アンデルセンは笑っている   作:小千小掘

16 / 62
かなり重要な問題が発生してるんですけど、前回で書いた「女子は男子寮に行ける」というルール、もしかして原作にはないやつですか? いくつかの二次創作で見かけていたのでてっきりあると思ってたのですが……。原作詳しい方、至急感想の方で教えてくださると嬉しいです。やらかしてたら修正します。オリ主関連以外に独自設定は作りたくないので、マジでお願いします。

前回短かった分、今回かなり長いです。お付き合いください。

サブタイはダブルミーニングです。


目標も計画も一丁前

「――ほう。それで、今お前の部屋には鈴音と櫛田が二人きりというわけか」

 

 清隆は僕の話を最後まで興味深そうに聞いていた。尤も、「ああ」や「なるほど」といった相槌がほとんどだったが。

 

「一体どんなユニークな会話が繰り広げられているか、気になるねえ」

「あの組合せでそこまで弾んだ会話ができるとは思えんが」

「だからこの作戦にしたんだ。逃げようって魂胆ならそうはさせない。鈴音(向こう)だって僕に聞きたいことはあるはずだから、軽率な判断をしないよう祈るしかないなあ。それに一応、ボチボチ話は積もっていたみたいぞ」

 

 内容まではわからないが、扉越しに籠った話し声のようなものが度々聞こえてくる。お通夜状態なんてことにはなっていないようだ。

 それなりな時間話していたつもりだったが、端末を見るとまだ十五分程しか経っていなかった。確かに夜は逃げないとは言ったが、冷気も逃げてはくれないんだよ……こういう時に限って時間の進みが遅く感じるのは合点いかん。

 

「それにしても、ゲームで例えるとはな。好きなのか?」

「やったことないって言ったろう? ちょっとした縁で、知人から熱い教育を受けたことがあるんだよ」

「娯楽に富んだ教師か。職務と照らし合わせるとチグハグだな」

 

 別に誰も教職の人間とは言ってないのだが……不要な説明をしてやることもないか。

 空を仰いでみるも、美の四大要素の一つであるはずのお月様は見当たらない。今日は昼から曇り空だった。梅雨でもないのにジメジメするのは適わん。

 

「ところで、結局問題の答えは何だったんだ?」

「ふっふっふ、それはなあ……」

「それは…………?」

 

 心の中で「ドゥルルルルルル……」とドラムロールを唱える。清隆が固唾を飲む気配が端末越しに伝わって来た、ような気がした。心して聞くがいいさ。君は次の瞬間、ガタリと転げ落ちることだろう。

 

「それは…………僕にもわっかんねえやあ!」

 

「……っ」

 

 ガタリ、と盛大な音が鼓膜に届いた。想定通りの流れだ。君の醜態をこの目でしかと楽しめなかったことだけが残念だよ。

 

「わからないのか……」

「正確には唯一解じゃないってことだなあ。ズバリと一言では答えられん。まあほら、禅問答みたいなもんさあ。言葉は解釈、だろう?」

 

 僕の言葉に対して清隆が溜息を零す。呆れ半分、入学初日の他愛もない会話への懐かしさ半分といったところか。

 

「確かにそうだが、それを知ったら鈴音が怒り心頭だぞ」

「補足はしたつもりだが、頬を膨らませる姫様も可愛いもんだねえ」

「後出しだったろうに、怖いもの知らずだな……あいつの場合は頬を(はた)くと言った方がしっくりくる」

 

 うん、いや、それはその通りなんだけど、ちょっとくらい夢見たっていいじゃない。ああいうタイプの子がそういう一面を見せればきっと映える。思考する仕草が一番画になるだなんてもったいない。万人笑顔が一番なのさ。君もその顔で朗らかに笑えば、案外多くの女子が見惚れそうだぞ。

 

「というか、君はもう僕に聞くまでもなく答えが出ているんだろう?」

「……やけに自信を持って言うんだな。オレは中学生レベルすらも怪しい学力なんだぞ」

「今まで散々誤魔化してきておいて今更それを真に受けると思うかあ……」

 

 それはどうせ君が手を抜いたからだろう? 感性が優れているだけで文武はイマイチというやつもいるが、これまでの言動からして君が能力を隠そうとしているのは大して想像に難くない。

 

「まあ今は君のことは置いといて、この問いが今後の彼女のためになるのは、君も理解しているところだろう」

「勿論だ。お堅い彼女にとって、良い頭の体操になるのは言うまでもない。奇想天外ではあったが、クイズ形式なら助言も与えやすいし、悪くなかったと思うぞ」

 

 自分の目的の為なら多少教えを乞う形になっても甘んじて受け入れられるみたいだからな。僕らを少しは認めてくれているのも相まって、その辺の心配はご無用だったようだ。

 その時、ドテドテと響く足音が聞こえてきた。どうやら話は終わったようだ。

 

「お、向こうのお茶会が終わったみたいだ」

「お茶は準備してなかったろう」

「あっはは、確かに。それじゃあまたなあ」

 

 鈴音たちに訝し気に思われてしまう前にと端末をポケットにしまったところで扉が開き、先に出てきたのは――櫛田だった。

 

「終わったのかい?」

「うん、ありがとね、浅川君。できたら今度、お礼させてもらうね」

「善意に見返りは必要ないんだが、君の気が済むのならぜひお願いするよ」

 

 予定調和のようなやり取りを終えて、櫛田がエレベーターに入るのを見届ける。

 ……あれ、おかしいな。鈴音が出てこない。血相を変えて掴みかかってくるものだと思っていたが。

 部屋の中へ戻ると、件の少女は腕を組み、目を閉じたままその場に座っていた。

 

「帰らないのか? 良い子は寝る時間だぞ」

「……ええそうね。でも、とても寝付けそうにないわ。誰かさんに怒れてしょうがないもの」

「まだ嫉妬中なのか? あれは冗談だよ。清隆はきっと寝ているだけだ」

「今回ばかりは惚けず答えてもらうわよ」

 

 君の憤慨など想定済みさ。開き直っていつも通りぬらりくらりさせてもらうぞ。

 

「ここは僕の部屋なんだ。逃げることはせん。だが、同時に君も逃がさんよ。僕だって君に聞きたいことがあるからね」

 

 僕はコップに再び水を入れ、鈴音の向かいに腰を下ろす。

 

「今度は君も必要になるぞ、これ」

 

 視線が交錯する。鈴音の突き刺すような瞳。普段の彼女自身の言葉遣いにも引けを取らない鋭さだ。一方僕の眼は、彼女からは間抜けで覇気のないものとして見えているのだろうか。

 

「……私から質問させてもらうわ」

最初(はな)からそのつもりだよ。まずはこれでも飲んで体から冷やしたらどうだい?」

 

 コップを掲げると鈴音は嘆息を漏らす。あくまで至言を吐いたつもりだ。君の熱を冷まさなきゃ、僕の問いにも答えてくれなさそうだからね。僕から尋ねようとしたところで絶対に「あなたが先に話しなさい」と言っていたはずだ。

 

「では、そうね……事の発端はいつ?」

「部活の説明会の翌日だなあ」

「そんなに前から?」

「おう。清隆からは良い返事をもらえなかったから、今度は僕にもお願いしようと思ったらしい」

「どうして月末まで何もしなかったの?」

「良い案が出なかったんだよ。考えが纏まったのはついさっき。即日決行って感じだったぞ」

 

 鈴音の質問攻めに淡々と答えていく。何だか食い気味だな。ストレス発散の意も籠ってない?

 

「じゃあ、その案というのは一体どんなものだったのかしら? 女二人を自室に連れ込むなんて大胆なことをしたあなたの考えを、ぜひ聞かせてもらいたいものね」

「僕自身はご退室させて頂いたんですけど……えっと、それはなあ」

 

 人聞きの悪いことを言うな。その不名誉を恐れたのも、自らが部屋を出て行った理由の一つだったと言うのに。

 にしても、振り返ってばかりで忙しいな。清隆との時よりも過去に遡るのか。

 数時間前の思考錯誤をぼんやりと思い出しながら、僕は鈴音の疑問に答え始めた。

 

―――――――――――――――――――――――――――――――――――

 

 図書館から帰ってくるまで、結局精良な策は浮かばなかった。おかげで帰り道の椎名との会話も上の空になってしまったな。至極申し訳ない。彼女にこれ以上心配を掛けさせないためにも、今日中にケリを付けなければ。

 部屋に入り、手洗いを済ませてからベッドへダイブし仰向けになる。時計を見ると、まだ六時、夕飯には少し早い。

 ………………。

 

 ――よっしゃ、いっちょ本気でやりますか。久しぶりだな、頭働かすの。

 こういう時に大事なのは、地に足を着けて一から軌跡を踏み歩くことだ。どんな時も、論理的思考は王道だ。

 まずは僕の中の大目標、最低限叶えたいノルマを設定する。櫛田からの依頼か、鈴音の意志か、僕の意志か。

 今回は……僕の意志だ。後ろめたさがないと言えば嘘になるが、依頼を承諾した時点で鈴音の意志には反しているし、清隆に打ち明けた通り櫛田への善意で引き受けたわけではなかった。その考えは揺らいでいない。

 次にどうやって鈴音から話を聞くかだが、突き詰めたこと、まして櫛田についてともなれば無理矢理にでも逃げだす可能性が高い。

 だから考えるべきなのは、『鈴音が逃げられない』状況に追い込むことだ。

 候補は……ケヤキモールのカフェは? 入学当初は一部の女子の溜まり場でしかなかったようだが、最近は男女共に多くの愛用者がいるのだとか。小難しい話をする時に周りの雑音で掻き消されるし、強引な行動は悪目立ちするはず……。

 いや、駄目だ。そもそも僕と鈴音はそんな人気の多い場所に行ったことがないから、大袈裟な話地の利がない。おまけに彼女の場合、他グループの出鱈目な会話はノイズとなって耳に障るだろう。却下だ。

 そうなると、密会ができるような場所がいいな。カラオケ……鈴音を誘い込む口実が作れない。特別棟……校内そのものに他人とエンカウントする可能性がある。寮……そうだ、個人のプライベート空間なら、確実に監視の目がなく、腹を割って話せる。

 なら、今度は誰の部屋が良い? 櫛田の部屋、はカラオケと同じ理由で論外だ。鈴音の部屋は……追い返されないか? 少し不安だ。僕だけでなく櫛田もとなると、とても部屋に入れてもらえそうにない。

 よし、消去法で僕の部屋に決定だ。鈴音をおびき寄せ、後から櫛田に合流してもらおう。……女子が二人、僕の部屋に、か。明らかに事案になるな。申し訳程度に自分は途中退席しようか。二人に対してお邪魔虫になってしまうかもしれないし、妥当な判断、のはずだ。

 段々とプロセスが整ってきた。何だか楽しいな。このままゴールまでまっしぐらと行こうか。

 次に問題になってくるのは簡潔明瞭、鈴音を僕の部屋へ呼ぶ方法だ。

 単純なのは何かで釣るというものだが……料理、は駄目か。あの子相当な腕前だった。弁当をちょびっともらった時もかなり美味かったし。ポイントも賄賂みたいで良い気はしない。友人同士で金の貸し借りは好ましくないし、根本的な話()()()()()()()()()からな。いっそ土下座でも決め込むか? いや、あの無慈悲な少女がそう簡単に陥落するとは限らない。利益無一文の土下座程情けないものはないだろう。

 くそ、ここで足止めか。そもそもの話、彼女が骨を追う犬のように目先の何かに振り回されるとは思えん。趣味も読書と料理くらいしか心当たりのない彼女が興味を寄せるものなどそう多くはない。

 ……いや、待てよ。だったら、()()()()()させれば良いのでは?

 『鈴音を引き寄せる方法』じゃない、『鈴音が今引き寄せられている物』を考えるんだ。関心事が少ないのなら、それをズバリ選んでしまえば良い。

 しかも僕は、最近彼女が思索に囚われているものをこの目で見ている。体験している。

 大筋は決まった。まずは『小テスト』について話がしたいという口実で鈴音を呼ぶ。こちらへ確実に呼ぶためにも、念のため男子が女子寮にいられなくなる時間を選ぼうか。

 予め三十分くらい経ったら来てもらうよう櫛田に連絡するのを忘れないようにしなければ。恐らくそれくらいあれば僕からの話は終わらせられるはずだ。そして彼女が来たら僕は退室し、内外の監視をしながら待機する。

 ………………。

 

 ――ほいっと、お休みしますか。

 結果的に、鈴音と櫛田に配慮のある計画にできたんじゃないか? 話題も鈴音にとって価値のありそうなものだし、櫛田も彼女とは一対一で話したいだろうしな。まあ櫛田の場合は執着心の強さ故に本気で僕のことを邪魔に思っていそうだ。

 最善かはさて置き優良解は導き出せただろう。時間は……ありゃ、二分も経ってしまったか。それなりに集中していたつもりだったが、やはり鈴音を呼ぶ流れを考える部分で時間をかけ過ぎてしまったか。

 清隆なら……あいつ一分足らずでできたりしないよな? ふざけなければ頭の回転にはそれなりの自負はあるが、簡単にコケにされてしまっては悲しいぞ。

 とは言え、これなら即日決行も十分可能なはずだ。早速二人にそれぞれメッセージを送って、のんびりディナーでも嗜みますかね。

 尤も、ディナーと呼ぶには些か質素が過ぎるのだけど。

 

―――――――――――――――――――――――――――――――――

 

「悔しい程にあなたの思惑通りね……」

「あっはは! それなら寧ろ計画し甲斐があったってもんだなあ。ほれ、水お飲み」

 

 鈴音はムスっとした表情のままコップを一口。――変ないちゃもんをつけられないように、念のため彼女の前でちゃんと洗うか。

 

「一応ありのまま話したつもりだけど、何か聞きたいことはあるかい?」

「そうね……最初に私としていた話は、ただの口実に過ぎなかったの? それとも――」

「いつかは話そうって思ってたからなあ。どちらかと言うと都合が良かったって形だなあ」

「……そういう風に解釈しておくわ」

 

 疑い深いな。そんなに信用されていないのか? こんなに物腰柔らかく温厚篤実な雰囲気を晒しているというのに。

 

「じゃあ、あなたが出て行く前の発言、あれはどういう意味?」

「どれのこと?」

「入れ替え、と言ったわよね?」

「ああ、それかあ」

 

 恰好良く捲し立ててその場を上手く締めたつもりだったが、そう上手くは伝わらないものだな。

 

「簡単に言ってしまうと、適材適所さあ」

 

 明かせば本当に大したことないものだ。

 鈴音は基本感情に流されない落ち着いた判断ができる少女だ。学力も高く、知力だって決して低くはないだろう。

 だが、足りないものがあることもまた事実。その代表例が協調性だ。実際今の彼女にとって最も足枷となっている。

 一方櫛田においてそこは最大の長所となっている。男女問わず好かれる彼女の才能は希少価値がある。それこそ、天賦の領域では不可能ではないかと疑える程に。

 思索は鈴音、統制は櫛田――と平田か――といった感じで分担できるというわけだな。

 その旨を説明してやると、鈴音は合点がいったように頷く。

 

「そうだろうと思ったわ」

「おお、気付いてくれたかあ」

「最初は面食らっていたけど、冷静になってからあなたの言葉を思い出せば、辿り着くのに難くなかったもの」

 

 ほらね。早速彼女の潜在能力が発揮されたわけだ。

 だが、そうなると少し疑問が浮かぶ。

 

「なあ鈴音。櫛田は何て?」

「……連絡先は交換したわ。必要以上の交流はしないという条件で」

「おお、よくできましたあ。君が他人と関わりを持つ気を起こせたとは」

「そこもあなたの思惑通りだったというわけよ。逃げられない状況で、櫛田さんは食い気味に迫ってくる。更に彼女の能力の必要性を諭されてしまったら、さすがに断り続けるのは難儀だったわ」

 

 なるほど、彼女の発言を噛み砕くと、自分のお眼鏡に適わない人材なら接しないということか。未だ協調性には変化なし、と。防御の堅い女だ。

 

「それで、入れ替えの意味ははっきりしたけれど、あなた、答えは一つじゃないと言ったわよね? 説明してちょうだい」

「仲間との役割分担程度で、件の敵は突破できると思うかい? そういうことだよ。それに、これは君自身がしかと考えて答えを出したほうが良い。クイズの醍醐味はそういうところにあるのさあ」

 

 未だ納得し難いと言った表情で鈴音は首を傾げる。まあ今すぐわかれとは言わない。わかるんだったら真面な答えの一つくらいは捻りだせるだろうからな。――それよりも。

 ゴホン、と一つ咳払いをしてから、僕は一番の本題へと話を移す。

 

「まあ自主トレ感覚でやってみんさい。――じゃあ次は、僕から質問させてもらおうかなあ。まあ既に感づいてると思うけど」

 

 そう言ってから僕は体一つ分一気に近づき、顔を少し引き締めてから問うた。

 

「櫛田との関係、教えておくれよ」

「……っ、別に、何もないわよ」

「これ以上ベラベラと声を出すのは面倒なんだけど……」

 

 追及されたくない気持ちはわかるが、言い逃れできないのはもうわかり切っているだろうに。

 

「僕はずっと部屋の外で待っていた。その間約ニ十分。連絡先交換だけであそこまで時間がかかるわけがない。僕や清隆に隠れて会っていたのなら、その時に交換できたはずだからそれもない。高校で少しも会話をしたことがなく、密室での邂逅だったにも関わらず、二人きりで長話ができる間柄なんて一つしかない。――同じ中学の出身だろう?」

 

 実の所、今回の計画のミソは、『二人だけの時のやり取りを知れる』ということだった。鈴音が反応に出す程の知り合いであるなら、第三者の影もない部屋では必ず会話は発生するはず。もし物音一つないまま事が済んでいたら今日問い詰めるのは渋っていたところだが、二つ返事で終わっていたらまだしもボロが出過ぎてボロボロだったぞ。

 

「……普段は飄々としているかと思えば、急に策士になるのね」

「僕よりもよっぽど優秀な策士が身近にいるがなあ」

 

 僕の中では椎名を思い浮かべたつもりだが、鈴音は清隆のことを言っていると捉えたのか何も言わなかった。

 

「温くなったろう。おかわり欲しい?」

「……お願い」

 

 彼女は観念したのか、素直に提案を呑んだ。長らく語ることを覚悟したようだ。

 僕からの手渡しに応じ、一口付ける。

 

「……正直なところ、私自身も最初は、櫛田さんが同じ学校の生徒だったことには気づなかったのよ」

「ほう。しかし、今回面と向かい合って話をして気付いたと」

 

 つまりはその程度の交流だったというわけだ。意外と面識が浅かったんだな。素直に受け取れば、他人に無関心な鈴音が知らない内に櫛田の中に何かを植え付けたということになるが、裏を返した場合、その事実だけでも接触する理由になる事情を櫛田が抱えていたという風に考えることもできる。

 

「ええ、そうね。ついでに、彼女は私のことが嫌いだということもはっきりわかったわ。本人は隠しているつもりだったようだけど」

「君が心にもない言葉を浴びせたって線は? 女子はそういうの根に持つみたいだぞ」

「この期に及んで冗談言うならやめるわよ?」

「え、本気で言ったんだけど……」

 

 普段の自分を思い出してみろ。同性から嫌われても何らおかしくはないぞ。以前櫛田が言っていたことも一理あると思ったくらいだし。

 まあいい。鈴音を信じるなら、正しいのは後者だったというわけだ。少しずつ雲が晴れてきたようだが、次に気になってくるのは――

 

「でも、コミュニケーション皆無で嫌われるなんてこと、普通あるのか?」

「それが……」

 

 彼女は続きを語る際に少し険しい顔つきに変わる。自分でもその真偽を吟味しているのだろうか。

 

「卒業間近の二月の末頃、三年のあるクラスで集団欠席が起こったの」

「インフルエンザ?」

「一斉に、よ」

 

 なるほど、それは確かに不自然だ。……睨むなよ。可能性を(しらみ)潰そうとこっちも真面目にやっているんだ。

 

「その時囁かれていたのが、一人の女子生徒による事件がクラス崩壊を引き起こした、というものよ」

「ほーん、それはまた物騒な。それで、その女子生徒というのが櫛田ってことかい? マドンナの経歴がその肩書とは真逆の所業とはねえ」

 

 果たして改心して今の彼女があるのか、その罪をひた隠しにするための仮面なのか。十中八九後者だろうな。

 

「事件の詳細は?」

「……わからないわ」

「わからない?」

「ええ、学校やメディアからの情報統制も厳格だったし、勿論当のクラスではなかったから。けど、生徒の間では色んな噂が立っていたみたい」

 

 噂、か。その類の一番恐ろしいところは玉石混合。掠りもしないホラと的の中心を射抜いた真実が一緒くたになっていることだ。有象無象の語る内容であるため、性格や表情からの分析なんて妙技もできない。

 

「耳が肥えてるんだなあ。輪に加わってもいないのに」

「決めつけないで」

「じゃあ一度でも加わったのかい?」

「黒板や机、壁にまでも誹謗中傷が書き連ねられていたり、木材やガラスの破片も散らばっていたりと、教室内は酷い惨状だったそうよ」

 

 ガン無視かよ……図星もいいとこだぞ。威張って意味の無い反論をするものではない。

 冷や汗でもかいたのか、ここで鈴音は水を口に含んだ。

 

「話の軸が噂頼りなのが少し弱いなあ。櫛田が君を狙っているってことは信憑性が高そうだけど」

「確かにそうね。虐めとか暴力とか、誰がやったやられたとか、どんな理由だったとか。噂は多種多様で曖昧だったみたい」

 

 キリのない話だが、最悪女子生徒が原因という根っこの話までデマだったなんて可能性もある。シュレディンガー理論だな。くわばらくわばら。

 

「それにしてもあなた、大して動揺もせずすんなりと受け止めていたようだったけど、まさか櫛田さんの裏に感づいていたの?」

「寛容なだけさあ。君が至って真剣に話すからね。信じようか迷う間もなかったわけだ」

「また本当か出任せかわからないことを……」

 

 ふむ、どうやら大筋は掴めたみたいだな。二人の関係性や、櫛田の秘めている本性の一端について。

 ……嘘、だろ。これは『大失敗』だ。

 色々知った体になっているが、僕が計画通りに得られた情報は――

 

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()だ。

 

 本来の目的を忘れる程落ちぶれてはいない。僕はてっきり、鈴音に関する情報の在り処を櫛田が握っていると思っていた。

 彼女の鍵は、そこにはなかった……?

 

 僕はいつからクラスのマドンナに惹かれていたと言うのか。今は彼女のことなんてこれっぽっちも興味ないよ。

 

「話は理解したよ。ありがとなあ。櫛田との邂逅が多少強引な形になってしまったことは、改めて謝らせてもらう」

「仕方ないわ。私も得るものがなかったわけでもないし、どうにか納得してあげる。――話は終わりね、これで失礼するわ」

「おう。――あ、ちょっと待ってくれ。コップ洗うから」

 

 慌ただしく厨房へと向かう僕を見て、彼女は心底不思議そうな顔をする。

 

「何故あなたの洗い上げを待つ必要があるの?」

「君が根も葉もない濡れ衣を掛けてこないようにするために決まってるだろう?」

「するわけないじゃない」

「どうして言い切れる?」

 

 生憎そういう悪意に関して君への信頼はゼロだよ。

 

「私がそれを言いふらせば、私が浅川君の部屋に入って食器まで使ったということを明言したことになるのよ。面倒なことになるに決まってるでしょう」

「……ああ、確かに」

 

 あの集団なら訳のわからん囃し立て方をする可能性は否定できない。清隆でさえ時々揶揄ってくるかもしれない。こういうところは鋭いな。

 

「じゃあ今すぐ洗う必要もなかったかあ。()()だけに()()()()ングだぜえ」

 

 「帰るわ」と言って、鈴音は立ち上がり玄関の方へと向かって行った。くそ、彼女最近僕に対するスルースキルが著しく向上している。

 見送りに出るも、心中穏やかではない。想定外の残念な結果に悲壮感、焦燥感、喪失感、虚しい感覚が次々と沸き上がってくる。

 

「浅川君、最後に一つだけいいかしら」

 

 だからこそ、帰り際の彼女の問いに一瞬たじろいでしまった。

 

「今日の話、あなたはクラス抗争に協力するということでいいの?」

 

「……っ、……未定だなあ」

「そう……もうあまり、時間はないわよ」

「ああ、わかってる」

 

 鈴音は足早にエレベーターの方へ歩いて行った。

 ある意味一番利益を得たのは彼女ではないだろうか。僕から助言をもらい、懸念要素はあれどクラスの中心人物とのコンタクトも取れた。やるじゃないか、この僕を手玉に取るだなんて。

 心の内でトホホと嘆き、――――僕はポケットから端末を取り出した。

 

「で、どうだった、清隆?」

「お前の企みが頓挫して爆笑していた」

「感情を乗せてから言い直してみろ」

 

 簡単な話だ。僕はあの時、通話を切っていなかった。鈴音とのやり取りをダイレクトで提供するために。

 鈴音の話を清隆にも知ってもらうには、これが最善だったのだ。

 彼女の中で、この一件は全て彼の預かり知れぬところで起こったということになっている。後に清隆の方から彼女に話を聞くのは不自然だ。態々僕が櫛田からの依頼を一人で請け負った意味が薄れてしまう。

 となれば僕経由で知るしかないのだが、それなら鈴音の口から語られるありのままをリアルタイムで聞かせてやる方が間違いもないし、僕自身説明の手間が省けて良いこと尽くめだったというわけだ。

 

「本来の目的とはズレてしまったが、櫛田のことについて、どう思ったか聞いてるんだよ」

「僅かだが、心当たりならある」

「え、まじかあ」

 

 彼は櫛田と既に二回会話を行っている。しかも初回はサシでだ。さっき得た情報と関連のありそうな何かに気付いたのかもしれない。

 

「櫛田に相談事をした時、彼女は確かに人気者に相応しい輝きを放っていたんだが、どこか他人の秘密を抜き取るテクニックのようなものを具えていたように思う」

「テクニック?」

 

 清隆が言うには間違いないのだろうが、なるほど、僕が入学日に鈴音に対して試みようとしたことを、櫛田は相手に不快感を与えないシチュエーションを正確に測って実行できるというわけか。

 

「初めから相談目的で話し始めたから、別に喋らされたという形になったわけではないんだが、その後の言動からそういう節があった。加えて、下校中の彼女の発言は、既にクラスの何人かの秘密を握っているかのようだった。流石に人名や内容は伏せていたがな」

「そいつあ……バケモンだなあ」

 

 学校二日目で秘密を握る? 恐ろしい才能だ。一か月経とうとしている今じゃ、他クラスにまでその手が届いている確率は非常に高い。まあそれに気づいた清隆も何だか化け物じみている気がするが、黙っておこうか。

 

「そう考えると、櫛田は同級生の秘密を暴露して学級崩壊を起こした、ってことか?」

「可能性は高い。人を陥れる上で一番効くのは『真実』だ。口先だけの戯言を並べたところで、一クラス全員の心を同時に壊すには弱い気がする。最悪嘘だとバレたら、狼少女として孤立するかもしれないしな」

 

 なかなか酷なことをする。特殊癖、コンプレックス、恋、中傷、数多の秘め事を掌握した女神が実は既に堕天していて、ついには暴走を始めたともなれば、僕なら堪ったものではないな。

 

「じゃあ、一体トリガーは?」

「鈴音は、櫛田にはきっと裏があると言っていた。何かの拍子で誰にも見せてこなかった本性が露呈して、非難の的になったってところじゃないか?」

 

 なるほど、僕らが得た情報だけを結び付けるとしたら、それが一番あり得そうだ。自分のことを慕ってくれていたはずの友達から手の平返しを受ける。普段の自分を押し殺して良い顔してきた人間が、豹変するのには十分なきっかけだ。

だけど、それって……。

 ――――何か、可哀想だな。

 過った感情を自分の胸中に留め、僕は話題を切り替えた。

 

「大体わかった。ところで清隆。君、結局『櫛田』呼びのままなのかい?」

 

 何だかんだであの朝櫛田と話して以降、清隆が彼女を『桔梗』と呼ぶのを一度も聞いていないのだが、鈴音に続いて彼女まで不機嫌になってしまっては胃もたれが酷くなるというものだ。

 

「あー、それは……やはりクラスメイトが男女揃って苗字で呼び合う中、オレだけが彼女を呼び捨てするのは抵抗があってな。鈴音はクラスで目立っていたわけでもないしお前が先に呼び始めてくれたから勇気を出せたが、櫛田については二人きりの時だけにしようかなと」

「…………あっはは、う、うん。ぷっ、き、君が、はは……それで良いなら、あは、僕は何も言わなっふふ…………言わないよ、ははっ」

「な、何だよ。そんなおかしなことを言ったか?」

 

 どうやら本気で言っているようだ。尚更笑えてくるな。二人きりの時だけ呼び捨てとか、その方が余程怪しい関係に感じられてしまうということをわかっていないらしい。人付き合いに関しては本当に初心だなコイツ。可愛いものだよ。いざその時になって恥ずかしい思いをする君をぜひとも見たいものだ。

 

「……まあ、いいか。なあ恭介。オレからも一つ聞いていいか?」

「え? ああ、いいけど」

 

 この流れで清隆から質問か。一体何だ?

 

「お前は――――――()()()()()()()()()()()()()()()()んだ?」

「――耳掃除でもしたらどうだ? 鈴音と話していた時に一言も気づいただなんて――」

「気づかなかった、とも言わなかったろう。一言で否定しなかったのは、気付いたことを隠したいが鈴音に嘘を吐きたくもないという葛藤の結果だ。違うか?」

 

 あまりに突拍子の無いことを言うものだから驚いたぞ。そんなところにまで注意して聞いていたのか。鈴音の発言にだけ耳を傾けていれば良いものを。言葉選びが下手で偶然言わなかったという可能性を考えないのかい?

 

「どっちも言ってないならどっちもありだなあ。僕が言ったのは『()()()()()()()()()()()()()』という事実だけ。真実は闇の中ってわけさあ」

「ふっ、そうだな。良くわかった。迷う間もなかったんだよな。――ああ因みに、後から追及されないように先に言っておくが、オレも()()()()()()()()()()()()()()()()()()ぞ」

「へえ、君もねえ。まあ櫛田とは多少親しくしていたみたいだから、知っていることの一つや二つはあるんだろうなあ」

 

 僕らはクスリと笑い合った。

 「茶番だ」、お互いその思いで一致していることだろう。

 だが、これくらいでちょうど良いのかもしれない。自分の深淵を隠し、お互いそのことに気付きながらも善しとしている。その生活を楽しめているのならなお、後ろめたさは不要だ。今はこれが、僕らに最適な距離なのだろう。椎名の時と同じように、近づこうが離れようがそういう距離が心地良く感じるのは、毎度変わらない。

本来子供同士の関係など、これくらいであって然るべきなのだ。

 ――少しは、落ち着いたのかな。

 

「だが、良かったのか?」

「ん?」

 

 感慨に浸っていると、清隆に突然意識を引き戻される。水を差すことをするじゃないか。何だね。

 

「お前の鈴音に対する言動は、今後のクラス抗争に対し協力的な姿勢を取ったとも取れる。テストは学力にしろそれ以外にしろ実力を測る上で重要なファクターだ。別の思惑があったとはいえ、こうもあっさりと彼女の前でアクションを起こしたことには、少し驚いたぞ」

 

 なるほど、確かに清隆の発言は的を射ている。思い返してみると、Sシステムだのポイントだのの話は全て鈴音が先導していたし、清隆もこの前彼女に協力する姿勢を示していた一方、僕が進んで行ったのは入学日放課後の考察くらいで、それも鈴音の指令を思い出したからに過ぎない。

 そんな僕が、小テストに対する見解のみならず今後の戦いに繋がるアドバイスまでしたのは、清隆の目には奇妙に映ったようだ。

 ただ、当の本人としては、何も不合理な行動だとは考えていなかった。

 

「……僕が君と初めて電話した時に言ったこと、覚えてるか?」

「ああ、覚えている」

 

 僕はあの時、鈴音の『羅針盤』になると言った。今回の行動を自分で容認できたのは、その宣誓に従った結果だ。

 次に来るであろう清隆の反論は予想できた。

 

「だが、それではやはり、オレたちに協力するということに――」

「いいや清隆、それは違う。僕は鈴音個人に手を貸しただけだ。そこから逸脱する行動を取ったつもりはないよ」

 

 彼女の力になることと彼女の戦いに協力すること。この二つには、決定的な違いがある。それが未だなお、僕を縛り付ける最大の楔となっている。

 

「――部品の欠けた羅針盤なんて、誰もが愛着をもって使い古してくれるわけじゃないだろう?」

 

「――? …………! そうか、お前は……」

 

 やはりわかったか。そういうところだぞ。惚けていれば、君の実力にもまだ隠しようがあるというものを。

 

「それは……何だか複雑な気分になるな」

 

 漏らしてしまった、本音の一部。今まで隠してきたのにな、どうしてこのタイミングで。

 盟友のことを信じていたから? 彼のことを、親友だと認め始めているのだろうか。

 怖くなったから? 独りで恐怖を抱え込むことに、耐えきれなくなったのだろうか。

 申し訳なかったから? 罪悪感で、少しでも明かしてやろうと思ったのだろうか。

 どれも、違う気がする。

 近いのは、『疲れた』だろうか。

 迷っても悩んでも、それが必要な事だとわかっていようと答えが出せないのではどうしようもない。進めなければ、意味がない。

 最後に前を見据えられてこその価値なのに、僕の意思も行動も、向けられた先は過去ばかりだ。

 だからこそ自分を嫌いになって、そんな自分に見切りを付けたくなって。

 かなぐり捨てたくなった。

 ()()なら、今の僕を見て何と言うだろうか。きっと、鼻で嗤うんだろうな。

 これ以上考えても、どんどん悪い方向に行くばかりだろう。打ち切るか。

 

「まあ、湿気た話も混ざっちゃいたが、総括すれば愉快な夜だったと僕は思うぞ」

「同感だ。なかなかに良いティータイムだった」

 

 何はともあれ、最終的にはこの盟友と楽しい一時を送れたのではないだろうか。依頼の件もどうにか丸く収めることはできたし、及第点は越えられたと見ていい。

 一件落着、だな。

 

「外で体感したが、今夜もまだ良く冷える。体を温かくして寝たまえよ。――さて、今宵同じ月を拝めなかったのは惜しいが、夜明けに美しく輝く太陽の下、君と並んで歩けるのを心待ちにしているよ。それじゃ、おやすみなさい。良い夢を」

 

 痛々しいくらいのあざとく格好つけた言葉で、僕は彼との長電話を締めくくった。

 厨房へ向かい、清隆との会話がてら準備をしていた白湯を一口、喉に通す。ざわついていた心が鎮まっていくのを感じた。

 ……ふぃー。

 …………。

 「明日は土曜――」と聞こえてきたのは、恐らく空耳だろう。

 




白湯は睡眠導入に効果があるそうですよ。寝る前に心を鎮めてくれるみたいです。不眠症の方はぜひお試しを。

さて、ちょいとデカめな改変。サシで話した結果、鈴音さんのお気付きが早くなりましたとさ。正直言って、今後予定してる脚本的にあまり意味のない改変だと思ってるんですけども。

恭介と清隆の関係、できるだけ良好な感じを描いてやりたいんですけど、難しいものですね。

次回で五月に突入です。やっとだぜ。宣言通りにいきそうで一安心。

再び学業の方がヤバいので、次は少し空くかもしれません。

オリ主の過去話について(どれになっても他の小話もやるよ)

  • 止まるんじゃねぞ(予定通り,10話超)
  • ちょっと立ち止まって(せめて10話以内)
  • 止まれ止まれ止まれ…!(オリだけ約5話)
  • ちょ待てよ(オリキャラだけ,3話)
  • ムーリー(前後編以内でまとめて)

▲ページの一番上に飛ぶ
Twitterで読了報告する
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。