ふわあ、と欠伸を噛み締めながら、オレはゆっくりと覚醒した。眠気眼を摩り、室内を見渡すと、オレ以外誰も居なかった。
どうやらみんな、先に朝食を食べに行ったようだ。寝間着から外着に着替えて部屋から出る。
廊下は生徒で溢れていた。
「おいおい、また試験かよ……」
「ほんと、ふざけてるとしか言いようがないよな」
「夏のバカンス? 何それ美味しいのって感じだよ」
「──この世界に神はいない。この世界に神はいないんだ!」
「しかも他クラスと協力するんだろ? それなんて無理ゲーだよ……」
話題はやはりと言うか、特別試験に関してのものが圧倒的に多いようだった。
エレベーターは混雑しているようなので、階段を使い一階に下りる。船の看板に足を向け、そこにあるカフェ、『ブルーオーシャン』に入店した。既にピークは過ぎたのか、客の姿はない。
これは好都合だな。
「お好きな席にどうぞ」というスタッフの言葉に甘え、オレは日陰にあたる不人気そうな席を選んだ。適当に軽食を注文し、待ち人を待つ。時刻は七時半。これなら問題ないだろう。
約束の時間五分前になったところで、その人物は現れた。
「おはよう。早いのね」
「堀北は済ませたのか?」
「……ええ、
「随分と仲良くなったじゃないか」
すると堀北は半眼になった。
これ以上は身の危険を感じるので、咳払いをして、早速話の本題に入る。
「それで? そっちはどうだったんだ?」
昨日。オレは堀北に特別試験が開催されること、そして、その情報をチャットアプリで送った。しかし、目の前の彼女は自らの情報を送ってくることはしなかったのだ。唯一来た連絡といえば──。
「ここで会う提案だけとか、堀北、お前……」
不満を言うが、堀北はすまし顔で、
「だってあなた、こうしないと来ないじゃない」
違うかしら? と無言で聞かれたら、オレは答えに窮するしかなかった。
視線を泳がしながら尋ねる。
「……そ、それで、学校からの呼び出しや詳細は一緒だったのか?」
「ええ、あなたが送ってきた資料通りだった。十二のグループ、四つの試験結果、そして──」
堀北の言葉を遮るようにして、キーンという甲高い音が鳴る。オレたちは話を中断させた。アラームを解除し、一秒の誤差もなく送られてきたメールに目を通す。
午前八時、つまり、今送られてきたメールは学校からのもので、試験に関する重要な情報が載せられている。
そこにはこのように書かれていた。
『厳正なる調整の結果、あなたは優待者に選ばれませんでした。グループの一人として自覚を持って行動し、試験に挑んで下さい。本日午後一時より試験を開始致します。本試験は三日間行われます。
堀北が読み終えるのを待つ。
そして無言で互いの携帯端末を交換した。
内容は『ほぼ同じ』だった。相違点はグループ名と集合場所のみ。オレが『兎』なのに対して、彼女は『
「優待者に選ばれたら文面が『選ばれました』になるのでしょうね」
堀北は不快感を隠そうともしなかった。
確かに文章をそのまま受け止めたら、『優待者』に選ばれるためには何らかの『条件』があると思った方が良いだろう。『厳正なる調整の結果』という一文から、それは明白だ。
その『条件』が何か分かれば、この試験、勝ったも同然だろうが、簡単にはいかないだろう。
「『優待者』のことを考える前に、まずは『竜』グループの構成メンバーを教えてくれ」
「……それもそうね。先に言っておくけれど、見たら驚くと思うわ」
「驚く……?」
不思議に思いながら、彼女からメモ帳を受け取る。一目見た瞬間、オレは言葉の意味を理解した。
そこにはこのように書かれていた。
─『
一年A組──
一年B組──
一年C組──
一年D組──
そこでオレは言葉の意味を悟った。
彼女が言ったように、明らかに
各クラスの中核を担う、もしくは、
Aクラスの葛城や、Bクラスの神崎、Cクラスの龍園、そして我らがDクラスでは、櫛田、平田、そして、目の前の堀北。
偶然、ではないだろう。このグループは意図的に作られていると
「苦労するだろうな」
「
「気分を害したなら謝る」
謝意を示すと、堀北は鼻を鳴らした。
しかし前言を撤回するつもりはない。
Dクラスで組める最強の布陣であることは間違いないだろうが、苦戦は必至だ。
Aクラスには冷静沈着な男、葛城がいるし、Bクラスには頭が切れる神崎が、そして、Cクラスには何をするか分からない不気味な龍園。
特に龍園は本気で『勝ち』にくるはずだ。
瞼を閉じればあの時、
思案していると、堀北が眉を寄せながら、
「けれど一つ腑に落ちない点があるわ」
「そうだな。つまり、お前が言いたいのは──」
「ええ、
一之瀬
「私は相応の理由があると考えているわ」
そう言って、じっとオレを見つめてくる。
中々核心に触れてこない堀北に、オレは静かに尋ねた。
「……何が言いたい?」
「彼女が配属されたのが『兎』グループじゃなかったら分からなかった。けれど『兎』には綾小路くん、あなたがいる」
「それはつまり、
「ええ」
ふむ……筋は一応通っているか。
問題は一之瀬がそれを知っているか知らないか。
各グループの配属が作為的なものだと考えた場合、それぞれの担任が決定権を持っていることは明白だ。
Bクラスの担任は
「無人島試験に於いて、私──堀北鈴音の活躍があってDクラスは勝てたと……そう、噂が流れてるわ。そしてその噂は櫛田さんが流しているそうじゃない」
「友達の努力が実ったのが嬉しかったんだろうな」
「綾小路くん、あなたでしょう? 彼女に指示を出したのは」
「質問を質問で返すようで悪いが、どうしてそう思う?」
「彼女は絶対にそんなことしないわ。嫌っている相手のために、そんなことをするメリットがないもの」
「なら答えをはぐらかせることなく言うと、答えは『Yes』だ。オレが頼んだ」
櫛田の影響力は学年を優に超え、学校全体にまで及ぶ。彼女はオレの指示に従い、『堀北鈴音の台頭』を友人との会話に刷り込ませた。
そして意図的に噂を作り、拡散させた。特別試験が三日しか経っていないのにも拘らず、この噂は密閉された船内ということも相まって、一年生のほぼ全員が知っているだろう。
「言い訳をするが、時間の問題だったぞ」
「……ええ、分かっている。クラスメイトの前であんな『嘘』を吐いたんだもの、覚悟はしていたし、している」
これからは堀北は、平田や
そして反比例にオレはいつもの日常に戻っていく作戦だ。願わくば、争いとは無縁の生活を送りたいものだ。
「綾小路くん、一之瀬さん……ひいては、星乃宮先生には気を付けた方が良いと思うわ」
どうやら純粋に心配してくれているらしい。本当、良い具合に角が丸まったな。
オレは有難くその忠告を受け取ることにした。
「分かった。けどこの際だから伝えておくが、今回、オレが出来ることは限られていると思う」
「……そうね。お互い、苦労すると思うわ」
それはひとえに、特別試験の内容が関係してくる。
他クラスとの『話し合い』が大前提で必要になる中、オレはその分野では向いていないし、かなり警戒されているだろう。
下手したら、『話し合い』が成立するかも怪しいところだ。
「今回、『優待者』に選ばれたか否かはとても重要よ」
「そうだな。そしてオレたちは違う」
「クラスの誰が『優待者』なのか分かれば、『条件』に辿り着く手掛かりになるのだけれど……」
それは難しいと言わざるを得ないだろう。仲間に背中を預ける覚悟が必要だ。全幅の信頼を寄せなければならない。だが──。
「平田くんはきっと、『優待者』については自己申告制にするでしょうね」
「葛城も、一之瀬も、似たような方針をとるだろうな」
今回のこの試験、それだけの危険性を孕んでいる。
『百』のために『一』を犠牲にする──極端だが、クラス崩壊が起こってもおかしくはないだろう。
なら最初から各々の判断に任せた方が良いだろう。自己責任という形を作った方が安全だ。
と、堀北はオレの言葉が気になったのか尋ねてきた。
「龍園くんは違うと?」
「分からない」
すると彼女は目を伏せ考え込んだ。
二分が経ったところで、堀北は首を横に振る。
「……彼が噂通りのひとなら、確かにそのような策を練るかもしれない。クラスメイト全員に『メールを見せろ』と言えば、試験の『根幹』に挑める挑戦権を得ることが出来るわ。けれど綾小路くん、それは不可能よ」
「不可能、か……。どうしてそう思う?」
「龍園くんではなく平田くんや一之瀬さんだったら可能かもしれない。けれど彼には無理よ。全員が彼の指示に従うとは到底思えないわ」
「それは禁則事項に抵触するからか?」
堀北は頷いた。
特別試験には禁則事項がある。字の如く、犯してはならないルールのことだ。もし破った場合、違反者にはそれ相応のペナルティが課せられる。
その中には、『他人の携帯を勝手に使わず、メールを開いてはならない(意訳)』というものが含まれている。もし龍園が無理矢理クラスメイトのメールを見ようとした場合、彼には『退学』という一番重い罰が与えられる。
「いつの世も暴君の末路は決まっているわ。圧政者は民から見放され、断頭台に登るのよ」
「──面白いことを言うじゃねえか」
すっと、頭上に影がさした。
オレたちが座っている席は日陰があまり当たらない場所だが、今、突然の来訪者によって完全に陽の光は遮られた。
オレたちは会話を中断し、犯人に視線を送る。そこには一年C組の『王』を名乗る不遜な生徒、龍園翔と、彼に仕えるようにして、
どちらもオレの知り合いだ。
しかし彼らの興味は現在堀北にあるらしい。
「はじめまして、かしら」
「ククッ、確かに、こうして
「自己紹介をする必要は?」
「あるぜ。何せ、俺はこれまでお前にノーマークだったからなあ」
龍園が早々に堀北を
だが堀北は凛とした佇まいを崩さない。
「あら、それはあなたの見る目がなかった、それだけのことじゃないかしら」
「ほう……中々言うじゃねえか」
龍園は獰猛な笑みを浮かべる。
そして彼は何を思ったのか、近くのテーブル席をこちらにくっ付けた。注文を取りに来たスタッフに、
「追加注文だ。俺はコーラを」
「畏まりました。そちらのお客様は如何なさいますか?」
「……オレンジジュースで」
「畏まりました」
彼は
「それで、お前の名前は?」
「ひとに名前を尋ねる時はまずは自分から名乗るのではなくて?」
「おっと、これは失礼。名乗る必要がないと思ったんだ。許せ」
「……どこまでふざけるのかしら」
一言言葉を交わす度、堀北の表情が歪んでいく。分かってはいたが、彼女と彼は正しく『水と油』。絶対に相容れることはないだろうな。
無言の睨み合いが続く。
先に折れたのは、結局、堀北だった。無駄な時間だと判断したのだろう。嘆息してから、
「堀北鈴音よ」
「そうか。まあでも、知っていたがな」
「……あなたにはひとを怒らせる特技があるようね」
今にも龍園に掴みかかりそうな勢いだ。
龍園はさらに嬉々として燃料を投下する。
「おいおい、これくらいで怒るなよ、
とうとう堀北の背後に
オレは心の中で合掌する。
「気安くひとの下の名前を呼ばないで」
「おいおい、下の名前で呼ぶことによって、そこに信頼関係がうまれるんだろうが」
「減らず口を」
「何だったら、鈴音も俺を『翔』と呼んでも構わないぜ?」
オレは呆れを通り越して感服した。
常々思っていることだが、こうやって、自分がしたいように行動出来ることは凄いだろう。まあ、時と場所を選んで欲しいとは思うが……。
傍観していたオレは、このままでは埒が明かないため、もう一人の傍観者に視線を送った。
『伊吹』
『……』
『伊吹』
『…………なに?』
『龍園をなんとかとめてくれると助かる』
『断る。別に、私に被害があるわけじゃないし』
そう言われると弱いな……。
オレと伊吹が目で会話をしているこの最中にも、堀北と龍園の会話は激化の一途を辿っている。
はあ、と、オレはため息を吐いた。仕方がない、ここはオレが口を出すか……。
「あー、二人とも」
「何かしら綾小路くん。あいにく、あなたに構っている暇はないのだけれど」
……まさかの、味方に罵倒された。かなりショックを受けていると、さしもの伊吹も同情してくれたのか、龍園に声を掛ける。
「龍園、そろそろ……」
「あぁ……? 見ての通り、俺はいまこの愉快な女をおちょくるのに忙しいんだが」
「そんなのいつだって出来るでしょ。この後は用事があるんだから、早く話を終わらせて」
「ちっ、仕方ねぇな」
龍園はそう言って矛を収めた。
オレは伊吹に感謝の眼差しを送ったが、悲しきかな、無視された。
「あなたと話していると疲れるわ……。それで結局、何をしに来たの?」
堀北がこめかみを押さえながら、用件を尋ねる。彼女からしたら一刻も早く立ち去って欲しいのだろう。
「ククッ、なに、宣戦布告さ。俺も本格的にゲームに参加しようと思ってな」
「クラス闘争をゲームと言うのは、あなたくらいのものでしょうね」
「ははっ、そう、褒めてくれるな」
「貶めているのよ」
堀北に罵倒されても、龍園は余裕の笑みを崩さない。
「下準備は済んだ。あとは『勝つ』だけの単純作業だ」
「そう……。なら勝つことを確信している龍園くんに聞くけれど、あなたはこの干支試験、負ける気はないのね」
「当たり前だ。あぁそうだ、鈴音。はじめに言っておくが、俺は『優待者』じゃないぜ」
龍園の発言に堀北と伊吹が息を呑む。そして二人とも彼を睨んだ。
敵である堀北からしたらブラフを考え、『答え』を知らされているかもしれない伊吹からしたら、龍園の行動に文句を言いたいのだろう。
「信じられないって顔だな」
「あなたの話を馬鹿正直に信じるひとがいるとは思えないけれど」
「なら綾小路、お前はどう思う?」
と、ここで龍園は沈黙していたオレに話を振ってきた。どう思う、か……。オレは言葉短く、
「興味がないな」
「ほう……。それは何故だ?」
「龍園、お前のその言葉が正しいのか、あるいは嘘なのか、そんなことは関係ない。お前の遊びに乗ってやるほど、オレは暇じゃない」
確定された情報なら兎も角として、真偽が五分五分なら、それは考えるに値しない。
「ははっ、それもそうか。──なら、これならどうだ?」
龍園は薄く笑うと、自身の携帯端末を上着のポケットから取り出し、何か操作をしたと思ったら、液晶画面を上にして、テーブルの上を走らせた。
画面を覗き見た堀北が驚愕する。
「……本当に、『優待者』じゃないのね……」
言いながら、オレにも見せてくる。画面に表示されているのは、学校からつい先程送られてきたメール。
オレと堀北と同じ文面だ。
「あなた……正気?」
「酷い言い草だな。俺は自身の潔白を証明しただけだぜ?」
やれやれだぜと、龍園はわざとらしく肩を竦める。
堀北は険しい表情のまま、彼に詰問する。
「龍園くん、あなたがそこに居る綾小路くんと繋がりがあるのは、こうして話して分かったわ」
「そうか。随分と遅かったな。平田や一之瀬の方が何倍も早かったぜ」
「……だからこそ、二人がこうして一緒に居るタイミングで、率直に聞くわ。あなたたちは今回も裏で共謀するの?」
「──ククッ、クハハハハハハ!」
龍園は腹を抱えて大声を出して笑い出す。隣の伊吹が十センチメートル程距離を離したが、彼はそんなことはお構いなく、笑い続けた。
「良いな、お前。まさか直接聞いてくるとは思わなかったぜ。この暇潰しにも価値があったってことだ」
「……質問に答えなさい」
「なら俺も、嘘偽りなく答えよう。安心しろ、そんなことは起こり得ない」
オレをちらりと一瞥し、言葉を続ける。
「そもそも俺と綾小路がこれまで裏、そしてさらに裏の裏で繋がっていられたのは、互いに利害があったからだ。だがそれは切れた」
「……それは何故かしら?」
「ククッ、全てを教えるわけにはいかねぇな。ただ一つ言うならば──俺はこいつを怒らせたのさ」
「だそうだけれど、綾小路くん、どうなの?」
「怒るようなことをされた覚えがないが……」
龍園は可笑しそうに笑った。そしてふと思い出したように隣の伊吹に話を振る。
「そういえば……お前の怒りは収まったのか?」
「はあ?」
「お前、この前まで俺や綾小路に怒り心頭だったじゃねえか」
「ああ……そのこと」
合点したのか、伊吹は嘆息した。
オレンジジュースで喉を潤し、龍園、そしてオレを見てから、再度ため息を吐いた。
「……もう良い。騙された私が悪いから。っていうか、あんたたちに構ってる暇がない。ただでさえひよりに振り回されているんだから」
「「「……」」」
オレ、堀北、龍園の三人は思わず同情してしまった。
天然少女である椎名を制御するのに多大なる労力を必要とし、頑張っているのだろう。
「伊吹さん……あなたも苦労しているのね……」
「ちょっと、その憐れみの目をやめてくれない」
「確かあなたは綾小路くんと同じ『兎』グループだったわね。苦労すると思うけれど、頑張って。こう言うのも変だけれど、敵ながら応援しているわ」
あの堀北が他者を気遣うなんてな……。
「俺からもひよりのお守りを任せるぜ」
「龍園! っていうか、本来なら綾小路、あんたの役目でしょうが!」
「そんなことを言われても困る」
クラスが違うのだから、それは無理ってものだ。
何とも言えない空気が暫し流れる。
と、龍園が仕切り直しとばかりに、再び、堀北に狙いを定める。
「お前が先の試験で活躍したという噂が流れているようだな」
「ええ、らしいわね」
「馬鹿な奴らはその噂を信じきっているんだから滑稽だぜ。九割の嘘に、一割の真実。人間って生き物はそれを判断出来ない」
「なら龍園くん、あなたがその噂を嘘だと言えば良いじゃない。全ての策を考えたのは綾小路清隆であり、堀北鈴音は利用されただけの女だと吹聴すれば?」
「面白いことを言うなぁ、お前。実行してやっても良いぜ」
すると堀北は「ふっ」と鼻で笑った。
眉間に皺を寄せる龍園に、彼女は言う。
「あなたにはそれが出来ないわ。綾小路くんが裏で動いていたことを知っている人間は、私の推測では十人前後、といったところかしら。けれど私を含め、彼らは決して口を割らない。
「否定はしない」
「……互いに武器を持っているから、ってこと?」
伊吹が小さく尋ねた。
堀北は「ええ」と頷き、それから、オレに強烈な視線を送る。
「しかもその『武器』は生半可なものじゃない。はっきり言って冷戦に近いわね」
彼女が断言すると、伊吹は有り得ないものを見るような目でオレを見た。
その瞳の奥にあるものを確かめようしたところで、龍園に遮られる。
「この前はAクラスを徹底的に攻撃したが、今回はどのクラスにも行うぜ。精々足掻くんだな」
「なら私も、『王』を名乗るあなたを斃したという『功績』欲しさに、正面から相手しましょう」
「威勢が良いじゃねえか。
「あら、それはあなたも同じでしょう?」
堀北の指摘に、龍園は無言の笑みで答えた。
それは虚勢か、はたまた自信の表れか。
「さあ、ゲームを始めよう」
龍園は話は終わったとばかりに椅子を引く。どうやら、彼の用事は終わったようだ。
そして俺たちを見下ろす。目が合うと、彼は唇を動かして何かを言いかけたが、音になる寸前でとめたようだった。
「また会おう。行くぞ伊吹」
別れの言葉を一方的に告げてから、龍園は伊吹を引き連れてカフェから姿を消す。
騒々しさがなくなり、静寂が訪れた。
「龍園くんたち、偶然ここに来たわけじゃないわよね?」
確認を求めてきたので、オレは同意を示した。
「そうだな。おおかた、オレか堀北に見張りを派遣していたんだろう」
手下に見張りをさせ、場所を特定させる。
そして八時になり、一斉メールを確認してから強襲してきた……そんなところか。
「Bクラスとの同盟はどうする?」
「このあと協議する予定よ。Dクラスからは私と平田くんが。Bクラスからは一之瀬さんと神崎くんが。とはいえ、既にある程度は決まっているけれどね」
今回の干支試験は同盟として扱わないだろう。長く付き合うためにはそれが堅実な一手だ。
「このあと、九時からの予定よ。終わったら話の内容をクラスのチャットアプリに送るわ」
報告・連絡・相談は大事だからな。
それから堀北がオレを直視し、このように言った。
「綾小路くん。今回の干支試験、私は今の私の全力を出して臨みたいと思う」
「そうか」
「だから手助けは無用よ」
「オレは一度も手助けなんてしていない。ただ機会を作っただけだ」
オレはいくつかの選択肢を提示してきただけに過ぎない。
「率直に聞くわ。私の勝率は何パーセントある?」
いきなりのことに面食らった。
ぱちくりと瞬きしてから、静かに尋ねる。
「……確認するが、『勝利』の定義は?」
「クラスポイント及びプライベートポイントの総獲得数」
淀みなく即答した。
面白くなったオレは目を伏せ思案する。
現在の堀北鈴音が全ての潜在能力を発揮した状態での勝率を──。
あらゆる観点から考え、オレは答えを出した。
「十パーセント前後だな」
告げた数値はあまりにも低いものだった。
堀北は表情を強張らせ、小さな声で呟く。
「そう……」
てっきり反論なり罵倒なりされると思っていたが、堀北は怒りを顕にすることはなかった。
ただ冷静にオレの言葉を受け止めている。
「三十パーセントはあると思っていたのだけれど」
「そうだな。オレも最初はその辺だと考えた」
「なら、どうして?」
オレは彼女の問いに答えなかった。
オレの反応が雄弁に語っていると、堀北はすぐ気付く。
「なるほど。その理由に辿り着くことが、私の『勝利』に繋がるのね?」
「ああ」
話すことは話した。
オレたちは椅子から立ち上がり、カフェをあとにした。エレベーターを使い、オレだけが三階で降りる。三階に男子生徒の部屋があるからだ。ちなみに女子生徒は一個下だ。
「じゃあな」
「ええ、また会いましょう」
堀北と別れを済ませ、喧騒で響く廊下を渡る。
自室に戻ったオレはベッドの上で仰向けになる。
こうしている間にも他クラスは何らかの戦略を練っているに違いない。
だが残念なことに、今回、オレに出来ることは高が知れている。
堀北には十パーセントと言ったが、実際のところ、もっと低い数値をオレは出していた。
──高くて五パーセント。
それがオレの出した結論だ。
だからこそ楽しみでもある。
長期休暇に行われる特別試験。
クラス闘争、一つの区切りになるこの試験で、堀北がどれだけ戦えるのか。
注目している生徒は堀北だけじゃない。
はたして彼らはどのような行動をするのか、そして誰が干支試験の『根幹』に辿り着けるのか。
十二匹の獣の乱闘が、いま始まろうとしていた。