週刊文春 電子版

大阪放火犯 獄中で語っていた妻への未練とインド式計算法

「週刊文春」編集部
ニュース 社会

 大阪・北新地の心療内科クリニックが放火され、25人が死亡した事件が急展開を迎えた。2021年12月30日、容疑者として浮上していた元板金工・谷本盛雄(61)の死亡が確認されたのだ。

「死因は一酸化炭素中毒による蘇生後脳症。大阪府警は被疑者死亡で書類送検し、検察は不起訴にする見通しです。防犯カメラには、火を付けた後、自らは逃げることなく、クリニックの利用者たちが脱出するのを阻む姿が映っていた。一体、なぜこのようなことをしたのか。遺族の“知る権利”は永遠に失われてしまった」(社会部記者)

 かつて腕の良い板金工だった谷本の人生が一変したのには、元妻との離婚が深く関わっている。

板金工時代の谷本

 谷本が、看護師の女性と結婚したのは20代半ばの頃のこと。二人の男児に恵まれたが、やがて破綻を迎える。08年9月、結婚生活20余年で三行半を突きつけられた谷本は、元妻に対して異様な執着心を覗かせるようになった。遂に身勝手な妄想が暴走したのは、11年4月のことだ。

「長男を道連れにして自殺したる」

 谷本は元妻と長男と心中するべく、二人のマンションへ。そして長男の頭部を出刃包丁で刺し、殺人未遂容疑で逮捕。懲役4年の実刑判決を言い渡された。

 その後、谷本が収監されたのは、島根県浜田市にある島根あさひ社会復帰促進センターだった。同時期に入所し、谷本と親交の深かった元受刑者・A氏が語る。

「12年夏、私は音訳という職業訓練に応募し、採用されました。音訳とは、盲目の人のために私たちが本を朗読し、パソコンで編集をしてCDに焼くという作業。同時期に音訳に応募し、一緒に職訓を受けていたのが谷本でした」

 谷本はA氏に対し、一つ大きな嘘をついていた。

「罪名を尋ねたところ『窃盗や』と言っていた。窃盗で懲役4年は長すぎる。嘘だと思いましたが、彼はそれを貫き通していた」(同前)

 一方で、板金工という職業には自負ものぞかせた。

「私の親族が車などの鈑金屋をしていたのですが、谷本に言うと『俺の方は板金で、車の鈑金とは違うよ』と言われました」(同前)

 趣味は鉄道で、電車の図鑑などを取り寄せていた。

「刑務所では自分でお金を払って日用品などを買うことができますが、谷本はお金もなく、差し入れする人もいなかったのか、刑務所で支給される官物を使っていました」(同前)

収監されていた刑務所

 週2回、刑務作業後に行われるミーティングでは、同じフロアに属する約60人の受刑者のうち指名された者が20分ほどのスピーチを行う。谷本は受刑者たちの前に出ると、緊張した面持ちでホワイトボードに数字を書き込んだという。

「2桁同士の掛け算が簡単にできる、インド式計算法のやり方を受刑者の前で披露していました」(同前)

 隣の席で職業訓練をしていた別の受刑者・B氏が証言する。

「普段の彼は大人しくて、大声を出したりすることはない。でも、他の受刑者がふざけたりしていると、急にキッと睨む。腹の中がまったく見えなかった」

 刑務所の中でも、谷本のその“腹の中”には、ある欲望が渦巻いていた。

「谷本に『出所してから何したいんだ』と聞いたところ、『とにかく嫁さんとよりを戻したいんや』と。『ちゃんと話して折り合いをつければいい』と言うと、『そうそううまくいかない。連絡がつかないんや』と弱気で、随分と悩んでいる様子でした」(同前)

 だが結局、出所後も元妻との復縁は叶わなかった。家を転々とし、孤立した空白の6年間を経て“心中”欲を育んだ谷本。そして昨年12月17日、唯一の社会との接点だった心療内科の医師と患者を標的に、身勝手な“拡大自殺”を果たした。

消防車など計80台が出動した

source : 週刊文春 2022年1月13日号

文春リークス
閉じる