社会問題化したネットの誹謗中傷。無責任に放たれた言葉の束はときとして人の命や仕事まで奪ってしまうことがある。
「この仕事は自分にとって、人生の希望でした」。そう語る女性・Aさんの仕事はバーチャルユーチューバー(VTuber)の「中の人」。数十万人のチャンネル登録者数を誇る人気ライバー(配信者)のひとりだ。
しかし、この1年間、ネットで罵詈雑言を浴びせられ、活動休止を余儀なくされている。大規模イベントへの出演予定もキャンセルになってしまった。精神的なショックから夜もろくに眠れないという。
「誰も信用できなくなったし、生きているのがつらくなるときがある。大げさに聞こえるかもしれないけど、誹謗中傷は人の人生を壊すということをわかってほしい」と声を絞り出す。
●VTuberになってできた「自分の居場所」
取材場所に現れた女性は、目を真っ赤にして語る。
「小さい頃からこの声がコンプレックスで…。話し方が変、イントネーションがおかしいとも良く言われました。それがVTuberの活動では個性になって、周りから『好きだよ』と言ってもらえるようになった。すごく嬉しかったです」
舌足らずな、いわゆる「アニメ声」をからかわれてきたAさんにとって、ファンと触れ合う配信の場は、自分を肯定してくれる数少ない場所だった。それというのも、Aさんは家庭に居場所がなかったからだ。
「家庭環境の問題で、母親は精神を病んで自殺してしまいました。家庭にお金がなかったので、進学をあきらめ、社会に出て生計を得るようになりました」
学校で学びたくて、日々の仕事を終えたあとの深夜に1時間でも2時間でも働ける仕事がないかと探していたときに、VTuberとして配信するという仕事があることを知った。新人VTuberのオーディションに応募したところ、合格できたため、AさんはVTuberとしての活動を開始した。
緊張しながら始めた配信では、ずっとコンプレックスだと思っていた声や、変だと言われ直さなければならないと思っていた話し方を「個性」として受入れてくれる人たちがいることに驚いた。その後ほどなくして、Aさんは人気配信者のひとりになった。
●「事実確認もなく一方的に悪者にされた」
そんなAさんが2020年に活動休止に追い込まれたのは、別のVTuberから「後輩をいじめている」と名指しされたのが発端だった。人気VTuberの「スキャンダル」とあって、批判のメッセージが怒涛のように押し寄せてきた。
しかし、Aさんは「事実無根」だと主張する。情報の切り貼りで、一方的に悪者扱いされたと言うのだ。だが、炎上中に説明しても、火に油を注ぐだけになりかねない。精神的に追い詰められたこともあり、Aさんは活動休止を余儀なくされた。
「事実確認もされないまま、YouTubeで誤った情報を拡散する配信や動画が多く投稿された。その人たちは閲覧数を稼げたかもしれないけれど、自分の人生はボロボロです」
●「何度も死が頭をよぎった」別のVTuberの特定へ
Aさんは、このVTuberの配信内容が名誉毀損に当たるとして、すでにプロバイダーを相手取り、本人を特定するための訴訟を進めている。特定できれば、さらに法的責任を追及する予定だ。
「頼れる家族もいない自分にとって、VTuberの活動はここから人生をやり直せるかもしれないという希望でした。でも生活が崩れ、何度も死が頭をよぎりました。
飼い猫がいるのですが、もし自分が死んだら、この子たちはどうなるんだろう。そんな無責任でかわいそうなことはできないと思い、なんとか踏みとどまってきました。猫たちがいなかったら踏みとどまれなかったと思います」
取材中、Aさんは何度も涙をこぼし、休憩のため席を立った。ひとりの人間に死を思わせるほどの大量の批判メッセージ。VTuberの見た目は仮想のキャラクターかもしれないが、中身は人間だ。