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「5千人の中国人が暴動」長野五輪めぐり拡散した情報は誤り。航空自衛隊元トップが「忘れてはならない」と発信

「長野五輪で5千人の中国人が集合し暴動になった」という発信者は元航空幕僚長の田母神俊雄氏が発信した言説は、11年ほど前からSNS上などに書き込まれるようになり、たびたび拡散してきたものだ。

外国籍の人たちの住民投票への参加に関する議論をめぐり、「長野五輪で5千人の中国人が集合し暴動になった」という情報がSNS上で拡散された。

しかし、これは誤りだ。長野五輪で暴動が起きた事実はない。2008年夏の北京五輪の際、長野市内で開かれた聖火リレーで起きた混乱が、1998年冬の長野五輪と混同されたものとみられる。

なお、北京五輪の聖火リレーについても、警備にあたった長野県警や主催者だった長野市は、「暴動」ではなく、五輪賛成派と反対派の双方に起因する「混乱」だったという見方で一致している。

同様の言説は10年以上前からネット上に広がっていた。BuzzFeed Newsはファクトチェックを実施した。

Twitterで拡散したのは12月13日。元航空幕僚長の田母神俊雄氏の以下のような投稿に、1万5000以上の「いいね」が集まった。

「武蔵野市の住民投票条例は他の多くの自治体の条例と違って永住外国人のみならず在留期間が限られる留学生などにも日本人と同じ条件で投票権を認めるものだ。中国が多くの中国人を武蔵野市に集中させれば武蔵野市は乗っ取られる。長野五輪で5千人の中国人が集合し暴動になったことを忘れてはならない」

この「武蔵野市の住民投票条例」とは、法的拘束力のない住民投票制度を創設するための条例案のことだ。3ヶ月以上市内に暮らす18歳以上が対象とされ、外国人も参加できる内容から賛否が割れていたが、市議会本会議で12月23日、反対多数で否決された。

田母神氏の「武蔵野市は乗っ取られる」という発言については議会でも取り上げられた。武蔵野市側は、市内の人口密度が高いため多数の新規住民が転居することは難しいと反論。不正があった場合も調査できるとして、「大量の人が入ってくる懸念は当たらない」と説明している。なお、いまの市の外国人住民は3098人(人口の約2%)だ。

一方、「長野五輪で5千人の中国人が集合し暴動になった」という言説は、11年ほど前からSNS上などに書き込まれるようになり、たびたび拡散されてきた。

1998年冬に開かれた長野五輪で、実際、そのようなことがあったのか?

長野県警警備2課はBuzzFeed Newsの取材に対し、「承知していない」と回答。また、長野市スポーツ課の担当者も「極めて平和的で、そのようなことは一切なかった」と否定している。

北京五輪の聖火リレーで起きたこと

では、言説の出どころはどこなのか。実は長野市内では冬季五輪から10年後の2008年夏、北京五輪の聖火リレーが開かれていた。この際、中国人留学生が全国から動員された。当時の報道によると、3000〜5000人が集まったとされる。

一方で、中国を批判する人たちの姿も多かった。当時の中国政府はいまのウイグル自治区同様、「チベット自治区」に関して国際社会から厳しい視線を浴びていた。同化政策などが問題視されていたチベット・ラサなどで騒乱が起きたばかりだったからだ。

長野県警や長野市の担当者、公安調査庁の情報を総合すると、チベット問題を訴え北京五輪に反対する人たちの姿が目立ったほか、国際人権団体、さらに日本の右翼団体なども集まっていたという。

県警は警備に3000人を投入。盾を持った数人がランナーを守り、さらに100人で人垣を作るなど、厳戒態勢となり、現場は混沌としていたようだ。朝日新聞(2008年4月26日)や産経新聞(同日)は、その様子を次のように伝えている。

朝日新聞

沿道には早朝からチベット暴動をめぐって中国に抗議する人や、逆に中国を応援しようという人らが詰めかけた。中国人留学生団体の代表によると、留学生は3千~4千人。複数の場所でにらみ合いや小競り合いが起き、警察官が阻止する場面も相次いだ。日本の右翼団体と中国人の団体とのいざこざで中国人の男性が額にけがをする場面も。

産経新聞

コース沿道では、リレー開始の数時間前から中国国旗の五星紅旗が沿道を埋め、チベット系の団体を圧倒した。「中日友好」などと掲げてはいるが、日の丸はほとんどなかった。中国人らが五星紅旗を振りながら大声をあげ、高揚感に包まれて小競り合いが頻発。

産経新聞は詳細な時系列もまとめている。それによると

  • 「チベット人支援団体と中国人の小競り合い」(午前6時半ごろ)
  • 「右翼団体と中国人が衝突」(午前7時ごろ)
  • 「数十人のグループが中国人らの国旗を奪い取り小競り合い」(午前10時半ごろ)
  • 「沿道で中国人男性2人が殴られ病院に搬送」(同40分ごろ)


といった混乱が起きていたという。

「暴動」ではなく「混乱」だった

2008年の北京五輪をめぐっては、フランス・パリでは抗議活動を受けて聖火リレーが打ち切られた。韓国でも中国人留学生が投石するなど、暴力沙汰に発展。各国で大きな混乱が起きている。

一方の日本では、一連の「小競り合い」で中国人男性4人がけがをしたが、いずれも軽傷だったという。「フリーチベット」と叫んでリレーに乱入した亡命チベット人2世の台湾人や、車道に飛び出した男性、右翼団体の構成員など、6人の逮捕者が出ている。

NHK(2008年4月27日)によると、当時の高村正彦外相は聖火リレーについて以下のようにコメントしている。

「もっと平穏に行われたら良かったというのはもちろんだが、逮捕者の中に中国人やチベット人は1人もおらず、双方とも暴力はいけないということは徹底していた。警察がきわめて良く警備をしてくれて、たいへん良かった」

2008年夏の北京五輪の聖火リレーで起きた混乱の様子はネット上でたびたび拡散しており、「中国人留学生による暴動」と指摘されるようになった。さらに長野市内で開催されていたことから、1998年冬の長野五輪と混同されるようになったとみられる。

警備にあたった長野県警も、主催者だった長野市も、北京五輪の聖火リレー時の混乱について、五輪賛成派と反対派の双方に起因する混乱だったとの見方を示した。

長野市の担当者は「主張が異なる人たち同士による混乱が起きていたが、破壊や暴力行為など、いわゆる暴動ではなかった」。県警の担当者も「暴動が起きた事実は承知していない。逮捕されているなど混乱はあったが、暴動とはまったく違う」とコメントした。

長野市内で開かれた2008年夏の北京五輪の聖火リレーに数千人の中国人留学生が動員され、中国の姿勢に抗議する人たちとの間で混乱が生じたことは事実だ。しかし、北京五輪の聖火リレーにおいても、1998年冬の長野五輪においても、「中国人による暴動」が起きた事実はなかった。

こうした言説は、外国人への差別・排斥感情の醸成にもつながりかねない。拡散には注意が必要だ。


なお、本件について日本オリンピック委員会広報部には12月16日に質問状を送付したが、27日まで回答はなかった。理由について「こちらで回答するものではない」などとしている。


BuzzFeed JapanはNPO法人「ファクトチェック・イニシアティブ」(FIJ)のメディアパートナーとして、2019年7月からそのガイドラインに基づき、対象言説のレーティング(以下の通り)を実施しています。

ファクトチェック記事には、以下のレーティングを必ず記載します。ガイドラインはこちらからご覧ください。また、これまでBuzzFeed Japanが実施したファクトチェックや、関連記事はこちらからご覧ください。

  • 正確 事実の誤りはなく、重要な要素が欠けていない。
  • ほぼ正確 一部は不正確だが、主要な部分・根幹に誤りはない。
  • ミスリード 一見事実と異なることは言っていないが、釣り見出しや重要な事実の欠落などにより、誤解の余地が大きい。
  • 不正確 正確な部分と不正確な部分が混じっていて、全体として正確性が欠如している。
  • 根拠不明 誤りと証明できないが、証拠・根拠がないか非常に乏しい。
  • 誤り 全て、もしくは根幹部分に事実の誤りがある。
  • 虚偽 全て、もしくは根幹部分に事実の誤りがあり、事実でないと知りながら伝えた疑いが濃厚である。
  • 判定留保 真偽を証明することが困難。誤りの可能性が強くはないが、否定もできない。
  • 検証対象外 意見や主観的な認識・評価に関することであり、真偽を証明・解明できる事柄ではない。

UPDATE

一部表記を修正しました。


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