リベラリズムの最大の徳目は「寛容の原理」であり、「他人の意見を尊重する」ことである。
日本のリベラル達は、「寛容の原理」の根拠を価値相対主義に置く。しかし、それでは「不寛容」と「寛容」の価値が同じになってしまい、矛盾である。
井上達夫は、寛容の根拠は「自己の可謬性の承認」だという
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会話
返信先: さん
「自己の可謬性の承認」とは、「自分も間違っているかもしれない」ということだ。だから、多様な意見を尊重し、自己の意見が修正される機会を担保しておく。
この考え方は、JSミルの「自由論」の中で表明されている。
言論の自由の保障は、真理発見の手段であるという、功利主義に親和的な思想だ。
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この考え方を進めていくと、「思想の自由市場」という考え方につながる。言論と言論を市場で競争指させれば「真理」が発見できるという考え方だ。米国のホームズ裁判官が唱えた。
ミルにせよ、ホームズにせよ、「真理」の存在を前提にしているから、価値相対主義とは異なっている。
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以上は、英米圏の思想だが、大陸系では、そもそも真理真実そのものが存在しないという価値相対主義が優勢となった。1930年代のケルゼンが代表だ。
真理真実が存在しない以上、多数決で決めるしかない。ケルゼンの思想はナチの出現に対抗出来なかった。
戦後ドイツでは「闘う民主主義」が採用される
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戦後日本リベラルが「価値相対主義」を主張するのは、ケルゼンの影響が残存していること、ファシズムに対して深刻に反省していないこと、の2つが原因だ。
そのため、日本では、リベラルではなく、我々左派が、価値相対主義を斥け、ロールズの「正義論」や「闘う民主主義」を主張する捩れが生まれる。
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価値相対主義に依拠した「寛容」は善も悪もないという考え方だから、「ズブズブの寛容」に至る傾向がある。
他方、自己の可謬性の承認に依拠した「寛容の原理」は、価値相対主義に依拠しない我々左派も採用可能である。
正義を断固主張する、我々左派の進むべき道だ。
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