移ろいゆく自然の瞬間をとらえた印象派は、工業化と都市化が進む19世紀後半のフランスで活躍しました。当時の画壇において権威を誇ったアカデミーのヒエラルキーでは下位に位置付けられていた風景や室内、近代的な日常生活など、身近な主題を好んで描きました。続くポスト印象派は、印象派の主題を踏襲しながらも、独自の表現を達成しました。本章では印象派の画家が特に好んだ、水と水鏡の反映を通して、印象派の風景表現の特質を浮き彫りにします。
1850年代半ばに活躍したバルビゾン派をはじめとするフランスの風景画家たちは、風のそよぎ、梢の揺らぎといった、自然のささやかなエピソードに画趣を見出しました。印象派の画家たちは、バルビゾン派が得意とした身近な自然の営みの表現とともに、野外での労働という主題も受け継ぎながら、セーヌ川やオワーズ川の流域にモティーフを求めました。印象派の主題は、ポスト印象派も継承しました。本章では自然、そして人のいる風景を取り上げます。
バルビゾン派の風景画家たちは、冬になると村を去り、都会で生活していましたが、街を主題とすることはほとんどありませんでした。対照的に印象派とそれに続く画家たちは、しばしば都市景観そのものを描き出しています。作家のエミール・ゾラは、「先人たちが森や川の詩を発見したように、今日の画家たちはいま、鉄道駅の詩を発見せざるを得ない」と述べました。本章ではゾラが指摘した変化を敏感に取り入れた印象派と、その後継者たちが描き出す、都市の容貌を展観します。
印象派は、同時代の人の表情、しぐさなど、日常生活の何気ない瞬間までもとらえようとしました。かつて詩人のボードレールが、日常生活のさりげない表現を「造形的スラング(俗語)argot-plastique」と名付け、アカデミーの芸術家が追及した堅苦しい公的表現との差異化を図ったことが想起されます。日常の瞬間を切り取る印象派の特性は、ポスト印象派にも受け継がれ、肖像画そして静物画においても、日々の暮らしを表現することが好まれました。