フロイド商店🦈🌹

@8Zero1girl

　人生で唯一、フロイドが媚びを売りたい相手がいる。
　媚びへつらうなんて、生温いものじゃない。上司に取り入るだとか、そんなものでもなくて、彼の人生に取り入りたいのだ。学生時代から、卒業した今も尚、ずっとそんなことを考えている。
　そのおかげでフロイドは、最近その彼が吐露した「なにかアクセサリーが欲しいな。ボクはあまりセンスがないから」という言葉によりジュエリーショップをうろちょろしてしまった。それも大変気の早いことに、指輪のコーナーを。
「何かお探しですか？」
「あー、んー、恋人にぃ…」
「まぁ、素敵ですね。プロポーズですか？」
「はぁ、まぁ」
　ここで早めに打ち明けたいのだが、彼とは一切お付き合いなるものをしていない。恋人にぃ、なんて見栄を張ってしまったが、自分で言っておきながらも現実に肩を落とす。
　そりゃあ、まあ、互いに休日の重なる日は、ランチを一緒にしたり、そのあと書店に一緒に行ったりしたことはあるが、すべてはフロイドが必死で予定をすり合わせた努力の賜物。
　決して、彼がフロイドを呼び出してくれたわけではない。もっとワガママになってくれたっていいのに、と内心ひとりごちるも、彼がフロイドに望むものなんてこれっぽっちもない可能性を見出してしまう。はぁ。恋というものはどうしたって、ネガティブにならずにはいられないのだ。
「失礼ですが、ご予算はいかほどでお考えでしょう？」
　しかし心とは裏腹に、キラキラと光るショーケースを見つめていると、「いくらでもいーよ」なんてとんでもないことを口走っていた。店員は、まぁ！　と言わんばかりに目を光らせ、せっせと高価な指輪をケースの上に並べる。上客を捕まえたとでも思ったのだろう。繰り返し述べるが、誠に残念ながら、フロイドに恋人はいない。ただ並べてもらっただけでは悪いので、一応、指輪をひととおり眺めてみる。
　すると、その中でいっとう光るひとつぶのスカーレットが施されたシルバーの指輪が目についた。

▽▽▽

「で、買ったのかい？」
「どっちだと思う？」
「……」
「当てたら、あげるよ」
「？　買ってなかったら、くれようがないじゃないか」
「買ってなかったら、今から買いに行く」
　フロイドは真剣だった。どちらだと言われても正解にする心算であった。買ったと言われたら、大人しく懐の指輪を差し出すし、買ってないと言われたら、粛々と今から懐にある指輪と同じものを買いにいく。この上ない金の無駄遣いだが、致し方ない。そこまで腹を括っていたのだ。我ながら必死だと思う。
　けれど、リドルは少し考えるそぶりを見せてから、「キミは買っただろう」と言い切った。なぜそう思うのか、理由を尋ねれば、「ボクが欲しいからだよ」と訳の分からない返事をされる。
「はぁ？」
「だってキミは、ボクがしたいと思ってること、全部してくれるじゃないか」
「そーだっけ」
「キミとランチに行きたいなと思っていたら、ちょうどキミが誘ってくれるし、キミと書店に行きたいと思っていたらついて来てくれる」
　だから今回も、きっと用意してくれたんじゃないかなと思うんだよ。ボクの願望だけれどね。なんて微笑むものだから面食らってしまった。
　けっこうな女王さま気質だなと呆れたい気持ちも、もっと彼を喜ばせたい気持ちの方が勝ってしまうのだから自分も大概である。
「金魚ちゃんさぁ、せーかいだけど、フツーに指輪たかるとか、オレが女だったら結婚に前のめりになるところだったよ。少なくとも交際はせがんでたぁ」
　ぽーい、と指輪の入った箱を投げれば、今度はリドルが面食らったようにそれをキャッチしながら「？　キミは結婚を考えもしない相手に指輪を贈ったりするのかい？」と驚かれた。
「は」
「だから、キミは結婚を考えもしない相手に」
「いや、聞こえてたけど。そーじゃなくって、はぁ？」
「なにが言いたいんだい」
「金魚ちゃんがオレとの結婚を考えて、指輪を受け取ってくれたように聞こえたけど」
「ボクは、好きでもない相手にアクセサリーをねだったりしないよ」
「…」
「まさか、いきなり指輪を持って来てくれるとは予想外だったけどね」

　さて、世の中には交際0日婚というものがある。が、自分がそれになるとは思いもよらなかった。このあとフロイドは、婚姻届から式場の手配、何から何まですべてに奔走することになる。
　なにせ人生で唯一、媚びを売りたい相手なのだ。対価は、これから先のリドルの人生と、その愛情。でもそれだと対価が大き過ぎるからと自分の全てをささげることにした。
　クーリングオフ期間なしの、未来永劫、返品不可で。

【フロイド商店】

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