DARK SOULS → SKYRIM でまったり()スローライフ()   作:佐伯 裕一

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ラーナルクががんばりました。手前味噌ですが、少し良く書けた回かも?


閑話、ラーナルクの憂鬱(丁)

 ラーナルクの養父が、盗賊達から旅の再会を通達される数ヶ月前。ラーナルクの胸の凝りは無視し難いものになっていた。そしてそれは、前述の通達を以て目下最大の悩みとなった。

 

 トルドスは、あと少しで父から託された使命を果たせることに喜びを感じ、また、それが自信に変わろうとしていた。

 戦士の顔。男の顔。表現は幾通りもあるだろうが、少年ながらに、自らの力と実績に誇りを持っている。

 

 そこに行くと、自分はどうだ?

 己の賢しさに驕り、友の人間性を見誤りかけた。武芸の鍛錬はしており、「上達が早い」とは頻繁に聞くものの、養父のような規格外の存在になれる気配はない。そのうえ、タムリエル中で最も安全であろう養父の庇護下にあり、必ずしも磨いた武芸が必要だというわけでもない。

 そして何より、その養父に関してさえ、自分は知らないことばかりである。

 

 もう身内としての意識が強い盗賊達は、ラーナルクを励ましはする。自分達にも()()()だった時分の記憶はあるからだ。だが、思春期の悩みというのは、複数の要因が絡まりがちで、簡単な助言で解決することは珍しい。

 ラーナルクの場合は、自らの才に溺れた羞恥。友人に先を越された嫉妬。自身の肉体的精神的力量不足に対する憤り。そして養父への理解不足から齎される、自責の念や疎外感。その他大小諸々。

 これだけの悩みを、助言程度で晴らすのは、まず無理だ。本人の成長や、経験よって変化する思考に任せるよりほかない。

 

 あまりに放任が過ぎれば拗らせたまま大人になってしまうこともあるため、注意深く見守ることは必要だが……。今のところ『旦那』から付き人たる盗賊達への指示は無い。「そういう時期もあるだろう」との構えである。ある種の正解であるとは思うが、形式的な上役の態度にやきもきする付き人達であった。

 

 

 

 そして多くの悩みを抱えるラーナルクと言えば、一時問題を棚上げし、より一層武芸の鍛錬に精を出すことにした。

 表向きは「トルドスとはじきにお別れだから、それまで一緒にがんばろう」と友を誘い、並んで素振りや地稽古を繰り返した。

 二人が共に過ごし始めた頃は、二人で組手や地稽古を行う際、トルドスのほうが年上で身体も未熟ながらできていたこともあり、ラーナルクは善戦することすら難しかった。しかし一年近く経った今では、二人の力量はほぼ互角と言ってものになっていた。

 単純な筋力や、体重を使った押し合いならトルドスに分があるだろう。しかしラーナルクは、持ち前の見取りで一年近くもトルドスを観察してきた。癖は全て見抜いているし、剣術の中に見える合理性を短剣術に応用もした。接近して体術を仕掛けるには、身体が小さいほうが懐に入ったあとの選択肢が多いという要素も、きちんと理解している。

 それら己の側にある利点を最大限利用すれば、体格と鍛錬の期間に勝るトルドスを相手取っても、ラーナルクは十分に戦えていた。

 

 その事実に対し僅かな充足感を覚えるも、トルドスの手前、良くも悪くもあまり表には出さないよう心がけているラーナルクである。更に言えば、常に胸に鎮座する凝りが、すぐにその浮かれた気分を打ち消してしまう。浮かれた表情も、沈んだ表情も、友であり稽古仲間でもある相手に見せるものではないと考えたためだ。

 実際、年上の自分と互角の勝負をしておいて塞ぎ込まれては、トルドスの立場がない。そのあたりに気が回る程度には、ラーナルクにも他者を思いやる精神ができつつあった。

 

 

 

 

 

 それから然程経たずに、一行は鉱山採掘村を出て、ウィンドヘルムへと移動した。

 とはいえ、ウィンドヘルムではあまりの慌ただしさに数日しか滞在できていない。その数日も、到着したその足で謁見の準備。一日の待機期間。謁見当日、という流れであった。そして肝心の当日には、謁見後であろうアーチルが一行の背を押し、町から追い出すように急き立てたため、ラーナルクは養父が何か首長に無礼を働いたのではないかと心配になったほどだ。

 しかし町の入口にある厩で話す二人には、険悪な雰囲気は無い。ラーナルクは杞憂であったことに安堵した。

 

 だが、それも束の間。養父がアーチルへ盾を譲渡したかと思えば、高笑いを上げながら歩き始めてしまった。ラーナルクは最後にもう一度トルドスと挨拶       を交わそうと考えていたため、焦る。

 焦って……どうするのだ、とふと冷静になる。今の自分が、役目を追え、子を愛する両親の下にいるトルドスに向かって、()()な別れを演出できるだろうか。感謝している。一緒にいて楽しかった。兄がいればこんなふうだったろうか。お父さんやお母さんと会えて良かったね。

 言いたいことは山程あるのだ。間違いなく本心であり、自分は彼を友と思っている。それでも、それらの言葉を、何の皮肉も当て擦りも泣く、伝えられるだろうか。

 …………今は難しい気がする。

 

 このまま会わずに行くのもいいかもしれない。ラーナルクがそう考えたとき、衛兵の詰め所から、トルドスと、その母親、アーチルの妻が飛び出してきた。夫が恩人を紹介してくれるものと思っていたら、さっさと出発してしまっているのだ。妻は夫を詰りながら、呼び止めるべきか、そのまま別れの挨拶をするべきか、数瞬のあいだ逡巡した。

 するとトルドスが大きく手を振り、「また会おう!」と声を張る。ラーナルクは目頭が熱くなった。

 一年、共にしたのだ。自らの内にある打算的な思考や苦悩など、ある程度察していることだろう。それでもこの年上の友は、からりと気持ち良く、再会を願い手を降っている。

 なんと良い友に恵まれたことか。ラーナルクは一時だけ自らを恥じることを止め、ただ友との友情のため、自分も大きく手を振り、「ぜったいに!」と応えた。それは、久しく感じていなかった爽快感を伴った。

 隣では、アーチルの妻がしっかりと養父と視線を合わせ、万感の思いを込めて深く腰を折っている。養父は敢えてであろうが、あまり大仰にならないよう、気心知れた様子でアーチルと別れの挨拶を済ます。

 こうして、一行はウィンドヘルムを出立し、本来の目的地であるウィンターホールドへと向かった。

 

 

 

 

 

 

 

 ウィンターホールドの町は、はっきり言って()であった。

 養父や盗賊達の話では、この町とも言えない町を、どうにかこうにか復興させるらしい。養父がやると言うのなら可能なのだろうが、他の物が口にしたのなら、ラーナルクは「無理じゃないの?」と思わず零していただろう。

 何せ町を名乗るウィンターホールドと言えば、物が無く、人がおらず、いても陰気で、寒々しく、いいところなど一つも無いように思えるのだ。ラーナルクでなくとも、同様の感想を抱くだろう。だからこそ、養父の計画に協力する盗賊達は、『一世一代の大仕事』と思い励んでいる。

 一部の者は、極論ことが成らずとも良いとさえ考えている。敬愛する頭目の音頭の下、大事業に精を出すことそれ自体が楽しくて仕方ないからだ。とはいえ、件の頭目に知られれば「やるからには成功させんだよ」と蹴りを見舞われることが目に見えているので、黙っているのだが。

 

 

 

 例によって、と言えるほど馴染んだ光景ではあるが、養父は新しい土地に着くと、必ず忙しく東奔西走する。

 養父が圧倒的な戦闘能力を持つ『銀鎧』であることは秘密である以上、錬金術師として土地の者に受け入れられなければならない。そうでなくとも、傷病に苦しむ人々を助けるために動き回る養父は、どことなく楽しそうである。邪魔するのは憚られる。

 

 そこでラーナルクは、手隙のあいだ、自己鍛錬に励むべきだと考えた。 

 養父が戦いの中で見出した業や、実際の戦闘における勘所など、一つも教わってはいない。しかしそれは、自分の実力がそこに及ばないからだ。身体ができていないからだ。

 ならば話は簡単である。一日でも早く丈夫な身体を作り、一時でも早く養父や盗賊達の教えを完璧に身に着けてみせる。駄々をこねる前に、やるべきことをやるのが先決だと、ラーナルクは走り込みから始めた。

 

 これほど建設的かつ前向きな考えを持てたのは、トルドスと過ごした日々の影響が大きい。ラーナルク一人では、最悪の場合「どうしてお父さんは僕を一番に考えてくれないの? ()()()みたいに、僕をどうでもいいやつだと思ってるの?」などと致命的な勘違いを起こしかねなかった。

 ラーナルクは年の割にはかなり賢い子供ではあるが、一度『要らない子供』として捨てられた過去がある。それを鑑みれば、小さな擦れ違いから、自分を守るための殻に籠もってしまうこともあり得たのだ。

 トルドスの存在は、トルドスの友としての価値もそうではあるが、ラーナルクにとって()()()()()()()()()()()、という点が最も大きい。

 ラーナルクは離れた町にいる友を思いながら、一人町を走り回っていた。

 

 そのうちに、ラーナルクは走り込みに戦闘訓練を取り入れることにした。

 ウィンターホールドの町には、廃墟が多くある。普通の町であれば浮浪者の溜まり場になりそうなものだが、ここは北の果てである。寒さはスカイリム随一であるし、そもそも浮浪者とは町にそれらを養う余裕がなければ存在できない。そういう意味では、ウィンターホールドに浮浪者など居られるはずがないのだ。

 

 閑話休題。

 ラーナルクは廃墟のある辺りを走れば、地面や廃墟の起伏が良い鍛錬になると思った。

 更に、各廃墟の内装を狼や熊などの獣に見立てた。それを走り去る際に、木の短剣で一撃加えていくのだ。慣れてくれば、対象を変えてみる。それだけで打ち込む姿勢が変わり、これも良い鍛錬になった。

 更に更に慣れれば、対象に無作為性を取り入れた。廃墟に足を踏み入れる一歩前、自らの状態を確認する。手の位置。足の位置。獲物の向き。それらを一瞬で把握し、それを元に打ち込む対象の場所と仮想敵の種類を、時々によって瞬時に決める。

 それでも慣れが出てくれば、偶然見えた雲の形や風の音、その前の廃墟を出てから何歩目か、など、様々な方法で()()()()の動きになることを防いだ。

 これは後に、誰の知恵も借りずにこの鍛錬方法を考えついたと養父が知り、唖然としたほどである。本人の賢さ故に忘れがちではあるが、ラーナルクは未だ十の幼子なのだ。

 

 ちなみに、ラーナルクは町内を走り回る自分が、住民達から奇異の目で見られていることを知っていた。しかしそれが、嫌悪感を伴うものではないことも。

 ホワイトランから今までの経験を経て、『子供とは多少()鹿()であるほうが良い印象を与える場合が多い』という実感を得ていた。間違ってはならないのは、『奇妙』であってはいけないことだ。理解しづらい子供とは、ただただ不気味に映る。

 しかし、養父が町の住民達に受け入れられようとしている最中(さなか)であれば、その子供である自分は、「親の手伝いより遊びたい年頃なのだ」と思わせておける。そのほうが、住民達の警戒心を買わないと判断した。

 自分と養父の身の安全を守りつつ鍛錬に集中するための考察ではあったが、やはり歳不相応な打算である。尤も、それが功を奏したのも事実なのだが。

 

 

 

 そうして半月程度経った頃、念願叶って、というか、養父が稽古をつけてくれることになった。ラーナルクはあまりの歓喜に、口を真一文字に結んだまま垂直に飛び上がるという奇行を見せた。

 何せ言い方は悪いが、トルドスとでは子供の遊びの域を出なかった。付き人達は、ラーナルクの飲み込みが異常に良かったこともあるが、極力怪我をさせないよう、厳しい鍛錬は施さなかった。

 そこに行けば「お父さん」は違う。「お父さん」は僕に甘いから、頼めばきっときびしくけいこをつけてくれるはず。ラーナルクは胸を期待でいっぱいにして、真剣に頼み込んだ。

 結果から言えば、ラーナルクの望み通りにはなったが、一部に若干の弊害も齎した。何せ、ただでさえ人の内心の機微に疎く、頼まれれば額面通りに受け取ってしまうのがラーナルクの養父だ。「厳しく指導してほしい」と言われれば、()()()()程度に厳しくしてしまう。

 

 稽古の時間は長いとは言えず、一日一種目のみであったが、その分内容は濃い。短剣術、投擲術、弓術、剣術(盾術)を習ったが、どれも傍から見れば酷いものであった。腕前が、ではない。しごきの度合いが、だ。

 

 ラーナルクは何度も転がされ、すぐに傷だらけになる。しかし問題は外から見える擦過傷などではない。打ち身や無理な体制での受け身で筋を痛めることなど()()であったのだ。

 養父はそのあたりには疎いのか、外見の傷の具合を見て、時折回復魔法をかけれくれた。ラーナルクとしては先述のとおり、擦過傷やなどより身体の内面が癒やされる有難みに浸っていたのだが、それが養父に知られて稽古を手緩くされてはたまらないと、内面の痛みは隠し、我慢し続けた。

 ……一応、養父たる男の名誉のために記述するが、男にとって擦過傷や切り傷などは傷の内に入らないのだ。そして、骨折や打撲による内蔵損傷。もしくは四肢、どころか五体いずれかの欠損までいけば、それは即座に死を意味した。巡礼の最中に出会った愛しい(かたき)達は、そのような重傷を見逃してくれることなど、一度だってありはしなかったからだ。

 つまり男にとって、『まだ大丈夫な傷』と『致命傷(重傷)』とのあいだが無い、あるいは極端に狭いのだ。動けているのならば、大丈夫。そのような意識が男にはある。理屈と常識で考えればそれが間違いであることは明白なのだが、数百年単位の刷り込みと、愛息が「きびしく!」と望むために、そのあたりに全く気付かずにいる。

 

 閑話休題。

 ラーナルクは何度も打ち据えられ、地面を転がった。短剣術の日は特にその傾向が強かった。

 しかし、養父がかけてくれる回復魔法は好きだった。傷が言えていく安心感や喜悦のほかにも、陽だまりに似た温もりを感じることができたからだ。養父の身体が持つ不思議な熱にも少し似ていると思い、ラーナルクにとって治療の時間はちょっとした『ご褒美』とすら思っていた。

 

 

 

 しかし、それを傍から見ているダンマー達は、ラーナルクも、その養父も、異常者としか見えなかった。

 二人が稽古をしている場所は、練兵場のように小石が丁寧に取り除かれた砂場ではない。廃墟がすぐそばにある関係からも、何が落ちているかわからない。厄介ないのは、それらが残雪に隠れていることが少なくない、という点だ。

 そんな場所で打ち据えられ、転げ回ればどうなるか。想像に難くない。すぐに血まみれになる。それなのに、稽古を申し出た子供は頭を切ろうが四肢の皮をごっそり削られようが、「止め!」の合図がかかるまで、養父に挑み続ける。

 そして養父が回復魔法をかければ、何にも勝る至福の時間、とでも言いたげな顔を見せるのだ。

 

 はっきり言って気持ち悪かった。恐ろしかった。誰かが言った「イカれてんじゃねえのか?」は、養父たる男の屋敷の普請に駆り出されていたダンマー全員が思った本音だった。

 後に屋敷の普請が終わった際、盗賊達は、予定より早く、そして丁寧に仕上がったことを褒めて給金に色をつけたが、ダンマー達の顔は皆、少々バツが悪そうであった。隣で異常者達がはしゃぎまわっていれば、手を抜くことも難しい。

 とはいえ、養父たる男が圧倒的な武力を見せたこと。その後継たる息子も、けして楽をしているわけではないとダンマー達に見せたことは、後々悪くない影響を及ぼすのだが。

 

 

 

 そうしてラーナルクの希望通り厳しい稽古を積んだ結果、一年も経てば、元から得意であった投擲術に加え、短剣術と弓術も、それなりの腕前になっていた。

 

 弓術は、養父自身の品を渡され、それが嬉しくて何度も何度も矢を射った。おかげで握力の中でも指の力は子供とはおもえないほど強くなった。単純にまだ強い弓が引けないため、矢の威力自体はそれほどでもないのだが、命中精度はなかなかである。このまま鍛錬を続ければ、身体が成長しきる頃には、立派な弓兵になれるだろう。

 

 投擲術は目下最大の遠距離攻撃手段である。素手で投げるときは出どころが分かりづらいよう、身体や衣服の陰に放つ直前まで隠したり、腕の振りを工夫したりと、相手の虚を突くことに主眼を置いた。投石紐を用いる場合は、とにかく命中精度を重視する。

 飛ばすのは子供の握り拳より若干小さい程度の石であることが多い。紐を用いて投げたなら、当たればほぼ必殺の攻撃になる。その点は弓術と似ているとラーナルクは思う。ただ、悠長にしてはいられないとはいえ、弓は構えたまま狙いを定めることができる。投石紐は手を離す一瞬だ。弓より投擲物の確保が楽ではあるが、一長一短なのだなと、ラーナルクは自らの経験で学んだ。

 

 ちなみに、この頃には既に養父へ狩った鳥をご馳走し、散々に頭を撫でられ褒めてもらったラーナルクである。養父としては息子の成長が喜ばしいだけでなく、砦でした約束を覚えていてくれたことが嬉しかった。そしてそれはラーナルクも同様であった。「お父さん」に自分の成長と、その証である成果を見せられて、頭までたくさん撫でてもらえた。最高の一日だと思った。

 では早速、初の獲物を食そうではないか、と調理したはいいものの、味自体は微妙としか言えなかった。罠を用いて慎重に捕まえ絞めた物と違い、当てることを重視した投石で仕留めたのだ。着弾の段階で鳥の脆い骨が砕け、内蔵までかなり損傷していたため、肉の味が落ちていたのだ。しかしそんなことはどうでもいいとばかりに、養父は「うまい! うまい!」と繰り返し、実は自分でも微妙な味だと思っていたラーナルクも、それを聞いてふつふつと喜びが湧いてきていた。間違いなく、幸せな親子の時間だった。

 

 閑話休題

 残りの短剣術であるが、驚くことに、戦闘に重きをおいていない盗賊であれば、十に二つはラーナルクが勝ちを拾えるようにまで上達していた。

 足腰の鍛錬を欠かさなかったこともあるが、走り込みに取り入れた工夫は、ラーナルクに咄嗟の判断力を齎した。それなり以上に目が良く、何より元々考察力に優れる子供である。相手の様子からどこを狙っているか当たりをつけ、実際の動きから先の展開を予想する。それができれば、あとは安全を確保しながら懐へ潜り込み、急所を狙うなり、投げや極め技を打つだけだ。

 十のうちの八つを逃してしまうのは、単純な膂力不足と、身長が伸び切っていないために打てる手が少ないせいだ。相手を観察し動きを予想するのは、ラーナルクだけではない。更に言えば、身長の低い者が取れる手段は自ずと限られる。予想自体は難しくない。

 逆に言ってしまえば、ラーナルクの身長が伸び切り、投擲、不意打ち、卑怯打ちなど、あらゆる攻撃手段を身に着けた際には、誰が止められるのか、というほどの手練になる未来図が見えてきている。それを誰も心配していないのは、「いざとなれば、あの『非常識』がなんとかするだろう」と考えているからである。

 実のところ、ラーナルクの養父たる『非常識』は、ラーナルクが己の意思で何事か為そうと言うのであれば、基本的に止めるつもりはない。残念ながら周囲の者達の目論見は外れていると言える。

 ただ、友等と進めている『計画』の妨げになるようであれば、まずは話し合い、それでも聞かなければ実力行使も厭わないつもりではいる。これは、その段になればラーナルクも一人前の戦士、ないしは盗賊であるため、それ相応の扱いをしようという親心なのだが……如何せん、ラーナルクの単純戦闘力に敵わなくなりそうな面々としては、安心できる話ではない。

 

 

 

 

 

 

 

 自他共にある程度形を見るようになったと言える短剣術ではあるが、あくまで稽古での話である。

 そこでラーナルクは付き人に頼み込み、町の外で狩りをすることにした。鹿や狐ではつまらない。鍛錬に鍛錬を重ねた、短剣術の成果が知りたいのだ。

 そこで、付き人が手隙になる日を選び町の外へ出て、狼の群れを探した。熊やトロールはまだ早い、と付き人が頑として譲らなかったからだ。ラーナルクとしても、先達がそう言うのならば、否やはない。

 

 ところが、なかなか群れが見つからない。それもそのはずである。ラーナルクの養父は錬金術師兼戦士として町に常駐している。そして錬金術材料が不足すれば、基本的には自分で採集に向かうのだ。当然、野生動物に出会うこともある。その場合は、片端から狩り尽くしてしまうのが男のやり口だ。

 町の人間からは安全が確保されて感謝されているし、自分も、町内とはいえ柵もないウィンターホールドを走り回れるのは、そのような害獣が近くにいないおかげだと理解はしているものの……今このときに限っては有難迷惑であった。

 

 結局、狼の群れを探すのには、付き人達の都合も考慮せざるを得ず、ひと月以上の時間を要した。群れを発見した瞬間、全員が素早く身を伏せる。

 

 相手は風上。鹿だか何だか、仕留めたのであろう獲物を食べている。他に見張りが四匹。計、五匹。視界はやや開けているが、隠れる岩や倒木、窪みが無いではない。いける。ラーナルクはそう判断した。

 付き人達もそれぞれ弓を構え、投げナイフを投擲する素振りを行い、準備を整える。ラーナルクが男として成長するのに必要とは理解しつつも、この場でそれに挑もうとしているのは、何せあの『旦那』の息子なのだ。万一があれば、どのような叱責が飛ぶかわからない。寧ろ普段の溺愛ぶりから考えれば、叱責で済んだなら御の字だろう。付き人達も気を引き締める

 

 

 

 今回の狩り。基本的にはラーナルクが主導する。本人の希望でもあるし、付き人達もゆくゆくは人の上に立つであろうこの子供に、他人へ指示を出す経験を積ませたい、という狙いもあった。

 一行は、狼達に悟られないよう、風下を移動し、視界の開けた場所に移動した。まずは投擲で一体を仕留め、その後、襲いかかってくる狼を近接戦で仕留める。その際、狼が不規則な跳躍に用いる足場があっては困るのだ。

 ラーナルクはとある岩の陰に潜伏場所を決め、付き人達もそれに従った。場所の選定は、まず及第点、と。

 

 ラーナルク達が選んだ潜伏場所には、土が盛られた箇所と、抉れた箇所が隣り合っていた。天然の堀のようである。ラーナルクは付き人達に、そこへ潜むよう指示を出す。こちらが多勢であり強敵だと狼たちが判断し、逃げられては困るのだ。スカイリムの狼は好戦的でありまず問題ないはずではあるが、目的のためには必要な行動である。付き人達は、これにも素直に従った。

 

 さて、いよいよ戦闘である。思えば、準神(養父が自らをそう呼称するため、あまり『デイドラロード』とは呼ばない)たる父から稽古をつけてもらったことはあっても、自分を殺しに来る者と相対するのは初めての経験である。

 だがしかし、だからこそ必要な経験だとも思う。また、少々打算的であり甘ったれた考えではあるが、付き人達が自分の提案を頭ごなしに否定しなかったということは、自分にはそれなりの実力があり、最悪の場合は付き人達が助けてくれるということでもある。初陣としては最高の環境ではないだろうか。

 そう考えれば、不必要に強張った身体も解れ、呼吸も落ち着き、霞がかった思考も晴れてきた。いい調子だ。

 

 潜伏してから幾らか時間が立ち、付き人達がラーナルクにまだ始めないのか、と尋ねてくる。ラーナルクは、まだだ、と返し、狼達の監視を続ける。

 狼の群れは、厳密な縦社会である。長が居て、その下にも序列がある。獲物にありつくのは、群れの序列の高い者からだ。

 おそらくはあの偉躯の狼が長だろう。まだ獲物を夢中で食べている。あまりに時間をかけて群れが移動してしまっては意味が無いが、獲物はそれなりの大きさに見える。狙うなら、長の腹が満ちて、手下達が獲物に群がり少し経った頃。

 

 ……………………今だろう。

 ──── 不意打ちが叶うときは、最も強い者から無力化すること。

 「お父さん」の教えだ。ラーナルクは群れの長であろう狼に狙いを付けた。岩陰に隠れた自分の更に身体の陰に隠して、投石紐を低い位置で回す。僅かにでも届く音を減じたかった。

 と、異変を感じたのか、手隙の者が警戒に当たるのか、長が首を上げてあたりを見渡している。バレたか!?

 

 ラーナルクは、一瞬の焦りからそのまま観察する余裕を無くし、石を放ってしまった。長は首を巡らせ、こちらとは反対を見ている。……命中。

 後頭部に投石を受けた長はそのまま動かなくなった。死んだとは限らない。獣の頭骨は分厚い。しかし一時的にでも無力化できていればそれでいい。

 獲物に夢中だった手下達は、異変に気付きながらも攻撃がどこから来たのか判断がついていない。好機だ。

 

 ラーナルクは更に、投石で視線を外していた一匹を無力化した。そこで、残りの三匹がこちらに気付いた。

 近寄られる前にもう一匹、と思い投石を行うが、投げる姿を見ていて喰らうほど、スカイリムの狼も間抜けではない。素早く横っ飛びに躱し、距離を詰めてくる。

 

 どうする? 三匹を一度に相手取るのは難しい。付き人達は……いや、あてにするべきじゃない。危なくなれば助けてはくれるだろうけれど、まずは僕だけでやるんだ。

 

 ラーナルクは狼の知恵に賭けた。躱された投石紐を右手でこれ見よがしに再び回し、誇示する。そこに、どうせ当たりはしない、とでも思ったのか、大胆に距離を詰めてくる一匹がいる。

 槍の間合い。狼で言えば一足で首筋まで噛みに行ける距離まで近づき、跳んだところで……ラーナルクは左手から投げナイフを狼の目に向かって投げた。

 距離が近く空中で身動きが取りづらかった狼は、そのままナイフを喰らう。跳躍後のため勢いは衰えないが、一瞬顔が背けられた。

 そこに、右手で回していた投石紐を、投擲器ではなく鈍器として狼の頭に振るう。十分に加速した石は、質量以上の威力を発揮し、先走った狼を沈めた。

 

 残った二匹は、ラーナルクを警戒して簡単には近寄ってこない。狼から見える敵は、ラーナルク一人なのだ。柔らかそうな肉の二つ足が、たった一体で群れの半数をやった。こいつは油断できない。二匹で連携し、最後は同時に掛かって噛み殺そう。

 

 ラーナルクに狼の思考は読めないが、大人しくしていても状況が好転するとは思えない。無力化した狼が、立ち上がらないとも限らないのだ。長期戦が論外ならば、こちらから攻めるしかない。

 ラーナルクは左手に投げナイフ。右手に短剣と、回転させた投石紐を構えて、やや体躯の小さな狼へと接近する。「お父さん」の教えでは、不意打ちの際には強敵から仕留めるが、そうでなければ弱い者から確実に仕留めるのが、生き残る秘訣だと教わっている。どんな弱者でも、そこにいる、というだけで脅威になるからだ。

 

 それまで自分から掛かって来ようとはしなかった相手が突進してきたことに、二匹の狼は一瞬身体を強張らせる。しかしそこは獣の中でも狡猾な狼である。

 ラーナルクが狙った個体は右へ左へ的を絞らせないよう動きながら徐々に下がる。そこへ、もう一匹が後ろから近寄る。

 ラーナルクは自分が下手を打ったことを悟った。別に、群れを全滅させなくても良かったのだ。二匹を投石で倒し、一匹を変則的ではあるが、学んだ技術で倒した。十分な成果だった。

 残りの二匹がこちらを警戒して近寄ってこないのなら、投擲を続けて、戦闘は割に合わないと思わせ撤退させる、という道もあったはず。

 しかし、そこに思い至ったのは、前後を狼に挟まれてからだ。

 どうする? 飄々と身を翻し続ける前方の個体に、虚を突いて仕掛けるか? いや、それじゃあ後ろの個体が黙っていない。狼の力で足にでも噛みつかれれば、それでお終いだ。なら、警戒しやすい前方に意識を割きつつ、素早く振り返って後ろから倒す? 駄目だな。多分今と同じ状況になるだけだ。……万事休す?

 

 ──── 危なくなれば、躊躇なく逃げること。

 

 あ、そうだ。別に今から逃げてもいいんだ。

 ラーナルクは前方の個体にナイフを投げ、わざと躱させたところで、次いで石も投擲する。着地を狙われた狼は、重傷こそ避けたものの、胴に石を喰らい、呻く。

 それを見る間もなくラーナルクは振り返る。そして覚悟を決め、短剣一本を頼りに後ろから機を伺っていた個体に詰め寄り、右半身で短剣を突き出す。しかし、狼は突き出した短剣を掻い潜り、ラーナルクの足を抑え下腹に噛みつこうとする。が、それら誘いだった。予測していたラーナルクは、前に出ている右足を軸に小さく回り、左膝で狼の頭を蹴る。と同時に、突き出した短剣をそのまま引き戻し、柄で反対側から挟むように叩きつける。

 

 仕留めるには至らなかったが、動きを鈍らせることはできた。

 その隙に潜伏場所を目指して走り…………。

 

「ごめん、無理! あとのは助けて!」

 

 付き人達に援護を求めた。

 

 熟練の盗賊は、もう目と鼻の先に潜んでいるというのに、狼にその存在を悟らせなかった。窪みから立ち上がった二人は、無防備な腹を晒す狼達へ一射ずつ放ち、動きが止まったところですぐさま駆け寄り、喉を裂いた。

 そのまま、投石で無力化された狼の死亡を確認しつつ潜伏場所まで()()()()()()()()を抱えて来た。

 ラーナルクは「何だこの振動は?」と思うほどの鼓動を打つ心臓に戸惑い、全身に不足した酸素を取り込もうと激しく上下する横隔膜にえづいている。それに、酸欠で思考がぼんやり鈍い。

 

 しかしながら思う。ここ数年、それこそ孤児時代から置いてきた思考の冴えを感じた。これが死なないための力? 助かったけれど、あまり世話になる状況に陥りたくないなあ。……ある意味「お父さん」とお揃いの特技であるのに、そこに思い至ることもない。やはり、披露から少々鈍くなっている。

 

 ラーナルクの限界に近い様子を見て取った付き人達は顔を見合わせ苦笑し、狼の解体作業に入った。肉はまだしも、毛皮は金になる。

 作業をしながら一人の付き人が言う。次いでもう一人も。

 

「ボン、俺に言わせりゃこの初陣、満点に近え。お前さんは必ず大物になるぜ。精進しな」

 

「あぁ、俺たちゃ、お前さんが三匹もやれるとは思ってもみなかったし、ちと蛮勇だったが、あれだけの勇気を見せられるとは思ってなかった。

 そんで最後のあれさ。身の危険が迫ってテンパってりゃ、普通視野が狭くなる。でも坊っちゃんは、自分で機を作りながらも攻めに回らずトンズラこいた。挙句に、俺たちが奇襲をかける絶好の位置まで引っ張ってから声をかけた。

 腕っぷしと、勇気と、やばくなっても冷静でいられる胆力。これがまだ十のガキだってんだから痺れるぜ」

 

 全身が不調を訴えているラーナルクには皮肉にしか思えなかったが、落ち着いてからの帰り道では、自分の成果と、戦闘内容を顧みて、それが皮肉ではないのではないか、と思い至った。

 

 

 

 

 

 

 

 それからのラーナルクは、折を見て害獣退治に出かけるようになった。

 町の住民達は、「錬金術師の倅は元気が有り余り過ぎて、かけっこだけじゃ足りなくなったんだ」と噂した。誰も、付き人ではなくラーナルク本人が狩りを行っているなどとは、考えなかったのだ。当たり前と言えば当たり前である。

 

 鍛錬を積み、考察し、実戦で試し、考察し、また鍛錬を積む。ラーナルクはその実力を順調に伸ばしていた。

 しかし、成長するからこそわかることもある。これではまだ足りない。でも何が足りない? 自分の頭なら、大概のことは理解できるはずである。何故わからない? いや、本当にわからないことか? 本当は……。

 

 そうして行き詰まると、決まって逃避じみた考えが浮かぶ。

 

 「こんなとき、お父さんならどうしたかな。お父さんならどう考えるかな。なんて言うかな」

 

 他人の思考など完全に把握できるはずがない。しかしラーナルクの抱えている悩みはそういう問題でもない。それを自覚しているだけに、くだらない悩みだ、と雑念を振り払うようにより一層鍛錬に打ち込む。

 

 そうして、ウィンターホールドに来てから、三年の月日が経とうとしていた。

 ラーナルクは順調に成長し、背も伸びた。早めに訪れた成長期のせいで、十三ではあるが、平均からやや低い程度の上背はある。

 

 弓も、毎日鍛錬したかいがあって、養父から貰ったショートボウはとうに卒業し、今では『エルフの弓』が引けるまでになっている。

 投擲術には更に磨きがかかり、狙ってから放つまでにほとんど間を置かない。また、距離が離れていても、自在に命中させてみせる。

 剣術と盾術も、衛兵隊の新米以上には使える。何せ相手の動きを先読みするかのように盾を扱うため、剣を封じ、剣を持つ腕を封じ、なんなら体幹の初動も、視界も封じて見せる。そこまで見事な盾術を見せられれば、もはや剣術がどうという話にならない。

 

 短剣術については、もやはラーナルクの養父かブレックス、もしくはギルド幹部級でなければ相手にならない。

 左右にそれぞれ構えた短剣は手の延長であり、自由自在に動く。かと思えば、好機と見れば瞬時に徒手格闘へ移行する。更には、短剣の柄には長く細い糸が結わえられており、投げナイフのように扱えるうえに、糸を手繰って強襲するなりそのまま手元に戻すなり、変幻自在である。

 そしてどちらの腕も利き腕として使えるよう訓練したため、自らの短剣を小振りな盾と見立てて、相手の剣を弾き、いなし、絡めることもできる。

 ブレックスあたりが「誰がここまで仕込めっつったコラ」と配下を睨めば、皆が目を背ける。言い訳をするなら、「だって面白いくらい色々覚えるんでさ」といったところか。特に、糸を用いた業など、酔った付き人が曲芸として一度見せただけのものなのだ。それがいつの間にか戦闘用に改良されている。そんな珍事を自分達の責任にされても、というのが者共の本音である。

 例外的に、養父の男だけは息子の腕前を見る度、目尻と頬がだらしなくなる。密かに、「子に殺されて人生に幕を下ろす、というのも面白いかもしれない」などと考えている節もある。不老の不死人の考えは、いくらか常人離れしている。

 

 そんな養父に、ある日意を決したようにラーナルクが申し出た。

 

「僕に実戦を教えてください。できれば、獣の相手ではなく、お父さんでなければ通用しない、墳墓や遺跡なんかのダンジョンへ。僕に……本当の実戦を」

 

 ラーナルクにしては珍しく、これこそが、胸に長く鎮座する凝りを取り除く唯一の方法だと、直感的に判断したのだった。




仮にアカウントロックになるなら、今回か次回がハーメルンでは最後になると思います。ならなきゃ勿論、書き続けますが。

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