巨大デジタルプラットフォームを相手取った"前代未聞"の訴訟がはじまる――。
大手ネット通販サイト「アマゾン」(Amazon)のマーケットプレイスで購入した中国製のモバイルバッテリーが出火して、自宅が火事になったとして、栃木県宇都宮市の男性が10月29日、アマゾン・ジャパン(東京都目黒区)を相手取り、損害賠償をもとめて東京地裁に提訴した。
●中国メーカー製造・販売のバッテリーが原因の火災発生
訴状などによると、原告の男性、加藤尚徳さんは2016年6月、アマゾンのマーケットプレイスで、中国メーカー製造・販売の充電式モバイルバッテリーを購入した。約1年5カ月後の2017年11月、自宅マンションで、火災が発生した。
弁護士ドットコムニュースの取材に加藤さんが当時を振り返る。
「モバイルバッテリーは容量が大きいので、一晩くらい充電する必要がありました。寝る前に充電していたところ、夜中3時に火災報知器が鳴って、びっくりして起きると、すでに燃え広がっていました。パンパンと、何かが爆発する音も聞こえました」(加藤さん)
加藤さんと家族はすぐに逃げ出したので、大事はなかったが、この火災によってリビングが半焼し、家財道具が焼けたり、煤けたりして、使い物にならなくなったほか、結婚式や子どもの写真、パソコンのデータなどもダメになったという。
その後、消防署の火災調査報告書で、出火は、モバイルバッテリーが発生源だったことがわかった。
火災のダメージを受けたテレビ(原告提供)
●中国メーカーは誠実な対応をしてくれなかった
この火災による被害額は1000万円を超えたが、保険でまかなえたのは半分程度だった。
加藤さんはバッテリーの製造・販売会社と交渉したが、誠実な対応をしてもらえなかったという。しかも相手は中国メーカー。現地で訴訟することも検討したが、相当の時間・コストもかかるため、"訴訟経済的に見合わない"と断念した。
結局、2年かかってメーカー側から見舞金として約184万円を受けた。しかし、中国の弁護士費用などがかかり、加藤さんの手元に残ったのは、数十万円。アマゾンの対応にも納得いかなかったことから、今回の提訴に踏み切った。
訴状によると、アマゾンには、商品に瑕疵がないか、商品に問題が生じた場合にユーザーに適切な対応をとる事業者かについて、合理的な審査基準を設けて審査すべき義務や、保険・補償制度を構築する義務があったのにもかかわらず、果たしていないと主張している。
原形をとどめていないエアコン(原告提供)
●「今後も一定の確率で起きうる」
ネット上の取引トラブルをめぐっては、消費者保護の観点からのルールがなく、消費者庁が現在、アマゾンなど大手ネット通販運営者に対して、出店する事業者を特定するための対策を講じることをもとめるなど、法整備の動きがある。
今回の訴訟はデジタルプラットフォームのあり方に一石を投じるものだ。
「おそらく今後も一定の確率で、こうした事故・火災は起きてくるだろうと思っています。現地で訴訟して損害賠償を得ることが難しいということがわかりました。今後こういうことが起きた場合、事実上、泣き寝入りしないといけなくなると思います。
提訴にあたって、難しいんじゃないか、負け筋だとか言われましたが、同じことが起きたとき、何ができて、何ができないかをはっきりさせておきたいと思います。たとえ敗訴しても、弱者を救済するための解決策(立法など)が必要だということがわかるからです」(加藤さん)
国民生活センターによると、ネット通販サイトを通じて商品を購入して、火災が発生したという相談が全国の消費生活センターに複数寄せられている。
・ネット通販で購入したスティックタイプの掃除機が充電中に爆発して、ドアが黒焦げになり、足に火傷をおった(2020年5月・50代男性)
・ネット通販で購入したスマートフォン用スピーカーを充電中、発火して火事になった。(2017年10月・属性なし)
・ネット通販で購入したLEDヘッドライトを充電中、爆発音とともに火が出て、リビングの天井が焼けた(2017年9月・属性なし)
加藤さんによると、海外では、同じような事故で「プラットフォーム側が責任を負うべき」という判決も出ているという。
●原告代理人「デジタルプラットフォームの義務を明らかにしたい」
加藤さんの代理人をつとめる山岡裕明弁護士は「裁判を通じてデジタルプラットフォーム企業の消費者に対する義務を明らかにしていきたい」と話している。