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第二十八話:葛原葛男と網走颯


 俺・白雪・桜の三人が、集合場所である朝礼台の前に並ぶと――既にそこで待機していた男が、軽薄な笑みを張り付けながら、こちらへ向かってくる。


(……こいつが網走(あばしり)か……)


 白雪の調査書に顔写真があったので、一目見てすぐにわかった。


 網走(そう)

 癖の強い濃紺(のうこん)のショートヘア、目鼻立ちの整った端正な顔をしており、表情全体から自信と余裕が(うかが)えた。


「やぁ、逃げずによく来たね。その勇気だけは褒めてあげるよ――葛原(くずはら)葛男(くずお)くん?」


 明らかにこちらを見下した網走は、大きくバッと両手を広げる。


「ふふっ、凄い数だろう? せっかくの弾劾裁判だからね。みんなに見てもらおうと思ったんだ、キミの惨めな醜態をさ!」


 どうやらこの大観衆は、俺を晒しモノにするため、わざわざこいつが呼び集めたものらしい。

 まったく、いい性格をしているな……。


「おいおい葛原、黙ってばかりじゃ盛り上がらないぞ? この裁判は『ショー』なんだ! 何か面白いことでも言って、この場を温めてくれよ! ――ってごめんごめん、キミのような陰気な男には、ちょっと難しいお願いだったかな?」


 網走が(あお)り、大勢の観客がドッと沸いた。


「あ゛ー……それじゃ御要望にお応えしようか」


「おぉ、なんだいなんだい?」


「お前の妹、網走瑠璃(るり)ちゃん。今日は青桐(あおぎり)中学校に遠征だっけ? あの辺りは治安が悪い、帰り道には気を付けた方がいいぞ。俺みたいに眼つきの悪い男が、うろちょろしているからな」


「何故、妹のことを……っ。まさか、瑠璃(るり)を人質に取るつもりか!?」


「ただの世間話だ。それよりどうだ、温まったか?」


「くっ、ふざけた真似を……ッ」


 網走は眉間に皺を寄せ、ギッとこちらを睨み付けた。


 すると次の瞬間、桜が興奮気味に声をあげる。


「く、葛原選手、開幕早々になんというダーティプレイでしょうか!? 相手の心を揺さぶるいやらしい口撃(こうげき)! あの腐った眼でそんなことを言われたら、脅迫にしか聞こえません! 実況の白雪さん、これをどう思いますか?」


「実況になった覚えはありませんが……。葛原くんは心理戦のエキスパート、口も立つし頭も回る。そして何より、やり方が陰湿極まりない。彼に舌戦(ぜっせん)を挑むのは、あまり得策じゃないでしょう」


 そんなこんなをしているうちに、本校舎から出てきた日取(ひとり)先生が朝礼台に登る。


「えー、おっほん……。定刻になったので、これより弾劾(だんがい)裁判を開始する!」


 彼女の張りのある声が、校庭に響き渡った。


此度(こたび)の裁判は、2年3組網走(あばしり)(そう)発起人(ほっきにん)となり、全校生徒の3分の1――合計115人の署名を()って、選挙管理委員会より要請されたものだ。被訴追者(ひそついしゃ)は、現職の生徒会副会長2年1組葛原(くずはら)葛男(くずお)。弾劾規定に基づき、これより本件の簡易的な説明を行う!」


 先生はそう言って、簡単にルールを語った。


 弾劾裁判は、三種の競技を実施し、先に二本獲った方の勝利。

 第一種目は発起人が、第二種目は現職の生徒会役員が、それぞれの得意な競技を選択。

 最終種目のみ、厳正なる抽選によって決定する。


 特に変わったことはない、二本先取のシンプルな実力勝負だ。


「ではこれより、第一種目を()り行う。さぁ網走(あばしり)、キミの最も得意な競技を選ぶといい」


「もちろん、『400メートル走』――っと言いたいところですが、さすがにそれは大人気(おとなげ)がなさ過ぎる。今回は『ハンドボール投げ』ぐらいにしておきましょうか。新体力テストで全員やったことがあるし、ボクの(よろず)に優れた運動能力を見せつけられる」


「よし、わかった。それではこれより、第一種目ハンドボール投げを実施する!」


 それから俺たちは、陸上部が練習で使っている、砲丸投げのエリアへ移動した。


「さて、と……ボクが先手でいいかな?」


「お好きにどうぞ」


「ふふっ、では遠慮なく」


 網走はハンドボールを握り、サークルの中で精神を集中。


 そして――適度な助走と共に、勢いよく投げ放つ。


「ハァッ!」


 ボールは斜め45度、ぐんぐんと飛距離を伸ばしていき――やがてボスンと落下。


「――52メートル!」


 記録測定係が、大声で結果を報告した。


「ご、52……!? ハンド部の俺でも40そこそこだぞ……っ」


「ヤバッ! 網走くん、めちゃくちゃ強肩(きょうけん)じゃん!」


「さすがは部活連(ぶかつれん)副会頭(ふくかいとう)、運動全般マジで(つえ)ぇな」


 野次馬勢の反応を見て、網走(あばしり)は満足気に微笑む。


「ふふっ、まぁこんなものかな。――さて、次は葛原の番だ。オーディエンスに笑われないよう、精々頑張るといい」


「はいはい」


 俺はサークルの中央に立ち、大きく腕を振りかぶり、それなりの力で投げる。


「そら……よっと!」


 ボールはかなりの勢いで進み――遥か遠方でボスッと落下。


「――32メートル!」


 記録係が読み上げ、


「ふむ、第一種目の勝者――網走(あばしり)(そう)!」


 日取(ひとり)先生が判定を下した。


 あっという間に0勝1敗。

 次の勝負で負ければ、副会長追放。

 早くも崖っぷちに追い込まれてしまった。


「く、葛原くん……っ」


「こらー! なんですか、今のダルそうな投球は!? もっと気合いを入れてください!」


「うるせー。気合いで飛距離が伸びるか」


 高二男子の平均記録は、27メートルそこそこ。

 32メートルは、それなりにいい結果だろうが。


「くくっ、葛原が副会長でいられるのも、後ほんの僅かな時間だけだね。――さぁ、次はそちらの番だ。もちろん、遠慮はいらないよ? キミが最も得意とする競技を選ぶがいい!(知力・体力・運動能力……どれ一つとして、こいつに負けるものはない!)」


「そうか。そんじゃ二戦目は――これ(・・)で」


 俺はそう言って、右腕を軽くあげた。


「……なんだ、それは?」


「じゃんけん」


「じゃ、じゃんけんだと……!?(たった一度の貴重な選択権、それを勝つも負けるも2分の1――運否(うんぷ)天賦(てんぷ)のじゃんけんに使うなど狂気の沙汰……っ。尋常(じんじょう)の発想ではない……ッ)」


 網走は何故か固まっていた。


 あれ、もしかして……じゃんけんのルール、知らない?


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