ようこそ事なかれ主義者の教室へ   作:Sakiru

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第62話

 

 午前中は須藤(すどう)と共に筋トレに時間を費やした。久し振りに身体(からだ)を鍛えることが出来たので良かったと思う。そしてそれ以上に、彼とさらに親しくなれた……と思う。

 タオルを首に掛けて廊下を渡っていると、数名の生徒と擦れ違う。女子生徒は須藤の鍛え抜かれている身体に興味津々のようで──刺激が強いのかもしれない──、顔を赤らめながらも視線を寄越していた。

 

「ねえ、彼が……!?」

 

「うんそうだよ、間違いない!」

 

「格好良いね!」

 

 そんなことを(ささや)き合い、熱が込もった目で須藤を見る。

 この前桔梗(ききょう)が言っていたように、須藤の人気は絶賛急上昇中のようだ。つい最近までは恐れていたのに、何ともまあ、現金なものだ。

 とはいえ、良い傾向であることは間違いない。友人としても須藤が学校に馴染(なじ)むことは喜ばしい限りだ。

 

「随分とモテモテじゃないか」

 

「あ? ああ、そうだな」

 

 試しに揶揄(からか)ってみたが、期待したような反応は返ってこなかった。

 横顔をちらりと盗み見るが真顔だった。……どうやら、照れているわけではなさそうだ。

 

「意中の女に向けられるなら俺も嬉しかったんだがな」

 

 ぽつりと小さく呟く。

 須藤は堀北(ほりきた)に惚れている。だからこその発言なのだろう。

 

「最近、あいつとはどうなんだ?」

 

「……全然進捗ないぜ」

 

 悔しそうに彼は言った。

 いや、実際悔しいのだろう。須藤が堀北(ほりきた)への(おも)いを自覚したのが二ヶ月ほど前。彼は自分なりに不器用ながらもアプローチをしてきたはずで、それが実っていないのだから、それは悔しいに決まっているか。

 

「悪かった。調子に乗った」

 

 オレは己の自分の先の行いを恥じた。

 とても軽率な問いだったと思う。

 

「お前が謝ることは何もない」

 

 寛治(かんじ)春樹(はるき)だったらアイアンクローを決めているけどな、と須藤は冗談交じりにそう言った。

 

「けどそうだな、罪悪感を覚えているなら……今度また、俺の恋愛相談の相手になってくれよ」

 

「それは全然構わないが。あまり期待はしないでくれよ」

 

「わーってるよ。ただ、お前なら心置きなく相談出来ると……俺が勝手に思っているだけだ」

 

 さらりとそんなことを須藤は言った。

 オレが返事をする前に、須藤の部屋に辿り着いた。

 

「そんじゃあな。今日は付き合ってくれてサンキューな」

 

「ちょっ」

 

 ──と待て、というオレの言葉が届くことはなく。

 一方的にオレに別れを告げ、友人は姿を消した。

 オレはこの時初めて、色々な意味で須藤が恐ろしいと思った。

 そしてさらに思う。

 この須藤のアプローチが効かない堀北は、どれだけ堅物(かたぶつ)なのだろうか。以前の桔梗の推測は九分九厘的中していると確信する。

 

「……取り敢えず、シャワーを浴びるか」

 

 船内は冷房が効いているが、一汗(ひとあせ)かいた後だと寒さを感じる。汗で濡れている服を交換するという意味でも、気持ち悪さを無くすためにも、熱いシャワーを浴びたいものだ。

 無人の自分の部屋に戻ったオレは、すぐにシャワーを浴び、私服に着替えた。

 携帯端末を確認すると、あと数分で時刻は十三時になろうとしていた。

 どの店も混雑が予想されるが、筋トレのおかげで空腹感を覚えている。()(ごの)みしないで適当な店に入るのが吉だろう。

 

「まずは上に行くか……」

 

 前開きの上着を羽織(はお)り、部屋から出ようとすると、ピピッという電子音が鳴った。直後、扉が開かれる。

 

「おや、綾小路(あやのこうじ)ボーイではないか」

 

 "Good afternoon(こんにちは)!"と、彼は相変わらずのネイティブな英語で挨拶をしてくる。

 

「ランチかい?」

 

「ああ、昼食を取ろうと思ってな。行ってくる」

 

 高円寺(こうえんじ)に別れを告げ、オレは部屋から出る。そして廊下を渡っている最中、違和感を覚えた。

 何だろうかと考え、すぐに答えに辿り着く。

 そうだ、高円寺が服を着ていたのだ。豪華客船内での高円寺は自分の肉体を他者に見せ付けるためなのか、海水パンツだけで過ごしている。流石に就寝時は違うが。

 はっきり言って野生児だが、客船内では水着の着用が認められているため、彼が教師に連行されることはない。とはいえ、あまりにも見境(みさかい)がないため、一部の女子生徒から苦情? が出ているようだが。

 そんな彼がどうして? 些細な疑問が浮かび上がるが、オレは、別段気にすることでもないかと思い直した。そもそも自由人の行動を一々気にしていたらきりがない。偶然今日はそんな気分の日だったのだろう。

 あるいは、何か用事でもあったのかもしれないな。

 本来の目的に沿い、オレはエレベーターではなく、上階に通じる階段に向かった。エレベーターの中は混んでると思ったからだ。

 出来るなら人混みには突入したくない。そしてそう思うのはどうやらオレだけではないらしい。

 

「はあ……はあ……」

 

「だ、大丈夫? ちょっと休憩する?」

 

 下から聞きなれた声が聞こえた。

 オレは逡巡(しゅんじゅん)してから立ち止まる。数秒後、息絶えだえな状態の友人がゆっくりと姿を表した。

 

「みーちゃん。佐倉(さくら)。久し振りだな」

 

 軽く手を上げて声を掛けると、二人は……特に佐倉は驚いたようだった。

 

「ぜえ……ぜえ……綾小路くん……!?」

 

 自分の状態を恥ずかしく思ったのか、佐倉は顔を真っ赤にしてオレの名前を叫んだ。

 慌てて王美雨(みーちゃん)が彼女の口元を塞ぐ。

 

「あ、愛里(あいり)ちゃん!」

 

「──! ご、ごめんなさい……」

 

「いや……オレもちょっと配慮に欠けていた。悪かった」

 

「う、ううん……私が勝手に驚いただけだから」

 

 そう言って、佐倉は肩を激しく上下させる。

 オレはみーちゃんに視線を送る。彼女はしっかりとオレの意図を汲み取ってくれた。

 

「愛里ちゃん、やっぱりちょっと休憩しよう?」

 

「う、うん……。ごめんね、体力なくて……」

 

「気にしないで。綾小路くんも、そうですよね?」

 

 オレは頷いた。

 二分ほど経った後、佐倉は体力を回復させたようだった。呼吸をゆっくり整える。

 

「お、お待たせ……。もう大丈夫だよ……」

 

 そういうことならと、オレたちは再び足を動かし始めた。階段を登りながら、オレは話を振った。

 

「なあ、二人はどこに行く予定なんだ?」

 

「屋上に行くところです。お昼ご飯を食べようかなって」

 

「そうか。でも凄いな。オレは今の時間帯、とてもじゃないが行く気になれないな」

 

「わ、私が行こうって誘ったんだ……。一人なら行けないけど、みーちゃんとなら行けるかなって思って……」

 

 オレは内心で驚いた。

 あれだけひとと関わることに恐怖を感じていた佐倉が、自分から人口密度が高い場所に行こうと言うなんて……。

 オレも彼女の勇気を見習いたい。

 

「それじゃあ、オレはここで」

 

「うん、またね綾小路くん」

 

「また今度会おうね」

 

 彼女たちと別れたオレは、レストランエリアを彷徨う。部屋から出る前は取り敢えず腹を膨らませたいと考えたが、こうして来ると、美味しいものを食べたいなと思ってしまう。

 特にオレは、そういった『美味しい料理』からは無縁な生活を送ってきたためか、かなり拘りがあるようだと、ここ最近自覚した。

 あちらこちらの店に行っては、ガラスケースの料理の見本と睨め合う。

 と、そんな時だった。近付いてくる気配が一つ。

 

「あれっ、綾小路くん?」

 

 笑顔で声を掛けてきたのは桔梗(ききょう)だった。

 やっほー、と軽く手を挙げている。オレはそれに返してから、

 

「珍しいな。一人か?」

 

「私? うん、そうだよ。いまは完全にフリーかな。綾小路くんは……って聞くまでもないね」

 

 事実だから何も言い返せないが、だからといってあんまりである。

 傷心していると、オレの雰囲気から感じ取ったのだろう、「ごめんごめん」と謝ってきた。しかし笑いながらだ。はっきり言って全然誠意が伝わってこない。

 くすくすとひとしきり笑ったあと、桔梗は名案とばかりに手を合わせた。

 

「ねっ、もし良かったらさ。いまから一緒にご飯食べに行かない?」

 

「桔梗もまだなのか?」

 

「うん。どこのお店に入ろうか入ろうか迷ってたところなんだ。綾小路くんもそうでしょ?」

 

「お前……もしかして……」

 

「実はちょっと前から尾行していました!」

 

 悪気もなく言い切った。

 

「ならもっと早くに声を掛けてくれたっていいだろ……」

 

「いやぁー、あまりにも真剣な目で睨んでいるものだから」

 

 いけしゃあしゃあと彼女は(のたま)う。いっそ清々しすささえ感じるな。

 そんなことを露ほども知らない彼女は、

 

「それじゃあ、行こう!」

 

 と、オレに号令を掛ける。オレが答える前に、彼女はずんずんと歩き始めた。

 オレは慌てて彼女の背中を追い掛け、疑問をぶつける。

 

「行くって……櫛田もどこにするか迷っていたんじゃなかったのか?」

 

「うん? ああ、それは一人で行くなら、だよ。友達と行くならまた話は変わってくるよね」

 

「な、なるほど……」

 

 流石は桔梗だと感心する。

 彼女はさらにこうも言った。

 

「まあ、そうは言っても……友達と行くって言っても色々あるから注意が必要だけど」

 

「そうなのか……?」

 

「もちろんだよ。まず大まかに分けると、やっぱり性別が第一に来るかな。同性か異性か、これはとても重要だね」

 

 それはオレも分かる。

 男友達だとラーメンやカレーなど重たいものを遠慮せずに食べに行こうと提案出来るが、女友達には中々言い出しづらい。この解釈で間違っていないだろう……多分。

 

「そこからどんどん選択肢が出てくるんだ。で、TPOに合わせて絞ってくんだよ。とはいえ、ある程度の経験は必要だから注意が必要だから気を付けてね」

 

「とても勉強になった。教えてくれてありがとう」

 

「どういたしましてっ」

 

 オレたちは雑談をしながら歩く。桔梗は豪華客船でも隅の方にオレを案内して行った。

 こんな場所にもまばらではあるが店は並んでいるようだ。とはいえ、客の気配は全く感じられない。

 まあ、それも当たり前といえば当たり前なのだが。

 

「着いたよ。ここが今日の目的地!」

 

 そう言って、桔梗は手を右手に向ける。

 そちらを見て視界に入ったのは、白色の壁だった。一面が純白で染められており、完全に廊下の景色に溶け込んでいた。よくよく見てみれば、自動扉がある。センサーの色も同化しており、徹底している印象を受けた。

 ここが何の料理の提供をしているのか外装だけでは全然分からない。

 オレが呆然としていると、案内人は誇らしげに胸を張りながら、

 

「ここのお蕎麦(そば)は絶品なんだよ〜」

 

「そ、そうなのか……。っていうか、蕎麦屋なのか……」

 

「あれ? お蕎麦嫌いだった? それともそばアレルギーだったりする?」

 

「いや、そういう訳じゃないが……」

 

 オレは歯切れ悪く答える。

 いまわかっていることは、この怪しさ満載な店が蕎麦屋であることだけだ。……いや、それさえもにわかには信じ難いのだが……。

 オレが躊躇していると、

 

「さあ、中に入ろっか」

 

 桔梗はオレの右手を掴み、そう、促す。

 刹那、実に遅まきながらオレの脳が警戒音(アラーム)を鳴り始めた。

 ──嫌な予感がする……。

 明確な根拠がある訳ではない。ただ第六感(シックス・センス)が非常事態警報を出しているのだ。

 オレは櫛田桔梗の本性を知っている。だから、と言って良いのだろうか。オレは彼女の『表』と『裏』両方に接することが出来た。そしてまず間違いなく、この店に入ったら、桔梗は『裏』の顔になるのだろう。

 

「櫛田……?」

 

「どうしたの綾小路くん? ほら、中に入ろう?」

 

 逃げようにも既に逃げられない状況だ。摑まれている右手を振りほどくことは造作もない。

 しかしそれをやるのは躊躇(ためら)われるし……それに、桔梗と共に行動してこうなることを内心見越していたのにも関わらず、のこのこと彼女に付いていったオレに落ち度があるだろう。

 一度決めたら早かった。オレは返事を待っている彼女に頷く。

 

「そうだな……せっかく櫛田が勧めてくれているんだ。入ろう」

 

 オレは敢えて彼女の手を握り返した。すると、満足そうな笑みが返される。

 自動扉を潜り、オレたちは入店する。

 そしてオレは思わず、

 

「……は?」

 

 という、今日一番の間抜け声を出してしまった。

 というのもオレたちを待ち構えていたのは愛想が良い店員ではなく、端末だったのである。

 

『ようこそ、いらっしゃいませ!』

 

 端末──大型タブレットのスピーカーから漏れるのは機械的な女性の声。

 オレはどういうことだと桔梗に視線を送った。すると彼女はにんまりと笑う。

 

「あはは、驚いた? ここはね、清隆くん。完全個室制のお店なんだ」

 

「…………なるほど」

 

 驚いたが、腑に落ちる部分もあった。

 客のプライバシーを漏洩させないために外装をあのようにして店内を見せないようにしているのだろう。そして完全個室制の店だったら桔梗は遠慮なく本音を言うことが出来るというわけだ。それにここまでしているのだ、部屋はまず間違いなく防音だろう。

 

『お客様、タブレットを操作して下さい』

 

 桔梗が無言の凄みのある笑みで、オレに操作するよう命令してきた。

 言われるがまま、オレは見た目にそぐわず重い機械を手に取り、必要項目を入力していった。

 聞かれたことはごく普通のことだった。何人での来店なのか、年齢、そして肝心のメニューくらいだ。オレは山菜そばを、桔梗は月見そばをそれぞれ注文する。

 

『承りました』

 

 そしてピコン! というサウンドともに、新しいウインドウが表示される。それは店内の見取り図であった。タブレット上部にはでかでかと『No.501』という数字が主張されており。まず間違いなくここがオレたちが案内される部屋なのだろう。

 オレと桔梗は場所を確認してから、指示された部屋に向かった。

 廊下は異常な程に(しず)かだった。壁には見事な絵画が何枚か飾られており、また、各部屋の扉の前には番号が書かれたプレートが貼られている。

 

「研究所みたいだと思わない?」

 

「ああ、そうだな」

 

 程なくして、オレたちは『No.501』のプレートが貼られた扉に辿り着いた。ドアノブを回し、室内に入る。

 

「おお……!」

 

 中に入った瞬間、オレは思わず感嘆の声を出してしまった。隣の桔梗が悪戯(いたずら)が成功した幼児のように嬉しそうに笑う。

 

「ねっ、凄いでしょ!」

 

「ああ……。正直不安しかなかったが……完全に吹き飛んだ」

 

 素朴な外とは違い、室内は一転して見事な内装だった。部屋は和室で、適した調度品が無駄なく置かれている。だがしかし、そこには一つの異物が紛れていた。小型のタブレットだ。とはいえ、これは何かあった時に使うものだろう。それを考えれば仕方がないか。

 

(ほう)けていないで座ったら?」

 

 先に座布団(ざぶとん)の上に腰を下ろした桔梗に促され、オレも彼女に倣った。

 

「……?」

 

「どうかしたの?」

 

「いや……」

 

 オレはどこか既視感を覚えていた。以前、似たような雰囲気に入ったような気がする。と、そこまで考え、オレは正体に気付いた。龍園(りゅうえん)椎名(しいな)と訪れた和食店にどことなく近いかもしれない。

 

「よくもまあ……この店を知っていたな」

 

「この前友達に誘われてきたんだー。せっかくだから、仲が良い清隆くんにも紹介しようと思って」

 

「嘘とはいえ、どうもありがとう」

 

 すると、彼女は眉間に皺を作った。

 どうやら心外らしい。

 桔梗はオレの目を真っ直ぐ捉えて言った。

 

清隆(きよたか)くんはさ、私がきみをこの店に連れてきたのは何か意味があると考えているんだろうけどさ」

 

 下手(へた)な嘘を吐くよりは認めた方が早い。オレは黙って頷いた。

 彼女は「素直だね」と苦笑いしてから、

 

「今回はそれとは完全に無縁だから」

 

「なら安心だな」

 

「ふぅーん。信じるんだ?」

 

「仲が良い友達だからな」

 

 そう告げると、桔梗は笑った。

 棚から二人分の湯呑みを取り出し、彼女はテーブルの上に用意されていた冷茶が入った水筒に手を伸ばす。そして液体を注ぎながら、

 

「二人きりの状況って中々作れないねー」

 

 そんな発言をする。

 何人の男がこの言葉を聞いて勘違いするだろうか……。

 

「この前一緒に朝ご飯を食べただろう?」

 

「それとこれとではまた話が違うよ。いつ邪魔が入ってくるか分からないし」

 

「確かに……クラスメイトなら兎も角、知らない奴には邪魔されたくないな」

 

「でしょ? もうね、何回も(ことわ)っているのに馬鹿な男子たちはご飯に誘ってくるし……何で学習しないんだろうね?」

 

 疲れたように彼女は息を吐いた。

 そして湯呑みを「はい、どうぞ」と手渡してくる。こういうことがさらりと出来るのは彼女の魅力だとつくづく思う。

 

「実際のところ、男女の比率はどうなんだ?」

 

 何となく気になったので尋ねると、彼女は、

 

「そこはちゃんと半分ずつに調整しているよ。ビッチって思われたくないし」

 

「……大変なんだな」

 

「他人事のように言っちゃって」

 

 じとりと睨まれる。実際に他人事だからな……という言葉は言わないでおいた。

 

「みんなこの旅行ですっかりと(うわ)ついちゃってさ」

 

「ああ……そういえば、何組かカップルが生まれたんだろう? オレの耳にも入っている」 

 

「どうせ思い出作りでしょ」

 

 思い出……? 

 オレが首を傾げると、桔梗は苦々しい顔で、

 

「クラス闘争が激化するにあたって、私たちはいつ退学しても可笑(おか)しくない。なら、その前に青春っぽいこと……つまり、恋愛を体験したいと思っているんだよ」

 

「嫌そうな顔だな」

 

「そりゃあ、もちろんそうだよ。──私はその考え自体を否定する気はないよ? それは個人の価値観だから。でもね、それに私を巻き込まないで欲しいと思うのは必然じゃない?」

 

「確かにな。でもまあ、ある意味良いんじゃないのか? それだけお前は自分の価値があると認められるということだろう?」

 

 承認欲求の塊である彼女ならむしろ喜ばしいことなのでは? と、オレが尋ねると桔梗はやれやれと呆れたように首を振り、ため息を吐いた。

 

「それとこれとでは話が別だよ。例えばさ、とある男子生徒Aが私に告白するとするじゃない?」

 

「ああ」

 

「私はもちろんそれを断るよね」

 

「断るのか」

 

「うん、断るよ。──兎にも角にも、まず、これだけで噂が出回るよね。『男子生徒Aが学年の人気者である櫛田桔梗に告白した』っていう噂がさ。すると男子は喜び、女子は舌打ちするんだよ」

 

「……それはまたどうしてだ? 男子が喜ぶのは、まあ、分からなくはないが……」

 

 自分ならあるいは成功するのではないか、と思えるからな。

 もちろん、男子生徒Aが失敗したからといって、男子生徒Bや、Cが成功する確率は変わらない。それが分かっていても、そう思ってしまうのは仕方がないことだ。

 しかし女子についてはよく分からない。

 

「自分で言うのもなんだけど、私って可愛いと思うんだよね」

 

 桔梗は真顔で言った。

 とはいえ、これに関しては議論の余地もないだろう。彼女は可愛い。その容姿は殆どの男を惹き付けるだろうし、それは客観的事実として証明されている。

 

「他の独り身の女子からしたら、私のような女の子は早く誰かと交際して欲しいと思っているんだよ。その交際相手がイケメンじゃなくて、冴えない男子だったら最高だよね」

 

 男子だったら、イケメンが地味な女の子と付き合うようなものか。

 

「独り身の可愛い女の子には同性の敵が出来やすいんだよ。堀北(ほりきた)さんなんて一時期は学年中の女子たちの敵認定されていたからね」

 

「桔梗はどうなんだ?」

 

「…………それ、本人に直接聞く?」

 

「嫌なら答えなくて良い。単純に気になっただけだからな」

 

「……さて、どうなんだろうねえ。私も全員の女の子と仲が良いわけじゃないから。ただまあ……確実に言えるのは、一之瀬(いちのせ)さんには敵わないかな」

 

 オレはさらに尋ねる。

 

「桔梗から視て、一之瀬はどういう人間なんだ?」

 

「善人」

 

 彼女は即答した。

 

「あんな女性を私は見たことがないよ。美人だし、巨乳だし、性格は良いし、頭も良い。あはは……男の下卑(げび)た妄想がそのまま実体化したみたいだよね」

 

「……言い方に悪意を感じるぞ」

 

「でも実際そうじゃない?」

 

 と言われたら、オレには否定出来るだけの材料がなかった。

 

「普通なら一之瀬さんは嫌われるんだよ、裏ではね。そうだね……堀北さんあたりだったら『偽善』だと一刀両断するんじゃないかな」

 

「……充分に有り得るな」

 

「でも彼女を嫌っている人間は居ない。それは全て、あの性格に起因しているんだよ。困っている人が居たら損得勘定関係なしに手を差し伸ばし、そして救える能力が彼女にはある。もうね……ここまでだと嫉妬する気も湧かないよね」

 

 そう言って、彼女は冷茶で喉を潤した。

 そして今度は彼女がオレに尋ねてくる。

 

「清隆くんは一之瀬さんのことをどう思っているの?」

 

「基本的には桔梗と同じだな」

 

「基本的には? 気になることでもあるの?」

 

「ああ、幾つかあるが……。一番気になっているのは、どうして一之瀬がBクラスに配属されたかという点だ」

 

 普通なら彼女はAクラス行きだ。

 性格は言わずもがな、中間及び期末試験でも成績は上位にランクインしている。そんな一之瀬がどうしてと思うのは間違っていないはずだ。

 

「……言われてみれば確かにね。でも清隆くん、それは私たちの先入観でもあるんじゃない? 私たちが知っているのは、高度育成高等学校に入学してからの一之瀬帆波(ほなみ)さん。もしかしたら彼女は中学時代不良だったかもしれないよ? そして学校側はそれを知っていてBクラスに配属したのかも」 

 

 結局考えたところで、理由が分かる訳でもないか。

 入学試験の筆記試験や面接で失敗した可能性もあるし、あるいは──彼女の過去にあるかもしれない。

 

「下手に首を突っ込むのはやめておきなよ」

 

「ああ、それは重々承知だ。お前の時のようなことになるのは避けたい」

 

「あははは、言うねー」

 

 にこにこと笑うが、目が据わっていた。

 

「だがそのおかげでお前と親しくなれた」

 

「うっわ、だったらもうちょっと嬉しそうに言いなよ」

 

「……これでも結構頑張っているんだ」

 

「喜怒哀楽。きみにはそれが……特に『喜』が欠如しているね。いったいきみはどんな幼少期を過ごしてきたの?」

 

「気になるのか?」

 

「……まあ、かなり。でも詮索はしないよ。誰にだって言いたくない過去はあるし……」

 

 ──私は死にたくないからね。

 そう言って、桔梗は引き下がった。

 

「お蕎麦、楽しみだね」

 

 彼女がその言葉を言った直後、扉が三度叩かれた。

 何て良いタイミングだ。

 どうぞ、とオレが声を出すと、料理を持った若い男性が現れた。彼は「失礼致します」と言ってから一礼すると、テーブルの上に料理を音を立たせずに置く。相当の教育を受けているようで、その動作はとても流麗だった。

 彼が退室した後、オレたちは居住まいを正した。

 

「「いただきます」」

 

 合掌し、オレたちは箸を手に取る。

 オレが頼んだ山菜そばはとても美味であった。この麺は手打ちなのだろうか……そんな感想を抱きながら啜る。

 あまりの美味しさに汁まで夢中になって完食した。

 そしてオレは目の前の彼女が笑っていることに気付く。箸を置き、じっとオレを見詰めていた。

 

「……どうかしたか?」

 

 だがしかし、桔梗は意味深に笑うだけで、

 

「何でもないよ」

 

 オレが何度尋ねても、悪友は教えてくれなかった。

 

 

 

§

 

 

 

 干支試験、三日目の休息日。

 その、十四時五十八分。

 一年Dクラスのグループチャットに、一件のコメントが投稿された。

 

『今日の二十時、全員、私が指定する場所に来て下さい。干支試験について、大事な話があります』

 

 発信主は──堀北鈴音(すずね)だった。

 

 





氏名:佐倉愛里
クラス:一年Dクラス
部活動:無所属
誕生日:十月十五日

─評価─

学力 :C+
知性 :C
判断力 :D
身体能力 :D
協調性 :D-

─面接官からのコメント─
相手の目を見て話すことや言葉の組み立てなどといった、コミュニケーションの水準が高校生のそれに達していない。学力や身体能力なども同様である。しかしながら、趣味であるカメラについて尋ねると、たどたどしくもその楽しさを説明してくれた。また、否定するところは否定するなど、『芯』はあるのを感じた。恐らくはこれまでの人生に於いて、成功体験が少なかったために自分に自信がないのだと考えられる。敢えて、問題のある生徒が多いDクラスに配属することで、彼女が成長出来ることを期待したい。

─担任からのコメント─
入学当初は友達も居らず、居心地が悪そうでした。また勉学に於いても変化は見られず、中間試験で赤点を取ることは容易に想像出来ました。しかし、平田洋介の作戦により、彼女は何とか試験を突破しました。正直私は彼女が次の期末試験で退学になると考えていました。
しかし試験前に『暴力事件』が発生。彼女はその重要参考人となりました。審議会までの一週間、彼女は沢山の生徒と関わるようになります。そしてこれを機に、クラスメイトである王美雨、また、綾小路清隆と友人になりました。
審議会では自分の言葉を言い、『暴力事件』を解決することに尽力しました。
『例の事件(※別途資料参考)』では私たち学校側の失態により『被害者』となってしまいましたが、この経験が彼女の『芯』を確立させました。
しかしながら『例の事件』が少女である彼女に与えた精神的ダメージは大きいでしょう。これからはそちらの面でも指導していき、また、必要であれば専門職にも相談していきたいと考えております。

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