高度育成高等学校特別試験、三日目の八月三日。
残しているのは205ポイントと、Dクラスはまずまずの成果を残していた。
現時点でDクラスが確保した『スポット』はベースキャンプを含めて三つ。これは昨日、つまり二日目、リーダーである
話を聞くと、それ以外にも二つ程見付けたそうなのだが、Bクラスに既に占有されていたとのことだ。
こればかりは早い者勝ちなので仕方がない。もし次に占有したいのなら権限が切れる八時間を待つしかない。
「熟睡だな……」
いや、彼らだけじゃない。テント内をぐるりと見渡せば、他の
疲労が
「外に出るか……」
独り言を
まずは占有している『スポット』を確認することにする。昨日と同様、堀北が夜中に起きて更新したのだろう、未だにDクラスが占有権を与えられていた。
拠点の中心部である
オレは手頃な石の上に腰を下ろし、川の水面を眺めながら思案に
「一年C組、
まず先に考えたのは、昨日からオレたちが一時的に保護することになった一人の少女のことだ。
昨日の夕方、オレと
洋介曰く、彼女はCクラスの『王』、つまり
一年C組は龍園翔という『王』のもと、独善的な絶対王政が成り立っている。
今回の特別試験に
肝心な説明がされず、さらにはクラスの共有財産であるはずのポイントを浪費され、伊吹は真正面から龍園にどういうことだと問い詰めたらしい。
しかしそれでも『王』からは明確な理由が明示されなかった。
彼女はそれが我慢ならず対立したが、何も出来ずクラスから追放された。
彼女を見付けたのは
今持っている情報で解釈してみるとしよう。
主に二つのパターンが考えられる。
一つ目は、伊吹澪が本当の意味でクラスから追放された、というパターン。良くよく記憶を
二つ目は、全てが『嘘』──つまり、伊吹澪が『スパイ』という可能性だ。彼女は実は龍園とは
しかし──そんなことが起こり得るのだろうか。
一つ目にせよ、二つ目にせよ、どちらの可能性も
「……駄目だな……」
一難去ってまた一難、と言うべきだろう。
Dクラスにとっても、そしてオレにとっても『伊吹澪』という少女はいつ爆発するか分からない爆弾だ。取り扱いがとても難しく、慎重に事に臨む必要がある。
──面倒な案件を拾ってきたな……。
山内と沖谷を責めるつもりはない。
彼らがとった行動は
まあ、そこら辺は昨日堀北から叱られていたから、部外者のオレが兎や角言うことではないか。
「一度招き入れた以上、今更、追い出すことは出来ないか……」
人間とは不思議なもので、視えない概念──すなわち、『
ひとを殺してはならない、ひとのものを盗んではならない、ひとを苛めてはならない。
この『倫理』というものは不可視の
仮にオレたちが伊吹を見捨てた場合、それが最善だと理解していても、どうしても罪悪感は生まれるものだ。
そうなれば今後にも悪影響を及ぼすかもしれない。
「まずは様子見が無難なところか──」
「何が無難なの?」
突然背後から声を掛けられ、オレは両肩を震わせてしまった。
どうにもここ最近、オレは
もし『奴』が今のオレを見たら何を思うのだろう。少なくとも
しかしオレはそうは思わない。むしろ喜ばしく歓迎すべきことだろう。
漏らしそうになったため息を抑え、オレは
「おはよう、
「うん。おはよう、
朝の挨拶を短く交わすと、彼女は体一つ分スペースを空けて、オレの右隣に腰を下ろした。
川の水を両手で
「冷たくて気持ち良いね」
首にぶら下げていたタオルで顔を拭きながら、松下はそう言った。
オレは気取られない程度に彼女を観察した。一つひとつの動作が重たく、そして
「大丈夫か?」
「……え?」
「いや……、疲れているように見えたから……」
「ああ、うん……。正直、疲れはあるかな……。綾小路くんは全然そうには見えないね」
「そんなことはないぞ」
ところが、松下は訝しげな眼差しを送ってきた。
どうやら彼女の目にはそうは映らなかったらしい。
「まあ、良いや。それで? こんな朝早くから、一人で何を考えていたの?」
私に力になれることがあるなら遠慮なく言ってねと、数少ない友人はそう言ってくれた。
オレは
しかし一人では限界もあるか。自ずと視野が狭くなるし、ここは松下に相談相手になって貰うとしよう。
「昨日、山内たちが伊吹って女の子を拾ってきただろ」
「まるで犬を拾ってきたみたいな言い方だね……」
「……兎に角、その子について考えていたんだ」
悩みを打ち明けると、松下は難しそうな表情を浮かべる。傍に転がっていた手の平サイズの小石を
投石された小石は緩やかに落下し、ぽちゃんと微かな水音を立てて底に落下して行く。
「伊吹さんについて、誰かから聞いた?」
「洋介からは一通りの事情は聞いた」
「なら、先に私の考えを口にするよ。伊吹さんは『スパイ』だよ、ほぼ間違いなくね」
オレは
まさか彼女の口からそのような過激的な意見が出るとは思っていなかったからだ。
口調や声音からして、冗談を言っているようではなさそうだ。
「どうしてそう思うんだ……?」
「明確な根拠があるわけじゃないよ。伊吹さんはここに来てから不自然な動きは一度たりとてしていないし、『スポット』にも近付いていない。それどころか率先してそうしているしね」
「じゃあ、何故?」
「逆に怪しいんだよね。何かこう……上手く言えないけど──女の勘ってやつかな」
まさかの
とはいえ、馬鹿馬鹿しいと一蹴することは出来そうにないな。
「他の女子たちはどんな感じだ?」
「うーん、意外にも皆、伊吹さんにかなり同情してるね。特に
伊吹の左頬の『跡』が、彼女たちの同情心を誘っている。
「女子の大半は伊吹さんを
堀北も注視しているか。
ほんと、今回の特別試験は彼女にとって
そんなことを他人事のように思った。
「男子たちはどう?」
「そっちと似たような感じだな」
「……そっか。なら試験終了まで、私たちは伊吹さんと過ごすんだね……」
昨日は突然のことで見送られたが、今日の朝の点呼が終わってから、様々なことを協議する段取りになっている。Bクラスとの関係についても含まれている。
「
「憂鬱って言うか……ああ、うん、そうかもね。ご飯の時は伊吹さんの分も考慮しないといけないしさ」
ひと一人分の食料を調達するということは、存外、難しいものだ。
ポイントを消費することで賄うことも出来るが、それでも、支給されるのはDクラスの生徒だけであり、Cクラスの伊吹には配られない。
これは昨夜の時点で確認済みだ。
言い換えれば、これもまた特別試験のテーマである『自由』に
「綾小路くんはどう思う?」
松下の問い掛けに、オレは迷うことなく即答する。
「松下と同意見だな。伊吹はかなり疑わしいだろう」
「……何が狙いなのかな」
「そこまでは分からないな」
見当は無くはない。
しかしまだ確信には至ってない。
憶測の域を超えないものを言って混乱させない方が良いだろう。
「なあ、松下」
静かに呼ぶと、彼女は僅かに身動ぎした。
「な、何……?」
「お前に頼みたいことがある」
松下が何らかの反応を示す前に、オレは頼み事を口にする。
内容そのものは簡単だ。
彼女なら期待以上の成果を出してくれるだろうとも思っている。
問題は……彼女がオレの依頼を請けてくれるかどうかだが──。
「分かった。それくらいだったら良いよ」
「助かる。お礼と言っては何だけど、試験が終わったらプライベートポイントを支払おうか」
働きにはそれに見合うだけの
特別試験の結果が反映されるのは九月からの
ところが、松下は首を横に振った。
「ううん、ポイントは大丈夫」
そういう事ならとオレは引き下がった。
松下とは良い友人関係を築くことが出来そうだ。
昼前。
オレは一人でベースキャンプを離れることにした。昨日約束した、Bクラスの元に外交官として赴くためだ。
歓迎されるのはオレと、そして櫛田の二人だけなので、彼女を連れて行こうとも思ったが、やめておいた。
オレと違い彼女は人気者だ。
男女問わず困り事を相談される。みーちゃんが浮かない顔で彼女に相談しているのを遠目に見てから、オレは、今日は単独行動をすることに決めた。
櫛田にとってもその方が良いだろう。良くも悪くも──悪い方に傾いているが──オレはここ最近目立っている。そんなオレと連日行動を共にすれば彼女が疑われてしまう。
それは避けなくてはならないことだ。
音を
「ほんと、便利だな……」
地上を歩くのとは全然違う。オレは想像以上の便利性に驚いた。
これなら活動範囲が大幅に広がるだろう。
周りに誰も居ないことを確認してから、着地し、オレはBクラスのベースキャンプに足を踏み入れた。
当然、Bクラスの生徒たちは訪問者の存在に気が付くが、何も言ってはこなかった。
それどころか井戸から汲んできた水を差し出してくれた。
「話は聞いています。今日は櫛田さんは一緒じゃないんですね」
とある女子生徒の言葉にオレは頷いた。
新鮮な液体を一気に飲み干し、一之瀬の所在を尋ねる。
しかし彼女は数名の生徒を引き連れて朝から
「お昼の時間なのでそろそろ帰ってくるとは思いますが……どうしますか?」
「ここで待たせて貰って良いか?」
一度帰還するのも手だが、それだと入れ違いになってしまうかもしれない。
なら確実な方を選んだ方が賢明というものだ。
「承知しました。それではこちらに来て下さい」
名の知らぬ女子生徒はそう言って、近くのハンモックに案内してくれた。
どうやらここで待っていろと、そういうことらしい。
「分かっているとは思いますが、あまりここからは動かないで下さいね」
妥当で的確な指示だろう。
いくら協力体制を築こうとはいえ、本質的にはオレたちは敵同士。余計な
了承の旨を口にすると、彼女は律儀に一礼してから去っていった。
特にやることもないので、Bクラスの様子を観察する。
彼らの生活様式は基本的にはDクラスと同じなようで、各々、役割分担がしっかりとされているようだ。
「──やっほー、綾小路くん!」
ぼーっと眺めていると聞き慣れた声が届いた。
ストローベリーブロンドの美しいロングヘアが太陽の光を反射してきらきらと輝いている。
「ごめんね、待たせちゃった?」
「いや、そんなには待ってないぞ」
ここだけ切り取ればデートに赴くカップルの会話だが、残念なことにそんなことは未来永劫訪れないだろう。
もし一之瀬に交際相手が出来たら、その彼氏は大量の嫉妬の眼差しを送られるんだろうな。
心の中でそいつに
「神崎は一緒じゃないのか」
「うん。諸事情があってね。そっちも、櫛田さんは居ないんだね」
「諸事情があってな」
そう返すと、一之瀬は何故か笑い出した。
くすくすと声を立てて笑ってから、彼女は「隣、座るね」と言ってからオレの右隣に腰を下ろした。
「単刀直入に聞くけど、
一之瀬らしく、真正面から切り込んできた。
彼女が尋ねているのは、協力体制、その詳細だ。
「これはDクラスの総意だということを先に伝えておく。まずだが、この協力関係がいつまで続くのか、という点だが──」
「うんうん、聞かせて」
「クラス闘争の序列が密接になった時でどうだろう」
現在の序列はAクラスが頂点に位置し、それから、B、C、Dとなっている。
これから先の未来、この序列が変わることがあるかどうかは分からない。しかし可能性としては充分に有り得る。
そもそもの話、オレたちが協力関係を維持出来るのは、オレたちにとっても、一之瀬たちにとっても、互いが直近の敵ではないからだ。
「私もそれが一番良いと思うよ」
同意を得ることに成功したオレは安堵の息を吐き出した。
聡い一之瀬なら分かってくれるとは思っていたが、それでも、この項目を入れられたのは大きいだろう。
「次だが、オレたちは今後も、今回のような非常事態が起きると視ている」
「私たちもそれは同じかな。多分、二学期からは『特別試験』と名目が付くものが増えてくると思う」
「いくら協力体制を
「不満はないよ。一度規約を作っちゃうとそれに縛られちゃうだろうしね」
オレたちはそこで自然と会話を断ち切った。
ここまでは予定調和であり、次の議題こそが一番大事となる。
「もう一度告げるが、これはあくまでもDクラスの総意だ。そちらに不都合な点があったら遠慮なく言ってくれ」
「ううん、今のところは問題ないよ。──それじゃあ、今回の特別試験、私たちはどのような関係でいるべきかな?」
「Dクラスとしては、まずは情報の共有だな。具体的には試験五日目までの残存ポイントの報告。あとは予想外の出来事とかか」
一之瀬はマニュアルの白紙ページを開き、オレの言葉をそのまま書き写しているようだった。
綺麗な黒色の文字が領域を侵食していく。
彼女を一瞥してから、オレは再び口を動かした
「次に──というか、これが最後だが──試験最終日についてだ。より具体的には──」
「追加ルール、その二つ目だね」
『追加ルール:Ⅱ』は以下の通りだ。
『─追加ルール:Ⅱ─
①最終日の朝の点呼のタイミングで他クラスのリーダーを当てる権利が与えられる。
②リーダーを当てることが出来たらひとクラスにつきプラス50ポイント。逆に言い当てられたら50ポイント支払う義務が発生し、さらには試験中に貯めた『スポット』のボーナスポイントも全額喪失する。
③見当違いの生徒をリーダーとして学校側に報告した場合、罰としてマイナス50ポイント。
④権利を行使するか否かは自由である』
この追加ルールはとても大きい。
他クラスのリーダーを当てさえすればエクストラポイントとして50ポイントを獲得出来、さらには、対象のクラスはボーナスポイントを全損失させることが出来るのだ。反面、外した場合はマイナス50ポイントのペナルティを受けることになってしまうが……。
「──つまり、互いにリーダーは当てないってことだね?」
「そういうことになるな。もちろん、50ポイントはとても大きい。一之瀬たちが拒否するならそれならそれで構わない。ただ言っておきたいのは、こっちは無記名で書く予定だ」
権利を使うか否かはクラスの意志に委ねられている。
いくら同盟を結ぶとはいえ、『ルール』を主張されたら仕方がない。
その場合は追及することなく引けと、堀北から言われていた。
「なるほどね……『信頼』されるにはまず自分から『信用』する必要があると……。うん、良いよ。──その提案、私たちは正式に
一之瀬は真っ直ぐオレを見つめた。
オレ個人としてはその言葉を聞けただけでも充分『信頼』出来ると判断出来る。
しかしこれでは他の生徒は納得出来ないだろう。
「……クラスのひとたちの意見を聞かなくても良いのか」
「大丈夫だよ。皆、分かってくれると思う。そもそも、私たちは偵察は向いてないからね。他クラスのリーダーを当てるなんて、ほぼ無理だと諦めていたんだ」
ひとクラスでも至難の業だよと、一之瀬は苦笑した。
仮に自分以外、つまり三クラスのリーダーを当てようと考えたら、確率はとても小さいものになる。
数打てば当たるとは言うものの、これでは実質的には不可能だろう。
だからこそ他クラスの情勢を探る必要がある。
しかし当たり前だが人間には向き不向きがある。一之瀬たちにはそれが不向きだった、ただそれだけのこと。
「正直なところさ、守ることで精一杯かな。『スポット』を更新する時はほんと大変だよ。何十人もの生徒を動員して、誰が見ているか分からない、そんな不確定要素が強い森の中で更新するのはさ」
やれやれだね、と一之瀬は疲れたようにため息を吐き出した。
よせば良いのに、オレは堪らずに言ってしまう。
「……やっぱり大変か?」
「へ? 何が?」
「いや、クラスのリーダーは大変なのかと思って」
すると彼女は迷いながらも答えた。
「大変かそうじゃないかと聞かれたら、一概には言えないかな。……ね、綾小路くんはさ。
その問いの意図が分からず、オレは思わず何度かぱちくりと瞬きしてしまった。
どういうことだと目で尋ね返すが、一之瀬は前言撤回することはなく、じっとオレの顔を凝視してくるばかりだ。
オレは目を伏せ、自分の内心を初めて一之瀬に吐露する。
「これはオレの本心だが、オレは一度たりとて、オレが、一之瀬が言う──『特別な人間』だとは思ったことはない」
自分のことを一番理解しているのは自分だ。
だからオレは即答出来る。
──オレはそのような『出来た』人間ではない。
すぐ隣では頷く気配が感じられた。
「私も、私も──綾小路くんと同じだよ。
「……断言、するんだな……」
「もちろん。だって確信しているから」
オレはこの時、一之瀬帆波という女性に対して、心の底から尊敬の念を覚えた。
彼女という存在は皆を照らす太陽に近いのかもしれない。
オレがじっと見つめると、彼女は恥ずかしそうに両手でわちゃわちゃと振った。
「こ、こほん。随分と遠回りしちゃったけど、きみの質問には答えられないかな。だってこれは、答えちゃいけないものだと思うから。ごめんね」
「いや、充分だ。とても良い話を聞けた」
だからありがとうとオレが頭を下げると、彼女は「あー!」とか、「うー!」とか顔を両手で覆いながら言った。
ややして小さな声で「……どういたしまして」と呟いた。それから頬を僅かに朱色に染めて、
「な、何だかなあ……。
「どういう意味だ……?」
一之瀬は答えてはくれなかった。
呼吸を数回繰り返してから、表情を改める。
「それじゃあ、条約に基づき、情報交換しよっか」
お互いに自クラスが消費したポイントの概算を報告した。
Dクラスの方がより多くのポイントを使っているが、それは高円寺の脱落も込みしてだ。
それでも充分に射程内に位置しているのだから、接戦と言えるだろう。
「さてと、次はそうだねえ……あっ、結局、綾小路くんはA、Cクラスの拠点は見に行った?」
「昨日行ってきた」
「そっか。私も昨日と、そして今日、つまりさっき行ってきたんだ。次の議題はこれにしない?」
「ああ、そうだな。オレも相談したいと思っていたところだ」
まずはAクラスから、双方の見解を話すことになった。
昨日この目で見た光景をそのまま口にする。
「Aクラスは何をしているのか、その一切合切が分からないな。森に居る時だって食料の調達や『スポット』の更新くらいで、オレたちと大差ないだろう」
「やっぱり内部がどうなっているのか確かめる術がないのは辛いよねえ……。ほんと、
「葛城とは面識はあるのか?」
「うーん、あんまりかなあ……。廊下ですれ違った時に挨拶を交わす程度だよ」
櫛田といい、そして隣に居る一之瀬といい、どうやったらクラスの垣根を越えて未だに大勢の生徒と仲良く出来るのか知りたいものだ。
「今度は私からも聞きたいかな。綾小路くんは、Aクラスの実情を知ってる?」
「概要は理解しているつもりだ。葛城と坂柳がリーダーの座を争っているらしいな」
「いやー、調べてみるとかなり仲が悪いらしいね。けどなあ、葛城くんの情報は兎も角として、坂柳さんの情報はあまり芳しくないんだよ」
そう言えば、龍園も似たようなことを言っていたな。
仮にも葛城とやり合っているのだ、何かしらの行動はしているはず。
この推測が正しいとすると、つまり坂柳は
「今のAクラスは葛城くんの指示の元で動いていると視て問題ないだろうね」
「その点については一之瀬の言う通りだ。偶然その話を聞く機会に恵まれたんだが、彼はその旨を坂柳派の生徒たちに伝えていた」
「切り崩すなら今だと思うんだけどなあ……」
確かに、足並みが揃っていない現状のAクラスなら、上手くいけば痛手を与えることが出来るかもしれない。
葛城は充分脅威に値する男だ。櫛田が『防衛』と表現するだけはある。
常に冷静沈着な男を崩すということは、鉄壁の城に臨むということと同義だ。
せめてどこかに付け入る隙があれば話は別なんだが……それも難しいだろうな。
「Aクラスは一旦置いておくとして。Cクラスはどう視る?」
「一般論を言うなら、理解不能、これに尽きるんだろうな」
「だよねえ……」
困ったように方頬を掻いて、一之瀬は頭を抱える素振りを見せる。
「クラス全体を巻き込んでの脱落、かあ……」
「いや、どうやらそういうわけでもないらしい──」
オレは一之瀬に説明した。
伊吹澪という少女が『王』に対して謀反を起こし、失敗し、クラスから追放されたこと。そんな彼女をDクラスが保護していること。
最後まで聞き終えた彼女は驚愕を
「私たちも昨日、Cクラスの生徒を保護したんだ。
知ってる? そう尋ねられたが、オレは首を横に振った。
名前自体は聞いたことがある。確か『王』の知将だったはずだ。あとは……、そう言えば、中間試験では椎名と同様、全ての科目で満点をとっていたか。
「金田くん、お腹を思い切り蹴られたみたいなの。
「どうしてそうなったのか聞いているか?」
「……ううん、詳しいことは何も。ただ、龍園くんと揉めたらしくてね、それだけかな、分かっていることは。実を言うとね、神崎くんがここに居ないのは、言い方は悪くなっちゃうけど彼の監視をやって貰っているんだ」
「妥当な判断だな」
龍園が大量のポイントを
朝夕の点呼のタイミングで生徒が居なければ、その度にポイントは差し引かれる。一人ならまだ兎も角、二人にもなればその額は段々と大きくなっていく。
それを防ぐためにあのような行動を……?
となると、導き出されるのは、龍園は昨日の時点で全てのポイントを使い切った、ということになる。
「
せめて龍園くんに問い質したかったなと、一之瀬は怒気が込められた口調で言った。
断罪された二人の反逆者。
何故、どうしてと疑問が湧き水のように溢れ出てくる。
「Aクラスといい、Cクラスといい、ほんと、攻略するのは大変だよ」
それでも一之瀬は、出来ないとは口にしなかった。
確たる自信があるのか、それとも見栄を張っているのかは分からない。
「金田のことはどうするつもりだ?」
「クラスの皆と話し合った結果、試験終了まで一緒に暮らすことになったかな。流石にあんな大怪我を負わされているのを見るとね……。そっちは?」
「今朝、お前たちと同じような結果になった」
クラスの九割が伊吹に対して同情していた。中には龍園をぶん殴ってやる! と豪語する者もいたくらいだ。
オレは静かに腰を上げて、彼女と向き合った。
「今日はここで失礼するよ」
「りょーかい! こっちも何かあったらお邪魔させて貰うね」
「ああ、歓迎させて貰う」
背を向けて歩き出そうとすると、一之瀬は「あっ、そうだ」と言ってからオレを呼び止めた。
「だめだよ綾小路くん、森の中を一人で歩いちゃっ。遭難するかもしれないよ」
「あー……、そうだな。肝に銘じておく」
オレは彼女の言葉に曖昧に頷いてから、今度こそ立ち去った。
自陣に戻る傍ら、思考を加速させる。
もちろん、考えることはCクラスについてだ。
Bクラスでは金田が。Dクラスでは伊吹が。
一人だけだったらまだ確証は持てなかったが、流石に二人となると話は違ってくる。
彼らは『スパイ』だ。
少なくともオレはそう考える。
──松下の勘は当たっていることになるな……。
ここからは彼らが『スパイ』だという前提で話を進めるとして、問題は、彼らの目的が何か、というところにあるな。
その目的が判明した時、『王』の狙いも自ずと知ることになっていくだろう。
氏名 高円寺六助
クラス 一年D組
部活動 無所属
誕生日 四月三日
─評価─
学力 A
知性 C
判断力 C
身体能力 A
協調性 E-
─面接官からのコメント─
『唯我独尊』を地で行く生徒である。これがなかったら文句なしのAクラス配属が決められていただろう。
中学校から送られてきた資料、また、たった一度の面接では彼の実力は推し量れそうにない。
『知性』や『判断力』がC判定なのはその影響を受けているからである。
兎にも角にも、性格の改善を求め、Dクラス行きとする。
─担任からのコメント─
性格については引き続き、根気良く指導する所存です。