だったはずだ」
「あっ、で、でも、ネル様も、まおー様も、せっかく来ていただいて、久しぶりにお会いしたのに……」
「二人も、王都まで来たばかり故、すぐ帰ったりなどせぬさ。そうだろう?」
「あぁ、しばらくはこっちにいるつもりだ」
「ほら、ユキ殿もこう言っている。また次の時に、遊んでもらいなさい」
国王の言葉に、イリルはしばし逡巡した様子を見せてから、こちらを見上げて不安そうに言葉を紡ぐ。
「……約束ですからね? ネル様も、まおー様も、イリルに内緒でいなくなったら、ダメですからね?」
「そうだな、ずっと王都にいる訳じゃないが、いなくなる時ぁ、ちゃんとお別れを言うさ」
「えぇ、イリル様。また、明日にでもお話しましょう?」
「! わかりました、じゃあネル様、その時にでもまおー様との馴れ初め、教えてくださいね?」
「えっ、う、うん、わかりました。あんまり、面白い話じゃないと思いますが……」
「えへへ、楽しみにしてます!」
にぱぁ、と笑顔になった彼女は、俺達に一礼すると、そのまま部屋を出て行った。
そうして、イリルが部屋からいなくなると同時、国王は俺達の方を向き、口を開く。
「――それで、話とは?」