恐怖のロックオン
GOGOジブリール。ジュリアスは身分が上になってもジブリールに逆らえない。
グレイルとは違う方向性の恐怖がある。
ミカエリスが宴を抜けだした頃、同じように別のバルコニーの影でジュリアスが息を潜めていた。
義理とはいえフォルトゥナに籍を置いているジュリアスにも、ひっきりなしに令嬢の紹介はあった。しかも、足元を見ているのか、性格・経歴・容姿等に難アリの女性が結構出てくる。
キシュタリアやミカエリスが未婚男性の一番人気であり、まだジュリアスは少し下がった位置にいる。それでも、かなり勢いのある方だ。
中には一番売り時の女性はキシュタリアやミカエリスに宛がい、二番手三番手をジュリアスへ流しているという家も結構あった。
だが、それに目くじらを立てるジュリアスではない。
手段や保険を多く残しておくのも、貴族社会を生き抜く手段の一つだろう。
それでも相手は選ぶべきだ。ジュリアスはアルベルティーナと浅からぬ縁があり、フォルトゥナ公爵家の庇護まで持っている。安く見ていい相手ではない。狡猾な一面もあり、下手な相手を宛がえば、逆に弱みを握られる。手札を晒して損をするだけだ。
それを理解していない。ジュリアスは冷静に詰めが甘く読みが浅い人間だと切り捨ていていた。
ずっと次から次へとエンドレス紹介だとさすがに疲れてくる。顔売りや情報収集も大事だが、花も咲かない、実も結ばない無意味な会話にずっと興じなければならないのは苦痛であった。
これなら、職人や商人相手に新製品の相談や商談をしていた方がずっと有意義である。
いい加減に飽き飽きとしたので、そっと抜け出した。使用人時代が長いので、気配を消すのは得意だった。
無性に煙草を吸いたい気分だ。基本、丸一日休みになるようなときだけにしか吸わなかった。元々本数も少なかったが、ここ数年は完全に断つ様になっていた。
そもそも、煙草を吸うようになったのは情報収集で酒場やシガールームに入る時、ある程度吸い慣れているのが自然なので、嗜んでいただけである。
髪や服に臭いが染みつくので、基本好んではいない。
ジュリアスの大事な姫君は体が余り丈夫でないのも理由の一つだ。
乾燥した時期などは、気管支などに障りが起こる可能性があった。残り香だけで気分を悪くする可能性がある。かなり臭気に敏感な彼女には、煙草の独特のあの香りは辛いだろう。
アルベルティーナの繊細な感覚は、ローズ商会に取って虎の子といっていい宝でもある。失ったときの損害は計り知れない。
基本臆病なのに、時折、妙に好奇心の強いアルベルティーナが、万が一にでも吸ってみたいなどと言ったら大事件である。
現実逃避をしながら、ジュリアスはどうこの場を抜け出そうかと考えていた。
今日はキシュタリアも来ておらず、ミカエリスがいつの間にか消えており、だんだんとジュリアスに流れてくる人が増えてきた。
まともに取り合っているだけ無駄である。碌な情報源にもならず、いらない相手を紹介されても困る。ここで下手に女性問題やトラブルを起せば、ジュリアスの今後の王配レースの足枷となることは間違いない。
だが、中にはなりふり構わない人間や、酔いが回って酩酊状態でも付き纏ってくる輩も出てきた。巻き込まれるだけ損である。
(……あの高さおよそ五メートル。身体強化を使えば行けなくはないな)
荒っぽい逃亡ルートだが、少なくとも運動不足の貴族や、ドレスを纏い細いヒールを履いた令嬢は追いかけられないだろう。
「お兄様を知らない?」
完全に背後を取られ、冷ややかな声で問われたジュリアスはびくりとした。
恐々と振り返れば、ジブリールが、ささやかという量もない胸を寄せあげるようにして腕を組んでいる。
その視線に不躾なものを感じたのか、すっと静かに可憐な顔立ちが厳しくなる。
「聞こえなかったかしら、ジュリアス・フラン……いえ、ジュリアス・フォン・フォルトゥナ公爵令息様?」
意訳:なんか知っていたら吐け。ボンボンになったからって容赦しないぞ。
ジブリールはかなり機嫌が悪い。きっと、散々ジブリールは老若男女に追い回されながらも、笑顔で何とか切り抜けていたのだろう。我慢に我慢を重ねてミルフィーユ状態になり、更に無理に重ねていたので粉砕寸前だった。
「知りません。私も全て見ていたわけではありませんが、ミカエリス様は随分とお酒を召されていました。かなり無理をしていたと思うので、身の危険を感じてどこかへ隠れたのかもしれませんね」
「ああ、発情期のメス猫と女豹と女狐とかいっぱいいたわね。あとそれを応援する狸爺や狸婆もたくさん。お兄様ったら、適当にあしらえばいいのに」
頬に手をやり「ふぅ」と小さくため息をつくジブリール。
その仕草は可憐だが、中身は赤薔薇というよりハバネロのような苛烈さを持った少女である。
「ねえ、ジュリアス。お姉様のお加減はいかが? わたくしの前だと、元気に振舞おうとするの。本当に、大丈夫なのかしら?」
「以前よりはだいぶお元気になりましたよ。気落ちすることはまだありますが、その頻度も減っています」
嘘ではないが、完全に事実ではない。
彼女の命の期限はゆらゆら見え隠れしている。かなり深刻だ。
ヴァニアがジュリアスに伝えたのは、長年アルベルティーナの傍にいたジュリアスには、偽りが通用しないだろうと見越してだろう。そして、ジュリアスはアルベルティーナを裏切らない人間だからだ。少なくとも、ヴァニアにはそう見える程、ジュリアスは献身的にアルベルティーナを支えていた。
「そう、だったらいいの。あのね、ジュリアス。わたくしはお姉様が大切なの。凄く大好き。ずっと、ずっと、いつだって、きっとこれからも――死ぬまで、いいえ、死んでもそうなのよ」
微笑みながら、ジブリールは小首を傾げさせる。
そして、ジュリアスの顔を覗き込むように移動してきて、手袋に包まれた手にそっと手を伸ばす。
そこまで接近されたことに驚き、そして身を捩って逃げようとするジュリアス。だが、その足を思い切り可愛らしいリボン付きの靴が踏みつけた。
痛みで体が硬直したが、そんなこと気にせず、華やかで可憐な美貌が肉薄する。
吐息が掛かる距離まで接近して、ジュリアスの胸は早鐘を打つ――八割の恐怖と二割の驚愕で。背中にとめどない冷や汗が流れていくし、呼吸が浅くなっていく。
引き攣るジュリアスの表情が写りこんだ、ルビーの瞳はしんなりと細められた。
読んでいただきありがとうございました!
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