ようこそ事なかれ主義者の教室へ   作:Sakiru

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第57話

 

 きっちり午前六時にオレは意識を覚醒させた。

 上半身を起こし、寝室を見る。隣のベッドでは平田(ひらた)がすやすやと寝息を立てていた。その向こうでは幸村(ゆきむら)が、そして窓際では高円寺(こうえんじ)が睡眠している。

 

「ふわぁ……」

 

 眠気眼を擦りながら洗面所に向かう。この後はひとと会う約束をしているので、身嗜みを整えなくてはならないのだ。

 

「あれからもうだいたい七時間か」

 

 昨夜のあの騒動の所為で、豪華客船は真夜中なのにも拘らず騒々しかった。結局、事態の自然な沈静化が見込めないと判断した学校側が強制的に()()し、部屋から出ることを禁じたのだ。

 先生が各部屋を巡回するという異例の事態になり……オレたちの部屋に来た真嶋(ましま)先生からは疲労が感じられたほどだ。茶柱(ちゃばしら)が来なくて良かったと、オレたちは心をひとつにしたものだ。

 地味な寝間着から地味な私服に着替え終わったタイミングで、平田が目を覚ました。

 

「うぅーん……。おはよう、清隆くん」

 

「おはよう、洋介(ようすけ)。まだ寝てなくて良いのか?」

 

 平田は時間ぎりぎりまで混乱に陥っているクラスメイトの対応に追われていた。ひっきりなしに掛かってくる電話に、彼は嫌な顔一つせず出ていたのだろうことは想像に難くない。

 友人として純粋に心配だ。

 

「……もう少し眠るとするよ。流石に昨夜はちょっとだけ疲れたかな」

 

「そうすると良い」

 

清隆(きよたか)くんはどこに行くんだい?」

 

堀北(ほりきた)に呼び出しされていてな。そうだ。見てくれこのメールを」

 

 オレはやれやれと頭を振りながら、堀北からの脅迫状を見せた。

 脅迫状は二件届いていた。

 一件目は、高円寺の暴走をルームメイトであるオレがとめられなかったことへの批判がつらつらと述べられていた。一行読んで、オレは目を背けてしまったが……。

 二件目は、八件のあのメール。どうやら彼女はオレが何かを知っていると思っていたらしい。明日の朝──つまり、今朝だ──会う予定を一方的に取り付けてきたのだ。

 

「えっと、これは……うん……」

 

 平田は苦笑いで答えた。そして、彼から送られてくる同情の眼差し。

 

「僕のところには堀北さんからは何も届いていなかったかな」

 

「あいつなりの気遣いじゃないか、多分」

 

 その気遣いをオレにも適応させて欲しかった。

 ここ最近、オレに対しての対応が雑なように感じ……いや、前からだった。

 ……自分で言っていて悲しくなってくる。

 

「そんな訳だから、出てくる」

 

「うん。行ってらっしゃい」

 

 平田の見送りに手を振ってから、オレは廊下に足を踏み入れた。

 まだこの時間帯、大半の生徒は寝ているのだろう。廊下にひとの気配は感じられず、異様な静けさがあった。

 エレベーターに到着したオレは、そのまま室内に入り、『B3』のボタンを押した。

 ──そう。

 オレが先程平田に言ったことは全てが本当ではない。確かにこの後、オレは堀北と会う約束をしている。しかしその時間は午前八時からで、場所は屋上のカフェ『ブルーオーシャン』だ。

 今から会うのは別の人物。

 地下三階からは娯楽施設が用意されている。そしてその中の一つが、カラオケだ。

 朝なのにも拘らず、ここは騒々しいな。積極的にはあまり来たくない場所だなと、そんな感想を抱く。

 艦内地図で、カラオケの区画を確認。地下三階の半分を占めているようで、何十部屋もある。特に一番目立つのは、収容可能人数が四十人を軽々と超えるパーティールーム。これが四部屋もある。学校側が用意した、クラス単位で使える密会の場所ということだ。

 受付に向かうと、そこには黒と白が混色した制服を着用している男性店員が居た。

 

「いらっしゃいませ。おはようございます。ご予約はされていますか?」

 

「六時三十分に予約した綾小路清隆です」

 

 支給されている携帯端末から、施設の予約が出来る。

 

「それでは、学生証のご提示をお願い致します」

 

「お願いします」

 

 確認はすぐに済み、学生証が返された。

 

「お客様、本日は二名様の予約を承っておりますが……」

 

「中で合流することは出来ますか」

 

「畏まりました。お連れのお客様のお名前を伺っても宜しいでしょうか?」

 

 簡潔に名前だけ告げた後も、オレと店員とのやり取りは続いた。

 カラオケの機種やコースなど、どうやら、カラオケというものはオレが考えていた以上にしっかりと出来ているようだ。正直、代金さえ払えばあとは放置されるものだと思っていた。

 政府が運営している、というのもあるのだろうが……。

 

「こちらがドリンクバー専用のグラスとなります。お客様、大変申し訳ございませんが、当店では、お食事及びお酒の注文は承っておりませんのでご了承下さい」

 

 どうやら普通のカラオケ屋では、料理や酒が注文出来るらしい。初めて知った……。

 硝子(ガラス)性のグラスと伝票を渡され、ようやく、オレは解放された。

 部屋は二号室で、最新機種なのだとか。ドリンクバーで烏龍(ウーロン)茶を用意してから、部屋に向かう。

 

「おお、これが……」

 

 恐る恐る扉を開けたオレは、思わず感嘆の声を出した。

 想像以上に部屋は大きく、また、清潔に保たれている。壁に掛けられているのは大型の薄型画面。様々なアーティストの告知PVが大音量で流れている。

 出入口付近には電気のスイッチがあり、オレはその横にあるエアコンのスイッチを操作し、冷房をつけた。

 オレはそのままL字型のソファーに座った。

 テーブルの上に置かれていたタブレットを持ち、色々と弄っていると、扉に影が差した。

 

「おはよう、清隆くん」

 

「おはよう、千秋(ちあき)。昨夜はよく眠れたか?」

 

「まあ、程々かな──って、何をやってるの?」

 

 そう言いながら、オレの対角線上に優雅に座り、訝しげな視線を送ってくる。

 そして彼女は腑に落ちたように頷いた。

 

「なるほど。きみは今日が初カラオケなんだ」

 

 おめでとう、と持ってきたグラスを掲げる。

 どうやら祝ってくれるようだ。

 

「「乾杯」」

 

 グラスを合わせると、軽やかな心地良い音が鳴った。

 そのままオレたちは中身がなくなるまで一気に呷る。

 ぷはぁーと、息を吐いた千秋は、そこで不思議そうに首を傾げた。

 

「カラオケが初めてなんてねー」

 

「もとから興味はあったんだけどな。中々行く機会に恵まれなかったんだ」

 

「ああ……なるほど。そう言われると納得かな」

 

 とはいえ、相手が千秋だとは思わなかったが……。

 まさか、ほんの一ヶ月前まで接点がゼロに等しかったクラスメイトと一緒に行くなど、想像もつかなかった。

 

「千秋はよく、こういった場所に行くのか?」

 

「うーん……自分からはあんまり。誘われたら付き合いで行くくらいかな」

 

 付き合いと言うと、篠原(しのはら)佐藤(さとう)といった女子たちか。彼女たちの顔が脳裏に過った瞬間、オレはすぐに消し去った。そして猛省する。

 

「でもちょっと勿体ないかもね。初カラオケがこんな形になるなんて」

 

「そうでもないさ。今度来る時の参考になったからな」

 

 とはいえ、次があるかは分からないが。

 千秋は慣れた動作で機械を弄り、音量をゼロにした。とてもありがたい。

 雑音が無くなった部屋は静寂に包まれる。

 

「時間も有限だから、開始しても良いか」

 

「うん、いつでも良いよ」

 

 オレは携帯端末を取り出すと、九件のメールを順番に表示させた。

 

 

 

§

 

 

 

『鼠グループの試験が終了致しました。鼠グループの方は以後試験へ参加する必要はありません。他の生徒の邪魔をしないよう気を付けて行動して下さい』

 

『牛グループの試験が終了致しました。牛グループの方は以後試験へ参加する必要はありません。他の生徒の邪魔をしないよう気を付けて行動して下さい』

 

『兎グループの試験が終了致しました。兎グループの方は以後試験へ参加する必要はありません。他の生徒の邪魔をしないよう気を付けて行動して下さい』

 

『竜グループの試験が終了致しました。竜グループの方は以後試験へ参加する必要はありません。他の生徒の邪魔をしないよう気を付けて行動して下さい』

 

『馬グループの試験が終了致しました。馬グループの方は以後試験へ参加する必要はありません。他の生徒の邪魔をしないよう気を付けて行動して下さい』

 

『羊グループの試験が終了致しました。羊グループの方は以後試験へ参加する必要はありません。他の生徒の邪魔をしないよう気を付けて行動して下さい』

 

『猿グループの試験が終了致しました。猿グループの方は以後試験へ参加する必要はありません。他の生徒の邪魔をしないよう気を付けて行動して下さい』

 

『鳥グループの試験が終了致しました。鳥グループの方は以後試験へ参加する必要はありません。他の生徒の邪魔をしないよう気を付けて行動して下さい』

 

『猪グループの試験が終了致しました。猪グループの方は以後試験へ参加する必要はありません。他の生徒の邪魔をしないよう気を付けて行動して下さい』

 

 

 

§

 

 

 

 千秋は画面を数秒睨んでから、ゆっくりと息を吐いた。

 

「ごめん、全然分からない」

 

「謝る必要はないさ」

 

 やって貰いたかったことは現状の確認。

 何が起こっているのかを見極めることが先決だ。

 オレはまず、九件のメールの中から、一つのメールを選んだ。

 

 ──『猿グループの試験が終了致しました。猿グループの方は以後試験へ参加する必要はありません。他の生徒の邪魔をしないよう気を付けて行動して下さい』──

 

「知っているかもしれないが、このメールを送信した犯人は高円寺だ」

 

「噂通りだったんだ」

 

「ああ。オレたちの前で堂々とな。天晴(あっぱ)れと言うしかない」

 

 高円寺の暴走。

 それは最初に出来た『波』。

 しかし、この『波』を軽々と超えるものが生まれ、一年生を襲った。

 

 ──『牛グループの試験が終了致しました。牛グループの方は以後試験へ参加する必要はありません。他の生徒の邪魔をしないよう気を付けて行動して下さい』

 

『兎グループの試験が終了致しました。兎グループの方は以後試験へ参加する必要はありません。他の生徒の邪魔をしないよう気を付けて行動して下さい』

 

『竜グループの試験が終了致しました。竜グループの方は以後試験へ参加する必要はありません。他の生徒の邪魔をしないよう気を付けて行動して下さい』

 

『馬グループの試験が終了致しました。馬グループの方は以後試験へ参加する必要はありません。他の生徒の邪魔をしないよう気を付けて行動して下さい』

 

『羊グループの試験が終了致しました。羊グループの方は以後試験へ参加する必要はありません。他の生徒の邪魔をしないよう気を付けて行動して下さい』

 

『鳥グループの試験が終了致しました。鳥グループの方は以後試験へ参加する必要はありません。他の生徒の邪魔をしないよう気を付けて行動して下さい』

 

『猪グループの試験が終了致しました。猪グループの方は以後試験へ参加する必要はありません。他の生徒の邪魔をしないよう気を付けて行動して下さい』──

 

「次にこの八件のメールだ。千秋、これは誰がやったと思う?」

 

龍園(りゅうえん)くん率いるCクラス」

 

 彼女は即答した。

 この観点については議論を交わす必要はないだろう。

 

「オレも同意見だ。ところで、千秋は『王』を名乗る龍園の行動が正しいと思うか?」

 

「正しいと思うな。私は、龍園くんが『根幹』に辿り着いたと思う。八件のメールは、Cクラスを除く各クラスの『優待者』を暴いたから送信したんだろうね。そして『勝利』を確信した以上、攻勢に出るのは当然だよね」

 

 試験結果は一斉に開示される。

『裏切り者』のグループが出ても、試験が終了されるだけで、結果は出ない。

 つまり、試行錯誤しながらの挑戦が出来ないということだ。

 

「Cクラスが『勝利』したと前提して話を進めよう。現段階だと、Cクラスは莫大な利益を得ていることになるよな」

 

「そうだね。彼らが選んだのは試験結果Ⅲ。400cl及び400万prを獲得するんだ」

 

 結果Ⅲに関しては──『優待者以外の者が、試験終了を待たず答えを学校に告げ正解していた場合。答えた生徒の所属クラスは50clを得ると同時に、正解者に50万prを支給する。また、優待者を見抜かれたクラスは逆に50clのマイナスを罰として課す。及び、この時点でグループの試験は終了となる。なお、優待者と同じクラスメイトが正解していた場合、答えを無効とし、試験は続行する』──というものだ。

『裏切り者』が所属しているクラスは得をし、『優待者』が見抜かれたクラスは損をする。

 

「高円寺が当てていると良いんだが」

 

「だったら良いんだけどね。外していたら結果Ⅳになるのかぁ……」 

 

 結果Ⅳに関しては──『優待者以外の者が、試験終了を待たず答えを学校に告げ不正解だった場合。答えを間違えた生徒が所属するクラスは50clを失うペナルティ。優待者は50万prを得ると同時に、優待者の所属クラスは50clを獲得するものとする。答えを間違えた時点でグループの試験は終了となる。なお、優待者と同じクラスメイトが不正解した場合、答えを無効とし受け付けない』というものだ。

『裏切り者』が所属しているクラスは損をし、『優待者』が所属しているクラスは得をする。

 

「高円寺を勘定に入れるのはやめよう」

 

「賛成。不確定なものを入れるのは馬鹿だからね。希望的観測は考えちゃ駄目だよ」

 

「各クラス平等に三人ずつ『優待者』が居るとして、Cクラスに三人全員見抜かれているとさらに仮定する。その場合、オレたちは150clのマイナスだ」

 

 Dクラスの現在のクラスポイントは285cl。このままでは135clになってしまう。

 極貧生活を余儀なくされているDクラスにとって、このマイナスはあまりにも厳しい。無人島試験で稼いだのにこんなあんまりな結果では、クラス闘争そのものに対する意欲も失われるだろう。

 栗色の髪の毛、その先端を弄りながら、千秋は不思議そうに呟いた。

 

「やっぱり腑に落ちないかな」

 

「何がだ」

 

「龍園くんはどうやって『優待者』を暴いたんだろうね。彼のことだから、自分のクラスの『優待者』は把握していると思う」

 

「そうだろうな。奴のことだ、強引にでも炙り出しているだろう」

 

「でも、それでもたった三人。干支試験を攻略するためには『法則性』を見抜く必要があるよね。とてもじゃないけど、たった三人で見抜けるほどこの試験は簡単じゃないと思うな」

 

「そのうえで千秋はどう考えているんだ?」

 

「簡単なことだよ。各クラスに本物の『裏切り者』が居る。その人物はクラスを売り、『王』に情報を渡した。見返りが何かまでは分からないけどね。そしてそれが可能なのは限られている。各クラスの中核を担う……あるいは、それに近しい人物が裏切った。これが私の推論。どうかな?」

 

 ぱちぱちぱちとオレは手を叩く。

 そしてオレは敬意の念を抱いた。

 やはり千秋は優秀だ。

 先入観に囚われず物事を柔軟に考えられる。

 

「Dクラスの中にも『裏切り者』が居るかもしれないよね」

 

「見当はついているのか?」

 

「……ううん。これに関しては私も分からない。清隆くんは知っているの?」

 

「ああ、知っている」

 

 オレが首を横に振れば、千秋の疑念は疑念で収まるはずだった。本物の『裏切り者』が居るのは確定しているが、それがDクラスの生徒なのかは分からない。だがオレが肯定したことにより、彼女は『Dクラスに裏切り者が居る』ことを知った。

 すると彼女は嘆息した。

 じろりと半眼の視線を寄越してくる。

 

「ほんと、きみは何者なの?」

 

「ごくごく一般の生徒のつもりだ」

 

 昔なら断定していたが、それももう、今は出来ないだろう。仕方がないとはいえ、オレの情報は知る者は知っている。

 そして今後も松下千秋と協力するためには、こちらもそれなりの誠意を尽くす必要がある。

 

「私の予想を言っていいかな、Dクラスの『裏切り者』について」

 

「分からないんじゃなかったのか」

 

「言わせようと誘導している癖に、それはあんまりじゃないかな」

 

 悪い、と謝意を込めて片手を上げると、千秋は呆れたように息を吐いた。

 

「動機を無しに挙げるとすると、実現可能なのは五人かな……。平田くん、軽井沢さん、櫛田(くしだ)さん、堀北さんかな。ああ、あと、高円寺くんも一応挙げるよ。だから五人」

 

「お前の考えは正しい。基本的には、クラスメイトから人望がある生徒を列挙するだろうな。高円寺については、まだ分からないが」

 

()()()()()()()()()()()()()()()。候補者はみんな、クラス闘争のために貢献してきたひとたち。高円寺くんは除くけどね。だからこれ以上はお手上げ状態だよ」

 

 ああ、だけど……と千秋は一度考え直したのか。

 

「ごめん、軽井沢さんも外すかな。もし軽井沢さんが『裏切り者』ならきみが知っているわけがないもんね」

 

「それはまたどうしてだ?」

 

「本物の『裏切り者』を知るためには、そのひとと一定以上の関係である必要がある。そしてきみと軽井沢さんに接点はない」

 

「それは分からないんじゃないのか? もしかしたら裏で繋がりがあるかもしれないぞ」

 

という言葉に、千秋は一笑してからばっさりと言った。

 

「だって清隆くん、彼女のこと苦手でしょ?」

 

「……否定はしない。ただ一応弁解しておくが、嫌っているわけじゃない」

 

「分かっているって。多分相性の問題だろうね。きみは静かな人間だけど、彼女は真逆のタイプだから」

 

 お前もどちらかと言えばそちら側の人間だったけどな、という言葉は呑み込んだ。

 千秋は桔梗のように自分を偽っていたわけではない。ただ処世術を持ち、上手く活用していただけ。

 だからこそ、ここで彼女に聞きたいことがあった。

 

「千秋は軽井沢のことをどう思っているんだ?」

 

 すると露骨に眉を顰める。

 

「きみって普段は無害そうな顔をしているのに、時々、平気で地雷を踏みに行くよね」

 

「そ、そうか……?」

 

「無意識ならタチが悪いよ。計算しているなら兎も角として──いや、それでも良くはないけど──なるべく直した方が良いと思うな」

 

 なるほどとオレは頷いた。

 言われてみれば、これまでにも何人かの友人に似たようなことを言われたような気がする。

 深く反省しよう。

 

「それで何だっけ、軽井沢さんのことだっけ?」

 

「ああ、是非とも情報が欲しい」

 

「……それはつまり、彼女をこちら側に引き込むということ?」

 

 自分では不満なのかと疑っているようだ。

 ここで変に暈すのは彼女からの関係に後々響くだろう。

 オレは首を横に振り、「そのつもりはない」と前置きしてから言葉を続けた。

 

「実は軽井沢に違和感を覚えているんだ」

 

「違和感……?」

 

「ああ、どうにも『らしくない』気がしてな。ここでさっきの質問に戻るが、千秋は軽井沢のことをどう思う?」

 

「どう思う? って言われても……」

 

 確かに答えにくい内容だったと、オレは反省する。

 

「軽井沢恵を知人に説明する際、千秋はどのように表現する?」

 

「ああ、なるほどね。──女王、かな」

 

「やっぱりお前もか。オレも一緒だ」

 

 それもそうだよと彼女は苦笑い。 

 

「Dクラスの総評でもあるからね」

 

 そう、軽井沢恵は女王である。

 Dクラスの女子生徒を纏めあげ、先導者である平田と協力し、クラス闘争に貢献してきた。

 オレは千秋に、干支試験中での軽井沢の『らしくない』行動を全て告げた。

 聞き終えた彼女は髪の毛を弄りながら思案に耽る。

 

「可笑しいと思わないか?」

 

「直接この目で見たわけじゃないから何とも言えないかな。ただ清隆くんの違和感が正しいとするなら──つまり、本質的に彼女が『女王』ではないのなら。筋は通るとは思う」

 

「そうか……」 

 

「でもどうして? 清隆くんはさっき、彼女のことをスカウトしないって言ったよね? 軽井沢さんのことを知ってどうするつもりなの?」

 

 やはりそこが気になるのだろう、千秋は疑問をぶつけてくる。

 

「別に何もしないさ。ただもし、オレたちの推測が的中していたならば──千秋、軽井沢はDクラスの『(がん)』になるかもしれない。そこだけは頭の片隅に置いといてくれ」 

 

「うん、分かった」

 

 もし可能性があるのならば、早急に除去すべきだ。

 とはいえ、オレがその役割を担うことは出来ない。

 きっと、これが最後の試練になるだろう。

 先導者がどのような決断をするのかによって、Dクラスの未来は変わる。

 


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