ようこそ事なかれ主義者の教室へ   作:Sakiru

36 / 71
第36話

 

 一之瀬(いちのせ)が率いるBクラスを訪ねた後、オレと櫛田(くしだ)はまず先にAクラスの拠点に向かうことにした。

 単独行動なら高円寺(こうえんじ)から教わった移動方法を用いていたのだが、流石に、女の子の櫛田には厳しいものがあるだろう。

 だから普通に地上を歩くことにした。

 

「一之瀬さんたちは凄かったねー」

 

 隣を歩く櫛田はそんな感想を口にした。

 何がどう凄いのかは具体的には言われなかったけれど、彼女が何を言いたいのかは察せられる。

 

「そうだな。Bクラスの創意工夫には尊敬の念を覚えた」

 

「あれでBクラスだもんね。Aクラスはいったいどんな生活様式を見せてくれるのかな」

 

「さてな──こっちだ櫛田。ここを抜ければ舗装された『道』に出るはずだ」

 

 立ち止まり、オレは目的地の方角を指さした。

 念の為、ズボンのポケットから簡易的な地図を取り出す。

 

「その紙、もしかして勝手に切り取ってきたりしないよね?」

 

「……」

 

 オレは黙秘権を行使(こうし)することにした。

 何も聞かなかった風を装い、地図と睨めっこする。

 

「……綾小路(あやのこうじ)くん?」

 

「あー……、もしかして悪かったか?」

 

「悪いって言うか……マニュアルに挟まれている地図や白紙ページは数枚しかなくて皆の共有財産なんだからさ、せめて誰かに一言(ひとこと)言おうよ」

 

 こら! と彼女はやや背伸びをして頭にチョップを下ろした。

 威力は配慮されていたけれど、こうして、誰かに「悪い」と言われたのは久々だったので新鮮だった。

 

「それにさ、朝、軽井沢(かるいざわ)さんから聞いたんだけど、点呼の時点で何枚か巧妙(こうみょう)に切り取られていたんだって。一応確認するけれど、それって綾小路くんがやったの?」

 

 疑いの眼差しに、オレは首を横に振ることで違うと意思表示した。

 正確な時間は曖昧だが──

 

「オレが拝借したのはベースキャンプを出る直前だったから違うぞ」

 

「なら、誰がそんなことをしたんだろうね」

 

「さあな。堀北(ほりきた)あたりじゃないか?」

 

「うーん、けど堀北さんなら何か言うと思うんだよなあ……。だって『先生』だしね。池くんたちに示しがつかないもん」

 

 字面では褒めながら、けれど口では苦々しそうに櫛田はその言葉を吐き捨てた。

 そんな様子の彼女を見ても、いまさら、これといったショックは受けないけれど、その代わり、同情してしまう。

 櫛田のこれは不治の(やまい)に近いだろう。

 彼女が呪縛(じゅばく)から解放されるのは死ぬ瞬間だけだ。

 

「堀北さんたち、今頃は『スポット』見付けているかなあ」

 

 キーカードを用いて装置を起動させることが出来るのは各クラス選出されたリーダーただ一人だ。

 オレたちDクラスのリーダーは堀北鈴音(すずね)のため、彼女にはかなりの負担を()いることになる。

 長距離の移動による肉体的な疲れだけでなく、リーダーという重大な役職を務める責任感による精神的な疲れがあるだろう。

 だからといって、リーダーは既に決められている。ここは彼女の頑張りに期待するしかない。

 

「見付けても占有されていたら時間を見計らってもう一度行かないといけないから、半分は運だな」

 

「確か『スポット』探索班は、平田(ひらた)くん、軽井沢さん、堀北さん、須藤(すどう)くんにその他生徒たちだっけ?」

 

 大勢の生徒が移動する、その姿を他クラスの生徒に見せ付けることに意味がある。

 特に洋介(ようすけ)や軽井沢といった、クラスの中核を担っている生徒が紛れることによって、カモフラージュの効果は何倍にも跳ね上がる。

 

「ところで、綾小路くん」

 

「何だ?」

 

「さっき私たちはBクラスを訪ねたわけだけどさ、協力関係を継続して良かったの? それともあれは嘘なのかな?」

 

「いや、嘘じゃないぞ」

 

 長い目で見れば、Dクラスとしても、オレ個人としても、Bクラスの生徒たちとは仲良くしておいた方が良い。

 オレたちは『特別試験』そのものの全容を知っているわけではない。

 ただ一つ言えることはクラス闘争に大きく関わっていること。

 今回は形式上無人島生活という形でクラスが(しのぎ)を削っているが、次回もこうなるとは誰も明言していない。

 

「櫛田なら心配は要らないが、恐らく、一度か二度、あるいはそれ以上の回数で他クラスとの協働が必要になる場面が来るはずだ」

 

「……例えばA・Bクラス連合VSC・D・クラス連合みたいってこと?」

 

「その通りだ」

 

 その時、いつも自クラスの生徒が傍に居るかは分からない。

 最悪、味方は自分一人だけという状況にもなりかねない。

 

「敵で八方塞がりということを防ぐためにも、ある程度は他クラスの生徒と交流を持っておいた方が良い」

 

「……だからBクラスを選んだんだ……」

 

「ああ。さっき彼らのベースキャンプを観察してよく分かった。彼らはDクラス(オレたち)の上位互換だ。正直、あそこまで順応しているのは異常だ」

 

「一之瀬さんの力だね」

 

 洋介と同等……いや、あるいはそれ以上だ。

()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 一之瀬帆波(ほなみ)という女性は、そういった時程に真価を発揮するのだろう。

 彼女は迷いなく王道を行く。

 奇策による邪道が王道を打ち砕けない、と言うつもりはないが、どうしても限界があるのも事実だ。

 究極的な王道は最も効率が良い。それはたった一振りで絶大な威力を誇る(つるぎ)だ。

 

「綾小路くんが言いたいことは分かったよ。それでさ、Aクラスの拠点の場所はどこなの?」

 

「そうだな……──ここだ」

 

 オレは地図の一点を指した。

 現在地からは差程遠くない。『道』に出れば十分もあれば辿り着くだろう。

 それから数分で、オレたちは森を抜けて『道』に出た。洞窟は山頂付近にあるので、やや緩い坂道を登る。

 

「やっぱり、Cクラスは最後にするんだね」

 

「『やっぱり』って……どういう意味だ?」

 

「またまたー、気持ちは分かるよ? (いと)しの椎名(しいな)さんと会うのは最後の楽しみにしたいもんね」

 

 にやにやと笑いながら、櫛田はオレの腹を肘で()いてきた。

 これが池や山内あたりにやられたらイラッとくるのだろうが、流石は櫛田エルと評すべきだろうか、無駄に可愛らしい。

 

「あのな……別に椎名に会いに行くわけじゃないぞ」

 

「……ふぅーん、綾小路くんがそう言うのなら、そういうことにしておこう!」

 

 魔女は最後ににやっと笑った。

 雑談をその後も交わしながら登ること数分、オレたちはとうとう敵の本拠地に辿り着いた。

 まずは様子見をすべきだと判断し、適当な草陰に身を隠す。隠蔽性を少しでも上げるため、オレたちは、一度、距離を置いた。

 頷き合い、オレたちは静かに前を見据えた。

 ──魔物の口だな。

 ふと、そんな感想を抱き、胸中で呟いた。

 

「入り口近くにあるのは、仮設シャワー室と……仮設トイレだね。うわっ、見てよ綾小路くん。仮設トイレ、二個も配置されてるよ!」

 

 どうやら男性用、女性用と分けているようだ。

 櫛田が驚いたのは、仮設トイレを二個買った事実そのものにだろう。

 オレたちDクラスや、一之瀬率いるBクラスはトイレは一個しか購入していない。

 というのも、一個で充分だからだ。

 オレたちは支給品として簡易トイレのセットを配られている。仮設トイレに利用者が居たとしても、どうしても我慢が出来なければ、最悪、簡易トイレを使えば良い。

 

「強者の余裕ってものなのかな……。Aクラスにとっては、仮設トイレ購入で生じるポイントは微々(びび)たるものなのかな……」

 

「どうだろうな。けどな櫛田、今はそれ以上に問題があるぞ」

 

「分かってるよ。あれでしょ? 綾小路くんが言っているのはさ……」

 

 びしっと手で拳銃を作った彼女は、その銃口(じゅうこう)を『魔物の口』に躊躇うことなく向けた。

 そこにあるのは、外界と内界とを仕切る線。

 黒色のビニールを繋ぎ合わせた垂れ幕が下がっており、洞窟内部を見ることが出来ない。

 

「あれって(ずる)くない?」

 

 櫛田がぷんすかと憤りを表す。

 動作では『ぷんすか』と可愛らしい表現が適切だが、彼女の目はとても冷めていた。

 ──よく同時に出来るな……。

 彼女の多彩な能力に感嘆する。女優にでもなれば、その演技力と彼女の容姿が合わさって売れそうだな。

 

「気持ちは分からなくもないが、ルール上は問題ないだろうな」

 

「どうして」

 

「これは実際に見てないから違うかもしれないが、多分、あの垂れ幕は洞窟内部、そのぎりぎりの位置にあるんだと思う」

 

「……そっか。Aクラスは絶対に占有しているだろうから、占有権の範囲内なんだね」

 

「そういうことだ。何の権限が与えられているかは知らないから、結局のところ、何とも言えないけどな」

 

 しかし考えれば考える程に分からないものだ。

 洞窟で付与されるものは何だ……?

 単純に内部の利用なら、昨日、オレが入った時点でポイントは引かれているはずだ。

 

 ──『追加ルール:Ⅰの⑤ 他クラスが占有している『スポット』を許可なく使用した場合、50ポイントのペナルティ』──

 

 ところがオレが侵入しても何も起こらなかった。

 ……いや、視野が狭くなり過ぎていたか。

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()。そしてこれは恐らく、『スポット』の占有権より強いものだろう。

 いつの間にか隣に移動してきたのか、櫛田が顔を見上げて尋ねてきた。

 

「綾小路くん、どうする? 突撃? それとも撤退?」

 

「──突撃だな」

 

「さっすが!」

 

 撤退しても良いことは何もない。

 これではクラスの皆に申し訳ないだろう。

 櫛田はオレの返答に満足げに微笑んでから、「じゃあ、行こっか!」と立ち上がって、オレの手を引いた。

 視界が揺らぎ、半ば自動的にオレも立ち上がる。

 覚悟を決め、オレたちは敵陣地に(おく)することなく赴く。

 

「私から声を掛けるから、綾小路くんは基本、後ろで黙っていてね。その方が都合が良いでしょ」

 

「分かった。頼りにさせて貰う」

 

 彼女は嬉しそうに頷いた。

 直立不動している門番役に生徒に向かって、櫛田が声を掛けた。

 

「こんにちはー」

 

「……? 誰だお前ら──!? く、くくく櫛田ちゃん!?」

 

 訝しげな目線も、すぐに驚愕に変わった。

 かなりのボリュームだったために、すぐ近くに居たAクラスの生徒たちがぞろぞろと集まりだす。

 

「あ、あの……!? えっ!?」

 

 当然ながら、櫛田は訳が分からず戸惑う。

 素の表情で慌てる彼女は珍しいがそれは無理もないだろう。

 

「俺、『櫛田エル親衛隊』末端の者です! 是非握手をさせて下さい!」

 

 びしっと勢いよく右手が伸ばされた。女神は強張った笑顔で対応する。

 ──これってもう、宗教のレベルだろ……。

 池と山内が作り出した『櫛田エル親衛隊』、その実態はオレが考えていた以上に広がっているのかもしれない。

 

「こ、こほん。私は一年Dクラスの櫛田桔梗(ききょう)ですが──」

 

「知ってます!」

 

「……わ、私と綾小路くんはきみたちのクラスがどんな風に無人島生活を送っているのか知りたいんだ。中に入れて貰えるかな」

 

「もちろんです──!」

 

 お任せ下さい! 末端隊員は無駄に大きな声で、無駄に力強く頷いた。

 垂れ幕を上げようとしたところで、ようやく我に返ったのか、一連の流れを傍観していたAクラスの生徒から待ったが掛けられる。

 

「お前は何を言っているんだ!?」

 

 そう問い詰める彼に、オレは見覚えがあった。

 昨日、オレと高円寺よりも先に洞窟を訪ねていた二人組の一人であり、名前は確か……弥彦(やひこ)だったか。

 もう一人の人物、葛城(かつらぎ)は姿が見受けられない。

 何かしらの理由があって留守(るす)にしているのだろう。あるいは、内部に居るかもしれないが。

 

「おいお前、何を勝手に中に通そうとしてるんだよ!? お前正気か!?」

 

「うるせー! 世の中には絶対に譲れないものがあるんだよ! 俺たち『櫛田エル親衛隊』には、唯一にして絶対な(おきて)がある!」

 

 そう熱く語る末端隊員は、並大抵ではない気迫を以てして弥彦を睨んだ。

 弥彦は空気に当てられたのか、ごくりと生唾を呑み込んで、静かに尋ねた。

 

「な、何だよ、掟って……」

 

「──崇拝することだ!」

 

「……なん、だと…………!?」

 

 くわっと両目を見開かせ、末端隊員はうおおおおお! と暑苦しく吠えた。

 その咆哮は他者を圧倒させる力が確かにあった。

 弥彦は戦慄し、オレはドン引きし、女神櫛田は──表情が無くなった。

 どうやら防衛本能が働いたようだ。以前彼女は、彼女の生き方は疲れると口にしていたけれど……、なるほど、自業自得とはいえ、これは同情してしまう。

 

「と、兎に角だ! 女神だが何だが知らないが、駄目なものは駄目だろ!」

 

 弥彦の強い主張に、けれど末端隊員は頷かない。

 それどころか哀れみの眼差しを送り。

 

戸塚(とつか)……」

 

 戸塚とは多分、弥彦の苗字だろう。

 

「な、何だよ!?」

 

「そんなんだからお前は駄目なんだよ」

 

「はあ!?」

 

「世の中にはな、『可愛いは正義!』って言葉があるんだぜ。俺は、この言葉を生み出した偉大な人物を尊敬している!」

 

「お、お前……。だからお前は坂柳(さかやなぎ)派に身を置いているのか……!?」

 

 末端隊員はふっと笑っただけだった。

 戸塚は瞠目して、次の瞬間、顔を真っ赤に染め上げた。

 

「そんな理由でお前は葛城さんに敵対すると!?」

 

「そんな理由だと? 俺にとってはそれだけでも充分なのさ。なあ、お前ら?」

 

 にやりと坂柳派の男は笑う。

 それに呼応したのか、ぞろぞろと彼の周りに生徒が集まり始めた。

 否、彼だけじゃない。

 戸塚の周りにも集まり始めている。

 

「櫛田、あとで坂柳について教えてくれると助かる」

 

 小声で囁くと、魔女は妖艶な笑みを浮かべた。

 

「私が知らないって可能性は考慮してないんだ?」

 

「なら聞くが、知らないのか?」

 

()()()

 

 とても頼もしい。

 櫛田の価値は思ったよりも何倍も高いな。

 もちろん相応の対価を支払うことになる。

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 葛城派と坂柳派の対立は思った以上に激化しているようで、双方、睨み合っていた。

 些細な出来事で破裂する爆弾に近い。

 そんなAクラスの様子をオレたちはすぐ近くで観察していた。

 この場に全てのAクラス所属の生徒が居るわけではないため何とも言えないが、坂柳派がやや劣勢という印象を受ける。

 兎にも角にも、今日は一度、撤退した方が良さそうだ。

 

「──お前たちは何をしている」

 

 櫛田に声を掛けようとしたタイミングで、背後から低く、それでいて太い声が届いた。

 振り返ると、そこには屈強な体格を誇る男が居た。上半身は裸であり、なおさら、彼の常人離れした筋肉質さが窺える。

 Aクラスのリーダー、その一柱(ひとばしら)、葛城だ。

 彼は部外者を一瞥してから、森の中から()ってきただろう野菜を片手に、葛城派と坂柳派、その対立の中間点に立った。

 

「今は身内で争っている場合ではないだろう。それぞれの配置に戻ってくれ」

 

 戸塚以外の葛城派の生徒たちは立ち去ったけれど、坂柳派の生徒たちはこの場に残った。

 

「葛城……、あまり調子に乗るなよ……!」

 

「お前、葛城さんに何て口の()き方を!」

 

 分かりやすい挑発に戸塚が反応する一方、葛城は眉一つすら動かさない。

 それどころか部下の肩をぽんと叩き宥める余裕すら見せる。

 

「弥彦、お前も戻れ」

 

「し、しかし葛城さん!」

 

「こうなることは予め分かっていたことだ。弥彦、俺はお前を信用している。この意味が分かるな?」

 

「……分かりました。期待に添えるよう、精進します」

 

 戸塚は葛城に最敬礼してから、自身の持ち場に向かっていった。

 葛城は彼を見送ってから坂柳派の生徒数名に向き直る。

 

「俺は諸君らの全面的な協力を求めているわけではない。坂柳に付くというのならそれはそれで構わない。しかし今は特別試験、Aクラスの生徒全員が力を合わせる必要があると俺は考えている」

 

「坂柳が居ないからお前の指示に従えと?」

 

「……そうだ」

 

 集団生活を送る以上、ある程度の秩序は保つ努力をしろと、葛城は言っているのだ。

 言っていることは正しいが、だからといって、はいそうですかと納得出来るはずもない。

 不満げな顔を隠そうとしない彼らに葛城は言った。

 

「二週間のバカンス生活に於いて、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()。これは言いたくなかったのだが、つまり、あまりにも協調性のない者は俺の口から彼女の耳に入るということだ」

 

「「「……!?」」」

 

「ここまで言えば、諸君らが何をするべきなのか……分かるだろう?」

 

 そう言って、葛城は目を細めた。

 すると一人、また一人と生徒は散らばっていく。彼らが何を考えているのか、その詳細は推し量れそうになかった。

 オレはそんな様子を見ながら物思いに耽っていた。

 ──Aクラスも『何かが起こる』ことを予期していたか。

 これでどのクラスも準備段階では同率ということになる。

 そして坂柳の欠席。思えば、昨日、真嶋(ましま)先生が言っていたな。あれは彼女のことだったのか。

 

「まずは見苦しい場面を見せてしまったことを謝罪しよう。すまなかった」

 

 Aクラスのリーダーはそう言って、オレたちに深々と頭を下げた。

 それが偽りのものではなく本物……、つまり、彼が心から思っていることはすぐに伝わってきた。

 弥彦やその他の生徒たちが慕う理由も頷けるな。

 

「ううん、気にしないで葛城くん」

 

「そう言って貰えると助かる。改めて自己紹介をしよう。俺の名前は葛城康平(こうへい)。宜しく頼む」

 

「櫛田桔梗ですっ」

 

「綾小路清隆(きよたか)だ」

 

 最後にオレが名乗り終えると、葛城は僅かに目を見張った。

 オレが彼を注視していなければ気付かなかっただろう、僅かな変化。

 一之瀬帆波。

 龍園(りゅうえん)(かける)

 二人と同種の雰囲気、覇気(はき)を感じ取ることが出来た。

 

「櫛田のことは知っている。Dクラスの生徒なのにも拘らず、学年を超えた人気者。Aクラスでもきみに恋い焦がれている生徒は多い」

 

「えへへー、何だか照れるねー」

 

 はにかむ櫛田は傍から見ていてもとても可愛かったけれど、葛城は特に、これといった反応を返すことはなかった。

 どうやら彼の興味は彼女にはないらしい。

 その代わりじっとオレを見つめてくる。

 

「そして綾小路、お前のことも一応は知っている」

 

「そうか。ちなみにどれくらい知っているんだ?」

 

「──綾小路清隆。櫛田と同じDクラス所属。一学期終了間近に起こった『暴力事件』、そこでお前は如何(いか)なる手段を以てか『暴力事件』を解決してみせた。注目度は抜群、台風の目と言っても差し支えはないだろう」

 

「おお! 綾小路くんも人気者だね!」

 

 このこのー! と櫛田は肘を腹にぐりぐりと捻り込んできた。

 どうにもあれ以降、彼女のスキンシップが多くなっている気がする。

 オレとしては構わないのだが、しかし、今後の彼女のことを考えると心配してしまう。

 まあ、その時はその時で何とかするとしよう。

 

「お前の存在が浮かび上がって来たのは本当にごく最近のことだ。多くの生徒がお前という生徒に驚き、そして恐怖を覚えていることだろう」

 

 葛城の言う通りだろう。

 実際、自分が所属するクラスでも時折、そういった視線が送られてくるのだから。

 他所のクラスだったら、なおさら、未だに混乱していてもおかしくない。

 

「さて、お前たちは何の目的のためにここに来た?」

 

 それは形式上の確認。

 身長差があるため、葛城の強面がオレと櫛田、両方の視界を上から覆い始める。

 オレは見上げながら堂々と言った。

 

「率直に言うと偵察に来た」

 

「……ほう。偵察にか」

 

「ああ。さらに単刀直入に言おうか。──『洞窟』の内部を見せてくれ」

 

 視線が交錯した。

 互いに沈黙し、意思を込めた瞳で睨み合う。

 やがて葛城はおもむろに口を開けた。

 

「それは出来ないな」

 

「……分かった。ならここで帰らせて貰う」

 

 言うや否や、オレは背を向けて歩き始めた。

 

「あ、綾小路くん!? ちょっと待ってよ!」

 

 すぐに櫛田が追い付いてきたが、葛城が動く気配は感じられなかった。

 葛城がどのような表情を浮かべているか気になったが、結局、最後までオレは振り返ることはしなかった、

 

 

 

 

§

 

 

 

「あんなあっさり撤退して本当に良かったの? っていうか、わざわざ行った意味がなくない?」

 

 再び森に入りCクラスのベースキャンプ地を探していると、並行して歩いていた櫛田がそう尋ねてきた。

 オレは彼女の質問に答える前に現在時刻を確認した。

 午後三時七分。

 季節は八月なので日照時間はとても長いが、流石に、六時までにはDクラスの拠点に戻ってクラスメイトに姿を見せたいところだ。

 

「良かったのか、それとも悪かったのかと聞かれたら微妙だな。Aクラスがどんな風に生活しているのかを知ることが出来なかったのは悪かったと思う」

 

 とはいえ、収穫もあった。

 これまでオレは洞窟の利便性について、はっきりとした答えを得ることが出来なかった。

 しかし今なら分かる。

 出入り口が一つしかない洞窟は、Aクラスが先程やっていたように垂れ幕なり暗幕なりで塞げば、鉄壁の隠蔽性(いんぺいせい)を誇る。

 

「オレたちDクラスは『川』を拠点に定めたよな。Bクラスは『井戸(いど)』を、そしてAクラスは『洞窟』だ。どうしてオレたちはそうしたんだと思う?」

 

「どうしてって……色々と理由はあるけど──やっぱり、近くに 『スポット』があるからかな」

 

「正解だ。ボーナスポイントの存在はかなり大きい。()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 だからこそ撤退せねばならなかった。

 Aクラスだけじゃない。

 Dクラスも、Bクラスも、そして恐らくCクラスも『スポット』の地を自らの陣地として活用している。

 つまりこれは言わば、『スポット』の独占行為と言えるわけだ。

 

「そっか、ようやく綾小路くんが何を言っているのか分かったよ。()()()()()()()()()()()()()()()()()()()。そしてこの一つを試験終了まで守り通し利益を得る。これは暗黙のルールになっているんだね」

 

「もし犯したら試験そのものが破綻しかねない。オレたち『川』の権限は『川の水の活用』だけだろう? けどそれだけだ。究極的に言えば、陣地そのものに侵入することは可能だ」

 

『スポット』が『川』か『洞窟』なのか、その違いでしかないということだ。

 もしその点が納得出来ないのならそれは、『スポット』を占有されてしまった者たちの不手際であり、責めるのはお門違いだろう。

 

「ところで櫛田、そろそろ坂柳……いや、Aクラスの実態について教えてくれると助かる」

 

 そう言うと、隣を歩いていた櫛田は無言で数歩先を歩き、やがて静止した。

 くるりと半回転し、魔女は静かに微笑む。

 

「さっきのあれで分かっているとは思うけど、確認も込めて説明するね。一年A組。今年のAクラスは過去類を見ない程に優秀らしくてね、先生たちも驚いているみたい。その優秀さはクラスポイントからも一目瞭然」

 

 直近のAクラスのクラスポイントは1000cl。

 Dクラスは95clのため比我(ひが)の差は絶望的だ。

 

「Bクラスは一之瀬帆波さん。Cクラスは龍園翔くん。そして私たちは平田洋介くん。高度育成高等学校の理念──実力至上主義が掲げられてからもう三ヶ月。どのクラスも集団を率いる生徒が出現したの」

 

 リーダーの選出は様々だ。

 ある者は自分から率先して『求心力』を使って。

 ある者自ずと『道化師』の役目を押し付けられて。

 その方法に善し悪しはなく、兎にも角にも、彼らはなるべくしてなった。

 魔女はいつもの口調を変えて語り始めた。

 

「ところがどうでしょう。優秀なはずのAクラスはまだ中核を担う人物は現れていません。何故でしょうか? 正解は、その人物が二人居たからです。さて、奇しくもその二人は男女の組み合わせでした」

 

「その男女が──」

 

「葛城康平くんと、坂柳有栖(ありす)さんです。二人の思想は決して相容れないものでした。葛城くんは『()()』。当然ですがAクラスと他クラスのクラスポイントの差は大きいです。余程のことがない限り順位が入れ替わることはありません。Aクラスは優秀な生徒が多いですから、愚行をしなければ卒業まで一位でいられるでしょう」

 

「坂柳は違うと……?」

 

「大正解! 坂柳さんは葛城くんの真逆──『()()』。他クラスを攻めて真正面から潰すというものでした。当然ですが、相応のリスクが伴います。失敗したら被害は尋常なものではないでしょう。『防衛』と『攻撃』。この前の『暴力事件』。学年を超えて学校中を巻き込んだこの騒動は、しかし意外にも、Aクラスにとっては注目する余裕はなかったのです」

 

 何故なら内輪揉(うちわも)めしていたのですから……、櫛田は口元を歪めて妖しく嗤った。

 魔女の哄笑(こうしょう)が木々の間を縫って響く。

 ややして、彼女は別人のように表情を変えた。

 

「──これで満足かな」

 

「ああ、非常に役立つ情報をありがとう」

 

「なら良かったよ。やくそく、まもってね」

 

 裏切ったら容赦しないからと彼女は顔を耳元に近付けて囁いた。

 オレは無言で頷いた。

 櫛田はにこりと一度朗らかに笑うと、オレの右手を取り言った。

 

 

 

「それじゃあ、行こっか──清隆くん」

 

 

 

 


▲ページの一番上に飛ぶ
Twitterで読了報告する
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。