ようこそ事なかれ主義者の教室へ   作:Sakiru

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第46話

 

 八月七日。

 特別試験の最終日を迎える今日、オレたち生徒はベースキャンプの後片付けをしてから浜辺に集まっていた。

 A、B、C、Dクラスと列を形成し、各々、出席番号順に並んでいるが、Cクラスだけが空白になっていた。しかし誰も疑問の声を上げない。それはつまり、どのクラスもCクラスの愚行を知っているということだ。事前説明によれば、脱落した生徒は客船内の一室に集められているはずだ。

 この場に集まっているのは生徒だけであり、学校関係者、そして各クラスの担任でさえも居なかった。彼らは客船のデッキに居て、恐らく、小規模な会議や試験の集計をしているのだろう。

 

「なぁ、綾小路(あやのこうじ)堀北(ほりきた)のことは本当に知らないのか?」

 

 右隣に座っている(いけ)がそう尋ねてくる。何度目か分からない質問に、気持ちは分かるが、流石に辟易(へきえき)してしまうところだ。

 

「知らないな。むしろ、どうしてみんな、オレに質問をしてくるのか聞きたいところなんだが」

 

「だってお前たちは仲が良いからさ。みんな、綾小路なら知っていると思っているんだよ」

 

「そうでもない。オレと堀北はただの隣人だ。オレよりもお前や山内(やまうち)沖谷(おきたに)(けん)櫛田(くしだ)たちの方が彼女のことを知っていると思う」

 

 オレが知っているのは堀北の外面だけだ。入学当初ならいざ知らず、現在は彼女主催の勉強会に参加している池たちの方が理解を深めているだろう。

 いや、彼らだけじゃないか。耳を澄ませば、このような会話が聞こえてきた。

 

「堀北は大丈夫だと思うか?」

 

「どうかな。体調不良を訴えて試験を脱落したらしいが……」

 

「けどこれで私たちは30ポイントが引かれちゃうんだよね。責めるつもりはないけど……」

 

「ちょっと……いや、かなり痛いよなぁ」

 

「せめて誰かに言って欲しかったよな」

 

「堀北さんの性格的に、それは無理だったんじゃないかな。多分、一人で背負い込み過ぎたんだと思うよ……」

 

「何だよ、それ……。俺たちは仲間だろうが!」

 

 他クラスの生徒たちが試験が終了する喜びで思い思いに談笑している中、Dクラスだけは暗い雰囲気に包まれていた。

 みんな、昨夜行方を晦ませ、試験を脱落した堀北を心配している。彼女の努力は各々の目で見てきたため、表向きで彼女のことを責めている生徒は見えなかった。

 

伊吹(いぶき)さんも雨が降るなり消えたし。やっぱりスパイだったのかな」

 

「けどだとしたら、この場に一人はCクラスの奴が居ないと辻褄(つじつま)が合わなくないか?」

 

「綾小路くんの報告によると、金田(かねだ)ってひとも伊吹さんと同じように、他クラスのBクラスに避難したんだよね。けど居ないみたいだし……」

 

「何が何だかさっぱり分かんねぇよ」

 

 規定時間の正午になっても客船から教師たちは降りてこない。

 

「あーあ、試験ももう終わりかぁ」

 

 空気を変えるためか、池がわざとらしく大声を出した。生徒たちもこれ幸いとばかりに雑談に移行する。話題はもちろん、この七日間や試験結果についてだ。

 

「綾小路はこの七日間どうだった? ちなみに俺はそこそこ楽しめたぜ!」

 

「そうだな。楽しい時間もあったけど、辛い時間もあったな」

 

「そうだよなぁ。特にお前は外交官としてBクラスに交渉に行ってたりしたもんなぁ……」

 

 お疲れ、と池は片手をオレの肩に置いて労う。

 

「お前も苦労しただろう。お疲れ」

 

 今度はオレがそうすると、池は「ははは……」とらしくなくも乾いた笑みを浮かべた。

 あの出来事は池にとって地獄以外の何物でもなかっただろう。対人恐怖症になってもおかしくないが、池は友人と、そして己の力で乗り越えた。良い意味でも悪い意味でも経験になっただろうな。

 

「綾小路は船に戻ったら何する? ちなみに俺はステーキを大量注文するぜ!」

 

「それは良いことだと思うが、いきなりそんな重たいものを沢山食べて腹を壊さないか」

 

「うっ……言われてみればそうだな。一個だけにしておくよ……。それでお前は何をするんだ?」

 

「そうだな──」

 

 言葉を区切り考えてみる。

 池のように美味い料理を食べるというのもありだし、薄汚れている身体を綺麗にしたいという欲求もある。あるいは──。

 考えが纏まったところで、

 

「あっ、やっぱり聞きたくない」

 

 池がそう言ってきた。

 呆然とするオレに、友人は羨望(せんぼう)嫉妬(しっと)が入り混じった目を寄越した。

 

「どうせ真っ先に椎名(しいな)ちゃんの所に行くんだろ?」

 

「……は?」

 

「しらばっくれるなよ。分かってる、俺は分かってるからな。だからくれぐれも(みな)まで言うなよ。泣きたくなるから」

 

「いやちょっと待ってくれ──」

 

『ただいま試験結果の集計をしております。暫くお待ち下さい。既に試験は終了しているため、各自、飲み物やお手洗いを希望をされるようでしたら休憩所をご利用下さい』

 

 オレの言葉を(さえぎ)るようにして、そのような放送が流れた。一人の男性がこちらに近付き、休憩所がある方向を生徒たちに教える。

 この場に(とど)まる必要は全くない。みんな、友人たちと顔を見合わせてから休憩所にぞろぞろと向かう。足取りが軽いのは気の所為ではないだろう。

 

「よっしゃー! ジュースジュース!」

 

「あっ、待ってくれ──」

 

 悲しきかな、オレの言葉は砂浜を駆ける友人には届かなかった。どこにそんな力があるのだと突っ込みたいくらい、彼は猛スピードで遠ざかっていく。

 オレは堪らずにため息を吐いてしまった。仕方がない、これは誤解を解くのは諦めるとしよう……。

 

「あ、綾小路くん……」

 

 とぼとぼと砂浜を踏みしみていると、右隣から一つの声が掛けられた。停止し、そちらを見ると、そこには佐倉(さくら)王美雨(みーちゃん)がオレに手を振っていた。どちらとも控え目なのがまた面白い。

 オレは手を軽く手を挙げながら彼女たちに合流した。

 

「「綾小路くん、試験、お疲れ様」」

 

「二人もお疲れ様。二人とも大活躍だったな」

 

「そ、そんなことないよ……」

 

「う、うん。愛里(あいり)ちゃんの言う通りだよ……」

 

 二人とも恥ずかしそうに首を縮めるが、オレは言葉を撤回することはしなかった。

 主観的にも、そして客観的にも、彼女たちはクラスに貢献してくれた。Dクラスの食事は彼女たちをはじめとした食事班のおかげで成り立ったと言っても過言ではないだろう。何よりも、彼女たちは男女間で溝が生まれた際、その溝を埋めようと奮闘していた。彼女たちの性格を考えれば大変だっただろうに……。

 

「でもそれなら、綾小路くんだって凄かったよ」

 

「……えっ?」

 

 まさかそのように言われるとは露ほども思っていなかったので、オレはぱちくりと瞬きしてしまった。

 

「うんうんっ。Bクラスとの交渉役を最後まで務めるだなんて凄いと思うな!」

 

「上位クラス相手に……本当に凄いと思ったんだ。私には絶対に出来ないことだから」

 

「……なら、お互い頑張ったってことだな」

 

 頬を()きながらそう言うと、二人は満面の笑みで頷く。近くに居た男子グループが胸を押え(うずくま)った。オレは首を傾げる彼女たちを見て戦慄してしまった。無意識なのが恐ろしい。

 

「そう言えば、みーちゃんは昨日、大丈夫だったのか? テントの中に一日中居たようだったけど」

 

「ほへっ……!? だ、大丈夫! 大丈夫だよ!?」

 

「そ、そうか……?」

 

「うん! 心配してくれてありがとう! でも大丈夫だから!」

 

 顔を真っ赤に染めて物凄い勢いでそう言われたら、引き下がるしかなかった。みーちゃんが櫛田に何度か相談していたのは知っていたから、気になっていたんだが……、本人がこのように言っていることだし、忘れるとしよう。

 休憩所に着き、オレたちは一旦別れた。彼女たちがクラスの他の女子生徒たちに呼ばれたためだ。彼女たちと入れ替わるようにして、今度は洋介(ようすけ)が近付いてくる。今日話すのは初めてだな。

 

「やぁ、清隆(きよたか)くん」

 

「洋介」

 

「はいこれ。もし良かったら」

 

 彼は二つ持っていた紙コップの一つをオレに手渡してくる。オレを待っていてくれたのだろう。オレには勿体ないくらいの素晴らしい友人だ。礼を言ってから受け取ると、程よく冷たい感触が伝わってきた。

 

「何が良いか分からなかったから、無難に水を選んできたんだ」

 

「それで充分だ。悪いな」

 

「謝ることじゃないよ。僕たちは友達じゃないか」

 

 自然とそう言えるのは凄いことだろうな。

 オレたちは紙コップをグラスに見立て、液体を零さないよう注意しながら軽く(ふち)をぶつけ合う。液体が軽やかに宙を舞った。

 そのまま酒を呷るようにして──飲んだことは一度もないが──ぐびっと飲み込む。

 

「ぷはぁー、美味しいね」

 

「そうだな。特にこの瞬間は格別な味がする」

 

「軽食も用意されていたけど、どうする? 取りに行くかい?」

 

「この肉は俺のものだ! お前ら、絶対に……、絶対に肉を逃すんじゃねえぞ!」

 

「「「あったりまえだあああ!」」」

 

 うおおおおおお! と砂浜に野太い声が響き渡る。聞き馴染みがある声の主はやはり友人で、健がDクラスの男子生徒たちを引き連れて軽食の争奪戦に身を投じていた。A、Bクラスの生徒たちと熾烈な戦いを演じている。

 オレはそんな休憩所の一角を見てから、

 

「やめておくよ。怪我をしたくないしな」

 

「あはは……大袈裟(おおげさ)だと言いたいけど、万が一も有り得るかなあ……」

 

「とめなくて良いのか」

 

「流石に無礼講だよ」

 

「違いないな」

 

 洋介と共に笑い合う。友人と喜びを共有することは、存外、悪いものではない。

 ひとしきり笑ってから、彼は表情を真面目なものにした。オレもつられる。

 

「改めてお疲れ様。きみには毎回驚かせられるよ。けど僕たちはこれでようやく戦える」

 

「それはちょっと早いんじゃないか。試験の結果発表はまだ終わってないぞ」

 

「いいや、僕は確信しているよ。僕たちの揺るぎない『勝利』をね──」

 

「一年生の諸君、注目」

 

 キィンという拡声器のスイッチが入るノイズの後、そのような声が砂浜に駆け巡った。

 生徒たちが一斉にそちらを振り向くと、そこにはAクラス担任真嶋(ましま)先生、Bクラス担任星之宮(ほしのみや)先生、Cクラス担任坂上(さかがみ)先生、そして我らが担任の茶柱(ちゃばしら)が横並びになっていて、その横に学校関係者と思われる大人たちが勢揃いしていた。

 表情を引き締め、列を形成しようとする一年生に、彼はこのように言う。

 

「そのままリラックスしてくれて構わない。先程放送で流したように、既に試験は終了している。これは言わば、夏休みの一部分だと思って欲しい」

 

 だからといって、オレたちが言葉通りに受け取れるとは限らない。むしろますます緊張が走ったような気がした。

 完全なる静寂が包む中、真嶋先生は苦笑いしてから話を続けた。

 

「まずは第一回特別試験、無人島生活、ご苦労であった。そしてこの一週間、我々教師はきみたちの過ごし方、選んだ道をこの目で見させて貰った」

 

 言葉を区切り、彼は自分の直接的な教え子を見る。

 

「──籠城(ろうじょう)するクラス」

 

 次に、Bクラスを見る。

 

「──仲間との連携で共に試練を乗り越えたクラス」

 

 次に、Cクラスのスペースを見る。そこには未だに誰も居なかった。しかし彼は言葉を続ける。

 

「──試験そのものを楽しむことに費やし、豪遊するクラス」

 

 

 

「おいおい、それは俺たちのことか?」

 

 

 

 みんな、突如出された声に驚愕の声を出した。

 発生源の方向に顔を向けるが、そこには誰も居ない。あるのは新緑の木々が生い茂る森だけ。

 

「まさか──」

 

 誰かが有り得ないとばかりに呟いた。その声に反応したのかどうかは分からない。ただその人物はゆっくりと生徒たちに姿を現した。

 

「よう、雑魚ども」

 

 男は無様な顔を晒している生徒たちを一瞥するや否や、そのように嘲笑った。

 一年生の間に走る緊張は先程の比ではない。何故、どうして脱落した彼が……と疑問が絶えない。

 

「あいつが……、龍園(りゅうえん)なのか……」

 

 これまで裏で暗躍してきた男が、遂に表舞台に姿を現した。その衝撃は計り知れない。

 

「でも何あの恰好……」

 

 龍園は全身がぼろぼろだった。纏っているジャージは汚れ、露出している肌には擦り傷や切り傷が多く見られ、顔には長さが整っていない髭が生え、髪は乱雑で光沢を失っていた。

 それでもなお、龍園は不敵な笑みを崩さない。

 そのままAクラス……葛城(かつらぎ)が居る場所にまで近付いた。

 

「お、お前! 葛城さんに何の用だ!?」

 

 戸塚(とつか)が尋ねるが、龍園は相手にしない。

 

腰巾着(こしぎんちゃく)は黙ってろ。俺が用があるのは、葛城、お前だけだ」

 

「……龍園……」

 

「葛城、久し振りだな。戦果は上げられそうか」

 

「……あぁ、お前のおかげでな。協力感謝する」

 

 葛城の言葉に、部外者の生徒たちは困惑するしかなかった。当事者だろうAクラスの生徒たちだけが葛城と龍園の会話を不愉快そうに眺めている。中でも坂柳(さかやなぎ)派と思われる生徒たちはそれが顕著に出ていた。

 

「しかし龍園。何故このタイミングで俺に声を掛けてきた。その必要性は全くないはずだ」

 

「ククッ、お前にとってはそうでも、俺にとっては別なだけだ」

 

「なに……?」

 

 言葉の意味が分からないのか、葛城は眉を(ひそ)めた。

 それがツボに入ったのか、龍園は両手で腹を抱えて笑った。そして唐突にこのように言う。

 

「葛城、断言してやる。お前は負けるぜ」

 

「……理解不能だな。俺が負ける要素はない。そのために俺は龍園、お前と『契約』した。お前が裏切ることは視野に入れていたが、それだって高が知れている。我々Aクラスに死角はない」

 

「ククッ、だろうな。垂れ幕なんて面白みのないふざけたことをやったんだ。この試験、こと物理的な『防衛』に関してはAクラスがぶっちぎりで一位だろうぜ。さらには物事を冷静に視るお前のことだ、当然、俺のことは微塵(みじん)も信用してないはずだ」

 

「なら何故、お前は断言したというのだ」

 

「さてな。どちらにせよ、答えはすぐそこにある。負ける覚悟をしておくんだな」

 

 龍園はそう言い残し、葛城の元から去っていく。そして独りで結果発表を待つようだった。

 時間が経つにつれて、生徒たちのどよめきも段々と沈静化していった。真嶋先生がこほんと咳払いしてから、中断された話を再開させる。

 A、B、Cクラスの次は、オレたちDクラスに焦点が当てられる。

 

「──最後に。長大な壁に何度もぶつかりながらも、諦めず、足掻(あが)いたクラス」

 

 その言葉はすとんと胸の内に落ちた。

 最初から最後まで、Dクラスは波乱に満ちた出来事に直面してきた。それが血肉(けつにく)となり、今のDクラスがある。

 

「どのクラスも自分の道を模索し、歩いていった。総じて素晴らしい試験だったと思う。改めて、ご苦労であった。──試験結果を発表する前に、今から、ポイントについての確認をしたいと思う」

 

 基本的なポイントは、試験開始時に各クラスに支給された300ポイント。しかしながら、このポイントをそのまま残すことは実質的には不可能であり、生活する上で欲しいものがあったらポイントを減らすことで購入が可能だった。さらにはルールを破った場合、その都度差し引かれる。つまりは減点方式となる。

 しかしながら、無人島各所に点在する『スポット』と呼ばれる装置。各クラスで一人選出されたリーダーが更新をすることにより、一回の更新につき1ポイントのボーナスポイントが加算される。

 最後に、エクストラポイント。八月七日の朝の点呼の際、全てのクラスに、他クラスのリーダーを当てる権限が与えられる。そのルールは以下のようになっている。

 

『─追加ルール:Ⅱ─

 ①最終日の朝の点呼のタイミングで他クラスのリーダーを当てる権利が与えられる。

 ②リーダーを当てることが出来たらひとクラスにつきプラス50ポイント。逆に言い当てられたら50ポイント支払う義務が発生し、さらには試験中に貯めたボーナスポイントも全額喪失する。

 ③見当違いの生徒をリーダーとして学校側に報告した場合、罰としてマイナス50ポイント。

 ④権利を行使するか否かは自由である』

 

 以前オレが述べたように、このエクストラポイントを得るか否かによって、試験結果は大きく左右される。

 

「僕たちが残したのは基本ポイントが100ポイント。ボーナスポイントが40ポイント。合計、140ポイント。もし仮に高円寺(こうえんじ)くんと堀北さんが脱落しなかったら200ポイントだったんだよね」

 

「そうだな。生活必需品によるポイント消費よりも、アクシデントによるポイント消費の方が大きかったな」

 

「とはいえ、僕たちは最善を尽くした。後悔は僕にはない。きっとみんなもそうだと思う」

 

 オレたちは各々に出来ることを全力で取り組んだ。Dクラスのみんなを見渡すと、誇らしげに胸を張っている生徒が殆どだった。

 

「だからこそ、絶対に成果を出さないといけない。頑張ったのにその努力が報われない。それを理解したその時、ひとは生きる活力を(うしな)ってしまうから」

 

 全員が固唾を呑んで、今か今かと『その時』を待っていた。静かな熱がゆっくりと燃え上がっていく。

 そしてとうとう、『その時』が訪れた。

 

「それでは今から、特別試験の結果発表を行いたいと思う。最初に告げておくが、試験結果は集計係以外の者は誰も知らない。よって、私や、他の先生方も知らないことを理解して欲しい。なお、結果に関する質問は一切受け付けていない。自分たちで結果を受け止め、分析し、『次』に活かして欲しい」

 

 真嶋先生は集計係と思われる女性から一枚の紙を受け取る。

 そして数秒後、彼はおもむろに読み上げた。その直前、息を飲んだのは気の所為だろうか。

 

「最下位──一年A組、20ポイント」

 

「「「は──?」」」

 

 みんな、ぽかんと間抜け面を晒す。

 思考が停止し、真嶋先生の言葉を呑み込み、理解するのに、数秒の時間を費やした。

 いつまで経っても我を取り戻さない生徒たちを、真嶋先生は放置することに決めたらしい。

 

「次に、三位──一年C組、50ポイント」

 

「クククッ。当然だな」

 

 龍園は満足そうだった。悟られない程度に、オレに視線を寄越してくる。オレは面倒臭かったので無視した。

 その間にも真嶋先生がさらに言葉を続ける。

 

「次に、二位──一年D組、190ポイント」

 

「おいおい、どうなっているんだよ!? 何でDクラスが190ポイントも!?」

 

 それはAクラスから出された絶叫だった。

 だがそれはDクラスも同じ。結末を知っていたのはごく少数。それ以外の生徒たちは想定を大幅に超える結果に目を白黒させていた。

 

「最後に、一位──一年B組、210ポイント。それではこれで特別試験の結果発表を終了とする。船が出港するのは今から二時間後。それまでは自由に過ごしてくれて構わない」

 

 解散、という言葉は誰も聞いていなかった。

 舞台は荒れに荒れていた。

 Aクラスの生徒たちは葛城を囲み、何やら糾弾している。じっと眺めていると、新しく友人になった橋本(はしもと)鬼頭(きとう)の姿が映った。橋本が気付いたのか、ぱちんとウィンクしてくる。とても様になっていて、少しだけ羨ましかった。

 一番落ち着きを見せているのはBクラスだった。一位になったのにも拘らず、過度に喜ぶこともなく、桟橋に掛けられたタラップを登っていく。一之瀬(いちのせ)神崎(かんざき)と目が合うと、無言で頷かれた。また後日、彼らとは機会を作って話をする必要があるだろう。

 Cクラスは……と言うより、龍園は獰猛(どうもう)な笑みを携えながら、一人で客船に戻っていった。恐らく……、いや、確実に、石崎(いしざき)やアルベルトといった彼の下僕が待ち構えているのだろう。

 DクラスはAクラスに比べたらだいぶマシだが、それでもかなりの喧騒に包まれていた。先導者である洋介にどういうことだと尋ねるが、彼は客船に戻ったら説明すると口にする。一応は納得するクラスメイトたち。

 今回の特別試験、結果を的中させることが出来たものは意外にも多いだろう。とはいえ、彼らはただ単に答えを知っていただけに過ぎないが。

 

「葛城! どういうことだ!? 説明しろよ!」

 

「待てよお前ら!? 一旦落ち着いて──」

 

「うるせえ! 黙ってろ腰巾着!」

 

「えーっと、Aクラスはそのままにして、僕たちも戻ろうか。確か客船には大きな部屋がいくつかあったから、試験結果について聞きたいひとが居るのなら、二時間後、出航してから集合しよう。それで良いかな?」

 

「「「了解」」」

 

 クラスメイトのあとを追い、オレも客船に戻った。タラップを登り終わると、すぐ傍で待機していた職員が携帯端末を配っていた。久々の携帯に、みんな、おおっ! と感動の声を上げる。

 デッキにはツヤツヤテカテカ姿の健常者そのものといった高円寺や、何も言わずに試験を脱落した堀北が申し訳なさそうな顔をしていたりして、みんなの関心は彼らに向くことになる。

 

「高円寺、お前なぁ!」

 

「ノンノン、私のことは高円寺さんと呼ぶのではなかったのかい。あれは嘘だったのかい?」

 

「高円寺さん、お前なぁ!」

 

「へい、ボーイ。どうかしたかい?」

 

「お前と話していると疲れるわ!」

 

「ほ、堀北さん……大丈夫?」

 

「えぇ……。みんな、その、ごめんなさい。勝手に脱落してしまって……」

 

「……やっぱり、理由があったりするの?」

 

「……えぇ。言い訳はその時にさせて貰えないかしら」

 

「ん。分かった、ただし、きっちりと説明してよね」

 

 オレは彼らに背を向け、この場を去ることにした。

 堀北や高円寺とは話したいことがいくつかあるが、機会はいくらでもある。彼らもオレの誘いを否とはしないだろう……多分。

 熱いシャワーを浴び、我ながら特徴のない私服に着替えたところで、一件のメールがチャットアプリ上で届いた。このアプリは大手有名アプリであり、いつでもどこでも、友達登録さえしていれば自由にコミュニケーションが取れる優れものだ。発信主とは先程まで『友達』になっていなかったのだが、どうやら向こうから申請をしてきたようだ。

 迷うことなくイエスボタンをタッチし、フリーズ後、専用の画面が表示される。あちらも現在進行形で見ているためか、次のメッセージが飛ばされる。

 そこには今すぐに会いたいという旨が書かれていた。オレから元々誘うつもりだったがために、手間が省けて良かったと思うと同時に、若干の申し訳なさを感じてしまう。

 唯一の問題点は会う場所だが……、客船の見取り図を取り出して眺め、めぼしい場所を発見する。座標を送ると了承のメッセージがすぐさま来た。

 

「良し、行くか」

 

 携帯端末を前開きの上着ポケットに突っ込み、オレは部屋をあとにした。

 道中、沢山の生徒と擦れ違うが、それも目的地に近付くと減っていく。それもそのはず、オレが向かっている場所は最下層のフロア。関係者以外立ち入り禁止のフロアでもある。施錠されていればその一つ上で話そうと思っていたが、乗組員が利用するためか、鍵は掛かっていなかった。こういったフロアは必要がなければひとは訪れない。密会に適した場所だな。

 扉を開けると、約束していた人物は既に居た。開閉音で訪問者であるオレの存在に気付くと、その人物は安堵の吐息を吐き出す。どうやら乗組員でないことに安心したようだった。禁止フロアに侵入しているのだから、その不安も当然かもしれないな。もし誰か来たら庇うとしよう。

 カツン、カツンと足音が反響し、彼我の距離が一メートル程になる。

 微かな照明が照らす中、オレたちは自然と視線を交錯させた。

 やがて──

 

「やっほー、綾小路くん。昨日振りだね」

 

 その人物は──松下(まつした)千秋(ちあき)はあの日と同じように、そう、挨拶をしてきた。

 


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