最近思ったんですけど、本作のペースって、何だかノベルゲームとかでありそう。
「鈴音と会いに?」
「ああ、悪いな」
「中間テストについてだろう? 気にせず行ってらあ」
「行ってくる。またな」
浅川たちと別れた綾小路は、すぐさま端末を取り出し、堀北にメッセージを送る。
「今から行く」
小走りで寮へ向かうと、何故か入口の前で彼女と遭遇した。向こうもこちらに気付き、渋った顔をする。
「え、どうして外にいるんだ?」
「なんだっていいでしょう。そっちこそ、どうしてそんなに汗塗れなの? あまり近寄らないでもらえる?」
一言話しかけただけでこの反応である。確かに運動後であるからして多少汗臭いのかもしれないが、せめてもう少し慈悲のある対応を施して欲しいものだとげんなりする。
「漢の友情を育んでいたんだ。この輝きを刮目しろ」
「わけがわからないわね」
遊び心を加えた答え方をすると、それきり彼女は関心を失ってしまった。
伏し目がちに落ち込むと、堀北の手にレジ袋が握られていることに気付く。中に入っているのは――
「本屋に行っていたのか」
「政府運営と言い張るだけあって、なかなか品揃えは良かったわ」
自分が連れるより先に独りで入ってしまったのか。弱ったなと思っていると、スタスタと彼女はエレベーターへ向かって行く。
「目ぼしい物はあったか?」慌てて追いかけながら問うと、堀北はぶっきらぼうな態度を変えることなく答えた。「まあね」
「参考までに、何を買ったのか教えてくれないか? オレも何か読もうと思っているんだが、決められなくてな」
「どうしてあなたの素朴な悩みのためにプライベートを明かさなければならないの?」
「プライベートって程のことでもな――」
「断固拒否よ」
「……はい」
押しつぶされる形で身を引くことになったが、あまりに強情な受け答えに若干の違和感を覚える。いつもの堀北なら一度断るだけで後はシカトを決め込むはずだが……何だか焦っているように見える。あまり触れて欲しくない内容だったのだろうか。
無理に掘り下げることでもないので、これ以上踏み込むのはやめておこう。
「それで、一体どうして今日会う必要があったんだ?」
「決まっているでしょう。中間テストの対策よ」
「そうじゃなくて、今日でなければいけない理由だ。一応恭介たちと用事があると言っていたのに、お前が半ば強引に決定したろう」
綾小路は以前から今日は予定があると訴えていた。しかしそれをどういうわけか堀北が許さなかったのだ。事情を聞いても答えてくれなかったので、彼の中で疑問は膨らみ切っていた。
「テストまであと三週間もあるんだぞ。些か動くのが早すぎじゃないか?」
「あの唐変木たちにはそれくらいの時間が必要だと思うけど?」
「コンディションというのがあってだな。調子の善し悪しは山あり谷ありなんだよ。もう一週間くらい腕を温めておいた方が……」
「運動とは違うわ。今のあなたみたいに不潔な汗を掻くこともないし」
突然先の話を掘り返され、心を抉る発言が飛び出す。文武の性質が根本的に違うのだと言われてしまったら反論のしようもない。そもそも精神的にする気も起きない。
綾小路は深い溜息を零す。
その様子を憐れに思ったのか、堀北は再び口を開いた。
「今日は平田君も合流して話し合うのよ」
「は? 聞いてないんだけど……ああ、そういうことか」
彼女の一言で、綾小路はその意図を察した。
要は、消去法だったのだろう。
平田には
――リアルが充実している、という意味なら負けていないつもりなんだがな。
人知れず対抗心を宿す綾小路だが、当の平田は当然そんな意識は皆無。その違いが既に二人の環境の差を示してしまっていることに、綾小路自身が気付くことはなかった。それどころか――
……いや、待てよ。『リア』を『rear(後ろ)』と捉えれば『後ろ向きな充実』。フッ、やはりオレたちの方が相応しいようだな。
何とも無駄な知識の活用をし、勝手に誇っている始末。彼の中で丸く収まっているのであれば問題ないが、密かに巻き込まれてしまった浅川と堀北には、誰かが南無阿弥陀仏を唱えてあげてもいいのかもしれない。
二人の乗り込んだエレベーターが上昇を始めた。
「やれやれ、青春を謳歌せし者に振り回されるとは、何とも哀しいものだな。オレもお前も」
「私を同じ穴のムジナにしないで。――でも、不快な流れなのは事実ね。退学やらポイントやらがかかっていると言うのに、彼らはあまりに緊張感に欠けるわ」
「部活動については仕方ないんじゃないか?」と、普段の綾小路なら返したことだろう。しかし、その指摘が外に放たれることはなかった。
「……本当に疲れるわ」
そう零す堀北の目に、仄暗い隈ができていたことに気づいたからだ。
これは……一日二日でできたものではない。
綾小路が彼女と間近でやり取りをするのは大体一週間ぶりだ。二人きり、という意味だと水泳の授業の自由時間以来だろう。異性の顔をまじまじと見つめるのも不自然で失礼だと弁えていたのもあり、今まで見つける機会がなかったのだ。現に、彼はエレベーター内の密室に入るまで彼女の様子に気付けなかった。
心当たりは――あるにはある。
そもそも、堀北は元来孤独一筋な少女だったのだ。綾小路と浅川が棘の無い性格であるとはいえ、唐突に始まった二人との会話の日々に、無意識ながらストレスを感じていた可能性がある。浅川に至っては、持ち前のユーモアで堀北を振り回すこともあった。合間合間に見せる表情や日に日に緩和される態度から、本能的には凝り固まった精神が解されていることを綾小路は察していたが、思い込みが昇華して心神に影響を及ぼすケースは少なくない。結果的に彼女の気疲れの原因になっている可能性は十分にあった。
それに加えて、この前は櫛田と、今からは平田と、そしてこれからは赤点筆頭たちとコミュニケーションを取らなければならなかった。他人との関わりに言い様の無い不安を抱いていた記憶が新しい綾小路には、堀北の疲弊がよくわかった。
それもこれも、堀北自身が他人を許容すれば解決できる問題だが、彼女が今のままでいいのか迷っていることもまたれっきとした事実なので、横槍のように咎めることは憚られた。代わりに、綾小路は労いの言葉を掛ける。
「こうやって奔走しているだけでも、頑張ってる方だろう」
「過程に意味はないのでしょう? 何一つ事を為していないのに、根を上げてなんていられないわ」
「そういう意味で言ったわけじゃなかったんだがな……」
因果応報とは正にこのこと。かつての自分の言葉で返され、綾小路は落胆する。
重苦しい音と共に、ドアが開く。
「まだ、何も始まってなんかいないのよ……」
彼女の覇気のない呟きが、一体誰に向けられたものなのか、綾小路にはわからなかった。
数分後。
「で、どうしてこうなった?」
綾小路にとっては平田との初邂逅の意味も持つ今回の話し合い。堀北から一切の詳細を教えてもらっていなかった彼は、その会場となる移動先で心底納得のいかない表情をして座っていた。
向かい合っているのは勿論――
「あはは。ごめんね、綾小路君」
「謝罪は不要よ。困ることがあるわけでもないだろうし」
「どうしてお前の口からその言葉が出てくるんだ……」
本来なら自分が遠慮して発するべきことなのに、よくもまあぬけぬけと主犯がおっしゃる。
平田の柔らかい物腰に多少溜飲は下がったが、それでも綾小路はしかめっ面を隠せなかった。
「全く以て納得いかないんだが」
「それはあなたの頭が足りていないからよ。当然の帰結じゃない」
「クラスの要二人の話し合いの場が一構成員の部屋になることの、一体どこが当然なんだ?」
そう、今三人がいるのは綾小路の部屋。浅川ほどではないものの、生活必需品以外に置かれている物はほとんどなく、彼とは違い平凡かつ質素な部屋であり、感想を聞かれても答えにくい。そんな空間だった。
椅子も一人分しかないため来客には向かない場所なのだが、どうしてここである必要があったと言うのか。
綾小路の疑問に、堀北は嘆息を吐く。
「いい? まず私の部屋を選ぶのは論外よね?」
「あ、ああ」
女子の部屋に男二人が上がるというのはなかなかに厳しいシチュエーション。これで平田が浅川だったならまだしも、大して親交の深まっていない彼を招くのに抵抗があるのは真っ当な意見だろう。
「そして、平田君には彼女がいるのでしょう? 恋人のいる男子の部屋に上がり込む女子なんて、いくら私でもデリカシーのないことだってわかるわよ」
「そ、そうなのか……?」
「僕は構わないって言ったんだけどね」
今度は今一つピンとこなかった。男女間での気配りだとか暗黙の了解だとかは、雰囲気に乗じる形で何となく理解している。ただ、恋愛が絡んでくるとなると話は別だ。対応が多少変わってくるのは承知だが、恋模様を見たことも経験したこともない彼にとって、具体的なことはあまり判然としなかった。
そういうわけで平田に意見を求めたのだが、反応を見るにやはり堀北の強硬による決定だったようだ。
「そうだったわね。恋愛と無縁な綾小路君には理解しようもなかったわ」
「待て。お前だけには言われたくないぞ。まるで経験があるかのような言い回しをして」
「そうね。あなたの考えている通り私も無縁だし興味もない。あら、だとすると、綾小路君に足りないのは経験というより常識ということになるわね。勘違いをして悪かったわ」
勝手に根城に踏み込まれ、あまつさえ遠慮知らずな罵倒を浴びる始末。軟弱者の精神を壊す才能はピカイチな彼女に呆れるも、寧ろ本調子に戻ったとみるべきかと思い直し、自衛専用の矛を下ろす。
「もうこうなってしまったからには何も言うまい」
「物分かりはよくなったようね。安心したわ」
盟友さえいればこの状況を打開することも難しくないのに。負け惜しみとも捉えかねない感想を抱いていると、クスッと笑う声が響いた。
「どうした平田?」
「いや、本当に二人は仲良しなんだなと思ってね」
微笑まし気にそう答えた平田に、当然堀北は反論する。
「冗談じゃないわ。誰が好き好んでこの男と馴れ合うって言うの?」
「でも、教室ではいつも浅川君と三人で話しているよね? クラスでは結構話題になっているんだよ」
当の本人たちにとっては寝耳に水な事実に、二人は目を丸くする。特に堀北に至っては若干顔色も悪くなってきている、ように見える。
「差し支えなければ、どんな風に話題にされているのか教えてくれないか?」
「えっと、幼馴染なんじゃないかとか、腹違いの兄妹なんじゃないかとか、三角関係じゃないかとかまで言われているね」
なんて正確性のないデマなのだろう。綾小路と堀北のリアクションがシンクロした。
席が近いから話すようになったというだけの関係に対して、どれだけの想像力があればそんなこじ付けができるのか。幼馴染は兎も角、同い年で苗字も違うのに兄妹と決めつけられる思考は理解し難い上、極め付きには三角関係。勿論恋愛感情など皆無であったため、さすがの綾小路も難色を示した。
「飛躍しすぎじゃないか?」
「あはは、僕も全部鵜呑みにしてはいないよ」
どうやら平田も同じ意見なようだ。案外苦労人なんだなと同情する。
「ただ、もしかしたら幼馴染くらいの仲ではあるんじゃないかとは思ってたんだ。君たちの反応を見るに、どうやらそれも違ってたみたいだけどね」
堀北は信じられないと言いたげな顔をしているが、これに関しては綾小路は仕方がないと思っていた。自分たちの狭いコミュニティを顧みると、それほどの仲だと認識されてもおかしくはない。
「はっきり言うと、友達の範囲に収まる関係に過ぎないぞ。対して目立っていたつもりもなかったが、どうしてそんな噂されることに……」
「ほら、うちのクラスは男女間の付き合いがあまり多くないだろう? だから、その中で君たち三人の様子は結構珍しく映ったんじゃないかな」
そう言われてみると確かにそうだ。女子たちが平田以外の男子と親しく過ごしている姿を見かけることはほとんどなかった。男子も綾小路たち『トップ4』や池、山内、須藤の三馬鹿など、同性のみの小グループでつるむことが多く、男女の不可視の壁は先月の水泳の授業日に顕著に表れていた。
堀北においては他の女子との関係も希薄であり、そんな彼女が男二人と度々会話しているのを目の当たりにすれば、最悪恋愛絡みと見られても一理あるのかもしれない。
これは思いもよらぬ形で目立ってしまっていたなと、少し反省する。
「まあ、悪い風に見られていなかったなら良かったよ」
「僕らの年頃だと、女子はめっぽうそういう話を広げたがるからね。特に、堀北さんの周りを避けてしまう部分は最初気味悪がられていたようで心配だったんだけど、最近だと年相応の乙女心があるんだって親近感が湧いてきている子が多いみたいだ」
「…………それは……都合のいい勘違いだな」
サラッと飛び出した新情報に大爆笑――しかけたが、堀北の制するような白い目に気付き、何とか堪えることができた。
彼女はわざとらしく咳払いをし、再び表情を引き締める。
「与太話はもうたくさんよ。とっとと本題に入りましょう」
確かに、アイスブレイクもそろそろ十分だろう。彼女の言葉に応えるように、綾小路と平田は襟を正す。
「そうだね。先生の言う通り、今のDクラスはお世辞にも学力がいいとは言えない。もし中間テストがポイントを上げる方法の一つなのだとしたら、しっかりと連携を取って、みんなで協力して乗り越えないと」
平田の相槌を皮切りに、勉強会やらテストの内容やらについての話し合いが始まった。
尤も、綾小路はその様子を内心冷めた目で見つめていた。
見出せるものは、だいぶ限られているはずだからだ。
そもそも昨日の段階で今後の生活態度の方針等は話し合いが済まされている。まして堀北と平田は初めから模範となるような過ごし方をしていた生徒。その辺りを改めて確認する必要性はない。
ならばテスト自体についてはどうか。これは学校側お得意の意地悪な情報規制のせいで全貌を窺うことは難しい。小テストでは赤点が8人、一教科でも赤点で退学、真面な説明を受けたように見えるが、その実肝心な『赤点そのものの説明』がされていない。具体的に言うと、『赤点の判断基準は何か』。何点以下? 全体の何位以下? 将又平均点の半分以下? 推測しようにも不確定だ。Sシステムの説明の仕方が悪趣味だったことを顧みると、今回も向こう側の作為的なものである可能性が高い。
できることがあるとすればやはり、勉強会の打ち合わせくらいであろう。Dクラスは曲者揃いで身内以外との連携に消極的な生徒が多い。となれば、先導役がどれだけ上手く取り纏められるかが鍵になる。今後のことを考えると、その意味は尚更大きいはずだ。
しかし、あくまで中間テストは『自クラスのみで完結する』戦いである。他クラスからの謀略や干渉の起こり得ない現状では、然程綿密に話し合えることも多くはない。
そして――それをわかっていない二人でもないはずだ。
綾小路の中で、一つの疑問が生まれる。
案の定、事は滞りを感じることもなく三十分程度で終わった。
「それじゃ、僕は行くよ。今日はありがとう、二人共」
「何か用事でもあるのかしら? やけに急いでいるように見えるけど」
「軽井沢さんと約束していてね」
「はあ、呑気なものね。現を抜かすのも程々にしなさい」
「わかってる。部活の方ももうじきテスト週間で休みになるしね」
平田はいそいそと玄関の方へ向かって行く。
「ちょっと待て。平田」
それを呼び止めたのは、他でもない綾小路だ。
「どうかしたかい、綾小路君?」
「最後に一つだけ聞きたいことがある」
「いいよ。何でも聞いて」
平田は落ち着いた動作で振り向く。
話し合いが始まってから一度たりとも発言していなかったのにこの余裕ある反応。まるで聞かれることをわかっていたみたいだ。漫然とそう思いつつ、綾小路は頭の中にある疑問を口にした。
「どうして、会う必要があったんだ?」
「だからそれはさっき――」
「鈴音、今は平田に聞いているんだ」
目線を以て堀北を黙らせ、再び平田に向き直る。
「堀北さんから事情は聞いているみたいだけど?」
「それを聞きたいんじゃない。って、お前はわかっているだろう。
先に述べた通り、今回の話し合いはあまり重要性のない案件だ。電話なりチャットなりで済ますことは造作もなかったはず。それを時間がないにも関わらず対面で行ったのには、何らかの意図があるのだと綾小路は推測した。
視線が交錯し、暫しの沈黙の後、平田は穏やかな笑顔を浮かべた。
「それは――君と話すためだよ」
「オレと、話す……?」
「うん」と平田は肯定の意を示す。
「折角協力関係になるんだ。少しでも君の人となりを知っておきたくてね」
一見『親睦を深めたい』というだけに捉えられる言葉。しかし、綾小路は彼の言葉に違和感を抱いた。
綾小路たちの学校での様子はクラスで一目置かれている、と彼は言っていた。堀北のことを気にかけていた彼がその最中で綾小路という人間を目の当たりにしなかったわけがない。
かてて加えて、彼は既に堀北と一度会話をしており、綾小路のことについても話が出ている。その好機を彼がみすみす逃すとは思えなかった。
となれば、平田がこのタイミングで綾小路とコンタクトを取り、彼のことを知ろうとした意味は――
「……案外、人を信じない質なんだな」
彼の返しで、自分の意図が伝わったことを理解した平田は満足そうな顔をしつつ応える。
「そんなことはないよ。疑っているから話すんじゃない。信じるために話すんだ」
要領を得なかった綾小路は首を傾げる。「それは、同じなんじゃないのか?」
「ううん、違う。全然違うよ。僕は仲間を初めから疑って掛かるようなことはしない」
「マイナスを払拭したいのではなく、ゼロをプラスにしたい、ということか?」
「まあ、そんな感じかな」
頬を掻きながら答え、今度こそ平田は玄関のドアを開けた。
「そして、それだけの収穫はあった。君はきっと頼もしい仲間になってくれる」
「序盤の雑談くらいしかしなかったんだが……」
「それだけで十分だったってことさ。浅川君と堀北さんのことを話す君の表情を見ていれば、君が善い人だってことはよくわかった。堀北さんから予め聞いていた通りね」
思いもよらぬ言葉に反射的に隣の少女を向く。刹那ぎょっとした表情を見せた堀北はすかさず否定する。
「平田君、おかしな話を捏造しないで」
「おかしなことなんてないよ。人付き合いに奥手な堀北さんが日頃からあんなにも仲良く接している時点で、君が二人のことをよく思っているのは十分わかるから」
曇りのない笑顔で確信を持って語る平田に無駄だと判断したのか、堀北は額を押さえて溜息を吐いた。
「お互い頑張ろう。絶対にうちのクラスから退学者なんて出させないようにね。二人共、頼りにしているよ」
その言葉を最後にガチャリ、と扉の締まる音が響き、空気の揺れすら肌で感じることのできるような長い沈黙が訪れた。
「……鈴音」
数十秒経っただろうか。恐る恐るといった様子で彼女の名前を呼ぶ。
「……何かしら」
「さっきのあれ、どういうことだ?」
「……あなたに関係な――」
「ありまくりだろう」
追及する度に堀北の顔に冷や汗が滲み出る。
柄にもないことを言った、というわけか。
もう一押ししようかと口を開いたタイミングで、先に堀北が言葉を紡いだ。
「本当に、大層なことは言っていないわ。戦力には成り得ると言っただけよ」
「それじゃ」堀北は逃げるようにして、足早に部屋を出て行ってしまった。
果たして本当にそれだけだったんだか。
ポツリと独り取り残された綾小路。元々自分の部屋であるからして普段と変わりないことなのだが、先程までとの差のせいで孤独感が若干強まる。
無音な空間に手持無沙汰となり、彼はベッドへダイブする。
――大分、変わったな。
今日一日、学校があるわけでもないのに誰かと一緒にいてばかりだ。入学当初の不安はもう見る影がないと言っても差し支えない。
そして極め付きには、さっきの堀北の言葉――。
頭の中で反芻しながら仰向けになり、綾小路は呟いた。
「『リア充』、か」
胸中に宿った思いは一つ。
この土産話、きっと恭介は喜ぶだろう。
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別の一室に、少女が一人入り込む。と言っても、そこは彼女の自室であり、根城へ返り咲いただけに過ぎない。
慣れない人付き合いを一段落終えた疲れを吐き出すように、ハアと一つ溜息をする。
先程漏れ出た冷や汗を補うべく、彼女は取り出したカップに水を一杯入れ、テーブルに持っていき腰を下ろす。
「全く。疲れるわ……」
一口飲んでから、そう呟く。
ここのところ精神的疲労は募るばかり。寝不足も祟って体のだるさも実感する。
大きく伸びをしてから、柄にもなく床に寝そべる。普段は品行方正な彼女も、プライベートな空間では襟も緩むものかもしれない。
すぐ側に置いていた荷物――本の入ったビニル袋――が不意に目に留まり、自然と手が伸びた。
見られて、ないわよね……?
中身を取り出し、点けた電気にかざしてみる。
影になって暗くなった表紙には、彼女の変化をいかにも象徴するような題名が――。
「……ムカつくわね。あれもこれも、思惑通りな気がして」
浮かび上がるのは、二人の少年の姿。
一人は無機質な瞳と無感情な態度が表立ち、もう一人は覇気のない口調と性別に似合わない可憐な容姿をしている。彼らに共通しているのはどちらも底が知れず、幾度もこちらのパーソナルスペースに踏み込んでくるということ。
ただ、それでも、気苦労の中で頬を緩ませる何かがあって、
「本当に、疲れるんだから……」
それに気付かないまま、堀北はゆっくりと目を閉じる。
その口角には、彼女の感情を描く曲線が浮き出ていた。
話し合いの内容は原作と大差ないです。と言うのも、この回で伝えたかったことは別にあるので。
全部挙げると五個くらいあるんですけど、特にオリ主たち三人が周りに認知されていたことと、本作では二つの勉強会がちゃんとした連携の下で行われることの二つが伝わればいいかなと。
オリ主の過去話について(どれになっても他の小話もやるよ)
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止まるんじゃねぞ(予定通り,10話超)
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ちょっと立ち止まって(せめて10話以内)
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止まれ止まれ止まれ…!(オリだけ約5話)
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ちょ待てよ(オリキャラだけ,3話)
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ムーリー(前後編以内でまとめて)