干支試験、四日目。
本来なら今日は特別試験の最終日だ。
しかし昨晩を以て、
本日の正午を
「
すっかりと行きつけになったカフェ、『ブルーオーシャン』にて、対面に座っている
どう答えたら良いかオレは思い悩む。
「
昨晩。
そのために三クラス分──合計九人の『優待者』を明らかにする必要があると彼女は考え、堀北はそれを実行してみせた。
どのクラスからも批判の声は出た。特にAクラス陣営は顕著であったが、覚醒した堀北が相手ではまるで相手にならなかった。
その後堀北は各クラスの代表者を集め、彼らと共に特別試験の『根幹』に挑んだ。
そしてとうとう──Aクラスが虎を、Bクラスが蛇を、Dクラスが犬を
「むしろ問題はこの後だな。この先のクラス闘争にどのような影響を与えるか……その規模が完全に予測出来ないのが難しい」
「ふぅーん。
と、千秋はオレから目を離し、周りを見渡す。
現在時刻は午前十一時。昼食には少し早いが、早すぎる時間帯でもない。席は程々に埋まっており、その中にはクラスメイトの姿もあった。向こうも気付いているのか、度々オレたちに無遠慮な視線を送っては、ひそひそと囁き合って、また嫌な視線を送ってきている。
彼女はオレに注意を戻し、
「何で私たちは今、こうして会っているの?」
「嫌だったか?」
そう尋ね返すと、彼女は渋面を作った。唇を尖らせ、トロピカルジュースをストローで一気に吸い込む。
「嫌だったら誘いに乗ってない。でも不思議なだけ。綾小路くんは目立つのが嫌いなんじゃないの? だからこれまでは隠れて会っていたわけだし」
「お前の言う通りだ。……だが考えてみたんだが、色々と今更な気がしてな。状況的にもそろそろだと思ったんだ」
「そう? いつかはバレるだろうけど……まだ充分隠し通せたと思うけど」
千秋は納得いかなさそうな様子だ。オレは逡巡してから、ゆっくりと口を開けた。
「オレだけじゃない。これは千秋の為でもあるんだ」
すると彼女は目を見開いた。
固まっている千秋にオレは言葉を続ける。
「オレも、そしてお前も……クラスの立ち位置がとても不安定だ。
「なるほどね……。私はあれ以来一言も喋ってないけど……」
「確かお前たちは同じ部屋じゃなかったか?」
「必要最低限しか話してないのは、喋っているに入ると思う?」
「いや、思わない。──話を戻すが、オレたちは一定以上のヘイトを稼いでいると思った方が良い」
良くも悪くも、オレは目立ってきた。オレという存在は、クラスメイトからしたら『不気味』だろう。
そして千秋はそこまでは行かないにしても……篠原をはじめとした女子たちからの評判は悪くなっているはずだ。彼女が
「お前がそうなっているのはオレの責任だ。日頃から一緒に行動することで、オレたちが繋がっていると他の奴らに見せたい」
大半の奴らはオレのことを気味悪がっている。そんなオレが千秋と日頃から行動を共にすれば、彼らは錯覚するだろう。そしてオレの『庇護下』にある松下千秋に何かをしようなどとは思わないはずだ。
「つまり、私を守ってくれるの?」
「どれだけの効果があるのかは正直分からない。だが抑止力にはなると思う。どうだ?」
これはあくまでも提案だ。
嫌がるようなら別の手を考える必要があるが……。彼女にも言った通り、これはオレのとるべき責任。そのための労力は厭わない。
彼女は考える素振りを見せてから、
「……分かった。二学期からはなるべくきみと居るね」
「助かる。迷惑を掛けて本当に悪いな」
オレは誠意を込めて頭を下げた。
すると足に軽目の衝撃が走る。蹴られた、と認識するよりも早く、頭上から「顔を上げて」と声が降った。
恐る恐る緩慢とした動作で頭を上げると、そこには、オレを睨んでいる彼女の顔が。
「……
出された声は怒気で満ちていた。
真っ直ぐな目でオレを見る。
「私は自分の意志できみに協力することに決めたの。だからそこに関しては、きみが私に謝ることなんて何もない」
「……分かった」
オレが重く頷くと、千秋は目元を弛めた。
「今後の方針はまた後で話す。まずは特別試験の結果の発表を待とうか」
「うん、そうだね。ちょっと早いけどお昼ご飯も食べようか」
顔馴染みになったスタッフを呼び、オレたちは昼食を始める。オレはスパゲッティを、千秋はサンドイッチをそれぞれ注文した。
「あっ、あれ堀北さんたちじゃない?」
「……どこだ? ひとが多くて見れないな」
「ほら。あっちだよ」
そう言って、千秋は指を向ける。彼女の言う通りだった。堀北、桔梗、
前回の特別試験とは違い、今回の特別試験は生徒が同じ場所に集まり、そして待つ必要がない。
なので仲が良い友人や、自分が所属しているグループに足が向くのは必然だろう。
「これで本格的に、三大勢力の完成だな」
「……? ああ、そうかもね。平田くんや軽井沢さんが率いるグループ。堀北さんが率いるグループ。そして残りは私たち
実際はもっと細やかに枝分かれしているが、それは精々二人から多くても五人ほど。つまり影響力は無いに等しい。そしてその殆どは平田のところへ行くだろう。あるいは、一気に勢力を増した堀北のところへ。
全体的な印象としては、女子生徒は平田グループ、男子生徒は堀北グループに行っている印象が強いか。
そして残りはクラスから爪弾きされている者たちだ。オレや千秋、高円寺などだ。
「あと一分だね」
生徒たちはお喋りや食事をやめ、自分の携帯端末を取り出し、食い入るようにして画面を凝視する。
そして時刻は──午前十二時、午後零時となる。
同時に一斉に送られてくるメール。キーンという耳障りな音が豪華客船上に響く。
オレたちは迷うことなくメールアプリを開き、フォルダの一番上にある、未開封の箱を開いた。
特別試験──干支試験の結果発表を本メールを以て告知する。なお、試験結果に関しての質問や抗議は一切受け付けない。本試験は正常に行われ、そして、以下の試験結果が生まれた。
子(鼠)──『裏切り者』の正解により結果Ⅲとする。
丑(牛)──『裏切り者』の正解により結果Ⅲとする。
寅(虎)──『裏切り者』の正解により結果Ⅲとする。
卯(兎)──『裏切り者』の正解により結果Ⅲとする。
辰(竜)──『裏切り者』の正解により結果Ⅲとする。
巳(蛇)──『裏切り者』の正解により結果Ⅲとする。
午(馬)──『裏切り者』の正解により結果Ⅲとする。
未(羊)──『裏切り者』の正解により結果Ⅲとする。
申(猿)──『裏切り者』の正解により結果Ⅲとする。
酉(鳥)──『裏切り者』の正解により結果Ⅲとする。
戌(犬)──『裏切り者』の正解により結果Ⅲとする。
亥(猪)──『裏切り者』の正解により結果Ⅲとする。
以上の結果から、クラスポイント及びプライベートポイントを以下のものとする。
一年Aクラス──マイナス100cl。プラス50万pr。
一年Bクラス──マイナス100cl。プラス50万pr。
一年Cクラス──プラス250cl。プラス400万pr。
一年Dクラス──マイナス50cl。プラス100万pr。
以上の結果から、来月、九月一日に支給されるクラスポイントを以下のものとする。なお、このクラスポイントは暫定的なものであり、場合によっては増減する可能性がある。
一年Aクラス──920cl
一年Bクラス──760cl
一年Cクラス──800cl
一年Dクラス──235cl
※《cl》とはクラスポイント、《pr》とはプライベートポイントの単位である。
静寂が豪華客船を襲う。
試験結果は結果Ⅰから結果IVまでの四通りがあったはずだった。しかし十二匹の獣からはどの獣からも『裏切り者』が出現し、結果Ⅲが出た。
そしてオレたちはほぼ同時に読み終わる。
数秒見詰め合い、先に口を開けたのは千秋だった。
「
「そうなるな。Aクラスとの差も無くなりつつある」
残りの夏休み、Cクラスの生徒が何も問題を起こさなかったら、二学期からは
「オレたちの同盟も解消されるだろうな」
今までオレたちがクラス間の同盟を結んでいられたのは、すぐ直近の敵ではなかったからという点が大きい。
だがクラスの序列が変動した以上、同盟の存続は難しいだろう。何故ならDクラスは狩る者になり、Bクラスは標的となるのだから。
あるいは、共闘しての打倒上位クラスという共通の目標を作り、維持するという方法もなくはないが……。そこは一之瀬と堀北がどのように話し合うかだな。
「分かっていたこととはいえ……やっぱりショックだね。Cクラスがダントツのトップか……」
Cクラスだけがクラスポイント、プライベートポイントともに加算されている。しかしDクラスを含む他のクラスはクラスポイントが減算されている。
「今回の真のMVPは
そんな個人的な感想を漏らすと、千秋は肯定の声を上げた。
猿グループの試験結果は結果Ⅲ。
だったらクラスに攻略方法を教えろとクラスメイトは思うだろうが……自由人相手に何を言っても無駄なことは既に分かりきっているため、胸中にとどまらせるだろう。彼の気紛れでDクラスは救われたと思うべきだ。
結局オレたちが長期休暇で得られたポイントは190cl。0clだった時のことを考えると進歩していると言えるが、表舞台で戦えるのはまだまだ先になりそうだ。そんなことを他人事のように思う。
「それで清隆くん。そろそろ教えてくれない?」
「何をだ?」
「決まってる。干支試験の『根幹』だよ。先に言っておくけど、知らないって言っても納得しないから」
「そうだな。言っておこう。恐らくは──」
オレは携帯端末を操作し、メモアプリを開く。断りを入れてから手を動かし、数分後、テーブルの上を走らせて彼女に見せた。
読み終えた千秋は息を呑む。
「……ッ! なるほど、確かにこれなら……」
「納得してくれたか」
「うん、まあね。でもだからこそ分からないな。いったい誰が──」
言葉を切り、彼女はオレの携帯端末を操作し、画面を見せてきた。そこには、このように書かれていた。
──『本物の裏切り者』なのか。
オレが読み終わるのを確認すると、千秋はすぐに削除キーを推し続ける。すぐに文字は跡形もなく消えた。
「悪いがこればかりはお前であっても教えられない」
「分かってるよ。詮索しようとも思わない」
「話が早くて助かるな」
引き際を弁えているのは素晴らしいことだ。
そしてオレは目の前にいる『駒』──いや、『協力者』に今後の方針を告げる。
「正直なところ、オレは二学期からはあまり動かない予定だった」
それどころか、クラス闘争から身を引くつもりだった。
また脅迫してきたら、その時は躊躇なく牙を剥けば良い。ただそれだけのことだ。
しかし、それは過去の話だ。
「だが事情が変わった」
「事情?」
「ああ。だから今後は──Dクラスとは関係なく、オレ個人で動こうと思っている」
「それがDクラスを裏切る形になっても?」
オレは頷いた。
「二学期からは平田に代わって堀北がDクラスを率いていくだろう。平田は補佐役に収まるだろうな。そして、その堀北と争うことも辞さないつもりだ」
「乗りかかった船だから、今更降りるとは言わない。でも何のために? きみは何のためにそこまでしようとするの?」
オレは伝える。
生まれて初めて持った『感情』全てを。
「────」
聞き終えた彼女は一度笑ってから、「うん、分かったよ。それなら充分」と頷いた。
オレは思う。
いまの『オレ』を『あの男』はどう思うだろうか。
怒るのか、哀しむのか、それとも喜ぶのだろうか──。
そこまで考え、オレは何を馬鹿なことを……とつまらないことを考えた自身に対して呆れた。
──考えるまでもなく。
『あの男』はいまの『オレ』を視たら、『失望』するのだ。
──第五章、完結。
お久し振りです。Sakiruと申します。
このお話を以て、二次小説、『ようこそ事なかれ主義者の教室へ』第五章『十二匹の獣』は完結となります。
──めでたしめでたし。
とは、ならなかった第五章です。
そもそも第五章だけで半年も掛かっていますからね。いやまあ、それは第四章もそうでしたが……うん、もっと早く終わらせたかったですね。でも出来ませんでした、ごめんなさい。
言い訳をすると、プロットの段階では第五章は七話で終わる予定だったのです。しかし気付けばずるずると無駄に話が続き……本当にごめんなさい。
いやー、しかしあれですね……この二次小説も気が付けば一年と半年の連載となっております。
自分で言うのも何ですけれども、これって誇っても良いことなのでは? いや、これは誇るべきだと、只今絶賛自画自賛をしております。継続は力なり、ですね。
無駄に話が長かった第五章ですが、内容はとても簡単です。以下ネタバレですが、多分、このお話を読んで下さっている読者の方々はちゃんと本編を読んで下さっていると思うので──そうだと嬉しいなあ──、遠慮なくネタバレさせて頂くと。
つまり、ですが。第五章を纏めると──
──最初から最後まで龍園翔の独壇場だったということです。
この章の龍園は格好良かったと思います。むしろこれで格好悪いと感想を頂いたらショックで寝込む自信があります。
一気に完結まで加速した感が拭えませんが、多分、皆さんが一番気になっているのは、堀北鈴音の演説だと思います。そちらに関しては長期休暇編Ⅰできちんと補完するのでご安心を。
そして次話から長期休暇編Ⅰに入ります。
この長期休暇編Ⅰは、豪華客船の旅が始まる前と、終わった後の二部構成となっております。紛らわしくてごめんなさい。そこは分かるように配慮させて頂きます。
綾小路視点だけでなく、様々な登場人物をそれぞれの視点で表現していく予定です。
現段階で考えているのは、堀北、平田、櫛田、佐倉、そして椎名でしょうか。彼ら視点だと文字数はいつものに比べるとかなり少なくなると思いますが、その分、更新速度は上がると思います。
物語に大きく関わってくる大事なお話も沢山あるので、そこはご安心下さい。
この二次小説もようやく、ひとつの節目を迎えることが出来ました。
ぶっちゃけ行方をくらませようとしたこともありましたが、ここまで続いているのは、読者の皆様のおかげです。
連載初期からずっと感想を送って下さる方もいて……本当に感謝の気持ちでいっぱいです。また、誤字報告も毎話指摘して下さる方もいて、これも同じく感謝しております。
そして私は承認欲求の塊なので、感想を貰えるとめちゃくちゃ喜びます。でも未だに、感想を拝見するのが怖いです。多分この恐怖心が無くなることはないと思いますが、しかし、感想を貰えるのはやっぱり嬉しいので、感想を下さい。
とまあ、後書きらしくない後書きになりましたが、第五章は完結致しました。
これからもお願い致します。
それでは、『長期休暇編Ⅰ ─夏休み─』の後書きでまたお会いしましょう。