凸凹コンビ、始動
「せんぱーい、終わりましたー」
深夜三時、都内某所。
書類の山を絶妙なバランスで抱えながら、男はオフィスに飛び込んできた。
三十路を過ぎているか怪しい艶やかな顔立ちだが、ボサボサに生え散らかした髪の毛が清潔感をグッと下げている。スーツの着こなしも、やっと慣れてきたといったところだろうか。
「先輩」と呼ばれた女性は茶色いボブヘアーで、男と違いスーツは慣れを通り越して着崩している。本来なら清楚さを感じるはずの顔立ちは、今は苛立ちでデコに皺が寄り台無しになっていた。
「そこ、置いといて」
「りょーかーい」
男がデスクの上に忌まわしいペーパータワーを下ろすのを傍目に、女はキーボードを只管に叩く。画面では文字列が踊っては紡がれ躍っては紡がれの繰り返し。彼女はこの作業を約三時間休むことなく継続していた。
「……全く、お偉いさんは気楽でいいよなホント。……大体、これあたしらのせいじゃなくてあのバカ上司の怠慢でしょうが。……それにあのハゲ、同じこと何度も確認してきて、抜けるのは髪だけにしろっつうの」
また愚痴のストッパーが外れている。それが女のストレスがオーバーフローしている合図であることをこれまでの経験で理解している男は、彼女を刺激しないよう引き気味に見守っている。
このドスの効いた性格のせいで異性がおっかなく感じて近づこうとしないんだと、男は内心溜息を吐く。ガサツさで自分の美貌を相殺してしまっている彼も人のことは言えないのだが、本人が気付くはずもない。
男が呑気にブラックの缶コーヒーを飲みながら女の作業している様子を眺めていると、ようやく彼女は書類の山に手を付け始めた。
――仕事はできるから凄いんすよねえ
こうして悲劇の残業に直面しているのも――彼女が愚痴っていた通り――その優秀さ故に「バカ上司」から半ば押し付けられる形で仕事を任されたせいなのである。その「バカ上司」もまた一筋縄ではなく相当な食わせ者なのだが、締め切り間近で寄こしてきた辺り明らかな揶揄であり、彼女は事ある毎に発狂しては呪詛を唱えているのだ。
果たして、女は並の生業人なら二時間はかかるであろう書類確認をものの三十分で済ませてしまった。
トントンと机の面で紙束の端を整え、男に差し向ける。
「一箇所」
「え?」
「一箇所間違ってる。ここ、この一文だけ被害者と加害者が逆になってる」
指差された部分を覗いてみると、彼女の言った通り。単純なミスだ。
「あ、ホントっすね。直しときます」
「ん、それで今日は終わり。お疲れサンマ」
大きく伸びや捻りをして体を解しながら、女は立ち上がった。
「よっしゃ、この微塵も面白くねえクソクエストをやり遂げたフジにはとっておきの褒美をやろう」
「え、褒美? 何すか何すか」
期待でキラキラと目を輝かせる男。因みに「フジ」という呼称は、彼の本名「
そもそも始点が本名の真ん中であることが気掛かりだが、そこからが遠回りし過ぎて原型が全く残っていない。あまりに奇想天外である。初見初耳でこの本名と渾名が同一人物のものであるとは、誰も看破できないだろう。
風見が興味津々に寄ってくる様子を見て、女はニヤリとほくそ笑む。
「それは…………明日あたしにパシられる未来でぇーす!」
「やったー! ……って、え? 何でですか!」
女の煽り全開な発言に、風見の咎める声が室内で反響する。
「一箇所間違ったじゃんあんた。それで減点された結果」
「オールクリアだったら?」
「ダッツ奢ってやった」
「うわあああぁぁぁ! 僕のダッツがあああぁぁぁ!」
床に手をつき絶望の叫びをあげる風見。二人きりの今だからこそできる大胆な感情表現だ。
「ミスの有無で対応変わりすぎっすよ! 先に言ってくれたら絶対間違えなかった……」
「0か1かはデカい差よ。そもそも報酬知らなきゃ本気になれない時点でまだまだだっつうの。甘ったれんじゃないよ」
「鬼! 悪魔! 独身!」
「独身は正義じゃボケェ!」
「はぐぼぅ!」
鬼と悪魔はまだ許されたものの、最後に絶対に発してはならない単語を口走ってしまった風見は、左頬にモロで鉄拳制裁を喰らう。
「それに言っとくけど、ダッツ奢ったとしてもあんたが明日パシられるのは確定だったかんね?」
「え、マジすか?」
「マジよ。だから実質ペナルティ無し。あらやだ、あたしったら良い先輩ねぇ」
そう言ってうんうんと頷く女。何が恐ろしいかと言うと彼女、本気で自分が慈悲深く優しい先輩だと思っているのである。陰で「孤高の女鬼」と囁かれていることを理解しているにも関わらず。
「あれ、でも、明日って僕たち非番じゃなかったっすか?」
「非番じゃなきゃあたしといたくないって言いたいの?」
「滅相もない」
普段なら彼女も貴重な休日は極限までだらけて過ごしているのだが、今回はその気持ちを押し切ってでも足を動かしたい理由があった。
「……今月の頭であった殺傷事件、あんたも知ってんでしょ」
「ああ……なるほど」
「あの子は、少なくとも私が最後に見た時にはあんな残虐なことをするような子じゃなかった。聞けば、今も取り調べ受けてるけど何も喋らないみたいだし」
女の思い悩む表情に、風見は思わずふっと息を漏らす。彼女の情に厚く他人を想える性格は、彼が一番尊敬している部分だった。
「事情はわかりましたけど、じゃあどこに行くんすか? 留置所行っても通してもらえるか微妙だし、現場行こうにも手がかりとかは押収済みかもしんないっすよ?」
「わかってる。だから行くのは――彼女の母校よ」
「母校……やっぱり、去年の事件と関連があると考えているんすね?」
「そりゃね。ただ、少し気になることもあったもんでね。それを改めて見に行くんだよ」
「気になること?」と首を傾げる風見を気にも留めず、彼女は帰宅の準備を整え部屋を出ようとする。
「あ、待ってくださいよ先輩。僕も帰ります」
「トロいんだよ。考えながら手足動かせ」
「考える前じゃなくって?」
「マルチタスクは社畜の基本じゃい!」
「んな無茶苦茶なあ!」
それからは他愛もないやり取りを経て、駐車場に着く。
「――――
「さあね。今度会いに行く時にわかるっしょ」
「だけどあの学校、かなり閉鎖的らしくて、入れてくれるかわかんないっすよ?」
車に乗り込みながら、女は驚いた顔をする。
「え、マジ?」
「マジっす」
「警察権限使っても?」
「五分五分っすね」
「ジーザース!」
頭を抱える女を見て、風見は苦笑する。無鉄砲な彼女がどう出るのか、期待半分不安半分だった。
「ま、なんとかなるっしょ。あたしら実質保護者みたいなもんよ? 経過観察とかこじつければ行けんじゃない?」
「彼が書類に何て書いたかによりますよ」
「……生意気なこと書いてたら鉄拳制裁ね」
コエエ……。
風見は内心怯えながら車を発進させる。車が振動しているのか、将又風見が振動しているのか。
「それに形式的な話、関係者の事情徴収ってことにすれば例外として認められる可能性は高いと思う」
「余程心配なんすね」
「悪い?」
「まさか。それが先輩の取り柄でしょう」
車通りは少なくスイスイと道路を進んでいく。
「会えたら、きっと喜びますよ、彼」
「あたぼーよ。泣いて喜ぶわね」
「恐怖に染まった泣き面にはさせんでくださいよ……」
赤信号で止まり、風見は少し体を女の方に向ける。
「でも、今更過去を漁る意味なんてあるんすか?」
「……フジ、私はね、こう見えて推理小説も嗜むんだけど」
「ホントに意外っすね」
「うっさい」
ペシンと一発、風見の額に平手打ちが入る。「あいたっ!」と呻く声が聞こえるが意にも介さない。
「私たちだって人間なら、一番大事にすべきなのはフーダニットじゃなく、ホワイダニットだと思うのよ」
それを聞いて、瞬時に復活した風見は穏やかに笑う。
「それが、先輩の流儀っすもんね」
「おうよ。
Vサインを作る雨宮を見て、この人が先輩だとやはり退屈しないと風見は改めて実感した。
今回の話は大きな転換点です。二人の特別試験への介入は予定してないのでそこは安心してください。
と言うのも、この二人は最終的に恭介を完全に救うためのキーパーソンになります。直接的ではありませんが、きっかけという意味で彼女たちなくしては、『恭介の精神的には99%永遠にバッドエンド』になりますね。
一つ迷ってるんですけど、本作がついに序章終わったので他の作品の二次創作もできたら書いてみたいなと。その際オリキャラの設定だけは共通にしてみようかななんて(例:Aの作品の二次創作に出たオリ主の親友/親/師弟が、Bの二次のオリ主)。もちろん片方読んでないともう片方が理解できないなんて風にはしませんよ。
何かオススメとか要望とかあったら感想の方で書いてみてください。ファンタジーとかだと多分設定把握できないので学園系みたいな難解でない世界観だとありがたいです。自分がある程度知ってる原作だったら採用させてもらうかも。
まああくまで漫然とアリだなって思ってるだけで、のめり込んでる作品も少ないので、実行するかは半々ってとこですけど、もしやるってなったとしたら基本更新は本作優先になります。
オリ主の過去話について(どれになっても他の小話もやるよ)
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止まるんじゃねぞ(予定通り,10話超)
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ちょっと立ち止まって(せめて10話以内)
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止まれ止まれ止まれ…!(オリだけ約5話)
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ちょ待てよ(オリキャラだけ,3話)
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ムーリー(前後編以内でまとめて)