飼育課係長だった坂本園長は「(亡くなった飼育員は)とても優秀で人格的にも素晴らしかった。『まさか』『なぜ彼が…』という思いが強かった。今でも当時のことを思い出すと、感情を抑えきれず苦しくなる」と漏らす。
「どれだけ気を付けていても人は必ずミスをするし、思い込みがあることを前提に再発防止に努めなければならない」。つらい経験を教訓として、京都市動物園は、ソフト、ハード両面でさまざまな安全対策を講じ、実行してきた。
事故を起こしたトラは2010年、繁殖のため浜松市動物園(浜松市)に転園した。現在、猛獣舎では、アムールトラ2頭、ヨーロッパオオヤマネコ2頭、ジャガー1頭などを飼育している。朝夕にトラなどが屋外展示場と寝室を行き来する時は、飼育員とは別に係長級以上の職員が立ち会い、施錠確認などのダブルチェックをしている。ダブルチェックはゾウやゴリラ、ツキノワグマやチンパンジーも対象にしている。猛獣舎では事故後、飼育員が動物エリアで作業を始める際、他の仕切り扉が閉まっていないと中に入れない電磁錠も導入した。
猛獣舎は、2012年にリニューアルされ、床面積は従来の1・5倍の広さに。狭く死角が多かった飼育員の作業エリアも広くなり見通しが良くなった。動物エリアにはカメラが設置され、飼育員はおりに囲まれた安全な場所から各部屋を監視できるようになった。
また、事故当時は異常が起きても、飼育員自身が電話などで知らせるしか伝達手段がなかった。各動物舎ではその後、体の傾きを感知できる機器を飼育員が身に付けて作業するように。機器のボタンを押したり、事故などで倒れて一定の時間が経過したりすれば、事務所などでもサイレンが鳴る仕組みだ。
2008年の死亡事故以来、京都市動物園では大きな事故は起きていない。だが、鍵や無線の置き忘れ、一部のかんぬきの閉め忘れといった各動物舎での「ヒヤリ・ハット事例」の報告が寄せられており、ミーティングや月1回の園内の安全衛生委員会で情報を共有している。
事故を忘れないために、全職員が安全対策を学び直す研修も毎年実施。事故の発生日である6月7日には、園内の慰霊碑前で黙とうをささげ、再発防止を誓っている。
坂本園長は「死亡事故を直接経験していない若い職員も増えているが、ここで起きたことを風化させず、安全対策も形骸化させてはならない」と強調。坂本さんは全国の動物園や水族館が加盟する日本動物園水族館協会(東京)の安全対策部長も務めており、「事故で大きな痛みを受けた園として、各園で人身事故が二度と起きないことを強く願っている。現場にいる一人一人の安全への意識付けが最も大切になる」と思いを込める。